第一章9 『王都』
ティアに起こされたティアラは、食卓について大人しくミャミュと両親が来るのを待っていた。
すると――、
「――キ作りたいの。ミャミュお願い! 協力してちょうだい」
「えぇ……」
「お願い!」
現れたのは、ミャミュとアミリスの二人だ。
アミリスの赤い巻き毛のロングヘアが肩から流れ落ちる。その髪質は良好で艶やかだ。淡い赤色の瞳が印象的で、柔らかな光を湛えている。身長は百六十センチほどで、体格は普通。可愛らしい顔立ちには、どこか母親としての温かさが垣間見える。年齢は二十四歳くらいだったはずだ。
そんなアミリスは必死にミャミュに何かを頼み込んでいて、料理を取りにキッチンに行くミャミュについていく。
それから少しすると、アドバンが遅れてやってくる。
「おっ! ティアラ、早起きだなぁ」
「そんなことないわ。このくらい普通よ」
『さっきまで寝てた人が何言ってるの……』
「ギクッ……」
「どうしたティアラ?」
「な、なんでもないわ」
「そうか?」
言いながら、アドバンはティアラの正面の席に腰を下ろす。
そんなアドバンの容姿は、銀髪の短髪に、銀色の瞳。身長は百八十三センチほどで、しっかりとした体つきをしている。整った顔立ちには、どこか頼りがいのある雰囲気が漂っている。年齢は二十五歳くらいだったはずだ。
「今日はアミリスも俺も仕事休んでるから、やりたいことがあるなら言えよ?」
「ぅ、うん……」
「はぁい料理持ってきたよぉ!」
とそう言ってミャミュが持ってきた料理を食卓に並べる。
「ねぇミャミュ、お願い……」
「いいから座って……」
未だに何かのお願いを続けるアミリスに、冷めた目で言って椅子を引くミャミュ。
アミリスは大人しく席に着くが、やはりそれでも『ねぇミャミュぅ……』とお願いを諦めきれない様子だ。
「あぁ、もうわかった! わかったよぉ! 仕方ないなぁ、もう!」
「やったぁ! ミャミュありがとう!」
と、無邪気な笑顔を見せるアミリス。
「お母様、何をお願いしてるの?」
「へ? な、何でもないよ?」
「――っ、そ、そっか……」
ティアラは視線を落し、ドレスの裾をキュッと握る。
「ティアラは、今日したいこととかないのか? 遠慮するなよ?」
「そうそう! 遠慮しなくていんだよ」
「……うーん、ぉ、王都に久しぶりに行ってみたいわ」
「王都?」
提案するティアラに、アミリスが聞き返す。
「えぇ、王都よ。そろそろ学園入学も近いから、人が多い場所に慣れておくのもいいと思って……」
『学園? 学園入学ってなに? ティアラ?』
「そうもそうね。……それなら魔法騎士団本部にも寄っていく? もしそうなら事前に連絡入れておくけど。も、もちろん! ティアラが嫌なら行かなくてもいいからね!」
「ぃ、嫌、じゃないわ!」
「ホント?」
「えぇ、久しぶりにミリティアさんに会いたいもん」
「そっか、なら連絡入れておくね? アドバンもそれでいい?」
「ん? あぁ俺は何も問題ないぞ。久しぶりに三人で日帰り旅行といこう。まぁ旅行というにはアミリスと俺には日常的すぎる気もするが……」
「三人……」
「――?――」
アドバンの三人という言葉に、ティアラは思わずミャミュの方へ視線を動かした。
するとミャミュと目が合うのだが、そのミャミュは目を丸くしてティアラを見つめる。ついには小首を傾げる始末だ。
「ティアラちゃん?」
「な、なんでもないわ」
そうよね。ミャミュは忙しいから、一緒にはいけない……。わがまま言っちゃダメね
ミャミュはティアラ専属のメイドという立場だが、この屋敷にメイドは一人、完全にティアラに付き添うのは難しいのだ。
「ティアラ? 何か言いたいことがあるなら言ってよ?」
「大丈夫よ。何でもないわ」
「それならいいんだけど……」
心配そうにティアラを見つめるアミリスに、ティアラは作り笑いで応じる。
迷惑はかけられない。ミャミュにも来てほしいというこの気持ちも、封じ込めないといけないのだ。
今日の予定が決まったということで、ティアラたちはようやく食事にありつく。
他愛のない会話を繰り広げながら食事をし、やがてそれが終わるとティアラは出かける準備をしに部屋へ戻った。
十時くらいになると、ミャミュがアミリスたちが出かける準備ができたと呼びに来てくれ、一緒に玄関へ向かった。
「あ、来たよアドバン!」
玄関前で待つアミリスが、ティアラが来たことをニコニコしてアドバンに知らせる。
そんなアミリスの様子に、ティアラは少し頬が緩んだ。
そのティアラの前で少し屈んだミャミュが言う。
「それじゃあ楽しんで来てね? ティアラちゃん」
「うん、ミャミュも……えっと、頑張って」
「うん! ありがとう」
そう言って立ち上がり、ミャミュはアミリスに『準備しとくから、夕方までには帰って来てね』とだけ言ってその場を去っていった。
「それじゃ行こっか」
「だな」
そう言って玄関から外に出る。そのまま庭を進んで、門をくぐり森の中を歩いていく。
「それにしても、三人で王都に行くのは結構久しぶりだね」
「そうだな」
『ねぇティアラ、王都って近くなの? 歩いて行くの?』
「ううん、途中で転移魔法陣を使うわ」
「ティアラ?」
「は、はい!」
「ふふっ、緊張してるの? まぁそうよね。三人でお出かけなんて久しぶりだもんね。いつもごめんね? お母さんたち時間取れなくて」
「ぃ、いいのよ。あたしは、別に……気にしてないから」
「……でも寂しくなったら言ってね?」
そんなの言えるわけ……
「ティアラ?」
「ううん、何でもないわ」
瞬間的に笑顔を作って、ティアラは応じる。
変に両親の心配事を増やしたくない。
しばらく森の中を歩くと、開けた場所に着く。
その中心に石でできた六角形の足場がある。草木の生い茂るこの光景の中じゃ、とても異物感が強い。
三人はその石の上に立つ。するとアミリスが『私がやるね』と言い、少しすると地面の石に刻まれた魔法陣が淡い桃色に光りだす。
そこでようやく、これがティアラの言っていた転移魔法陣のだとティアは理解した。
次の瞬間、眩い光が視界を包み込み、ティアラは思わず瞳を閉じる。そして数秒が経過し、
「着いたぞ、ティアラ」
アドバンの声を聞いてティアラが目を開ける。
その瞬間、ティアラの視界を王都を囲う大きな塀が埋め尽くす。
『わぁデッカイ!!』
「ひやぁ!」
そのあまりの大きさにティアが感嘆の声を上げると、その声の大きさに驚いてティアラは思わず肩をビクッと震わした。
「ど、どうしたティアラ?」
「な、何でもないわ」
驚くティアラに驚いたアドバンが問いかけるも、ティアラは何とか平然を装う。それから怒った様子でティアに言う。
「ティア、声大きい……」
『ご、ごめん……。というかねぇティアラ、魔法陣ここないよ? どうやって帰るの?』
「一般人が使えないように見えなくなってるのよ。もともとこの転移魔法陣は、お父様とお母様が王都に来れるように作られたものだからね」
『ティアラの両親って一体何者なの……』
「それと下手に話しかけてこないでちょうだい。バレたら大変よ……」
『ごめん……』
精神世界でティアは肩を落とした。
「ティアラ、さっきから一人で何喋ってるの?」
顔を覗き込んでくるアミリス。
「え!? ううん、何でもないわ!」
「ホントにぃ?」
「ホ、ホントよ」
怪しいとばかりに見つめてくるアミリスに、ティアラは動揺する。
「そっか。それじゃあ王都に行こ?」
「えぇ」
そんなわけでティアラは何とかアミリスの疑いを躱す。
それから三人は門に向う。すると門の警備や検問をしている人が見えてくる。その人がこちらを向くと、目を見開いて慌てた様子で近づいてくる。
「団長? 今日は休みってませんでしたっけ?」
「あぁ、ちょっと家族で出かけにな」
「そういうことでしたか。ではお通りください」
「ありがとう」
そこで会話が終わり、検問をせずにそのまま門の下をくぐり王都に入る。
「さてと、ティアラどこから行きたい?」
「そうね。まずはミリティアさんに会いに行きたいわ」
「ミリティアか。よしじゃあ本部に行くか」
ということで魔法騎士団本部に向かって歩き始める。
しばらく歩き続け、やがて大きな建物の前までやってくる。大きさとしてはティアラの屋敷より若干小さいくらいだ。
入口の両脇に衛兵が立っており、アドバンが軽く会話を交わし、それから中へ入る。
すると――、
「あ! ティアラちゃ~~~ん!!!」
「うわぁぁあ!?」
中に入った瞬間、すぐそばの椅子に座っていた女がティアラに駆け寄って抱きつく。
右に結ばれたピンク色のサイドテールの髪が勢いよく揺れ、同じくピンク色の瞳がキラキラと輝いている。
「ティアラちゃん久しぶり! 会いたかったよぉ!」
「ミ、ミリティアさん、苦しい……」
ティアラより頭一つ分高い女性――ミリティアが、ぎゅうぅと抱きしめてくる。
身長は百六十センチくらいだろうか。年齢はたしか十六歳だ。
「だってこんなに久しぶりに会えたんだもん! いっぱい抱きしめないと!」
とそう言ってさらに力を強めるミリティア。
「ちょっ、待ってミリティアさん! 苦し……無理、無理ぃ……」
「わぁ! ごめんごめん、大丈夫?」
「苦しかった……」
「ホントにごめん……」
そう言ってまた抱きしめてくるミリティア。
けど今回は優しめだ。何というか、慰めるような抱擁だった。
「相変わらずミリティアに好かれてるな、ティアラ」
「ぅ、うん」
「だってティアラちゃんかわいんだもん! 仕方ないじゃん! 団長はティアラちゃんがかわいいと思わないわけ!?」
「そうは言ってないだろ……」
ティアラに抱き着いたまま振り向いて言うミリティアに、アドバンがさらに呆れ顔を強くして応じる。
「ミリティアおはよう!」
「アミリス! おはよぉ!」
そう言ってアミリスに抱き着きに行くミリティア。
ようやくミリティアから解放されたと、ティアラは一息つく。
「そう言えば今日はなんで来たんだっけ? そうだ! ティアラちゃん! 私わたしに会いたかったんだって? かわいいなぁもう!」
「わぁ!」
また抱き着かれ、ティアラは身動きが取れなくなる。
『忙しい人だねこの人』
「そうなのよ……」
「うん?」
「何でもないわ……」
「そう言えばアルはどうした?」
「アルなら」
「ここだ……」
声の方へ振り向くと、先ほどミリティアが座っていた椅子、そこからテーブルを挟んだもう一方の椅子に男が座っている。
アルと呼ばれたその男は白い短髪と、がっしりとした体つきをしていた。そして何より目を引くのは、赤と青と黄色が混ざり合うまるで花火のような瞳だ。少々攻撃的な顔立ちだが、表情は落ち着いている。
というか、なんか疲れているような。その様子に小首を傾げたアミリスがアルに問う。
「どうしたのアル?」
「お前ら来るまでミリティアにトランプさせられてたんだよ」
『トランプ!?』
「今は休憩時間か?」
「あぁそうだよ。ミリティアのおかげで時間が潰れた。俺はぁ……」
「そうだ! ティアラちゃんも来たことだし、皆でトランプしよ!」
「は?」
立ち上がろうとしたアルが、ミリティアの予想外の言葉に動きを止める。
「ね? アミリス、アドバンいい?」
「まぁ時間はあるが、けどアルは……」
「ティアラちゃんは?」
「私は、まぁ、いいわ……」
「やったぁ!」
そう喜びの声を上げて、ミリティアはようやくティアラを抱きしめるのをやめる。それから逃げようとするアルの手を掴んで引き留め、腕にしがみつく。
「逃げないで! アルもトランプする!」
「――チッ! わかったから胸当てってくるのやめろ!」
「なにぃ? 意識してんの?」
ニヤニヤした笑みを浮かべ、さらに胸を密着させるミリティア、にアルが拳骨をかました。
「痛ったぁい!!」
「もう一発食らいてぇか?」
「や、やめるからやめてぇ……」
頭を押さえて腕に抱き着くのをやめ、ミリティアは椅子に座る。そうすればアルはその隣に腰を下ろす。
「あ! ティアラちゃん隣座って、ね?」
「ん、わかったわ」
アミリスとアドバンに挟まれ、ミリティアたちの向かいの席に座っていたティアラだが、ミリティアにそう言われ席を移る。と、抱っこされた。
「ちょっ! 隣に座るだけだじゃ!」
「ダ~メ、ティアラちゃんは私に抱っこされるの」
「これじゃ手札見えちゃうわよ」
「ならティアラちゃんと私は一組ってことにしよう、ね?」
「もう、何でもいいわ……」
ミリティアのあまりのしつこさに、ティアラは抵抗を諦めた。
ミリティアがトランプをシャッフルして、みんなに配る。
トランプはプラスチック製、などではなく、木製なのが見てわかる。
この時代でここまで薄くかつ強度を持った木製のトランプを作れるというのは驚きだが、魔法技術などを応用して作っているのだろうか。などと、ティアは考える。
「何するの?」
「う~んとねぇ、ババ抜きとか?」
『ババ抜き!?』
「――――ッ!?」
「ど、どしたのティアラちゃん!?」
「な、何でもないわ」
ティアのバカ!
あまりに大きく驚くものだから、ティアのその声にティアラは驚いて体が跳ねてしまった。
ミリティアは不思議そうな表情を浮かべながらも、ティアラの言葉を信じて言う。
「そうなの? それでえっとババ抜きでいい?」
「私はいいわ」
「私も」
「俺もだ」
「何でもいいから早くしろ」
と、ミリティアの問いにティアラ、アミリス、アドバン、アルの順番で返事が返る。
それに『わかった!』と頷いたミリティアが残りのトランプを配り、やがて終える。
それから揃っているカードを捨て、ゲームスタート。
『同じだ……』
「――――」
同じって何のことよ……
聞きたくても人がいる、ましてやミリティアの膝の上に座っている今、聞けるはずもなかった。
正直ティアの発言は気になるが、あとで聞こうと決めてティアラは意識を現実へ引き戻す。
「ティアラちゃん、アミリスのカード引いていいよ」
『カード……』
精神世界、ティアはミリティアから出た更なるキーワードに頭を悩ませる。
トランプにカード、ババ抜き……
ティアのいた世界にあった遊びと言葉だ。
ババ抜きに関して言えば、恐らく日本でしか使われていない言葉だろう。それがなぜこの世界でも使われているのか、ティアは考えていた。
やっぱり、日本人の異世界転移者はわたしが初めてじゃないのかも……
もし仮に、過去に日本人がこの世界へ転移して、トランプやババ抜きという概念をこの世界の人たちに教えて、それが広がったのだとしたら納得はいく。
もしくは、この世界がわたしのいた世界と単に似ているだけとか?
ひずるはしばらく考え続けるが、答えは出なかった。




