コンビニ店員の
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅうろく。
「らっしゃーせー……」
我ながらやる気のない声で笑えてしまう。
もう少し声を張ればいいモノの。
そう思っていてもできるほどやる気がそもそもない。
「……」
レジに立ちながら、必要か否か分からないような作業をしている。
田舎のコンビニなので、そもそも客は少ない。
さっきのあいさつは、やる気が出なかったのもあるが、数時間ぶりの喉の稼働だったせいもあるだろう。それぐらいの頻度でしか人は来ない。
「……」
商品の入れ替えも、補充もとうの昔に終わらせてしまったから、ホントに手持ち無沙汰だ。
つい先ほど入ってきた客は、奥の方で飲み物を探しているのか、時折扉の締まる音がする。
―そんなに探すほどか?
「……」
ちなみに、もう1人スタッフがいるが、裏で休憩をしている。
僕がバイトという身なので、1人は正社員的な立場の人が必要だということで、来ているだけであって、ほとんどサボりみたいな感じになっている。いや、知らないだけで裏で何かしらの作業はしているのかもしれないが。
「……」
しかし暇だなぁ。なんというか。
このバイトを始めてそれなりに経つが、この暇さには少し辟易する。
かと言って忙しいほうがいいのかというとそうでもないのだが。あまりにも暇すぎると人は疲れるんだなぁと、日々実感している。
「……」
あと数時間のシフトではあるが、その数時間がまぁ長い。
無意味に制服のポロシャツの袖をまくってみたり、少し寛げてみたり、かと思えばボタンがほつれていることに気づいてみたり。
「……」
入った客がレジになかなか来ないので、本格的にぼうっとし始めたあたり。
珍しく、入店音が鳴り響いた。
こんなに短時間に人が来るなんてそうないのに―そう思い、顔を上げる。
「いらっしゃいませー……」
レジの前を横切ったその人は、髪の長い女の人だった。
その瞬間に、鼻腔をくすぐる檸檬の香りに。
あぁ、あの人だ。
と気づいた。
「……」
瞬間。
それまで静かに、淡々と動いていた心臓がドクリと跳ねた。
「……」
ジワリと手汗をかく。
変に体温が上がってしまったせいで暑くて仕方ない。
ポロシャツの袖をまくり、手で軽く仰ぐ。
「……」
ぱたぱたと意識的に動かしながら、平静を保つように気を付ける。
全く。
とうに諦めたものの癖に。何度もぶり返すのは何なのだろう。
あの人が来るたびこれでは、心臓が持たない。
「……」
このバイトを始めるようになって。
初めて触れた、人のやさしさをくれた人だった。
それだけだとは思わないが、それだけでも何かを患うには十分だった。
「……」
しかし同時に、その人の指にあった鎖を見て。
すぐに諦めるべきだと言い聞かせた。
「……」
それでも未だにこうなのだから。
何とも自分の愚かさに笑えてしまう。
一途さではないだろうこれは。
「……」
未だ火照る頬を持て余しつつレジに立ち続ける。
出来れば裏に引っ込みたいぐらいなのだが、それは出来ない願いである。
―ぁ。
「おあずかりいたします」
台に置かれた商品のバーコードを読んでいく。
より一層強く檸檬の香りが鼻に残る。
顔が真っ赤になっていそうで嫌だ。ポロシャツに汗が染みていないか気になって仕方ない。
「――円になります」
袋に商品を入れながら料金を告げる。
支払いは機械がしてくれるので、手が触れることはない。
「ありがとうございました」
それでも、袋を渡すときに幽かに触れる。
それだけでジワリと汗が噴き出すんだから。
ホントに、どれだけだ自分と思ってしまう。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
は。
「ぁ。すみません、おまたせしました」
お題:檸檬・ポロシャツ・諦め