第一章4 『ソース』
「ティアラちゃん、服汚れてるでしょ? お風呂入るよ」
ヤバイヤバイヤバイ! ティアラと変われなかった! いや今からでもどうにか変わった方がいいんじゃっ!
『あたしのふりして乗り越えなさい!』
「はぁ!?」
「ど、どうしたの!? ティアラちゃん!」
『何やってるのよバカあぁ!』
あたまがああぁぁぁ!
ティアラの声があたまの中で反響し、痛みを生じさせる。
それでもどうにか自分の口を手で押さえて叫ぶのはこらえた。うん、よくやったマジで。
それから小さい声で――、
「どうすんだティアラ、風呂に入るって言ってるぞ? 俺男なんだからな? 早く止めないと取り返しのつかないことになる。ほらミャミュさんがタンスから服取り出してるぞ!」
『わかってるわよ。けどここで断ったらミャミュに迷惑をかけることになる。……お父様とお母様にも、きっと伝わる』
「んなこと言っても、なんか犯罪っぽいぞこれ」
『けどこんな血塗れで入らないって流石に不審がられるわよ』
「それはそうかもだけど……。なぁ入るとしても一人だよな? まさかミャミュさんと一緒なんてことは……」
『その通りよ』
「完全に犯罪じゃねぇか!」
「ティアラちゃん? さっきからどうしたの? 独り言?」
そう言って小首を傾げたミャミュが近づいてくる。
『とりあえずあたしのふりしなさい。ちなみにミャミュのことは呼び捨てで呼んでるわ。しくじるんじゃないわよ!』
「ティアラちゃん?」
「な、なんでもないわ。けどあの、お風呂は……」
『入って! ちょうだい……。これ以上迷惑は、かけたくないの……』
切ない、声だった。
どこか辛そうなその声音。
ひずるは口が開いたままになる。言葉に詰まった。
「お風呂が、どうかしたの?」
「――――」
『お願い……』
必死さの募る声。
ひずるは迷って――、
「ティアラちゃん?」
「なんでもないわ。早く行くわよ」
「え? あっうん、じゃあ行こっか」
最終的に、ひずるは根負けする形でティアラの願いどおりに動いた。
椅子から立ち上がると、ミャミュが先行して部屋のドアを開ける。
ひずるはありがたくそのまま部屋を出て、振り返ると少し遅れてミャミュがついてくる。
「風呂の場所は?」
『後ろ振り返ってそのまままっすぐ、二個目の階段を下りるわ。それから左折して少し進めばお風呂よ』
「了解」
言われた通りに後ろを振り返り、ひずるは直進する。しばらくすると右側に一つ階段が見えてくるが、それは見送り直進する。と、やがてティアラの言っていた階段が見えてくる。
『ここよ』
そのティアラの言葉を聞き、ひずるは安心してその階段を下りた。それから左折しようとして――、
「あっ! ごめんティアラちゃん。私自分の服持ってくるの忘れちゃった。先に行っててもらっていい?」
「わ、わかったわ」
そう言うと、ミャミュはそそくさと来た道を戻っていく。それを見送って、ひずるは少々久しぶりの安堵に浸る。
「そういや、ミャミュさんの部屋はどこなんだ?」
『ミャミュはあたしの部屋のすぐ隣よ。あたしの専属のメイドだもの』
「そうだったのか」
驚きを感じつつ、ひずるは一呼吸置いて口を開く。
「んで、ここを左折でいいんだよな?」
『そうよ』
しばらく直進すると、右側の壁に四つの入り口が見えてくる。
これは流石に違うか……
『ここよ』
「ここなの!? 四つも入り口あるよ!?」
『右から順にメイド専用のお風呂と、私の家族で入るお風呂、お客さんが来た時使う男湯と女湯で分かれてるわ』
「へぇ、流石豪邸だな……」
若干引きつつ、ひずるは聞く。
「んで、俺はどこに入ればいいんだ?」
『一番右よ』
「右から二番目じゃないのか?」
『ミャミュも入るのよ? メイドが雇い主と同じお風呂使うと思う?』
「それもそうか」
一番右の入り口から中へ入る。すると脱衣室にたどり着いた。
右側に小さめの白い棚があり、その反対側には鏡と水道があって――、
「ちょっと待て水道? この世界の時代で? それに鏡も……」
『鏡も水道もどっちも貴重なものよ。水道に関しては魔法陣を使わないといけないものだから、この国じゃこのお屋敷と王城しかないわ。……いや、もう一つあるか』
「ティアラってもしかしなくとも地位高いよね」
『……一応、公爵だけど』
「やっぱりそうか。けどそれなら、他の公爵のところにも水道あるべきじゃないのか?」
『それは、お父様とお母さまが……』
「――? どうした?」
『何でもないわ。それよりその水道触ってみなさい』
「わ、わかった……」
言われた通りに触ろうとして、そこで気が付く。
「これ、回すところがないぞティアラ」
『回すところ? 何よそれ。そんなの必要ないわ』
「必要ないって……。ならどうやって」
『魔法陣を使ってるって言ったでしょ? 発動させれば水が出るわ』
「おぉ! なんか異世界っぽいな!」
『発動の仕方は、まず体内にあるソースを意識する』
「ソース? 調味料?」
『そっちじゃないわよ』
「ならなんだ? 魔法の専門用語か?」
『違うわ。魔法に使うソースとは別物よ』
「そうなのか……」
色々と違いがあるのだなと思いながら、ひずるは言われた通りに体内のソースとやらを意識する。
と言っても、どうやればいいのか全くわからないのだが、
「お? これか?」
何となくだが、体の中心に違和感がある。だがそれは物理的な違和感という感じじゃない。どちらかというと意識的な違和感だ。
『それを手元に少しだけ持っていくイメージよ』
「手元に……」
イメージする。
その体の中心にある違和感を手元に移動させるようなイメージを、すると少しずつその違和感が手元の方へと移動していって――、
あれ?
視界が、暗転する。
倒れたことに少しして気付いた。
音がおかしい。耳に水が入った時のような感じだ。
だーだ―と勢いよく大量の水が流れる音が耳に届いて――、
『バカ! ソースの使いすぎよ!』
「使い、すぎ?」
だんだんとぼやけていた意識が戻り始める。
ひずるはゆっくりと体を起こして、水道を見やる。
「どういうことだ?」
『説明しなかったあたしも悪かったわ。ソースは生命力そのものなの。だから下手に大量に消費すると死ぬわよ』
「えぇ……。それもっと早く言わなきゃダメなやつだろ」
『だから謝ってるじゃない。悪かったわよ……』
精神世界で視線を落として、ティアラは謝る。
ひずるは立ち上がって水道に向き合う。見ると、いつの間にか水は止まっていた。
「少しだけ、少しだけ……」
呟きながら、ひずるは意識する。
体の中心にあるソースを、少しだけ手元へ移動するように。
そして――、
「できた!」
適量の水が水道から流れ出るのをみて、ひずるは思わず声を上げた。
『手元に集まったソースに反応して魔法陣が発動するのよ。さっきみたいに大量にソースを集めると、いっぱい水が出ちゃうから気をつけなさいよ』
「わかった」
ひずるは何となく手を洗って『おぉ! あったかいのか!』と驚く。
『……それより、早く服脱ぎなさいよ』
「えっ……」
思わず、動きが止まった。
そしてひずるは思う。ついにその時が来たか、と――、




