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転生したら無能王子だったから引きこもってみた  作者: 覚賀鳥
新しい仲間達(ジパング)
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第66話 オリハルコンpart1

 フィリスティア王国の東、雄大なシレイラの森を抜けた先に、その村はあった。緩やかな丘陵に抱かれ、清らかな小川がせせらぎを奏でるのどかな土地。ベル・シレイラが領主として治める、シレイラ村である。


 その村の一角、ベルが拠点として構えた屋敷の裏手に、質実剛健な石造りの建物が静かに佇んでいた。それが、鍛冶工房だ。しかし、その内部には炉も金床も、槌の音も響いてはいない。一見すると、そこはただのガランとした倉庫に過ぎなかった。


「よし……」


 ベルは工房の中央に立つと、一つ深く息を吸い込み、意識を集中させた。王から託された使命――失われた国宝アパラージタに代わる、新たな国の象徴となる剣を鍛つ。そのあまりにも重い責務を果たす時が来たのだ。彼の瞳に、覚悟と、そして未知への挑戦に対する鍛冶師としての純粋な興奮の光が宿る。


「――工房魔法・入室」


 静かな詠唱が、空間に響く。 その瞬間、世界の法則が書き換えられた。


 ベルの足元から淡い光の輪が広がり、彼の体を優しく包み込む。窓から差し込んでいた陽光の揺らめきが、宙を舞っていた埃の動きが、壁を伝っていた蜘蛛の歩みさえもが、ピタリと静止する。まるで、世界という名の絵画の再生ボタンが、一時停止されたかのように。


 工房魔法の内部に入室している間、外界の時間は完全に停止する。それが、この魔法の持つ最大にして最強の特性だった。 視界が真っ白な光に満たされ、次の瞬間、ベルは全く別の場所に立っていた。


 そこは、物理法則が意味をなさない、概念の空間だった。 床も壁も天井もなく、ただ無限に広がる黒曜石のような空間が、彼の姿を静かに映し出している。


 音もなく、空気の揺らぎもなく、存在するのはベル自身の意識と、彼の目の前に静かに浮かぶ無色透明な一枚の巨大なパネル――思考操作型のモニターと、それに付随するように現れたシンプルな椅子だけ。


 ここが『工房魔法』の真髄。ベルの精神とスキルが直結し、あらゆる創造が可能となる聖域。現実世界での物理的な制約から完全に解放された、彼一人のための世界だ。


「まずは、動力の確保からですね!」


 椅子に腰掛けたベルは、慣れた手つきで意識を集中させる。彼の思考に呼応し、モニターにアイテムボックスのウィンドウが表示された。


 彼はその中から、イラーフ王より賜った無数の無属性魔石を選択する。 次の瞬間、アイテムボックスから溢れ出した鈍色の魔石の奔流が、モニターに吸い込まれるように消えていった。物理的な投入ではない。工房魔法というシステムが、直接アイテムボックス内の魔石をエネルギーとして認識し、変換処理を開始したのだ。


 モニターの隅に表示された円形のゲージが、猛烈な勢いで上昇していく。ゲージの内側では、変換効率や現在の貯蔵魔力量が、目まぐるしく数字を更新していた。


  王から与えられた魔石は、まさに国中からかき集めたという言葉に違わぬ、圧倒的な量と質を誇っていた。ゲージは瞬く間に最大値に達し、眩いばかりの光を放って、工房空間全体が強大な魔力で満たされていることを告げた。


「これだけあれば……どんな無茶な創造も可能になる」


 万全の準備が整った。ベルは高鳴る鼓動を抑え、モニターの中央に意識を集中させる。彼の胸の内にあるのは、一つの明確な目標。アパラージタを超える剣。


 彼の『工房魔法』スキルはLV3へと進化を遂げた際に解放された機能こそが、彼の創造の可能性を無限に広げる鍵だった。


「起動――『ライブラリー』」


 ベルが強く念じると、モニターの中央に一つのアイコン――古風な本を模した紋章が輝き、そこから光の奔流が溢れ出した。

 それは、文字通り「情報」の洪水。モニターが幾重にも分裂し、ウィンドウが無限に展開されていく。


 古今東西、ありとあらゆる創造物の設計理論、素材の特性、加工技術、魔法付与の術式……。まるで、神々の叡智が収められた図書館の禁書庫に、直接アクセスする権利を得たかのようだった。


「検索カテゴリ:『剣』。検索条件:『国家の象徴たりうるもの』『革新性』」


 思考によるコマンド入力。


 刹那、モニターには無数の剣の設計図が、サムネイル画像と共にリストアップされた。


 炎を自在に操り、一振りで軍勢を焼き払うという魔剣『レーヴァテイン』。

 聖なる力を宿し、あらゆる不浄を切り裂く聖剣『デュランダル』。


 神話や伝説に語られるような、途方もない力を持つ武具の数々が、詳細なデータと共に並んでいる。 どれも素晴らしい。素晴らしいが、ベルの心は動かなかった。これらは、既存の概念の延長線上にある「最強」だ。彼が求めるのは、そんなものではない。人々が度肝を抜かれ、新たな時代の幕開けを予感させるような、全く新しい何かが……。


 ページをめくるように、リストをスクロールさせていく。何百、何千という剣のデータを見送った、その時だった。 彼の意識が、一つのデータに強く引き寄せられた。


【アーティファクト名:ジェネシス・アームズ】

【カテゴリ:長剣/重装鎧】

【主要素材:オリハルコン】


「剣と……鎧?」


 その奇妙なカテゴリに、ベルは首を傾げた。興味を惹かれ、詳細データを展開する。 モニターに映し出されたのは、黄金に輝く、洗練されたデザインの一振りの長剣だった。


 刀身には神代文字のような紋様が刻まれ、それ自体が美術品のような気品と力強さを放っている。

 だが、ライブラリーが提示する真価は、その隣に表示された鞘にあった。 鞘は、一見すると剣に合わせただけの美しい装飾品に見える。しかし、それは幾何学的なラインで分割された、数十のパーツの集合体だった。


 ベルがさらに情報を求めると、モニターの中央で、精巧な3DCGによるシミュレーション映像が再生され始めた。


  映像の中の騎士が、ジェネシス・アームズを鞘に納め、天に掲げる。


 そして、魔力を解放した瞬間―――世界が一変した。


  鞘が眩い光を放ちながら、瞬時に分解される。分解されたパーツは、まるで自らの意志を持つかのように騎士の全身へと飛来し、寸分の狂いもなく装着されていく。

 ガントレットが腕を覆い、グリーブが脚を守り、ブレストプレートが胸を固め、最後に流線型のヘルメットが頭部に装着される。 ほんの数秒の間に、一人の騎士が、近未来的なデザインの黄金の全身を覆う鎧――パワードスーツへと変形するというのだ。


「……なんだ、これは……」


 ベルは息をのんだ。映像は続く。


 鎧を纏った騎士は、背中のブースターを噴射して空を舞い、魔力の奔流――エネルギー砲を放ち、圧倒的な機動力と火力で敵を殲滅していく。

 それはもはや、剣士の戦いではなかった。鎧は所有者の魔力と身体能力を飛躍的に増幅させ、一個師団にも匹敵する戦略級の戦闘力を与えるのだという。


 剣は、敵を斬り、破壊するためのもの。


 鎧は、その身を守るためのもの。


 攻撃と防御。それは常に表裏一体でありながら、決して一つに交わることのない、対極の概念だった。 だが、この『ジェネシス・アームズ』は、その常識を根底から覆している。

 攻撃の象徴である剣が、鞘を通じて最高の防御である鎧と完全に一体化している。

 それはつまり、「誰かを守るために振るう力」と「自らを守り、仲間を守る力」が、一つの装備として完璧な形で完成されていることを意味していた。


「これだ……! これしかない!」


 生産職としての探求心と、冒険者としての実用性の両方が、これ以上ないほどに刺激される。

 イラーフ王が求めた「新たな象徴」としても、これ以上のインパクトを持つものは存在しないだろう。


 歓喜に打ち震えるベル。


 しかし、その興奮は、モニターの隅に表示された素材リストによって、冷や水を浴びせられたかのように急速に冷めていった。


 オリハルコン、それは神話やおとぎ話の領域に属する、この世に現存するかどうかも怪しい幻の素材だった。古代文明が用いたとされる伝説の金属。現代において、その精製法はおろか、欠片一つ見つかってはいない。


「……くそ、やっぱり夢物語か」


 がっくりと肩を落とし、椅子に深く沈み込む。


 最高の設計図を見つけたと思ったのに、それを作るための素材がこの世に存在しない。

 これ以上の徒労感はない。 だが、諦めきれなかった。あの革新的な設計思想、攻撃と防御の完全なる融合。その輝きを知ってしまった今、他のどんな名剣も色褪せて見えた。

 彼は藁にもすがる思いで、ライブラリーの検索ウィンドウに、一つの単語を打ち込んだ。


『オリハルコン』


 どうせ「現存しない幻の金属」と、無慈悲なテキストが表示されるだけだろう。


 そう思っていた。


 しかし、モニターに新たに表示されたウィンドウの内容は、彼の絶望を根底から覆すものだった。


【オリハルコン:精製法】

【概要:高純度の『金』に対し、高密度の『魔力』と物理的な『超高圧力』を長期間(標準環境下で約1000年)与え続けることで、金属内の魔力構造が変質・昇華し、オリハルコンへと変化する】


「……なんだと?」


 ベルは自分の目を疑った。何度も、何度もテキストを読み返す。 オリハルコンは、特定の条件を満たすことで、人工的に作り出せるというのだ。 金に、魔力と圧力を、長年……。 普通の人間ならば、ここで「やはり不可能だ」と結論づけるだろう。1000年という時間は、国家の歴史に匹敵する、個人のスケールを遥かに超えた時間だ。 だが、ベルは普通ではなかった。彼には『工房魔法』がある。


「1000年……? ちょっと、待てよ……」


「長期間……工房魔法の内部なら、時間の流れを加速させられる。魔力は、陛下からもらった魔石で有り余るほどある。超高圧力……それも、この空間なら自在に生み出せるはずだ!」


 不可能を可能にする力。それが、彼の魔法の本質だった。 問題は、ただ一つ。全ての始まりとなる素材、『金』だ。それも、ジェネシス・アームズを一体作り上げるとなれば、相当な量が必要になるだろう。


「ライブラリー、高純度の金鉱脈が採掘可能な場所を検索!」


 思考の速さでライブラリーが応答する。モニターにフィリスティア王国の広大な地図が展開され、いくつかのポイントがハイライトされた。その中で、最も埋蔵量が多く、現実的に到達可能とされる場所が、警告色であるかのように赤く点滅していた。


【ダンジョン名:ヤム】

【所在地:王都エクロン東門より陸路で約半日。3つ子の迷宮・中央】

【金鉱脈確認階層:50階層~55階層エリア。高純度鉱脈は53階層に集中】


「ヤム……」


 ベルはその名をよく知っていた。これまで何度も挑んできた、王国最大のダンジョン。最深部はフィリスティア王国初代国王パーティーしか到達したことがなく、その攻略は王国中の冒険者の悲願となっている。 そして、ベル自身の現在の到達階層は、61階層。


「50階層……問題なくたどり着けるどころか、既に通り過ぎた場所だ」


 これまでは、アシエラの病気を治す為の薬に使う素材、80階層にいるとされるヒュドラの血液を得るためだけがダンジョン攻略だと思っていた。

 モンスターを倒し、経験値を稼ぎ、未知の領域へと足を踏み入れる。 だが、ライブラリーは新たな視点を彼に与えてくれた。ダンジョンは、ただモンスターがいて、宝箱が眠っているだけの場所ではない。貴重な鉱物資源が眠る、巨大な宝の山でもあるのだ。


「採掘、か……」


 つるはしを振るい、岩を砕き、鉱石を掘り出す。それは、あらゆる創造の原点、鍛冶師の原点ともいえる作業だ。


 なんだか無性に面白そうに思えてきた。


 目標が定まった。やるべきことが明確になった。 ベルの心に、炉に風を送られたかのような熱い炎が再び灯る。彼は興奮で高鳴る鼓動を抑えながら、工房魔法の空間から意識を現実世界へと引き戻した。


「――工房魔法・退室」


 光が収まり、再び石造りの工房へと帰還する。窓の外では、彼が入る直前に見た木の葉が、全く同じ角度で風に揺れていた。外界の時間は、本当に一秒も進んでいなかった。


 工房から出ると、夕暮れの柔らかな光がシレイラ村を包んでいた。屋敷の庭では、仲間たちがそれぞれの時間を過ごしている。


 広場では、ウールを相手にフィンとテトが、模擬戦形式の訓練に汗を流していた。決闘の勝利に驕ることなく、さらなる高みを目指す二人の真摯な姿は頼もしい。


  縁側では、アナとヘレンが村の子供たちに読み聞かせをしており、楽しそうな笑い声が響いている。王都での緊張から解放され、心からこの村での生活を楽しんでいるようだった。 この光景を守りたい。ベルは胸の奥で強く思った。そのためならば、どんな困難な剣でも打ってみせる。


「みんな、ちょっといいかな!」


 ベルのただならぬ気配を放つ声に、全員が顔を上げる。訓練を中断したフィンたちが駆け寄り、アナたちも子供たちに断ってから彼の元へと集まってきた。


「どうしたの、ベル? 何かすごい発見でもしたような、とんでもない顔をしているわよ」


 アナが好奇心に満ちた目を輝かせながら尋ねる。


 ベルは一つ息を吸い込むと、工房の中で見た壮大な構想を、興奮を隠せない早口で語り始めた。

 王に依頼された新たな剣が、ただの剣ではないこと。鞘が変形して全身を覆う鎧になるという、前代未聞のギミックを持つこと。そして、そのために必要な伝説の金属オリハルコンを、自らの手で、この工房で作り出すという壮大な計画を。


「……というわけで、その全ての始まりとなる素材、『金』を手に入れる必要があるんだ。場所は、ヤムダンジョンの50階層。みんなで、宝探し……いや、金探しに行かないか?」


 ベルの話を、仲間たちは目を丸くして聞いていた。あまりにスケールが大きく、突拍子もない話に、すぐには理解が追いつかないようだった。 沈黙を破り、最初に歓声を上げたのは、やはりアナだった。


「鞘が……鎧になるですって!? なにそれ、最高にロマンがあってカッコイイじゃない! 行くわ! 絶対に行くわよ!」


  リーダー(自称)は、面白そうなことには誰よりも敏感だった。


「採掘、か。モンスターをぶっ倒すだけがダンジョンじゃねぇってことだな。へっ、面白そうだ。俺の銃が岩を砕けるか、試してみるのも悪くねぇ。乗ったぜ!」


  ウールもニヤリと笑い、好戦的な瞳を輝かせた。


「ベル様がそこまで情熱を傾ける剣……それはきっと、素晴らしいものになるのでしょうね。私もお供します。採掘でも荷物持ちでも、何なりと」


 ヘレンは静かに、しかし力強く頷いた。その瞳には、ベルへの絶対的な信頼が宿っている。


「ボクたちの力が、ベルの剣作りの役に立てるなら……行きます! どこへでも!」


「ニャ! 金を掘って、ベルにすっごい剣を作ってもらうニャ! ピカピカの鎧、テトも着てみたいニャ!」


 フィンとテトも、一点の曇りもない瞳で即答した。


 誰一人として、反対したり、呆れたりする者はいなかった。 ベルの途方もない夢物語を、仲間たちは笑うことなく、真っ直ぐな信頼の目で見つめ、心の底からの期待と興奮をもって受け入れてくれたのだ。


「みんな……ありがとう!」


 ベルは胸が熱くなるのを感じた。一人ではただの夢想で終わったかもしれない計画が、仲間たちの賛同を得て、確かな目標へと変わった。 目標は定まった。最高の仲間もここにいる。 目指すは王都エクロン、そしてその先にあるヤムダンジョン。 それは、伝説の剣を生み出すための、黄金に輝く道標を探す旅。ベルと仲間たちの新たな冒険が、今、この辺境の村から始まろうとしていた。



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