第16.5話(番外編)「誰かが困っていたらすぐに駆けつけられるように」
私は鵠沼閑、16歳。今年から私立山手清花学院高等部に入学した一年生。
あまり身体が強くなくてインドア派、趣味はお裁縫、得意科目は技術家庭。と言っても、料理は畔の方がやや得意。
双子の兄である畔は世間一般でいう「女装男子」というやつだ。でも、服装のカテゴリ名は正直どうでもいい。畔はカワイイ、それだけだ。
なにかと畔に面倒を見てもらいがちなので、私もできるだけ畔に恩返しがしたい。そう言うと、畔は必ず「別に恩返ししてもらうために閑の面倒見てるわけじゃない、家族なんだから気にするな」と答える。それでも私は、いつも他人のことばかり考えている畔の助けになりたいのだ。
だから、畔が「ミスコン優勝したい!」と言ったとき、心から嬉しかった。他人を優先する畔が、自分のための夢を持ってくれたから。私はそんな畔を応援したいと思っている。
そして今日は体育祭。雲一つない青空、絶好の運動日和。私にとっては紫外線の試練。迷わず日傘をさす。
なるべく日の当たらない席を確保し、日傘の下で観戦していた。
「こんにちは、閑さん。お隣、座ってもいいですか?」
声をかけられて顔を上げると、同じクラスの涼白雪姫がにこりと微笑んでいた。彼女もまた、日傘をさしていた。
「どうぞ」
涼白さんは座席の表面を手で軽くはらってから着席する。
私はファッションを観察するのが好きだ。全校生徒共通の体操着に面白味はないので、自然と彼女が持つ黒い日傘に着目していた。控えめなドット模様が入った一級遮光の日傘だ。ヒートカットのスカラップフリルを観察していると、涼白さんの方から話題を振ってきた。
「二人三脚、お疲れさまでした。転ばずに走れてよかったです」
「うん」
鈍足な私の二人三脚のペアはこの涼白さんだった。つまり鈍足コンビだ。練習の間もいくらか話していたので、他のクラスメイトよりは多少話しやすく、親しみを感じる相手だ。私はコミュ障なのだ。自覚はある。
「閑さんのお兄さん……畔さん、とっても速かったですね。あの灰ノ宮さんとペアを務めるなんて」
「畔は足速いよ」
誰かが困っていたらすぐに駆けつけられるように――走る練習をしたから速いのだ。畔の頑張りが褒められると、自分のことのように嬉しい。
「それだけ速いとなると、もしかして理事長杯にも?」
「うん。参加してる」
そのような話をしていると、グラウンドに理事長杯リレーの参加者が入場した。いかにも走り慣れていそうな体躯の面々は恐らく陸上部かなにかだろう、知らんけど。ショートカットの人ばかりだしたぶんそう。
そのさっぱりとした風貌の猛者たちの中に二人、非常に目立つ人の姿があった。二人の姿を見つけた観戦者たちの間にはざわめきが巻き起こる。
「あれ誰?」
「すごい目立つ人居るじゃん」
そういった反応が聞こえてくる。
片方は、私にとっても勉強会の先生である美魚川さん。もう片方は、我らが自慢の立役者、我が敬愛する兄の畔だ。
「ツインテの人はアレでしょ? 100m走で灰ノ宮さんを負かした人。名前なんだっけ?」
「分からん、後で調べよ。もう一人は?」
「そっちは灰ノ宮さんと二人三脚した人」
灰ノ宮瑠璃羽と並び立てることは、相当なステータスになるらしい。
「閑さん、お兄さんが注目されてますよ」
「うん。正直かなり嬉しい。やっと畔が世間に見つかった」
「そんな、アイドルを推してる人みたいな……」
涼白さんは苦笑いしている。面白い例え方をする人だ。
「みんな、畔の活躍を見るべき」
注目の理事長杯が今、始まろうとしていた。