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第一章16 『真っ白に塗りつぶして』


「――やっと来た。あなたたち三人を待ってたんだよ? まったくもう、初日から遅刻ってどういうことなの?」


 教卓の前に教師らしき女性の姿があった。その表情は怒っているというよりも、安堵しているように思えるが、


「す、すみません……」


 リーファが謝る。


「いいよ。それよりも三人とも席に座って」


「わかりました」


 そう言って教室の中へと入るリーファを追うようにして、ティアとミファーも教室に入る。

 自分たちの席の場所はすぐにわかった。何せ三つしか空いている席がない。綺麗に空席が三つ並んでいた。

 周囲の視線を浴びながらそこまで歩くと、机に何か文字が書いてある。


 これ名前だよね。やばい、文字読めない……


「ティアラ?」


 先に席に着いたリーファが小首を傾げてこちらを見てくる。

 後ろにいるミファーをちらりと見やる。道の狭さ的に先に座らせるのはできそうにない。


 第一、先に座らせるのも不自然だもんなぁ……


「ティアラ?」


 ついにはミファーからも視線が飛んできた。

 不思議そうな表情で小首を傾げるミファーを横目に、ティアは焦りを募らせて――、


『ん、んぁ?』


 ティアラ起きたぁ!


 とっさにティアは体の主導権をティアラに強制譲渡する。


「え? ちょっ……へ?」


『ティアラ! 自分の席に座って!』


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 唐突に視界に広がる教室の光景に、ティアラは困惑して辺りをキョロキョロする。

 するとそんな時脳内にティアの声が響き渡り、ティアラは焦ったように席に座る。続けて、ミファーも席に着いた。


「よし、それじゃあ始めよっか。こうしてみんなに集まってもらったのは、事前に連絡していた通り、入学祭の説明をするためなの。それと制服とかを渡すのもある。ならどうしてこんな早朝なのかなんだけど、この後在校生たちが入学祭の準備をするから、その前に終わらせておく必要があったの」


「ちょっとティア、これどういう状況……?」


 あれこれと説明を始めた先生の言葉を背景に、ティアラは困惑した面持ちで小声でティアに質問する。


『えっとねぇ、三人で寝坊してギリギリアウトだった』


「アウトってなによ……」


『ダメだったってこと』


「ダメだったのね……。そっか、今日は早めに集合だったものね。とりあえず対応してくれてありがとねティア」


『そうだ。ここに来る途中に買い物したから、あとでリーファにお金渡してね』


「買い物? あぁなるほど、わかったわ」


 一度首を傾けるも、リーファの机の上に何かが入った紙袋があるのを見て腑に落ちる。


「ねぇティアラ、それって独り言なの?」


「えっ!? いやえっと、わ、悪かったわ、うるさかったわね」


「いやそおいう意味じゃなくて……まぁいいや」


 言及することにめんどうくささを感じたのか、ミファーはがらりと疑いから無関心へと表情の色を変え、先生の方へと向き直る。

 それにティアラはふぅ、と安堵の息を吐いて胸をなでおろす。それから先生の方へ顔の向きを正した。


「――だから、今日はこの用事が終わったらまっすぐ寮に帰ってね。そして明日の九時まで寮にいること。あっでもそこの三人は帰る前に先生のところに来てね、話があるから」


「怒られる!?」


 先生がティアラたち三人を指さして言うと、ミファーが驚きと怖さの入り混じった面持ちで声を荒げた。

 それに先生は目を丸くするも、『ん? あぁ!』と困惑から理解へと表情を変えて、ミファーに微笑みかける。


「大丈夫、そういうわけじゃないから安心して」


「そ、そっかぁ、よかったぁ……」


 心底安堵したように胸をなでおろすミファー。


「それじゃあまず、みんなにこれを配るね」


 そう言って先生が見やるのは、教卓の上にあるたくさんの赤色の花。その全部は茎分がなく、頭だけだった。

 その事実にティアラが若干引いていると――、


『おお! すごっ!』


 花の下、教卓の上に多数の魔法陣が展開され、次の瞬間、ふわりとすべての花が宙に浮く。そしてその花はそれぞれの生徒のもとに一つずつ運ばれ、全員に行きわたると先生が口を開いた。


「明日はこの花を身に着けてね、それが新入生の証だから」


「あっこれ作り物だったのね……」


「なんだと思ってたの?」


 と、はてなマークを浮かべたリーファが目を丸くして、ティアラの顔を覗き込む。


「いやてっきり、花の頭だけちぎり取ってきたのかと……」


「怖すぎるでしょ……」


 丸い目を半円にして、リーファは若干口角を上げて言う。


「そこの二人ちゃんと聞いてる?」


「「え?」」


「やっぱり聞いてない。ダメだよもう! もう一回話すね? 入学祭の予定表はないの。当日に在校生たちに聞きながら情報を集めて色々な場所を回るんだって、わかった?」


「「はい……」」


「ふふ~ん」


 叱られて気分を落とすリーファとティアラ。その二人に『ミファーはちゃんと聞いてた』とばかりに自慢げな表情をするミファー。


「殴りたくなるわね……」


「同感」


「なんでぇえ!?」


 ミファーは驚いて目を見開く。


「ミファーちゃん静かにね?」


「ぁ、ごめんなさい……」


 シュンと肩を落としたミファー。

 それを見て、二人はさっきのミファーと同じ表情をしてやる。


「え? ぁ、さっきはごめんなさい……」


 二人の気持ちを理解したミファーは、反省した面持ちで謝る。

 その様子にティアラは思わずクスクスと笑ってしまう。リーファも笑いが表情に漏れている。

 だがそれは冷笑ではない。ミファーが可愛くて微笑ましいだけだ。


「ちょっとなんで笑うの!」


「ミファーが可愛くて」


 その瞬間、ティアラは時間が止まったかのような感覚に陥った。

 ――言ってないのだ。言おうとすらしていない。

 それなのにその言葉はティアラの口から漏れていた。勝手に口が動いたのだ。つまりこれは――、


 ティアのバカ!


「――へ? ぁ、ん……うぅ、恥ずかしいからもう言わないで……」


 もう?


「ぃ、今のは違うの……あたしじゃなくて!」


「いや言ったじゃん! 二回目だよ!」


「二回目? ともかく今のは違くて――っ!」


「そこの二人! 本当に静かにして……」


「ぁ、はい……」


 先生の真剣な声音に遮られ、ティアラは誤解を解くチャンスを失ってしまう。

 しかたなくそのまま先生の話を聞いて、しばらくすると制服と学生専用のかばんが渡される。

 それを持って帰っていく他のクラスメイトたちを横目に、ティアラたち三人は先生の話を聞くために教室に残っていた。


「よし、みんな帰ったから話そっか」


「みんながいたらダメなんですか?」


 リーファが聞く。


「うん、加護持ちってなったらみんな騒いじゃうからね。話せなくなると思って……」


「「「え?」」」


「あれ? 三人とも加護のこと話してなかったの?」


「ぇ、えぇ……あたしは知らなかったわ」


「ミファーはティアラが持ってることは知らなった!」


「同じく」


「そっか。……それじゃあえっと、今から明日の発表について話すね。あぁそうだった、念のため聞くけど発表を辞退したい場合、してもいいからね? 大丈夫?」


 その話題に、ティアラは思わずスカートの裾をぎゅっと握りしめた。

 一瞬にして、呼吸が重くなる。


「うん!」


「えぇ」


 ティアラだけ返事が遅れた。


「ティアラちゃん?」


「あっ、だ、大丈夫です……」


「わかった」


 咄嗟に言って、ティアラは後悔と安堵を同時に得る。

 胸は、締め付けられていた。比喩ではない。本当に締め付けられている。

 助けてと言えないくせに、心の底で自分を助けてくれない他人を悪く思ってしまう自分が、とても、気持ち悪く思えた。

 その気持ち悪さも、心の底で助けを乞う自分の声すらも、ティアラは真っ白に塗りつぶす。


 ――――そんなこと思ってないのだと、自分の心に嘘をついた。

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