第21話「変じゃないですよ! とってもかわいいです!」
試着室の中で盛夏服に着替える。冬服と夏服を持っているので自分に合うサイズは把握しているつもりだが、ワンピースは上下で分かれている服とはまた異なったシルエットになるので試着は必須だろう。総丈は合っているけれど腰の高さと生地の切り替えの位置が合わないなんてこともザラだ。
簡易試着室はカーテンでぐるっと覆っただけの空間なので、着ている自分の姿を確認するなら一旦簡易試着室の外に出て姿見で見る必要がある。前面にずらりと並ぶボタンに閉め忘れがないか確認していると、もう一人誰かが採寸会場に入ってきた。誰だろう、と思いながら試着室を出る。
「わあっ! 畔さん、とっても似合ってますね!」
俺に向けて第一声を放ったのは――
「わっ、雪姫ちゃん!? びっくりした」
今しがたやってきたばかりの雪姫ちゃんだった。
「ふふ、驚かせてしまいましたか? ごめんなさい、こんなに賑わっているとは思ってなくて。屋上庭園のお手入れが終わったのでこっちに来たところだったんですよ」
「なるほどね……どうかな? 変じゃない?」
「変じゃないですよ! とってもかわいいです!」
雪姫ちゃんは屈託のない笑みを浮かべて力強く肯定してくれる。
「……か、かわいい?」
「はい、かわいいです! 盛夏服の季節が待ち遠しいですね?」
「へへ……うん、真夏がすごく楽しみになったよ」
俺はすすす……と小走りで白砂さんのところへ向かう。
「服のサイズで気になるところはありましたか?」
「これ、どのくらいカスタマイズできます? ウエストの切り替えの高さって調節できますかね……?」
「できますよ。どう調節したいですか?」
「もう少し高い位置に」
「確かに今の高さだとちょっと低いですもんね。少し高くするだけでもAラインを強調したガーリーなシルエットになりそうですね」
「はい、仰る通りでして……」
「はは、かわいさへのこだわりがすごいですね。何センチ上げます? ちょっと測らせていただいても?」
「お願いします」
俺が白砂さんと相談している間に、小桃ちゃんが着替え、瑠璃羽ちゃんが着替え、代わる代わる盛夏服を試している。真夏が来たらたくさんの生徒たちが盛夏服になるだろう。白いセーラーワンピース姿の人々が行き交う廊下を思い浮かべてみた。やっぱりぐっとくる。
「鵠沼さんは随分山手清花の制服が気に入っているようですね」
「はい、かなり。同じ清花の系列でも、他校だとセーラーカラーじゃないところばかりですよね。なので自分の通える山手清花がセーラーカラーでよかったです」
「はは。他校の制服までチェックしてるなんてよっぽどですね。他校の清花でもリボンの誓いってあるんですかねー?」
白砂さんは見積書を記入しながら何気なくそう言った。
「リボンの誓い?」
俺は耳慣れない言葉を反芻して問う。
「あれっ、鵠沼さんはご存じでない? 俺が山手清花に在学してた頃からある噂話なんですけどね。愛し合う二人はお互いの胸元のリボンを贈り合い、自らの気持ちが決して変わらないことを誓う……ってやつなんですよ。よくあるやつですよねー」
よくあるかどうかは知らないが、その話は初耳だった。
「そうなんですね?」
「ま、それが争いや不和のもとになることもあるんで一長一短ですけどね。はい、こちらがお見積書です」
「ありがとうございます」
既存の型とは異なる長さで作ってもらうため、やはり俺の盛夏服の値段はお直し料金込みだった。まぁバイト代もあることだし問題ないだろう。
「入金期限があるので、忘れずに親御さんにこのお見積書を渡してくださいね」
「はい」
白砂さんは慣れた所作で封筒に見積書を入れて渡してくれた。
「小桃ちゃんと瑠璃羽ちゃんも決まった?」
「うん、お待たせ。小桃は既定のSサイズで大丈夫そう」
「わたくしは裏地のオプションを少々……」
瑠璃羽ちゃんは裏地の生地を変える豪華なオプションつきにするらしい。彼女の選んだ裏地の見本を確かめては、肌触りのいい布地だ……と感動してしてしまった。俺もいつかは好きな生地で服をオーダーメイドできるような大人になりたい。
「雪姫ちゃんも盛夏服買うの?」
「検討中です。でも、みんなが着ているところを見てたら羨ましくなっちゃいました。かなり買う方向で傾いてます」
「いいね。それじゃ俺たちは先にお暇するから、ごゆっくり」
「はい」
俺は小桃ちゃんと瑠璃羽ちゃんと連れ立ってその場を後にした。
***
「お疲れ様でーす」
バイトの日、俺は傘を手に店にやってきた。今日は梅雨寒の空模様で、制服の夏服の上にカーディガンを合わせている。事務所にはちょっとのんびりモードの店長と、シフト開始の時間まで勉強中の聖海ちゃんの姿があった。
さっと着替えて戻ると、まだ二人はそこに居た。
「今日はまったりの日ですか?」
「そうですねー。平日でしかもこの天気じゃあねー」
店長も売上が見込めなさそうといった反応だ。それなのにバイト代を出してもらうのはちょっと申し訳ない。交渉して、俺は今日はちょっと早めに上がることにした。聖海ちゃんも同じようにするらしい。
珍しくお客様の居ない店に出て、俺と聖海ちゃんは掃除に取り組んだ。この感じだと上がる時間までに全部の席がピカピカになりそうだ。
普段は行き届かないような隅まで拭きながら、俺と聖海ちゃんは雑談をしていた。度を越さなければ店長も口うるさく咎めたりはしないと分かってきた頃だった。
「畔も盛夏服買うんだね」
「聖海ちゃんは?」
「僕も買うよ。爽やかでかわいいよね、ワンピース」
「だよね!」
「夏だし、青いリボンとも合いそう」
聖海ちゃんは自分が普段着用している男子制服の青いネクタイのことを思い浮かべているらしい。
「いいね。青いリボンを合わせた盛夏服、聖海ちゃんに似合いそう」
「畔も青いリボンつけてみたら? きっと似合うよ」
「夏だけ限定でリボンの色変えるのもおしゃれかもなー。でもそしたら髪のリボンの色と合わせないとかな、トータルコーディネート的に」
それは閑の水色のリボンの方が合いそうだな、などと思った。
しばらくそうやってぽつぽつと話していた。
「聖海ちゃんは」
「なに?」
「……食べ物の味が分からないのに、なんで飲食店をバイト先に選んだの?」
ちょっと躊躇いがちに切り出したが、聖海ちゃんが気を悪くした素振りはなかった。
「制服がかわいかったから」
「俺と同じじゃん!」
「っていうのは、理由のひとつで」
「ほう。他の理由は?」
「……僕はあんまり食欲ないから、つまみ食いする心配はないですよ。って面接のときに店長には伝えたよ。笑ってた」
「それは俺でも笑うかも」
俺たちはくすくすと笑いあった。
「じゃあ、店長は聖海ちゃんが食べ物の味分からないの知ってるんだね?」
「うん。理解してくれてる」
「よかった。店長ほんといい人だよね」
店長は何かと多様な在り方に対して理解を示してくれる。いい職場だ。
「たまに……美味しそうに食べてる人の顔を見ると羨ましくなることもあるけどね。気に病んじゃうほどじゃないから大丈夫」
「そっか」
聖海ちゃんはほうきを壁に立てかけて奥の方の席へと進む。そこは店の中で一番奥まったところにある席だった。窓から遠いその席は、調光のためにランプが置いてある。マホガニーブラウンのテーブルの上に鎮座するそのランプは、マスカットの形を模して作られていた。
「そのランプいいよね。ベネチアンガラス?」
「畔は物知りだね」
「かわいいものに目がないんだよ」
「畔の『カワイイ』は多岐にわたるね。ジャンル不問って感じ」
「かわいいものはなんでも好きだよ」
おそらくヴィンテージものと思われるそのマスカットのランプは、やわらかな光を放っている。聖海ちゃんはそのランプにそっと触れて、ぽつりと呟いた。
「僕ね、この席が好きなんだ。まだ味が分かった頃、マスカットが好きだったなぁって……懐かしく感じるから」
聖海ちゃんの静かな目は、どこか遠くに思いを馳せているように見えた。




