表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら無能王子だったから引きこもってみた  作者: 覚賀鳥
新しい仲間達(ジパング)
68/83

第67話 オリハルコンpart2

 

 翌朝。シレイラ村の朝靄がまだ晴れやらぬ刻、ベルたちは屋敷の前に集合していた。

 それぞれが冒険者としての装備を整え、その顔には緊張と、それ以上の期待が浮かんでいる。目指すは、王国最大のダンジョン『ヤム』の深層、53階層。普通ならば、何日もかけて幾多のモンスターを打ち倒し、ようやくたどり着けるかどうかの未踏の領域だ。


「準備はいいかい、みんな! 一瞬で着くから、乗り物酔いの心配はないけど、心の準備だけはしっかりね!」


 ベルがいつもの調子で言うと、アナがじろりと鋭い視線を送った。


「あなたねぇ……ダンジョン攻略の常識を根底から覆すようなことを、ピクニックにでも行くみたいな気軽さで言わないでくれる? こっちの緊張感が削がれるわ」


「ははは、最高の褒め言葉として受け取っておきます! それじゃあ、行きますよ!」


 ベルは地面に右手をかざし、意識を集中させる。巨大で複雑な幾何学模様を持つ魔法陣が、青紫の眩い光と共に浮かび上がった。


「【転移魔術・発動】!――目的地、ヤム・ダンジョン53階層、座標固定!」


 光が一同を包み込む。

 シレイラ村の爽やかな朝の空気が剥がれ落ち、代わりにひんやりと湿った、金属と土が混じり合った独特の匂いが鼻腔をくすぐった。視界が白く染まり、一瞬の浮遊感の後、足の裏にごつごつとした硬い岩の感触が戻ってくる。


 目を開けると、そこは太陽の光が一切届かない、広大な地下洞窟だった。

 天井からは鍾乳石のように鉱物が垂れ下がり、壁のあちこちで燐光を放つ苔が、ぼんやりと周囲を照らしている。空気は重く、どこかから滴り落ちる水の音が、不気味なほど静かな空間に反響していた。


「……着いた、ニャ?」


 テトが恐る恐る周囲を見回す。


「ああ。ここがヤムの53階層だ。……って、何度体験しても、ベルのこの魔法は反則級ね」


 アナは呆れたようにため息をつきながらも、その瞳は好奇心で爛々と輝いていた。

 ウールは魔法銃を片手に、警戒を怠らず周囲を窺っている。


「敵性反応はなしか。静かすぎるのが逆に不気味だが……上層の騒がしさとは別世界だな」


「ぼ、ぼく……ダンジョンに入るの、初めてです……」


 フィンが緊張で体をこわばらせていると、ヘレンがその背中を優しく撫でた。


「大丈夫ですよ、フィンさん。ベル様と、頼もしい皆さんがついていますから」


 その微笑みに、フィンの緊張が少しだけほぐれる。


「さて、と。ここからは宝探し……いや、金探しだ! ヘレン、お願いできますか?」


 ベルの言葉に、ヘレンはこくりと頷くと、すっと右目を閉じた。そして、再びその瞼が開かれた時、彼女の左の瞳は、まるで宝石のような妖しい翠色に輝いていた。


「【魔眼魔法・探索眼】――起動」


 ヘレンの視界に映る世界が、様変わりする。

 魔眼魔法がLv2になった時に覚えた探索眼。

 岩盤の分厚さ、鉱物の種類、魔力の流れ、隠された通路……ダンジョンの構造そのものが、色分けされた情報として彼女の脳に流れ込んでくるのだ。


「あらあら……これは……すごいですね」


 ヘレンが感嘆の声を漏らす。彼女の視線の先、一見するとただの分厚い岩壁にしか見えない場所に、ひときわ眩い黄金色の光の奔流が、まるで龍のように渦巻いているのが見えていた。


「ベル様、あちらです。この壁の向こう、厚さ約5メートル先から……フィリスティア中の貴族が一生遊んで暮らせるほどの、巨大な金鉱脈が眠っていますわ」


「一生遊んで暮らせる!?」


「ニャッ!? それはあたしがいただくのニャー!」


 アナとテトが、瞳をカッと見開いて食いついた。その目は完全に金の亡者である。


「よし! 場所が分かれば話は早い! フィン、君の出番だ!」


「は、はい!」


 ベルに促され、フィンはごくりと唾を飲み込むと、一歩前へ出た。彼は愛用の槍を構え、深呼吸を一つ。守るためだけではない、仲間たちの未来を切り拓くための、新しい力の使い方。


「【結界魔法・局所展開】――『穿て、矛盾』!」


 フィンの集中力が高まる。槍の穂先、その一点にだけ、彼の全魔力が凝縮されていく。目には見えないが、そこにはダイヤモンドの数倍の硬度を持つ、極薄の結界の刃が形成されていた。

 周囲の空気がビリビリと震えるほどの魔力の密度。


「いっけえええええええ!」


 気合一閃、フィンは渾身の力で槍を突き出した。

 次の瞬間、凄まじい轟音と共に、硬いはずのダンジョンの岩壁が、まるで熱したナイフでバターを切るように、いともたやすく貫かれた。


 ズドドドドドドッ!!


 結界の刃は岩盤を豆腐のように切り裂き、ヘレンが示した場所まで一直線に突き進む。そして、ガツン!という硬い手応えと共に、槍の動きが止まった。


「やった……! 届きました!」


 フィンが興奮した声で叫ぶ。

 ベルはフィンの肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。


「ナイスだ、フィン! これならツルハシで100年かかる作業が、10分で終わるぞ!」


 フィンが槍をグリグリと動かして穴を広げると、中からキラキラと眩い光が漏れ出し始めた。そして、ゴロン、という重い音と共に、穴から拳大の黄金の塊――高純度の金鉱石が転がり出てきたのだ。


「「おおおおおっ!!」」


 一同から、歓声が上がる。


「すごいニャ! 金ピカのお宝ニャー!」


 テトは転がり出た金鉱石に飛びつくと、自分の頬にスリスリと擦りつけ始めた。完全に猫に小判、いや、猫が小判にじゃれている状態だ。


「ここからは力仕事だ! 僕とテトで鉱石を回収するから、フィンはどんどん掘り進めてくれ!」


「任せるのニャ! このテトに、掘り残しは許されないのニャ!」


 こうして、前代未聞のダンジョン採掘作戦が始まった。

 フィンの結界槍が岩盤を穿つたびに、ザクザクと金鉱石が掘り出され、それをベルとテトが工房魔法のアイテムボックスへと次々と放り込んでいく。その光景は、もはや採掘というより、宝の強奪に近かった。


 しかし、そんな派手な騒ぎを、ダンジョンの主たちが見過ごすはずもなかった。


 グルルルルル……!


 地響きと共に、周囲の岩壁が盛り上がり、いくつもの巨大な人型――岩でできた魔物、ロックゴーレムが出現した。その数はざっと10体。一体一体が家ほどの大きさがあり、その拳は人間など容易くミンチにするだろう。


「チッ、やっぱり出てきやがったか。騒ぎすぎたな」


 ウールが舌打ちし、魔法銃を構える。

 だが、それよりも早く、一陣の疾風がゴーレムたちの只中へと突っ込んでいた。


「ようやく退屈しのぎができそうだわ!――【強化魔法・身体加速】!」


 アナだ。

 彼女の全身から淡い光が迸り、その身体能力が飛躍的に向上する。常人には目で追うことすら不可能な速度で地を蹴ったアナは、ロックゴーレムの懐に瞬時に潜り込むと、華麗に宙を舞った。


「風よ、我が刃となれ!――【ウインドカッター・クインタプル】!」


 アナの手のひらから、五条の真空の刃が同時に放たれる。強化魔法で威力を増した風の刃は、鋼鉄よりも硬いはずのロックゴーレムの巨体を、いともたやすく両断した。


 ズババババッ!


 わずか一瞬の交錯で、5体のゴーレムが活動を停止し、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。


「……はっや。相変わらず、えげつねぇ強さだな、王女様は」


 ウールが呆れたように呟く。


「ウール! 油断しない! 残りはあなたに任せたわよ!」


「へいへい。人使いが荒いこった」


 ウールは軽口を叩きながらも、その目は冷静に獲物を見据えていた。彼は残りのゴーレムがアナに向かって動き出すのを正確に予測すると、その足元を狙って魔法弾を連射する。


 ダダダダダッ!


 ウールの魔力弾はゴーレムの足関節に的確に着弾し、その動きを鈍らせた。その隙を、アナが見逃すはずがない。


「ナイスアシストよ、ウール!――とどめ!」


 アナは崩れ落ちるゴーレムを踏み台にしてさらに高く跳躍すると、残りのゴーレムたちの頭上から、巨大な竜巻を叩きつけた。


「喰らいなさい! 【ゲイルストーム】!」


 暴風がゴーレムたちを巻き込み、その巨体を空中でバラバラに分解していく。やがて嵐が収まった時、そこにはただの瓦礫の山が残されているだけだった。


「……ふぅ。まあ、こんなものね」


 アナはふわりと着地すると、何事もなかったかのように髪をかき上げた。

 その圧倒的な戦闘力に、フィンとテトはあんぐりと口を開けて見とれている。


「アナにゃん、つよすぎるニャ……」

「まるで、物語の英雄みたいだ……」


「よし! 邪魔者もいなくなったことだし、採掘再開だ! 目標まであと半分!」


 ベルの号令で、再び採掘作業が始まる。

 その後も何度かモンスターの襲撃があったものの、アナの無双の剣(と風)と、ウールの的確な援護射撃の前に、敵は文字通り瞬殺されていった。

 そして、約1時間後。


「……よし、これだけあれば十分すぎるくらいだ!」


 アイテムボックスの中が、山のような金鉱石で埋め尽くされているのを確認し、ベルは満足げに頷いた。


「じゃあ、ついでと言っては何だけど……ここで精錬までしちゃいます!」


「「「「えっ?」」」」


 一同がポカンとする中、ベルはアイテムボックス内の金鉱石に意識を集中させる。

 彼の頭の中で、工房魔法のスキルが発動する。仮想空間内に生成された超高温の炉が、金鉱石を瞬時に融解し、不純物を取り除き、純粋な金だけを抽出していく。現実世界では何日もかかる作業が、ベルの工房魔法の中では、わずか数秒で完了するのだ。


「はい、お待たせしました!」


 ベルがアイテムボックスから取り出したのは、もはや鉱石ではない。

 太陽の光を閉じ込めたかのように眩しく輝く、見事な金の延べ棒――インゴットだった。

 次々と地面に置かれていくインゴットの山を見て、今度こそ全員が言葉を失った。


「き、金塊……」


「本物の……金のインゴットがこんなにたくさん……」


 アナでさえ、ゴクリと喉を鳴らしている。

 テトに至っては、あまりの衝撃に白目を剥いて気絶しかけていた。


 ベルは金のインゴットを全てアイテムボックスにしまい直すと、再び工房魔法へ入室した。


「――工房魔法・入室」


 静かな詠唱。

 世界が停止し、ベルの意識は無限の黒曜石の空間へと飛んだ。

 目の前に思考操作型のモニターと椅子を呼び出すと、彼はアイテムボックスから、今日手に入れたばかりの、眩いばかりの金のインゴットを全て取り出した。


「ライブラリー、オリハルコンの精製プロセス」


 モニターに、ライブラリーから取得したオリハルコンの精製法が表示される。

【概要:高純度の『金』に対し、高密度の『魔力』と物理的な『超高圧力』を長期間(標準環境下で約1000年)与え続けることで、金属内の魔力構造が変質・昇華し、オリハルコンへと変化する】


「まずは、環境構築からだ」


 ベルはモニターを操作し、工房空間の一部に、特殊なフィールドを生成した。

 そこは、王から与えられた無尽蔵の魔石をエネルギー源とした、超高密度の魔力で満たされている。さらに、空間そのものを捻じ曲げることで、星の中心核にも匹敵するほどの超高圧力が、一点に集中するように設定した。


 金のインゴットが、その特殊フィールドの中央に静かに浮かぶ。

 ギギギ……と空間が軋むような音が、ベルの意識の中にだけ響き渡る。高魔力と高圧力によって、黄金のインゴットがほんのわずかに歪み始めた。


「準備は整った。……ここからが、本番だ」


 ベルはごくりと唾を飲み込むと、モニターに最後のコマンドを打ち込んだ。


「――時間流、強制加速。目標経過時間、1000年!」


 その瞬間、ベル以外の全てが、狂った速度で動き出した。

 モニターの隅に表示された経過時間カウンターの数字が、常軌を逸したスピードで回転していく。


 1年、10年、50年、100年……!


 特殊フィールドの中で、金のインゴットが眩い光を放ち始める。

 国家が生まれ、栄え、そして滅びていくほどの時間が、この閉ざされた空間の中では、わずか数秒のうちに過ぎ去っていく。

 それはまさに、神の御業。創造主だけが許された、時間の超越。


 200年、500年、800年……!


 金のインゴットは、もはやその原型を留めていなかった。

 それは、黄金色の光そのもの。物質の理を超え、魔力の奔流と一体化し、新たな存在へと生まれ変わろうとしていた。


 そして――


【経過時間:1000年0ヶ月0日0時間0分0秒】


 カウンターが目標値に達した瞬間、工房空間の全てを飲み込むほどの、凄まじい閃光が迸った。

 ベルは思わず目をつむる。


 やがて光が収まり、おそるおそる目を開けると、そこには、一つの金属塊が静かに浮かんでいた。

 それは、金色でも銀色でもない。

 虹色の光を内包し、まるで星空そのものを封じ込めたかのような、神秘的な輝きを放っていた。

 見る角度によって、青にも、緑にも、赤にも見える。それなのに、決して派手ではなく、どこまでも深く、静謐な輝き。


 これが、神々の金属。伝説のアーティファクトを生み出すための、奇跡の素材。


「オリハルコン……」


 ベルは、その美しさに息をのんだ。

 ただそこに存在するだけで、絶対的な存在感を放っている。軽く触れただけで、指先から膨大な情報と、悠久の時間が流れ込んでくるようだった。


「すごい……。これなら、作れる……!」


 彼の脳裏に、ライブラリーで見たあの剣と鎧の姿が、鮮やかに蘇る。

 鞘が分解され、装着者の全身を覆う黄金の鎧となる、革新的な兵器。


『ジェネシス・アームズ』


 ベルは完成したオリハルコンをそっと手に取った。

 ずっしりと重い。それは、1000年という時間の重み。そして、これから始まる新たな伝説の重みだった。


「待っててください。最高の剣を、僕が必ず作ってみせますから」


 工房空間に、静かな、しかし誰よりも熱い誓いが響き渡った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ