第70話 ジェネシス・アームズ
ベル・シレイラ男爵の昇爵を祝う、色とりどりの魔法の花火が夜空を彩る。
黄金の城のバルコニーでは、叙爵式を終えた貴族たちが、眼下に広がる幻想的な『シレイラ・ドリームランド』の夜景を肴に、グラスを片手に歓談に興じていた。
「ほう……あれが噂のジェットコースターか。悲鳴を上げながら高速で落下するとは、なかなかにマゾヒスティックな乗り物ですな」
「あちらの観覧車、恋人たちの逢瀬にはもってこいと評判だとか。我が息子にも勧めてみるか」
貴族たちの話題は、もはやベルの爵位のことではなく、この前代未聞の黄金の遊園地のことで持ちきりだった。
彼らの視線の先には、絶叫を上げる者、ロマンチックな雰囲気に浸る者、美味しい食べ物に舌鼓を打つ者など、身分に関係なく心から楽しむ人々の笑顔が溢れている。
かつて『捨てられの村』と呼ばれた場所が、今や王国で最も多くの金と人を集める一大観光地へと変貌を遂げた。この事実を前に、ベルをただの成り上がりの辺境貴族と侮る者など、もはや一人もいなかった。
……ただ一人、クル・クレイマー公爵を除いては。
「ぐぬぬぬ……! ありえん、ありえんぞ! なぜあの小僧がこれほどの……!?」
デップリと肥え太った公爵は、最高級のワインをがぶ飲みしながら、嫉妬の炎でその巨体を燃やしていた。
ベルに赤っ恥をかかせるはずが、逆に自分の方が道化になってしまったのだから、その屈辱は計り知れない。
そんな公爵の腐った心情など露知らず、ベルは歓談の輪の中心にいる国王イラーフの元へと、にこやかに歩み寄った。
「陛下。この度は、このような盛大な式典を催していただき、誠にありがとうございます」
「うむ。だが、驚いたぞ、ベル。俺はオマエに叙爵の場を与えただけだ。それをこれほどの祝祭の舞台に変えてしまうとはな」
イラーフの隣に立つ宰相テルミニ・イメレーゼ侯爵も、満足げに頷いている。
ベルは「いえいえ」と謙遜しつつ、悪戯っぽく笑った。
「実は、この場をお借りして、陛下に献上したいものがございまして」
「ほう、献上品とな?」
イラーフが興味深げに眉を上げる。
その場の全員の視線が、ベルの手に集中した。ベルは【アイテムボックス】から、一本の長剣をすっと取り出す。
その瞬間、バルコニーにいた全ての人間が息を飲んだ。
夜の魔法灯を乱反射し、それ自体が光源であるかのように輝く、純金の鞘。精緻な彫刻が施された柄と鍔。それは、もはや武器というより、神話の時代の王が手にしたとされる宝剣のような、神々しいまでの美しさを放っていた。
「なんと美しい……」
「あれこそ、王の剣にふさわしい」
貴族たちから感嘆の声が漏れる。クレイマー公爵だけが、
「フン、見掛け倒しの儀礼剣に決まっておるわ!」
と、誰にも聞こえない声で毒づいた。
「陛下、どうぞお手に」
ベルに促され、イラーフは荘厳な輝きを放つ剣を受け取った。ずしりとした、確かな重み。それは、ただの飾りではない、本物の武器だけが持つ重厚感だった。
「この剣の名は、『ジェネシス・アームズ』。創世の武具、という意味を込めて名付けました」
ベルは、自信に満ちた声で、その剣の本当の力を語り始めた。
「この剣と鞘は、全て、先日僕が精製に成功した伝説の鉱物――『オリハルコン』で出来ています」
「「「オリハルコンだと!?」」」
その単語が出た瞬間、バルコニーの空気が震えた。神話の中にしか存在しないはずの幻の金属。それが今、目の前にあるという。
ベルは、どよめく貴族たちを意に介さず、説明を続けた。
「そして、この剣の真価は、その鞘にあります。まず、所有者として陛下を登録します」
ベルがイラーフの手に触れ、魔力を流すよう促す。イラーフが剣に魔力を込めると、柄に埋め込まれた宝玉が一瞬、王の魔力の色である深緑に輝いた。
「これで登録は完了です。この剣は、陛下以外の者が手にしても、ただの重い鉄塊にしかなりません。そして……」
ベルは一度言葉を切ると、満面の笑みで言い放った。
「鞘を天にかざし、『ジェネシス、アクティベート』と唱えてみてください。鞘がパーツに分かれ、陛下の身体に装着されます。そして、近未来的なデザインの黄金の全身鎧――言うなれば、『パワードスーツ』へと変形するのです」
「「「ぱわーどすーつ……?」」」
聞き慣れない単語に、貴族たちが首を傾げる。
「簡単に言えば、『着る要塞』です。背中のブースターを噴射して、音速で空を舞い、腕から魔力の奔流――エネルギー砲を放つことで、圧倒的な機動力と火力で敵を殲滅できます。もちろん、オリハルコン製の剣本体は、この世に切れぬ物はありません」
もはや、貴族たちの理解は追いついていなかった。空を飛ぶ鎧? エネルギー砲? それは、物語の中の魔法ですらない、全く新しい概念の兵器だった。
「馬鹿な! そんなおとぎ話があるものか!」
ついに我慢の限界に達したクレイマー公爵が、ヤジを飛ばす。
「そもそも、そんな強力な鎧、動かすための魔力はどうするのだ! すぐにガス欠になるに決まっておるわ!」
「ご心配なく」
ベルは、哀れな公爵に笑いかける。
「この鎧の動力源は、登録された所有者が普段、無意識に放出している魔力を鞘が吸収し、内部の魔力炉に常に貯蔵しておくシステムになっています。つまり、陛下がただ生活しているだけで、エネルギーは無限にチャージされ続けるのです」
その完璧すぎる理論に、クレイマー公爵は「あ……あ……」と口をパクパクさせるだけで、言葉を失った。
イラーフ王は、手の中の剣をじっと見つめると、やがて、抑えきれない好奇心と、剣士としての闘志に満ちた笑みを浮かべた。
「……面白い。ベル、余がその『ぱわーどすーつ』とやらを、試させてもらおう」
「陛下、なりません! 万が一のことがあっては!」
宰相テルミニが慌てて止めに入るが、イラーフの目は完全に少年のそれだった。
「案ずるな、テルミニ。我がベルの作だ。信頼しておる」
そう言うと、イラーフはバルコニーの中央に進み出て、ジェネシス・アームズを高く天に掲げた。そして、高らかに宣言する。
「―――ジェネシス、アクティベート!」
その言葉が引き金だった。
黄金の鞘が、眩い光の粒子となって霧散する。分解された鞘のパーツは、まるで意志を持っているかのようにイラーフの周囲を飛び交い、次の瞬間、彼の身体に吸い寄せられるように集束し始めた。
カシャン! カシャン! という小気味良い金属音と共に、足、胴、腕、そして最後に頭部へと、流線型の黄金のパーツが次々と装着されていく。各部の関節や装甲の隙間からは、深緑の魔力光が漏れ出し、背中には翼のような形状のブースターが形成された。
最後に、フルフェイスのヘルメットのバイザー部分が、紅蓮の光を一条、シュイン!と走らせる。
そこに立っていたのは、もはやフィリスティアの国王ではなかった。
神話から抜け出してきたかのような、威厳と力に満ち溢れた、黄金の戦神だった。
「おお……おおおお……!」
貴族たちは、そのあまりにも神々しく、そしてあまりにも格好良い変身シークエンスに、ただただ圧倒されていた。
「……力が、漲る……! これが、ジェネシス・アームズ……!」
ヘルメットの中から、わずかに変調されたイラーフの声が響く。彼は軽く拳を握りしめ、己の新たな力を確かめると、背中のブースターから青白い光の粒子を噴射させ、ふわり、と宙に浮き上がった。
「「「浮いたーーーーーっ!!」」」
そして、次の瞬間。
ゴウッ!という轟音と共に、黄金の戦神は一条の光となって夜空へと急上昇した。そのスピードは、もはや目で追うことすらできない。
「速い……!」
「どこへ行かれたのだ!?」
貴族たちが空を見上げて騒ぐ中、遥か彼方の夜空が一瞬、昼間のように輝いた。
数秒後、ズドオオオオオオオオオオン!!!という、腹の底まで揺るがすような、凄まじい爆発音が響き渡る。
遠眼鏡の魔法を持っていた貴族が、震える声で叫んだ。
「い、岩山が……! シレイラ村の向こうにある、無人の岩山が、跡形もなく消滅しましたぞ!」
皆が戦慄する中、空を駆る光がバルコニーへと帰還し、黄金の戦神が静かに着地した。
その圧倒的な破壊力と、王の神々しい姿を目の当たりにして、貴族たちはもはや立っていることすらできなかった。誰もが、ひれ伏すように膝をつき、頭を垂れる。
クレイマー公爵に至っては、完全に腰を抜かし、
「ひぃぃ……ば、化物じゃ……王が、神になってしまわれた……」
とガタガタ震え、失禁寸前だった。
そんな畏怖と沈黙に支配されたバルコニーに、ベルののんきな声が響いた。
「いやー、素晴らしい性能ですね! これで、先日のように魔人に不覚を取り、大事な剣を折られてしまう心配もありませんね、陛下?」
「「「「…………は?」」」」
その場にいた全員(アナやフェルを含む)の動きが、ピシリと固まった。
王が魔人に敗北し、愛剣を折られた一件。
それは、王家の権威に関わる、決して口にしてはならない禁句中の禁句。
それを、この場で、しかも当の本人に向かって言うとは。不敬罪で即刻打ち首になってもおかしくない暴言だった。
バルコニーが、先ほどとは違う意味で、氷点下の空気に包まれる。
皆が息を殺して、黄金の戦神の反応を待った。
すると、イラーフのヘルメットが、シュッと音を立てて解除され、素顔が現れた。その口元は、怒るどころか、獰猛な笑みを浮かべていた。
「……面白い。ならばベル、その生意気な口が、どれほどのものか」
イラーフは、手に持ったオリハルコンの剣をベルに向ける。
「その新しい剣の最初の相手として、貴様がふさわしい。―――模擬戦と行こうではないか」
「陛下、なりません! なりませぬぞ!」
宰相テルミニが血相を変えて止めに入るが、もはや王の闘志に火がついてしまっていた。
ベルもまた、「望むところです」と不敵に笑い、腰に差した黒い鞘の日本刀に手をかけた。
こうして、国王と新男爵による、前代未聞の御前試合が、シレイラ・ドリームランドの夜空を舞台に、急遽執り行われることになった。
準備が整ったのを確認すると、イラーフは再びヘルメットを装着し、空へと舞い上がった。
対するベルは、ゆっくりと日本刀を鞘から抜き放つ。
闇を吸い込んだかのような、漆黒の刀身が姿を現した。
黄金の王と、漆黒の剣士。
対照的な二人が、バルコニーと夜空で対峙する。
先に動いたのは、イラーフだった。
音速を超えたスピードで、一直線にベルへと突撃する。常人ならば、認識することすらできずに肉塊と化すであろう神速の一撃。
しかし、ベルはそれを、最小限の動きでひらりとかわすと、すれ違いざまに漆黒の刀を閃かせた。
キィィィィィィン!!
鼓膜を突き刺すような甲高い金属音と共に、夜空に眩い火花が散る。
ベルは、黄金の鎧に斬りつけた反動を利用して、自らも空へと跳躍した。
「なっ!? あやつ、生身で空を……!?」
貴族たちが、またしても常識外れの光景に目を見開く。
ここから先は、彼らの動体視力では捉えきれない、神々の領域の戦いだった。
夜空を縦横無尽に飛び回りながら、魔力砲を雨のように降らせるイラーフ。
その全てを、ベルは的確に展開した障壁魔術で防ぎきり、遊園地にも、観客にも、一切の被害を出させない。
「逃げてばかりか、ベル!」
「まさか! そろそろ、そのピカピカの鎧に、傷の一本でも付けてあげますよ!」
二つの影が、空中で激しく交錯する。
ガキン! ギン! ズガガガガ!
オリハルコンの剣と、漆黒の日本刀がぶつかり合うたびに、凄まじい衝撃波と火花が夜空を焦がした。
「さすがはオリハルコン。僕の刀でも、傷一つ付けられませんね。本当に硬い」
ベルの呟き通り、彼の斬撃は、黄金のパワードスーツに甲高い音を立てて弾かれるばかりで、全くダメージを与えられていない。
しかし、それはイラーフも同じだった。
音速の斬撃も、必殺の魔力砲も、ベルの神がかり的な体捌きと、完璧な障壁魔術の前には、何一つ届かない。
「貴様のその動き……ますます人間離れしているな!」
「陛下こそ、その鎧、すっかり自分の手足のように使いこなしているじゃないですか!」
それは、もはや戦いというよりも、互いの力を確かめ合う、父と子の戯れのようでもあった。
やがて、激しい打ち合いの末、両者が大きく距離を取って、にらみ合った。
先に沈黙を破ったのは、イラーフだった。
「……良かろう。今宵はここまでだ」
シュッ、と音を立ててヘルメットが解除される。その顔には、満足そうな汗と、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「ジェネシス・アームズの性能、そして貴様の腕、しかと見届けた。見事だったぞ、ベル」
その言葉を合図に、張り詰めていた空気が緩み、観戦していた貴族たちから、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
規格外の息子と、神の力を手に入れた父。
この二人がいる限り、フィリスティア王国は安泰だと、誰もが確信した一夜だった。
そして、バルコニーの隅で、最初から最後までその戦いを見届けたクレイマー公爵は、完全に心を折られ、泡を吹いて気絶していた。
彼がベルに逆らおうとすることは、もう二度とないだろう。
バルコニーに降り立ったイラーフは、鎧を解除すると、そっとベルの耳元で囁いた。
「……見事だったぞ、最高の贈り物だ」
その声は、王ではなく、一人の父親としての、温かい響きを持っていた。




