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第80話 獣王の試練

 

 チャタル王国の首都ライオニアは、生命力に満ち溢れた都市だった。

 一行を乗せた豪奢な馬車が、石畳の道をゆっくりと進んでいく。窓の外には、活気あふれる獣人たちの日常が広がっていた。筋肉質な狼獣人の鍛冶師が鎚を振るい、色鮮やかな羽を持つ鳥獣人の吟遊詩人が陽気な歌を奏でる。多種多様な獣人たちが共存するその光景は、フィリスティアの整然とした街並みとは全く異なる、野性的で魅力的な混沌に満ちていた。


 しかし、その歓迎ムードの裏側で、ベルたちは肌に突き刺さるような違和感を覚えていた。

 人間である自分たちに向けられる、好奇心だけではない、冷たく、刺々しい視線。露店の影から、建物の二階の窓から、無数の瞳が彼らを品定めするように見つめている。それは、異物を見る目であり、時に敵意すら感じさせるものだった。


 やがて馬車は、王都の中心にそびえる巨大な岩山を削り出して作られたという、壮大な王城『プライド・ロック』の麓に到着した。自然の地形をそのまま城塞としたその威容は、見る者を圧倒する。


「すごい……岩そのものがお城になってる……」


 フィンの呟きに、皆が頷いた。

 だが、その壮麗さに圧倒されながらも、一行の心は引き締まっていた。これから始まる謁見が、決して友性的でな歓迎式典だけで終わるものではないことを、肌で感じ取っていたからだ。




 通された玉座の間は、岩をくり抜いた巨大な洞窟を思わせる、荘厳な空間だった。天井からは巨大な水晶がいくつも吊り下がり、柔らかな光を放っている。その奥、一段と高くなった場所に設けられた玉座には、一頭の獅子が鎮座していた。

筋骨隆々たる巨躯、顔に刻まれた幾多の傷跡、そして全てを見通すかのような鋭い黄金の瞳。歴戦の風格を漂わせるその獅子こそ、チャタル王国を統べる獣王、ケルヌンノスその人であった。


「父上!」


 テトが駆け寄ると、王の険しい表情がふっと和らぎ、父の顔になる。


「おお、テトか。無事で何よりであった」


 娘の頭を大きな手で優しく撫でるその姿は、一人の父親そのものだった。だが、その隣に立つベルへと向けられた視線は、再び王のものへと戻る。父として、そして王として、娘の伴侶となる少年を厳しく値踏みする、鋭い眼差しだった。


 謁見には、王の側近である穏健派の宰相(白髪の老獪な狐獣人)と、武闘派貴族の筆頭である狼獣人の将軍、ヴォルフガングが同席していた。ヴォルフガングは、まるで鋼を鍛え上げたかのような体躯を持ち、その全身から隠しきれない闘気が溢れ出ている。


 公式の挨拶と、フィリスティア国王からの親書の手交が滞りなく終わる。その瞬間を待っていたかのように、ヴォルフガング将軍が一歩前に進み出た。


「陛下! この度の王女殿下のご婚約、断じて認めるわけには参りませぬ!」


 朗々と、しかし明確な敵意を込めて響き渡る声。玉座の間に、緊張が走った。

 その言葉を聞きながら、ベルは内心で静かに首を傾げていた。


(婚約…… いつ、僕がテトと婚約なんてしたんでしょう……。正式な話は何も……)


 周囲の喧騒をどこか他人事のように感じながら、彼はただ静かに玉座の王を見つめていた。


「我ら獣人の誉れ高き血筋である王女殿下を、このようなか弱き人間のわらべに嫁がせるなど、チャタルの民への、そして我らが祖先への裏切りでございますぞ!」


 ヴォルフガングの言葉を皮切りに、広間に控えていた他の武闘派貴族たちが


「そうだ、そうだ!」


「人間などに我らの姫はやらん!」


「婚約を撤回されよ!」


と口々に同調し、玉座の間は一気に不穏な空気に包まれた。まるで、獲物を前にした獣の群れが、牙を剥き出しにしているかのようだった。




 一触即発の空気。アナやフィンが息を呑み、護身用の武器に手をかけようとする。だが、その中心にいるベルは、全く動じていなかった。彼はただ静かに、玉座の王を見つめている。そして、隣に立つテトに、そっと目配せをした。

 その合図を受け、テトは覚悟を決めたように一歩前に進み出た。


「お待ちくださいニャ、ヴォルフガング将軍。そして父上。この度の航海で、あたしたちは『枷』と思われる者たちの襲撃を受けましたニャ」


 毅然とした声で語り始めるテト。彼女の口から語られる壮絶な戦闘の様子に、広間がざわめく。


「あたしは……旦にゃさま――ベル様のお力添えにより、我が身に眠る力に目覚めたのですニャ!」


 言葉と共に、ケルヌンノス王がおもむろに立ち上がった。


「テト……見せてみよ。そなたの力を」


 王の厳かな命を受け、テトは瞳を閉じて集中する。


「応えよ、我が魂の友!――『三獣憑依トリニティ・ソウル』!!」


 叫びと共に、テトの足元の影が爆発的に広がり、そこから三体の魔獣が咆哮と共に実体化した。闇よりも黒い俊敏な黒豹マオリス、鋼鉄の鉤爪を持つ狼フェイドクロー、そしてダイヤモンドの甲殻を誇る巨大亀シェルナイト。

 伝説の従魔魔法の顕現。その神々しい光景に、玉座の間はどよめきと、畏敬の念に満たされた。


「おお……! まさしく、建国神話に伝わる御力……!」


「王女殿下は、神祖の再来であられるぞ!」


 融和派の貴族たちが歓喜の声を上げる。しかし、ヴォルフガング将軍は、この状況ですら逆手に取ってみせた。


「見ましたか、陛下! これほどの御力を目覚めさせられた王女殿下に、この人間の小僧は全くもって釣り合いませぬ! むしろ、この小僧が王女殿下の神聖なる力を利用し、我が国を内から蝕もうとしていると考えるのが自然ではありませぬか!」


 それは、巧妙な論点のすり替えだった。彼の言葉は、人間への不信感が根強い武闘派貴族たちの心を的確に捉え、再び広間の空気を敵意で満たしていく。


「そうだ、人間は信用ならん!」


「王女殿下の力を悪用するに違いない!」


 貴族たちの何人かが、鞘に収まった剣の柄に手をかける。もはや、いつ血が流れてもおかしくない状況だった。


 その瞬間。


「「「静まれぃぃぃぃぃぃっ!!!!」」」


 ケルヌンノス王が、玉座から咆哮した。

 それはただの大声ではない。百獣の王たる獅子魔気を乗せた、魂を直接揺さぶる『王の咆哮』。玉座の間がビリビリと震え、貴族たちは皆、本能的な恐怖に体を硬直させ、その場に平伏した。


 圧倒的な静寂が訪れる中、王はゆっくりと玉座の階段を下りてくる。その一歩一歩が、まるで大地を揺るがすかのように重い。そして、ベルの目の前に立つ。

 四メートルはあろうかという巨体は、ベルの小さな体を完全に影の中に飲み込んでしまった。


「ベル・シレイラよ」


 地鳴りのような声が、頭上から降り注ぐ。


「我が娘テトの婚約者として、そして偉大なるフィリスティア王国からの使節として、そなたを心から歓迎しよう。だが、見ての通り、我が民、我が臣下は納得しておらぬ」


 王は、広間にひれ伏す貴族たちを一瞥した。


「獣人の世界では、言葉よりも力が雄弁に語る。そなたが、我が娘テトの隣に立つに相応しい存在であるか否か。その力を、このチャタルの民全てに示す覚悟は、あるか?」


 それは、問いかけの形をした、絶対的な命令だった。

 だが、ベルはその真意を即座に理解していた。


(これは、試練。そして、排斥派の口を封じ、僕と『ジパング』をこの国に公式に認めさせるための、王が用意してくれた最高の舞台だ)


 ベルは、王の影の中から顔を上げ、その黄金の瞳を真っ直ぐに見返した。そして、静かに、しかし、その場の全ての者が聞き取れるほどはっきりと答えた。


「御意のままに。お相手は、どなたが?」


 その、あまりにも不遜とも取れる態度。ヴォルフガングが「この小僧ォ!」と激昂しようとするのを、王が片手で制した。

 ケルヌンノス王の口元に、挑戦的な、そしてどこか心の底から楽しげな笑みが浮かんだ。


「相手は、この私だ」




 その言葉は、先ほどの咆哮とは質の違う衝撃となって、玉座の間を支配した。

 水を打ったような静寂。誰もが、自分の耳を疑った。

 獅子王自らが、七歳の、それも人間の少年と戦うというのだ。正気とは思えなかった。


 ケルヌンノス王は、広間に満ちる驚愕を意にも介さず、高らかに宣言した。


「三日後、王都中央闘技場にて、御前試合を執り行う! このチャタル最強の戦士である私が、ベル・シレイラの力を、その身を以て確かめる! そして、その結果を以て、我が国の民の総意とせん!」


 それは、王の最大の賭けだった。もしベルが勝てば、いや、王を相手に少しでも善戦すれば、もはや誰一人として文句は言えなくなる。それは、ベルという存在をチャタルに認めさせるための、最も効果的で、最も苛烈な方法。そして、一個の戦士としてベルを認めたからこその、王からの最大限の敬意の表れでもあった。


 謁見の間を下がった一行が案内されたのは、王城の一角にある、賓客用の豪華な離宮だった。だが、その華やかな内装とは裏腹に、仲間たちの表情は硬い。

 部屋に入るなり、フィンがベルに詰め寄った。


「ベル君、どうするんだい!? 相手は獣人の王様なんだよ! この前の虎の人よりも、きっとずっとずっと強いんだ! 無茶だよ!」


「おいおいベル、とんでもねえことになっちまったな」


 ウールも、流石に顔色を変えている。


「流石に今度の相手は冗談じゃ済まないぞ? 国の最強ってことだろ? 辞退するなら今のうちだ」


 仲間たちの心からの心配。その言葉が、ベルには心地よかった。

 彼は、大きな窓の外に広がる王都ライオニアの壮大な景色を見つめながら、静かに答えた。


「ええ。ですが、好都合です。ここで王に勝てば、『枷』や、船を襲わせた内通者を探る上で、僕らの行動を邪魔する者はいなくなるでしょうから」


 彼はゆっくりと仲間たちを振り返り、その口元に、戦いを前にした剣士特有の、不敵な笑みを浮かべた。


「それに……獣人の王が、どれほどのものか。少し、興味が湧いてきました」


 その瞳には、恐怖も、不安も微塵もなかった。ただ、まだ見ぬ強敵との戦いを心待ちにする、純粋な闘志だけが静かに燃え盛っていた。

 王都ライオニアを、そして大陸全土を揺るがすことになるであろう、少年と獅子王の世紀の決闘。その幕が、静かに上がろうとしていた。


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