パパさ、いつも城にいるよね
異世界魔王コメディー的な作品の第一話となります。
思春期の娘を持ち、家庭の居場所がない父親の気持ちに思いをはせながら書きました。
どうぞ試しに読んでみてください。
俺は異世界の魔王、デモノ・レーゴ・マルサノ・ディオ・マルフェリコ。
長いし、本名を呼ぶような不届きものは殺すから、基本的に、俺のことは皆、「魔王」と呼ぶ。
うちの家族をのぞいて。
嫁は元・魔王軍四天王の一人、ノルド・マルヴォ―ジョ、俺は「ママ」と呼んでいる。
ママとは、出逢ったときから、お互い惹かれ合っていたのもあり、130年の真剣恋愛の末、俺が5千回目の勇者パーティー討滅のタイミングでプロポーズして結婚した。愛するママだ。
そして一人娘のフィリーノ(愛称フィリ)は、そんな二人の愛の結晶であり、今年で17歳。
いまだ彼氏は連れてこない。連れて来たら確実にその男をぶっ殺す。
とまぁ、そんな感じで俺は、ママとフィリと俺の3人、家族みんなで、一生幸せに過ごせたら、それでいいと思っていた。
思っていたのに。
「パパさ、いつも城にいるよね」
ママが何気ない日常のなか、ぽつりと言った。
「ん?そりゃそうだろ、パパの城だもん」
「いつもいられると、正直息が詰まるんだよね」
「え?」
「家のことも仕事もしないでいつも城にいてゴロゴロしてて、正直目障りなのよね」
「ママ?」
「ごめんね、でもなんか止まんないからこの際、全部言うわ」
「ちょ、なにを?」
「パパさ、加齢臭ひどいしいびきもうるさいし、しゃべること昔の自慢話ばっかりだし、約束したこと忘れるし、靴下脱ぎっぱなしにするし、ご飯の食べ方汚いし、ご飯の感想も適当だし、テレビつけながら寝るし、束縛激しいし、子育ても疲れたし、私もう限界なの」
「え?え?あの、え?何言ってるの?」
「ちょっと実家に帰らせてもらいます」
「えええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
完全に不意打ちだった。青天の霹靂、寝耳に水、サイクロプスに目薬。
考えもしなかったことが起きた。
そして追い打ちをかけるように娘の反抗期も重なった。
「城の中のパパの肖像とか銅像とか全部なくしてくんない?」
愛娘のフィリがとんでもないことを言い出した。
「なんでだいフィリ?」
「パパがナルシストって普通に終わってるから」
「え?終わってる?」
「終わってる終わってる」
「いやいや待ってよフィリちゃん、パパ魔王だよ?この異世界でパパより強いやついないんだよ?強い立派な人が肖像になったり銅像になったりするのは当たり前なことで、ナルシストというか、妥当なくらいだと思うけど?」
「そこなんだよね、パパ本当に強いの?」
「はぁ!??????」
ここまで可愛がって育ててきた娘に、はじめて「はぁ!??????」と言ってしまった。
「強いに決まってんじゃん!?魔王だよ!?弱い魔王なんて聞いたことないっしょ!?」
「だってパパ戦ってるの見たことないし、パパいつも城でゴロゴロしているし!」
「強すぎて、パパと渡り合える奴がいまの異世界にいないだけだよ!!」
「信じらんなーい。魔王軍最強の将軍、オリエントさんとか、魔王軍随一の剣士サドさんの方が、よっぽど強そうだよ?」
俺の部下の二人の名前が挙がって、シンプルに嫉妬した。あの二人、ぶっ殺してやろうか。俺の四天王だからというだけで過大評価されてるんじゃないかマジで。
「それにぃ、最近の異世界の流行りは勇者パーティーだからね。勇者様たちマジイケメン。早くパパを倒しに来てほしいわぁ」
「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!??????」
魔王であることを忘れて、シンプルに一人のパパとして驚愕した。
クソザコ勇者パーティーごときがいまの流行りだぁ!?????パパを倒しにくるだぁ??????????
「冗談でしょフィリちゃん?」
「いやガチだし。ほら見て、いま、CheaT Tokでバズってんだよ勇者たち。マジ会いたーい」
娘が、魔力で動くタブレット、『MagiPad』を見せてきた。踊ってモンスターを倒す、チャラついた勇者たち。スクロールするたびに別のチャラ勇者パーティーが映し出される。
こんな軟弱野郎どもが流行ってるのか。
「この人たちみんなS級冒険者なんだって、城まで来られたら絶対パパやられちゃうっしょ」
は?
「フィリーノ。パパがやられると本気で思ってるのか?」
「もち(即答)」
は?
その晩、俺は全く寝れなかった。
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「ということがあったのだ」
翌日俺は、弟であり、魔王軍総帥のモルト(・レーゴ・マルサノ・ディオ・マルフェリコ)を魔王城に呼び出し相談していた。「黒翼のモルト」とあだ名される羽根をバサバサはばたかせて、笑いながら弟は言った。
「それは仕方ないんじゃねえの?兄貴はフィリちゃん生まれてからずっと子育て第一優先だったんだから」
「うぬぬぬぬぬ」
たしかにそうだ。
実のところそうなのだ。
俺は愛するわが娘フィリーノが生まれてから今日までの17年と数か月。娘の成長を見届けるために、魔王軍の職務はすべて部下に任せっきりにし、家事に関しては妻や家政婦どもにやらせて、俺はひたすら育児に専念していた。
ママのストレスを減らそうと、気が付いた時には率先しておむつだって替えたし、ママが疲れたらだっこやおんぶも代わりにしたし、ママに休暇を与えて、俺が1週間一人で面倒を見たことだってあった。この17年と少々。俺はフィリの子育てにすべてを費やした。
それゆえに。
娘は、俺が魔王として強いことを知らない。優しくておっちょこちょいなパパしか知らない。
だからあんな、うすっぺらいチャラついた勇者どもがパパを倒すなんていう、ありもしない妄想に取りつかれてしまったのだ。
見せてあげてなかったんだ俺は。父親の格好良い背中を。
「そりゃノルドちゃんも出ていくぜ?あの頃の兄貴は凄い格好良かった」
「なに?」
「今の兄貴はなんつーか、家庭を持って、ダサくなった」
俺の腕が速攻で弟の首を絞めていた。
「モルト、俺は冗談が嫌いだ。今の言葉は……なんだ?」
「苦しぃ…よ兄貴、かはっ、あ……冗談が、はぁ、嫌いなの、を、はっ、知ってる上で言うぞ、今の兄貴は、あの頃と違って、はぁ……ダセぇ」
――ダセぇ。
モルトを放してやると、俺は玉座に座り込んだ。
「皆、そう思っているのか?」
「ゲホッ、ゲホゲホッ、んは、まぁ、軍のみんな、十中八九思ってるはずだぜ、兄貴に心酔する俺ですら言うんだ、間違いねえ」
――そうか。
この弟は、いつだって正直だった。俺を愛し、信じ、尊敬のまなざしで見てくれた。その男が、殺される可能性もあるなか、俺にダサいといったならば、これは紛れもない事実だ。
「わかった」
「兄貴?」
「愛する弟のお前にだけは教えておく。俺はな、娘が生まれたら、ずぅっと、言われたいと思っていた言葉があるんだ」
「へぇ、初めて聞くな、なんて言葉?」
「パパかっこいい!」
「え?」
「パパかっこいいと言われたいんだ」
――ダセぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
モルトは初めて兄に幻滅したが、それは死んでも言わないと心に誓った。
「娘にダサいと思われ、妻に逃げられたのは俺の不徳の、いや家庭を省みすぎた俺のミスだ。俺はこれから、家族にかっこいいと思われるため、お前や魔王軍の部下どもに尊敬されるために、」
俺はキメ顔で言い切った。
「勇者どもを滅ぼしてやる」
いかがでしたか。
たぶん世の中にはたくさんいるはずです。家族のために生きてきたのに、
ないがしろにされているパパたちが。父親賛歌の物語、次回もお楽しみに。