第22話「隠しているものがあるでしょう。出しなさい」
もうこのまま誰も来ないのだろうか、と思っていた矢先、入り口のベルがカランと音を立てた。
「ちわー。今日ってやってます?」
中の様子を伺いながら入ってきたのは……なんと茨咲さんだった。
「茨咲さん! いらっしゃいませ、やってるよ」
「鵠沼じゃん、おっすおっす」
俺が茨咲さんに挨拶していると、事務所から店長も出てきた。
「ねむねむさん! 来てくれたんですね、ありがとうございます。見ての通り今日は貸し切り状態ですよ」
「営業中みたいでよかった~。売上に貢献してあげにきましたわよ」
「足向けて寝れませんわね~」
茨咲さんと店長は冗談めかして親しげに笑い合う。ねむねむさん……? 変わった愛称だ。
「んじゃいつもの席で」
茨咲さんは迷いなく一番奥の窓際の席に腰掛けた。
「ご注文はお決まりですか?」
俺がオーダーを伺いにいくと、茨咲さんはメニュー表も見ずに答えた。
「ビーフシチューにCセット、ドリンクはホットコーヒーで。あとは……鵠沼のおすすめのデザートは?」
そういう頼み方をするお客様もたまにいらっしゃるので、俺は受け答えのパターンを決めておいたのだ。自信満々に答える。
「六月限定の紫陽花ゼリーポンチがイチオシです」
「ほう? これか」
メニュー表に挟まっている期間限定スイーツの紙を見て茨咲さんが頷く。
「いいね、じゃあそれで」
「ビーフシチューは調理にお時間がかかりますが、よろしかったですか?」
「大丈夫、作業してるから」
「かしこまりました」
俺は厨房に下がり、店長にオーダーを伝える。
「ねむねむさんありがたいね」
何を隠そうビーフシチューは当店のメニューの中で一番高額なのだ。それと同時に常連客なら知らない人は居ない人気メニューでもある。俺も特別なお祝いの機会があればかこつけて食べてみたいと密かに思っている。ちなみにCセットはライス、サラダ、スープ、ドリンクがついたいちばん豪華なセットメニューだ。本当に売上に貢献してくれている。
「そうですね。ところで、ねむねむさんってなんですか? あだ名?」
「あれっ、鵠沼さんは聞いてないのか。じゃあ秘密にしておこっかな」
「気になる言い方しますね……」
「本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
それもその通りだ。
「こちらがサラダとコーンスープです」
俺がテーブルに注文の品をサーブしに行くと、茨咲さんはヘッドホンをつけてノートPCでなにやら作業していた。なるほどそれでこの席なのか。ここだけが店内で唯一コンセントを使える席なのだ。
「ありがと~。置いといて」
邪魔したら悪いかな……と思い、その場は何も言わずに下がった。
しばらくしてビーフシチューができあがった頃にもう一度向かった。
「お待たせいたしました、ビーフシチューとライスでございます」
今度は茨咲さんはヘッドホンを外して作業の手を止めた。
「あの、ひとつ訊いてもいい?」
「内容によるけど言ってみなさい」
「なんの作業してるの?」
「動画編集」
茨咲さんは嫌がるふうでもなくさらりと答える。確かに堂々と作業しているくらいなのだ、訊かれて困るようなことは出先ではやらないだろう。
「へぇ! そういうのやる人なんだ」
「ノートPCじゃ限度があるから、短めの動画だけだけどね~。長尺のやつはデスクトップPCじゃないとスペック足りないし」
「なるほどね。自分で動画録ってるの? それとも他の人の動画の編集作業だけやってるとか?」
「これは自分の動画。他の人の動画の編集も頼まれたらやるけど、守秘義務とかあるから外ではやんないよ」
「しっかりしてるんだなぁ……。店長が呼んでた『ねむねむさん』っていうのはクリエイターとしての名義?」
「そう」
茨咲さんはノートPCを閉じて端に避け、ビーフシチューの器を引き寄せた。
「お熱いのでお気をつけください」
「知ってる~」
俺はぺこりと頭を下げ、その場を後にした。
***
その後茨咲さんは閉店時間ギリギリまで作業をして、テイクアウトのヒレカツサンドを手に帰っていった。夜食にすると言っていたが、なかなかよく食べる人だ……。
予定通り聖海ちゃんと早めに上がって、いつものように一緒に電車に揺られて帰った。
帰宅すると玄関で母さんが待ち構えていた。
「ただいま母さん」
「おかえり畔。ちょっとリビングに来てくれる?」
「はい」
おっと……? 有無を言わせない様子に俺はちょっと緊張しながらついていった。なにかやらかしただろうか。
リビングのソファに座ると、母さんは間髪入れずに言った。
「畔、隠しているものがあるでしょう。出しなさい」
「隠しているもの……?」
ぱっと思いつかずに首を傾げる。俺が全然分かっていない様子だったからなのか、母さんはヒントを出してくれた。
「封筒があるんでしょ?」
封筒……? あっ!
「もしかしてこれのこと?」
言われてようやく思い出し、鞄の中に入れっぱなしになっていた封筒を差し出した。
「盛夏服の代金ね。自分で払うつもりだったの?」
「いや、まあ。だって双子を育てるとか金銭的に大変だろうし、自分のことは自分で面倒見れるようになりたくて」
俺が口籠りながら言うと母さんはちょっとジト目になりながらため息をついた。
「ばか。子供の面倒は親が見るものなんだから、制服代くらいのことでいちいち気にしないの」
「でも、盛夏服は任意のもので、買わない人も居るし……」
「この鵠沼深森が制服代すら払えないと?」
「いえ、はい、すいません」
こういう圧を出してきたら逆らうことは不可能だ。俺は素直に折れることにした。ちなみに母・鵠沼深森は業界ではなかなか有名な建築家である。勿論母さんがお金を持っていないなどとは思っていないけれど、家族なのに一方的になにかしてもらい続けるのもなんとなく心苦しさがあるのだ。
そういった俺の心境を見抜いてか、母さんはふっと穏やかな口調に戻って言った。
「お母さん、久しぶりに畔のロールキャベツが食べたいな。カットトマトたっぷり使ったやつ」
ロールキャベツは母さんの好物であり、俺の得意料理だ。
「任せて。今週末でいい?」
母さんはにっこり笑って答える。
「楽しみにしてるね」
***
風呂に入りながら、いろいろなことを思い返していた。
聖海ちゃんの味覚のこと、盛夏服のこと。なんだかんだで楽しかった試着会のこと。きっと盛夏服の代金の話をしたのは閑だろう。閑も盛夏服を着るのだろうか。すごく似合いそうだ。
薔薇の香りのシャンプーを泡立てながら思いを馳せる。そろそろシトラス系のシャンプーに変えようかな。季節によって香りを変えるっていうのもおしゃれなんじゃないかな。
そういえば茨咲さんが動画編集の話をしていた。どんな動画を作っているんだろう? 動画投稿サイトで見れるだろうか。
取り留めのない思考を巡らせて風呂を出た。
一通りのスキンケアとドライヤーを済ませて部屋に上がり、PCを立ち上げる。ミネラルウォーターで乾いた喉を潤しながら動画投稿サイトを開いた。
普段俺は美容系の投稿者ばかり見ているので、ホーム画面にも美容系の動画がおすすめとして表示されている。何気なくスクロールしてふと手が止まった。見慣れた人の顔が目に飛び込んできたからだ。
「茨咲さんじゃん!?」




