第27話「ドレスみたいなひらひらでかわいいなぁ」
横浜駅の改札前に着くと、そこにはもう小桃ちゃんの姿があった。
「小桃ちゃん、おはよ! 待たせた?」
俺が声をかけると小桃ちゃんはばっと顔を上げる。
「ほ、畔くんっ、おはよっ! ぜんぜん待ってないよ……!」
今日の小桃ちゃんはレモンイエローの細かいギンガムチェック柄のワンピースをさらりと一枚で着こなしていた。ピコレースで縁取られた大きめの白襟が爽やかだ。
「かわいい服着てるね。それどこで買ったの?」
「ここの駅ビルのショッピングモールで……」
「マジ? 今度探してみよ」
テストで全教科30点以上を取れたら一緒にお出かけに行く……その約束を果たしにきた。今日は小桃ちゃんと二人きりだ。
電車に乗り込み、隣に座る。片道40分弱はなかなかの遠出だ。
「畔くん、これがこの服のお店なんだけど……」
小桃ちゃんはスマホの画面で服屋の公式サイトを見せてくれた。
「ありがと。リンク、LINEで送ってくれる?」
「うん」
もっと緊張するかと思っていたけれど、意外とリラックスできている。俺の好きなファッションの話題からスタートしたからかもしれない。
目的地の駅で降りると、いっそう眩しく太陽が照りつけてきた。
「わっ、すごい日差し。小桃ちゃん、日焼け止め塗ってきた?」
「うん、ばっちり! あとお母さんが折りたたみの日傘持たせてくれたから」
「パーフェクトじゃん。それなら安心だな」
二人して折りたたみの日傘を広げる。行き先は水族館なので、荷物になる長傘よりこっちのほうが取り回しがいい。
水族館の入り口でチケットを買い、いざ中に突入する。
「涼しい……!」
小桃ちゃんはちょっと驚きつつも嬉しそうだ。
「外が本当に暑かったからすげえ涼しいな。今日の行き先ここにして正解だったよ。提案してくれてありがと」
「ううん、小桃もそこまで考えてたわけじゃなかったから。でもよかった!」
水族館に行きたい、と行き先を希望してきたのは小桃ちゃんだった。俺が決めたらショッピングモールで延々と洋服巡りに違いないので、自分からは出てこない発想を持っていてくれるのはありがたい。まあショッピングモールもエアコンは効いているだろうけれど、青い水槽に囲まれたこの空間は水族館ならではの清涼感だ。
大水槽でゆったり泳ぐ海の生き物たちを眺める。
「この水槽の中、100種類くらい生き物居るんだって」
「すごいね……!」
きらきらと輝く銀色の魚の群れを目で追いかけたり、エイの裏側の顔のような模様を見てほっこりしたりする。あの顔のような部分は実は鼻らしい、と解説を見て初めて知った。
深海生物や調査船の展示の文章を流し読みしながら歩いてゆくと、クラゲのコーナーにやってきた。この展示はかなり有名で、印象的な球体のクラゲの水槽はネットでこの水族館のことを検索すれば一番上にヒットする。
「畔くん、きれいだね……! クラゲがふわふわしてて癒されるかんじ……」
「うん。ドレスみたいなひらひらでかわいいなぁ」
そういえば何年か前にクラゲをモチーフにしたドレスがオランダのファッションショーで披露されたよなぁ、などと思いを馳せていた。
そうしてしばらくクラゲのコーナーに留まっていた。一番人気の展示なだけあって、ここでのんびりとした時間を過ごす人も多いようだ。家族連れやカップルと思しき組み合わせのお客さんも多い。腕を組んでくっついている人たちを見かけると、おお……堂々とイチャついている……などと思った。
……小桃ちゃんは、そういうことを期待してるだろうか。
「けっこうここに長居しちゃったね。次のところ行こっか!」
「うん」
そう言って歩き出す小桃ちゃんにちょっとほっとしながら、次の場所へ向かった。
難しそうな研究の展示をやや素通り気味に抜け、海を見渡せるカフェを通りすがる。
「小桃ちゃん、喉乾いてない?」
「小桃もそれ言おうと思ってたの! なんか飲み物買いたいな」
メニューを見ると、キーホルダー付きドリンクなる飲み物に目が留まった。おまけの海の生き物キーホルダーもかわいいのだが、飲み物自体も青と白のグラデーションが美しい。どうせなら他の場所ではお目にかかれないような限定メニューに心惹かれるものだ。
「このキーホルダー付きドリンクにしない?」
「賛成っ!」
意見が一致して一緒に同じドリンクを注文する。窓から差し込む日の光にかざせば、透き通っていっそう綺麗に見えた。
「写真撮ろうよ」
「うん!」
小桃ちゃん単体、俺単体、ツーショット、ドリンクを並べた構図……いろいろな写真を満足いくまで撮ってから飲み始めると、ちょっと溶け始めていた。
「冷たくておいしい~」
「ちゃんと味もおいしいのが嬉しいな。こういう映えな食べ物って味はイマイチってこともあるから」
「そうだね! 炭酸がしゅわしゅわしてすっきりする……すっごい夏満喫してるかんじだね」
「暑いのはあんまり得意じゃねえけど、こういう夏っぽいことするのは好きだな」
「わかる。もうちょっと気温低くてもいいんだけどね?」
水平線のきらめきを眺めていると、隣の小桃ちゃんはキーホルダーを見つめていることに気づいた。
「えへへ、おそろい……」
小さくそう呟いている小桃ちゃんはなんともいじらしかった。
「そろそろイルカショーが始まるみたいだよ。見に行かない?」
「行く!」
飲みかけのドリンクを手にショースタジアムへ赴くと、ほぼ満席状態だった。後ろの方の席を見つけて座る。
「さすがに前の方の席は空いてなかったな」
「前は水しぶきで濡れちゃいそうだから、後ろでいいよ」
「それもそうだ」
キューと鳴くかわいいイルカのショーを楽しんだ後、飲み終わったドリンクを片付けて展示を進んでゆき、最後におみやげショップに入った。
「うちにお菓子でも買ってこうかな。小桃ちゃんは何買う?」
「小桃もお菓子は買いたいなぁ」
いかにもお土産といったパッケージのお菓子を手に取りつつ、小桃ちゃんはぬいぐるみコーナーを物色し始める。
「ぬいぐるみ、好き?」
「うん。でもおうちにいっぱい居て、もうベッドの上に乗りきらないの。増やしても飾れないかも……」
ぬいぐるみに囲まれて眠る小桃ちゃんは想像に難くない。
「だから今回はぬいぐるみはやめとこっかなぁ……あっ」
小桃ちゃんはクラゲのぬいぐるみを棚に戻し、別のグッズに目を留めたようだった。
「なにかいいもの見つけた?」
「これ、日傘だって。かわいい」
それは白い日傘だった。水色の波模様の縁取りが爽やかなデザインだ。
「日傘のプロの畔先生的にはどう? お見立てお願いします」
「任せなさい。おっ、これ有名な傘屋とのコラボ商品なんだ。遮光、UVカット、遮熱……うんうん、これなら買いだな!」
「お墨付きありがと! 今日はお母さんの日傘で来たから、自分用の日傘を持ちたかったんだ」
「そうなんだ、いい巡り合わせだったね」
そうして大満足の買い物を終え、近くのファミレスで遅めのランチを食べた。少し辺りを散策してみたけれど、暑すぎるのでやめようということになり、切り上げて横浜まで帰ってきた。駅ビルの中のショップをいくつか見ていると、小桃ちゃんが立ったままうとうとし始めたので声をかけた。
「眠い? 今日いっぱい歩いて疲れたよな、外暑かったし」
「う、うん……えへへ、実は今日が楽しみすぎて昨日あんまり眠れなかったんだ」
そういえば帰りの電車の中でも小桃ちゃんはうたた寝をしていた。
「そろそろ帰ろっか」
「うん……名残惜しいけど、そうする」
駅の改札を通れば、反対方面の俺と小桃ちゃんはすぐそこでお別れだ。
「あっ、あのね、畔くん。今日、とっても楽しかったよ!」
「俺も楽しかったよ、ありがとう。今日はお風呂入ったらゆっくり寝るのがおすすめです」
「そうするね。……うん。じゃあまた学校で!」
「またね」
そうして手を振って小桃ちゃんを見送り、俺も帰路についた。




