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第78話 『枷』part1

 

 夜の静寂は、魔導弩の斉射によって無慈悲に引き裂かれた。

 ヒュルルル、と空気を切り裂く無数の矢。その先端に込められた魔力が青白い軌跡を描き、死の流星群となって魔導帆船に降り注ぐ。絶望的な光景に、屈強な獣人の船員たちですら顔を歪め、死を覚悟したかのように目を閉じた。


 だが、その瞬間。

 七歳の少年が放った声は、鋼のように澄み渡り、戦場の喧騒を支配した。


「皆、落ち着いて! ――『ジパング』、戦闘開始! フォーメーションBブラボー!」


 号令。

 それは、彼らがこの異世界で生き抜くために、幾度となく交わしてきた誓いの言葉。仲間たちは、ベルのその声に寸分の遅れもなく反応した。


「は、はいっ! 僕がみんなを守るんだ!――『結界魔法』展開!!」


 フィンの叫びに応え、彼が握る槍の穂先から無色の光が迸る。光は瞬く間に半球状に広がり、船全体を神々しいドームで覆い尽くした。直後、死の矢雨が結界に衝突し、カン、カン、と軽い金属音を立てて弾かれていく。一筋の矢も、船体を傷つけることは許されない。完璧な守護。


「な、なんだ、あの光は……!?」


「矢が……全部弾かれただと!?」


 船員たちが呆然と呟く中、ベルの隣で祈りを捧げていたヘレンの瞳が、銀色の光を宿して輝いた。


「御心のままに。――『千里眼』」


 次の瞬間、敵船三隻の戦力配置、魔力保有者の位置と属性、船体の構造的弱点、指揮官らしき個体の生体反応――膨大な情報が、ヘレンの視界を通してベルの脳内へと直接流れ込む。まるで、神の視点から戦場を俯瞰するような、絶対的な情報優位。


「情報、受信。ありがとう、ヘレン。フィン、結界の維持を。敵が乗り込んでくる!」


 訓練された特殊部隊のように、淀みなく連携し、未知の魔法を繰り出す子供たち。船員たちは、自分たちがただの外交使節団ではなく、恐るべき戦闘集団を乗せていたのだという事実に、畏怖と驚愕をもって気づき始めていた。




 ベルの予測通り、敵は鉤縄を次々と投げ込み、荒々しい雄叫びを上げながら甲板へと乗り込んできた。鎖と鍵の紋章を掲げた彼らは、獣人部隊。その目は血走り、明確な殺意に満ちている。甲板は、瞬く間に白兵戦の舞台と化した。


 しかし、『ジパング』のメンバーに動揺はない。ここは、彼らのための舞台だ。


「ジパングの切り込み隊長の名、伊達じゃないわよ! ――『風装シルフィード・ドレス』!」


 右舷に殺到する敵の前に、アナが舞うように立ちはだかる。彼女が掲げたレイピアに翠の風が渦を巻き、その身を軽やかな風の衣が包み込む。強化された身体能力と、風を纏った剣閃は、敵の重い斧や剣を紙のように切り裂き、いなしていく。まるで、戦場を舞う戦姫ワルキューレ。一人、また一人と、優雅な剣舞の前に敵が血飛沫を上げて倒れていった。


 その頭上、メインマストの中腹に身を潜めたウールが、冷静に戦況を俯瞰していた。その手には、ベルが前世の知識とこの世界の魔法を融合させて作り上げた、特製の魔導式銃が握られている。


「ベルの指示通り、まずは厄介な魔法使いからだ。――」


 パンッ、と乾いた炸裂音が響く。放たれた魔力の弾丸は、敵船の甲板で詠唱を始めようとしていた魔道士の杖を正確に撃ち抜き、粉砕した。


「ぐあっ!?」


「なにっ、どこからだ!?」


 混乱する敵を尻目に、その瞳は、獲物を見据える鷹のように冷徹だった。


 そして、最も激しい戦場となった左舷。

 敵の一団は、そこに立つ小柄なライオン獣人の少女を見て、侮りきった笑みを浮かべた。


「見ろ! チャタルの『無属性』の王女様だ!」


「無力なくせに人間の肩を持つ裏切り者め! 捕らえて人質にしろ!」


 侮蔑の言葉。それは、テトがずっと向けられ続けてきた、彼女の心を蝕む呪いだった。だが、今の彼女は違う。その瞳には、かつての弱さは欠片もなかった。


「あたしを、誰だと思ってるニャ!」


 テトの瞳が、銀色の光を強く放つ。


「旦にゃさまがくれたこの力! もう、誰にも無力だなんて言わせない!――『三獣憑依トリニティ・ソウル』!!」


 叫びと共に、テトの足元の影が爆ぜた。影の中から、三体の魔獣が咆哮と共に顕現する!


 闇よりも黒い毛並みを持つ俊敏な黒豹、マオリス。

 鋼鉄の鉤爪で全てを引き裂く狼、フェイドクロー。

 ダイヤモンドの甲殻で全てを弾く巨大な亀、シェルナイト。


 その光景に、敵も、味方も、全ての獣人が息を呑んだ。


「ば、馬鹿な! 無属性のテト王女が魔法を!? しかも……あれは伝説の従魔魔法だと!?」


「あり得ん! 我らの知る歴史と違う! チャタルの王族で、従魔を三体も使役した者など、建国神話にしか存在しないぞ!」


 敵の動揺は、致命的な隙となった。


「おお……! 王女殿下は、ご自身の無力を嘆いておられたのではなかったのか! なんという、なんというお力だ!」


 味方の船員たちは、驚愕から一転、歓喜と崇拝の声を上げる。


「行くニャ、みんな!」


 テトの号令一下、三体の従魔が敵陣に襲いかかる。シェルナイトが鉄壁の盾となって敵の攻撃を受け止め、その隙にマオリスとフェイドクローが左右から敵を蹂躙していく。それはもはや戦闘ではなく、一方的な狩りだった。過去の自分を振り払うかのように、テトは猛然と戦場を支配した。




 戦況が傾き始めた、その時。

 敵の旗艦から、ひときわ巨大な影が魔導帆船へと飛び移ってきた。


「小娘が、調子に乗りおって!」


 轟くような咆哮と共に現れたのは、身の丈三メートルはあろうかという巨大な虎の獣人。その肩には、船の竜骨を断ち切れそうなほどの巨大な戦斧が担がれている。彼こそが、この襲撃部隊『枷』の首魁だった。


「ぬんっ!」


 リーダー格の虎獣人は、テトを守るシェルナイトの甲殻に、戦斧を渾身の力で叩きつけた。

 ゴシャァァッ! という凄まじい破壊音。ダイヤモンドに等しい硬度を誇る甲殻に、大きな亀裂が走る。衝撃でシェルナイトが悲鳴を上げ、その背後にいたテトが吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


「きゃっ!?」


 リーダーは、地面に手をついたテトに、煮えたぎるような憎悪の篭った視線を向ける。


「その力……その忌まわしき魔法はどこで手に入れた、テト王女! 人間に魂を売ったばかりか、歴史にありえぬ力まで手に入れて! それも、あの人間の小僧の差し金か!」


「これは……旦にゃさまがくれた希望の力ニャ! 過去の憎しみに囚われたお前たちには、絶対に分からない!」


 テトが気丈に反論するも、リーダーの敵意は、この戦場を静かに見つめるベルへと向けられた。


 虎獣人が、ベル目掛けて突進する。その速度は、音速に迫る勢いだった。誰もが、ベルの死を確信した。


 ――その瞬間、ジパングの真価が発揮される。


「ベル君には、指一本触れさせない!」


 フィンの結界槍が、リーダーの足元の甲板を正確に突き、炸裂する光の衝撃でその体勢を強制的に崩した。


「ベル様! 敵の左膝、古傷です! 十年前の『大爪戦争』で負ったものかと!」


 ヘレンの『探索眼』が、敵の最大の弱点を寸分違わず看破する。


「そこだっ!」


 マストの上から、ウールの狙撃がリーダーの右肩を撃ち抜いた。致命傷には至らない。だが、戦斧を振り上げる動作を、コンマ数秒、鈍らせるには十分だった。


「待たせたわね! ――『風縛エア・バインド』!」


 体勢を立て直したアナの風魔法が、リーダーの顔面に吹き付け、その視界を一瞬にして奪う。


「今ニャ! マオリス!」


 テトの指示で、黒豹マオリスがリーダーの死角である背後から音もなく飛びかかり、その背中に深々と爪を立てた。


 一瞬にして、圧倒的な強さを誇ったリーダーは孤立無援となり、仲間たちによって完璧に作り上げられた「処刑台」の上へと引きずり出されたのだ。




 戦場と化した甲板の中心に、ぽっかりと空白が生まれた。 仲間たちの完璧な連携によって、全ての支援を断たれ、孤立無援となった虎の獣人。その憎悪と殺意に満ちた双眸が、ただ一人、静かに佇む七歳の少年、ベル・シレイラを捉えていた。


「貴様が……貴様が元凶かァァァッ!」


 地を揺るがす咆哮。それは、圧倒的な強者が格下の存在に向ける怒りではなかった。得体の知れない何かに対する、本能的な恐怖が混じった絶叫だった。彼の巨躯から放たれるプレッシャーは、周囲の空気そのものを歪ませ、叩きつけるような重圧となってベルに襲いかかる。常人ならば、その魔気に当てられただけで意識を失うだろう。


 だが、ベルは微動だにしなかった。 彼は、その小さな手で腰に佩いた漆黒の鞘に触れ、ゆっくりと、まるで儀式のように日本刀を抜き放った。 月光を浴びてぬらりと光を吸収する刀身は、夜の闇をそのまま切り取って鍛えたかのように静謐で、美しい。その刀が鞘から離れた瞬間、虎獣人が放っていた暴力的なプレッシャーが、まるで凪いだ水面に吸い込まれるように霧散した。代わりに、戦場を満たしたのは、刃物のように鋭く、深淵のように静かな、ベルという個が発する絶対的な『魔気』だった。


「小僧が……その佇まい、気に入らん……!」


 虎獣人は、目の前の存在がもはや「子供」というカテゴリーには収まらないことを理解し始めていた。だが、プライドがそれを認めさせない。彼は両手で巨大な戦斧を握り締め、足元の甲板を砕かんばかりに踏み込んだ。 人間が筋肉で生み出すそれとは次元が違う。獣人特有の、爆発的な筋力によって放たれる突進。それはもはや疾走ではなく、砲弾そのものだった。


 ベルとの距離、十数メートルが、一瞬でゼロになる。 「砕け散れェッ!」 頭上から振り下ろされる戦斧。それは船のマストすら一撃で両断するであろう、純粋な破壊の塊。風を切り裂く轟音と共に、ベルの小さな体を影が飲み込む。


 誰もが、少年の凄惨な死を幻視した。 しかし、ベルはただ半歩、右にずれただけだった。


 ゴウッ!と空気を揺るがす音。ベルが先ほどまで立っていた場所の甲板が、戦斧の直撃によって凄まじい音を立てて砕け散り、木片が四方へと飛び散る。 虎獣人の目が、驚愕に見開かれた。


「なっ……!?」


 当たらない。あの速度、あの軌道、子供の反射神経で避けられるものではない。だが、目の前の少年は、まるで最初からそこにいなかったかのように、涼しい顔で戦斧の隣に立っている。


(遅い) ベルの思考は、氷のように冷静だった。 前世で叩き込まれた古流剣術。その極意は、敵の動きの『起こり』を見切ることにあった。筋肉の収縮、視線の動き、重心の移動、呼吸のリズム。それら全てが、次に来る攻撃を予兆している。虎獣人の動きは、パワーとスピードこそ規格外だが、その『起こり』はあまりにも大きく、読みやすい。ベルの目には、彼の次の動きがスローモーションのように見えていた。


「なぜ当たらん!」


 焦りが、虎獣人の動きをさらに雑にする。戦斧が嵐のように振るわれ、甲板を滅茶苦茶に破壊していく。横薙ぎ、斬り上げ、叩きつけ。その全てが、ベルの体を紙一重で掠めていく。ベルは最小限の動き――摺り足、体捌き、僅かに身を屈めるだけの動作で、その全てをいなしていた。それはまるで、荒れ狂う奔流の中を、一枚の木の葉がひらりひらりと舞い踊るかのようだった。


 船員たちが息を呑む。


「信じられない……あの虎の化け物の攻撃を、全て見切っているのか……?」


「あれは……人間の動きじゃない……」


 フィンも、ウールも、テトも、仲間たちの誰もが、ベルの本当の実力を目の当たりにして言葉を失っていた。いつもは温和で、指揮官として後方に立つ彼が、これほどの戦闘能力を秘めていたとは。


(パターンは読めた。筋力は予想以上だが、動きは単調。古傷のある左膝を無意識にかばい、右足に重心が偏る癖がある。ヘレンの情報通りだ)


 分析は終わった。ここからは、こちらの番だ。 虎獣人が、消耗した息を整えるために一瞬だけ動きを止める。その刹那、ベルの左手に、パチパチと音を立てて小さな光球が生成された。


「――『魔術弾マジック・バレット』発動!」


 放たれた光の弾丸は、虎獣人の顔面目掛けて飛翔する。


「小賢しい!」


 虎獣人はそれを戦斧の柄で弾き飛ばすが、それは陽動だった。ベルの本命は、その隙に懐へと踏み込むこと。 一瞬にして間合いを詰めたベルの姿に、虎獣人が驚愕の表情を浮かべる。だが、もう遅い。


「うるさいですね」


 呟きは、彼の耳元で静かに響いた。 ヒュッ、と空気を切り裂く短い音。ベルの日本刀が、虎獣人の脇腹を浅く、しかし正確に薙いだ。


「ぐっ……!?」


 激痛ではない。だが、焼けるような痛みが走り、確実に肉が斬られたことを告げる。虎獣人が反撃しようと腕を振るうが、そこにベルの姿はもうない。彼は一撃離脱の原則通り、再び距離を取っていた。


「この、ネズミが……!」


 怒りが再び沸騰する。だが、その怒りの中には、明確な焦りが混じり始めていた。攻撃は当たらず、逆に相手は的確にこちらの急所を掠めてくる。まるで、巨大な熊が、毒針を持つ蜂に翻弄されているようだった。 ベルは再び魔術弾を放つ。今度は二発、三発と連続で。虎獣人がそれを打ち払うのに集中した瞬間、ベルは再び踏み込み、今度は太腿を浅く斬りつけた。


「があっ!」


 心理戦だった。 ベルは、わざと致命傷を与えていない。浅い傷を的確に重ねることで、相手の肉体ではなく、精神を削り取っていく。圧倒的な体格差とパワーを誇る自分が、まるで子供をあやすように翻弄されているという屈辱。流れ続ける自分の血。それが、虎獣人の冷静さを奪い、思考を怒りと焦りで塗りつぶしていく。


(こいつは……化け物か……? 七歳の子供の動きではない! 何百年も戦場を生きてきた亡霊のような剣だ!)


 恐怖。虎獣人の心に、その感情が初めて芽生えた。


 そして、ベルはその瞬間を見逃さなかった。 恐怖に駆られた虎獣人が、無意識に左膝をかばい、右足に大きく重心を乗せた。ヘレンが指摘した、十年前の『大爪戦争』で負ったという古傷。ベルが今まで重ねてきた全ての攻撃は、この一瞬の隙を作り出すための、長大な布石だったのだ。


 ベルは、大きく踏み込んだ。 今度は回避ではない。明確な殺意を込めた、決着のための一歩。


「終わりだ!」


 虎獣人は、これが好機だと錯覚した。正面からの突撃。迎え撃てば、その小柄な体など骨も残らない。彼は残る全ての力を振り絞り、カウンターの横薙ぎを放った。


 だが、それはベルが描いた筋書き通りだった。 ベルは突進の勢いを殺すことなく、低く、地面を滑るように潜り込む。虎獣人の戦斧が、彼の頭上を空しく通り過ぎていく。 がら空きになった、左膝。


「しまっ――」


 虎獣人が気付いた時には、全てが終わっていた。


 ベルの日本刀が、下から上へと閃光のように駆け上がった。狙いは寸分違わず、古傷の残る左膝の関節。 ザシュゥゥッ! 肉を、腱を、そして骨を断つ、鈍く湿った音が戦場に響いた。


「ぎゃああああああああああああッ!!」


 獣のそれではない、ただの生物としての断末魔が、虎獣人の喉から迸る。左膝から下への感覚が完全に消え失せ、彼の巨体はバランスを失って傾いだ。


 ベルの動きは、まだ止まらない。 体勢を崩した虎獣人の、戦斧を握っていた右腕。その手首の腱を目掛け、返す刀が水平に走る。 ブツン、と何かが断ち切れる感触。 ガランッ! と重い金属音を立てて、彼の象徴であった巨大な戦斧が甲板に転がった。


 膝を砕かれ、武器を失い、もはやただの肉塊と化した虎獣人は、自身の血溜まりの中へと崩れ落ちる。 戦場に、静寂が訪れた。 その中心に、ベルは血糊一つ浴びていない清廉な姿で立っていた。


 彼はゆっくりと、倒れ伏す虎獣人の元へと歩み寄る。そして、その首筋に、冷たく美しい刀身の切っ先を、音もなく突きつけた。


「これ以上、僕の仲間と、この船を傷つけるなら、殺します」


 それは、氷のように冷たく、絶対的な響きを持つ宣告だった。 虎獣人は、屈辱と恐怖に歪む顔を上げ、少年の瞳を見た。そこに映っていたのは、七歳の子供が持つべき無垢な光ではない。幾多の修羅場を越え、命のやり取りを繰り返してきた者の、底なしの深淵だった。


 東の空が、白み始めていた。 夜明けの光が、甲板を照らし出す。それは、血と破壊の跡も生々しい地獄のような光景の中心で、巨大な虎の獣人を足元にひれ伏させる、一人の小さなその姿は、まるで古い叙事詩に描かれる、伝説の一場面そのものだった。

 リーダーは、屈辱と恐怖に顔を歪ませながら、残った部下たちに撤退を命じた。彼らは傷ついた仲間を抱え、蜘蛛の子を散らすように海へと逃げていく。


 嵐のような戦闘が終わり、船上には静寂が戻ってきた。東の空が、白み始めている。夜明けだった。

 ベルは刀を鞘に納め、仲間たちへと向き直った。


「みんな、無事ですか。……流石ですね、ジパングのメンバーは。完璧な連携でしたよ」


 その言葉に、フィンはへなへなと座り込み、アナとテトは互いに背を向け「ふん」と鼻を鳴らし、ウールは銃の手入れを始め、ヘレンは安堵の祈りを捧げた。いつもの彼らだった。


 しかし、ベルは勝利に浸ることなく、厳しい表情で船長へと歩み寄った。


「船長。お尋ねします。この航路は、フィリスティアとチャタルの最高機密だったはずでは?」


 その一言に、船内の空気が再び凍り付いた。敵は去った。だが、本当の脅威は、この船の中にいるのか陸にいるのか。「裏切り者」という言葉が、その場にいた全員の脳裏に浮かぶ。


 夜明けの光の中、船員たちの視線が一斉に注がれた。

 その視線は、伝説の魔法に覚醒し、見事な初陣を飾ったテト王女へ。

 そして、彼女を含む、恐るべき実力者たちを赤子の手をひねるように率いてみせた、七歳の少年指揮官――ベル・シレイラへと。

 畏敬と、賞賛と、そしてほんの少しの恐怖を込めて。


 朝焼けの空の下、一行の絆は初陣を経てより深く、硬く結ばれた。しかし、彼らの前には、新たな、そしてより根深い陰謀の影が、長く伸び始めていたのだった。


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