第一章3 『ティアラ』
「ここだよね」
「は、はい……」
これで間違いだったらとんだ失敗だな、とそんなことを思いながらひずるは頷く。
森の中の開けた場所に来ると、そこには大きな屋敷の姿があった。
少女の記憶が正しければ、ここがティアラの屋敷というわけだが、
にしてもすげぇな……!
その屋敷の大きさに、ひずるは思わず感嘆する。
数百人くらい余裕で住めそうな大きさの屋敷と言えば、その大きさがわかるだろうか。その屋敷を塀がグルリと囲っていて、さらにはホテルのような高級感あるのだから思わずテンションが上がってしまう。
だが無駄に豪華と言うわけでもない。ちょうどいい塩梅と言えるだろう。
素材は主に石と木でできているから、もしかすると――、
中世時代、なのかもな……
「何してるの? 早く行こう?」
「え? あっはい!」
声の方向を見れば、少女が門からひょいっと顔だけ出してこちらを見ていた。
ひずるは慌てて少女の方へと足を進め、合流すると一緒に門をくぐり、屋敷の扉の前へとやってくる。
「何があったかは、私がアミリスさんたちに伝えるから」
アミリスさん?
突然出てきた知らない名前に小首を傾げるひずる。には構わず、少女は早々に屋敷の扉をコンコンコンとノックする。
それから少し待って――、
「そう言えば、アミリスさんたちって今お屋敷にいるの?」
「うえ!? えっとそれは……」
ヤバイ! なんて言えばいんだ? えっと、えっとぉ……!
「お帰りなさいティアラちゃん、今日はちょっと早かった、ね……ってティアラちゃんどうしたのその服の血! それにレリーファ様まで……」
扉を開けてメイドが姿を現す。
白に見えなくもない薄紫色の髪に、透き通るような紫色の綺麗な瞳。後ろ髪を小さめのリボンで少し高めの位置で結んでいる。
身長は百六十くらいで、体格は普通だ。年齢的には二十三、四歳くらいといったところだろうか。
服装は主に白と黒色のメイド服だ。細かいところは薄紫で装飾されているのがわかった。
メイド? というか、この子レリーファって言うのか
思いがけず名前を知り、ひずるは少女――レリーファを横目にする。
「傷は治してあります。何があったのかを説明したいので、アミリスさんとアドバンさんを呼んでもらえますか?」
アドバンさん?
また知らない名前が耳に入り、ひずるは首を傾げる。
メイドはまだ状況を受け止められていないような表情だが、「わかりました。ではレリーファ様、こちらに……」と屋敷の中へ案内を始める。
「ティアラちゃんはお部屋で待っててね。レリーファ様を案内したら、すぐ向かうから」
「あ、うん……」
その言葉を最後に、メイドはレリーファと共に屋敷の中へと入り、どこかへ行ってしまう。
残されたひずるは、その場に立ち尽くすしかなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お部屋で待っててっつっても、部屋の場所がわからないんじゃどうしようもねぇんだよなぁ……」
ひずるは思わずため息を零す。
あのあと屋敷の中へと入ったのだが、ティアラの部屋がわからずどうすればいいかと考えていた。
仮にこのまま迷ってればあのメイドが見つけてくれるかもしれないけど、部屋に行ってないとなれば少なからず違和感は抱くだろうし……
そう思い、ひずるはちょっとばかし焦りの気持ちを持つ。だからと言って、何がどうなるわけでもないのだが――、
『ねぇちょっとあんた誰! あたしの体返して!』
「は?」
突然、脳裏に響く刺々しい少女の声。
奇妙な感覚だ。耳から聞こえているというより、頭でその声を聞いているような感覚。説明が難しいが、本当にそんな感じなのだ。
「わたしの体って……まさか、君がティアラ?」
『質問に答えて! あんたは誰! あたしに何をしたの!』
こりゃダメだな……
警戒心が強すぎる。
まぁ、突然体を乗っ取られたとなれば、警戒するのも無理はない。
だが少し安心した。ひずるがティアラの体に宿ったせいでティアラが死んだわけではなかったのだ。正直、そこは少し不安だったりしたのだ。
とりあえず、警戒を解かねぇとな。じゃないと普通に会話なんかできやしねぇ
「わかった。質問に答える。けどその前に、君がティアラなら君の部屋を教えてくれ。メイドさんに部屋にいるようにって言われたんだ」
『ミャミュに?』
「ん? なんて? ニャニュ?」
『ミャァミュゥ!!』
よくわからないことを言われたから聞き返したら、ティアラが怒ったように正確な発音で返してくる。
「ミャ、ミャミュね。あのメイドさんのこと?」
言いづらいなこれ……
『そうよ。……わかった。あたしの部屋に案内する。けど、変な真似したらただじゃおかないわよ!』
「わ、わかった……」
そう返事を返すと、直ちにティアラは自分の部屋まで案内を始めてくれた。その指示に従い二分くらい歩くと、ようやく部屋の前までやってくる。
『ここよ』
「は、入っていいの?」
『えぇ、いいわよ』
「それじゃあ、失礼しまぁす……」
ドアを開け、中に入る。
内装は女の子っぽい部屋という感じではなかった。本が敷き詰められた棚に全身鏡、ベッドにタンス、机と椅子。家具は全部でそれだけだ。
どれもなんというか、ただ必要だから置いているような、そんな異質さが感じられた。
『あたしの部屋に文句あるわけ?』
「いやないです!」
心が読まれた……
その事実に驚きを感じながらも、ひずるはとりあえず椅子に座る。
『それで、あんたはどこの誰なわけ?』
「まず先に聞きたい。ここは地球のどこか、じゃあないよな?」
この質問の答えでここが異世界であることに確信を持てる。だからひずるは真っ先に聞いたのだが――、
『ここは地球よ? 何言ってるのよあんた』
「は!? なら日本って知ってるか?」
『……知らないわ』
「ならアメリカは? 韓国、台湾、イタリアフランスカナダオーストラリアニュージーランド。――どれか知ってたりしないか?」
『聞いたこと、ないわ……』
「んなバカな……」
ここが地球でティアラが地球人って言うのなら、国の名前くらい一つくらい知っていても不思議じゃない。
「いやまだ八歳くらいだもんな。なら知らないのも当然……」
『九歳よ!』
背後にある全身鏡を見やり、そこに映る自分――ティアラの容姿から推定した年齢を口にすれば、ティアラから修正が入る。
その容姿はというと、ふんわりとした少し弱めのウェーブのかかる白銀の長い髪が腰下まで伸びている。それに加え、銀青色の淡い綺麗な瞳が特徴的だ。身長は百三十くらいで、顔立ちは幼さが目立つ。そして服装はさっきも言ったが、主に白と銀色で装飾されたドレスである。
と、それはともかく、ひずるは口にして違和感に気づいた。
九歳ってこんなに落ち着いてたか?
さっきの王族らしき少女もティアラも、年齢にしては落ち着きすぎている。
これも異世界だから、で片づけられたら楽なんだけど……
「なぁ、俺が知る限り九歳だともっと無邪気で子供っぽい感じだと思うんだけど、違うのか?」
『……あんた本当に何なのよ。子供っぽいのなんてせいぜい五歳までよ』
「あたりだな……」
ここはやはり、異世界と見て問題はなさそうだ。だがそれでも、ひずるのいた世界と似ている部分がある異世界だ。
この星の名前が地球というのも、言葉が日本語なのもそうだ。なんでそうなのかはわからないが――、
「ありがちなのは、俺のいた世界の人間が過去にこの世界に来ていて、そのまま文明を築いた的な展開か?」
『何言ってるのよあんた。それより、あたしの質問に答えるって約束したわよね! ちゃんと答えて!』
「もちろん答えるけど、その……」
『何よ!』
「俺自身、なんでこうなったのかわかってねぇんだ。だから、それを考慮して聞いてほしい」
それからひずるは、ティアラにこうなった経緯をあらかた話した。
学校の帰り道に交通事故に遭い、死にかけて気付いたらティアラの体に宿っていたこと。気付いたら森の中で腹に木の枝が刺さって死にかけて気絶したこと。
交通事故に関してはただの事故で説明を済ませた。中世時代ってんなら説明がややこしすぎる。
途中学校というワードにティアラが反応して、
『学校って何?』
「一言で言うと社会に出るために必要な知識や経験を学んだり得たりするところ、かな?」
『学園みたいなもの?』
「あぁうん、その認識でいい」
という会話をしたが、そのあとはするする話が進んだ。
『それでそのあとは? 気絶して起きたあと、どうやってこの場所まで来たのよ?』
「それはあの、金髪のティアラ被った女の子に助けてもらって……。なんて言ったっけ?」
『レリーファ様……』
「あぁそう! レリーファ!」
『様をつけるのよバカ! この国のお姫様なんだから……』
「――っ! やっぱり王族なのか。てかお姫様か……」
『でも大体わかったわ。傷を治してもらってそのあと屋敷まで送ってもらったわけね?』
「そうそう。今きっとアミリスって人ともう一人、アドバンって人と会話してる。誰だかは知らねぇが……」
『……あたしの両親よ』
「えっ? あぁそうなの?」
『うん』
「それで君は、この話を信じてくれるのか?」
『信じるわよ。その服の血が根拠になるし……』
「服の血? って見えるのか!?」
『ぇ、えぇ……。あんたの視界を共有する形でね。多分、五感なら全部共有できると思うわ』
「ていうか、お前ってどこにいるんだ? いや、抽象的過ぎるか。それともいるとかじゃなく、ただ俺の視界を見ているだけみたいな感じか?」
『いや違うわよ。視界の共有は強く意識しないとできないもの。それをやめると、真っ白い世界にあたし一人になるわ』
「精神世界みたいなものか。面白ろ!」
『面白くないわよ! あたしあんたに体奪われてるのよ!』
ほへぇ、とばかりに感嘆すれば、ティアラが怒りを露にする。
それに慌ててひずるは口を開き――、
「悪かったって! と言っても、俺自身奪いたくて奪ったわけじゃねぇんだけどさ」
『まぁいいわ、とりあえず名前教えなさい』
「ひずるだ。一応聞いておくが、ちっちゃい子として接する必要とかないんだよな? 俺のいた世界とこの世界じゃ精神の成熟速度が違うみたいでな」
『だから九歳で子供っぽいとか言ってたのね……。全然今のままでいいわ』
「ティアラちゃんって呼ぼうか?」
『殴るわよ』
「冗談だ……」
そこで一度沈黙が入り、ひずるは気まずさを紛らわせるべく口を開く。
「まだ来ないな。あのメイドさん……ミャミュだっけ?」
『そうよ。あんた活舌悪いわね』
「いや名前がむずいんだよ。……そういや、さっきメイドって言っただけですぐに名前わかってたけど、なんでだ?」
『それはあれよ。この屋敷にはメイドがミャミュしかいないもの』
「……え? それ本気で言ってる?」
『本気よ』
ってことはこの屋敷の管理も全部ひとりで……
「苦労が偲ばれるなぁ……。ていうかさ、このあとそのミャミュさんが来るって言うなら、君が早く自分の体取り戻した方が良くないか?」
『ティアラでいいわ。それとその通りね。さっさとあたしの体から出てって!』
「いやそれは俺が死ぬ。何とかして俺がその精神世界に行ければいんじゃないかと思うんだけど……」
と、その時、コツコツとドアの外から廊下を歩く足音が響き始める。
「ヤバイ!」
『ちょっと早く変わりなさいよ!』
「やり方がわかんねぇ!」
『頑張るのよ!』
「んなめちゃくちゃな!」
ドアの前で足音が止まり、ドアノブに手がかけられる。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」
次の瞬間、ドアが開いて――――、




