プロフェッショナルな召喚勇者
これを書くのに一ヶ月。遅筆過ぎる。
ゴゴウと音を立てて足元の魔法陣が放つ光は徐々に落ち着いていった。光量が目を焼かない程度まで下がると俺はカッと目を開けて周辺の状況を探った。
辺りは仄暗い。察するに地下で召喚の儀式が行われたパターンだろう。そして周りのローブはその術者で、真ん中の高そうな服を着ているのが王或いは宰相。状況把握完了。
「成功……成功だ……!」
「ま、まさか本当に出来るなんて……」
「状況は?」
「……え?」
「状況は?」
ちっ。これだから召喚初心者は困る。俺は走り出した。
「……え!?」
「……お、お前ら! 何やってるんだ追え!!」
遥か後方から何やら聞こえるが無視。
俺は走りながら探査系の魔術を起動……失敗。
階段を駆け上がりながら探査系の異能を使用……失敗。
邪魔な兵士の首をキュッと締めながら探査系のスキルを発動……成功。半径十キロメートル内の情報が頭に流れ込んできた。
この世界ではスキルしか使えないらしい。それほど珍しいことでもないし前回も同じだったので問題は無し。
探査系スキルを追加でもう二百ほど発動しようとしたが何故か出来ない。視界の端に文字が表示された。
〈勇者サトウ レベル1〉
〈現在のレベルではスキルの同時発動はできません〉
この世界はレベル制であり、スキルもある。なるほど。俺は納得をし地下を出て目の前に居た兵士を殴り飛ばした。
突然の強い光に目を細める。やっと外に出たか。天気は雲一つ無い気持ちの良い快晴。絶好の魔王討伐日和である。俺は更に足を早めた。
レベル制の世界は強さが分かりやすいという利点があるが、カンストさせても次来た時には最初期のレベルに戻ってしまうという欠点もある。俺が嫌いな世界法則の一つである。
俺は憂晴らしにもう一人の兵士を蹴り飛ばすと同時に、一旦探査スキルを切る。そして、大分前にウロボロなんとかから奪ったスキル【理外】を発動した。
これの効果はありとあらゆる法則を一つだけ捻じ曲げられる。今回捻じ曲げる対象はレベル。これでスキルの同時発動が出来るだろう。
俺は今度こそありったけの探査系スキルを発動した。成功。頭の中に立体的な地図が描かれ、更に生物の位置が描かれた。その中でも強い反応が南に五つある。中でも強大な一つが今回の魔王だろう。
魔王とは勇者が呼ばれる大抵の原因であり、今となってはスライムとそんなに変わらないが、やたらと個性的な力を持ち俺の手を煩わせる良いとこなしの存在だ。こいつを倒さなければ元の世界には帰られない。
俺は加速スキルを発動。虚空を一蹴りするだけで音速を超え、もう一蹴りすれば遅れて衝撃波が辺りに撒き散らかされた。この分だとあと一分で推定魔王の所に着くだろう。
空を飛んでいると巨大な何かが見えてきた。目測で百メートルぐらいある。あれは多分、五つの内でも二番目に強そうな奴だろう。関わらないでおこう。
「くくっ、勇しグボェッ!?」
突然むくりと起き上がった奴……ドラゴンは偶然俺の爪先に当たってしまい吹き飛んだ。当たりに行った方が悪いので俺は謝らない。それに急がなければ。
〈四天王・龍王ドラゴーンを倒した!〉
〈勇者サトウ レベル1→レベル269〉
ふーん、四天王ね。あのドラゴンってまあまあ強かったんだ。確かに当たった俺の足がおしゃかになったてる。回復系スキル【完全治療】を掛けたら完治した。よし。
◇
魔物犇めく古めかしい城に着いた。恐らく此処に魔王は居座っているだろう。手始めに邪魔な魔物を【炎獄】というこの前フェニックスを半殺しにして奪った炎系最上位スキルで燃やし尽くし、正門から魔王城へ入った。
道中邪魔してきた残りの四天王やら魔物やらを適当にあしらっていたらレベルはあっという間に507となった。まだカンストはしていないが十分戦える。ちなみにカンストレベルは10000である。
そうしてあっという間に魔王城最上階についた。比較的強そうな気配がする扉の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。叫ぶ。
「魔王ッ!! 勇者が来たぞッッッ!!」
「ひゃあああヴッ!!?」
俺は音を置き去りにして部屋に入り、魔王と思われる人物の首を素手で掻き切った。雑魚にスキルは必要ない。これで終わり。魔王を倒せば、後は自動的に地球に送還される。俺は安心して全スキルを切った。
「……?」
何かがおかしい。いつまで経っても送還時独特の浮遊感がやってこない。もしや。
「……あのヴッ」
突然背後から声がしたので振り向きざま【理外】からのありったけの攻撃系スキルのコンボをキメる。
炎や氷、雷や重力などが背後の空間を限りなく空白にしていく。気がつけば魔王城は消滅して辺りは更地になっていた。
しかし。
「いやしゃべらせヴッ」
真横から聞こえてきた声の主の首を反射的に絞めた。俺は内心の焦りを隠して言った。
「魔王。吐け」
「えっ、いや何をヴッ! やめでっ、分かんないってヴッ!!」
「なぜお前は生きている」
すでに魔王城どころか付近一帯が無くなるほどのスキルを使った。それを何度も直撃したにも関わらず、目の前の魔王は生きている。
「俺は、存在そのものを消し飛ばすスキルを使った。不死身でも死ぬ。なのに何故、お前は再生出来ている」
「わっ殺意高くなヴッ。話す話す話す!!」
「早くしろ。……ッ!?」
俺が洗脳系スキルの存在を思い出した時、地面が大きく揺れた。魔王から手を離す。コイツが原因ではない。そもそも大地を揺らすほどの力を感じない。では誰が?
……待て。思えば、今回は比較的楽な召喚だった。魔王もこんなに弱い。ならば、魔王の他にもっと強力な存在がいる……?
俺の探査を掻い潜れるほどのか。俺はげんなりした。帰りが遅くなりそうだ。この間にも揺れは止まらないし……。
『くくっ……お前が勇者か……』
脳内に何者かの声が響く。反射的に【理外】を発動し……失敗。
「誰だ」
警戒心を顕にして、虚空に問う。
『くくっ……』
「え……?」
どうやら魔王には微妙にイラつく含み笑いが聞こえていないらしい。ポカンとしている。どうでもいいな。
「な……何あれ……!?」
唐突に揺れが収まった。雷の音がしたので上を見ると、さっきまで快晴だった空がいつの間にか暗い雲に覆われていた。
そして、更にその空を覆うほどの黒い大蛇が居た。あの刺々しい見た目、何処かで見たことがある。
『くくっ……我はウロボロス。世界に破滅をもたらす存在よ……』
そうだった。前に見たヤツよりも数倍デカかったから分からなかった。別の個体だろうか。
しかし、そうか。
俺はもう一度【理外】を発動し直そうとし……またもや失敗。
『くくっ……勇者……お前が持つスキルは全て封印した……』
ほう。【理外】は元々コイツが持つスキルだ。方法は分からないが、ただの人でしかない俺よりも上手く使えるのだろう。そしてそれを使い俺に存在を気取らせなかった、ということか。
『くくっ……お主の持つ力は圧倒的だが、全てはスキル故……それらを封じれば雑魚も同然よ……』
【理外】について認識を改めないと。今までは『あらゆる法則を一つ捻じ曲げる力』だと思ったていたが、多分もっと自由度が高い。極めれば召喚から秒で魔王をぶちのめすことができそうだ。夢が広がる。
『くくっ……勇者よ、死ぬがいい……!』
「解説ありがとう」
俺は感謝を伝えると、所持している【理外】スキル十つの内、二つを同時に発動した。成功。
確かに【理外】でスキルは封印出来るみたいだ。それも同じ位階のスキルさえも使えなくする強力なものが。だが、同じ位階……【理外】を複数同時に使えば簡単に打ち破れる。
まあ、前提としてこのスキルより上のスキルが無いから、打ち破れるのは所持者からぶんどった俺ぐらいか。
発動した【理外】の一つはウロボロスの【理外】と打ち消し合い、もう一つは今俺が立っている大地に『不壊』を付与するのに使う。
それからウロボロスが動き出す前に身体強化系スキルを全発動し飛ぶ。炎だとか雷のスキルでも通用するが、何分殴った方が早いのだ。
一瞬で雲の上に到達した俺は、重力系スキルで一気に加速する。向かう先は勿論地面、もといウロボロスの方向である。
そして、音速を超え光速に差し掛かりそうな速度でウロボロスに拳を打ち付けるその瞬間、世界から音が消え去った。
『ちょ』
一拍遅れて生物同士がぶつかったとは思えない金属音、それからひしゃげるような音が響き、それらが衝撃波となって大地を叩く。空に薄く掛かっていた雲も根こそぎ吹き飛び、気が滅入るような曇天から大分スッキリした天気になった。
〈世界ノ厄災・ウロボロスを倒した!〉
〈勇者サトウ レベル507→レベル1000(MAX)〉
俺はログを聞いてホッとした。もしこれで倒しきれなければ、もう一度同じことをやるところだった。あれは面倒臭い。
「一応奪っとくか」
俺はぐちゃぐちゃになった頭部から出て、ウロボロスの成れの果てに手をかざし【奪取】スキルを発動。これで俺が持っている【理外】スキルは十一になった。
よし、これで帰れ──
「あっ」
完全に忘れてた魔王をスキルを使い辺りを探ってみるが、反応は感じられない。流石にさっきの余波でウロボロス諸共ぶっ倒せたのだろう。魔王を倒した今、俺を元の世界に帰す条件はクリアされている。
改めて、これでやっと帰れる。
空に光の粒子が漂う。俺の一部だ。見れば末端から徐々に細かな光となって、上に昇って行っている。
独特の浮遊感。光は集い、元の世界で体が再構築される。俺は閉じた瞼を開け、固まった。
「ズー、ズー……ん? だれ……ひゃあぁああああああああああ!?」
魔王が居る。俺の部屋に。狭くてボロいアパートの一室に。しかも俺が魔王討伐前にお湯を注いでおいたカップラーメンを啜りながら。
「……まぁ、なんだ」
俺は怯える魔王の対面に静かに座り、極めて冷静に、状況の把握をしようと口を開く。
「何故、ここに居る」
「やだぁあああああああああ!! 死にたくないぃいいいいいいいい!!」
「黙れ近所迷惑だろ殺すぞ」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいい!!」
俺は泣きわめく魔王に洗脳スキルを使うことを決め、しかしここでは使えないことを思い出してため息をついた。誰かこの状況を説明してくれ。拷問は得意じゃないんだ。