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転生したら無能王子だったから引きこもってみた  作者: 覚賀鳥
新しい仲間達(ジパング)
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第65話 勅命と悪意


 国立エクロン魔法学院の少演習場に響き渡った勝利の宣言は、新たな物語の始まりを告げるファンファーレのようだった。フィン・ゲティングスとバステト・チャタル――つい一週間前まで「無属性の劣等生」と蔑まれていた二人が、エリート貴族のダリル・クレイマーと、彼が連れてきた年上の騎士を完膚なきまでに打ち破ったのだ。その事実は、瞬く間に学院中に知れ渡り、一つの伝説として語り継がれることになるだろう。


 決闘が終わり、観客たちが興奮冷めやらぬ様子で闘技場を後にしていく中、ベルたち一行は転移魔術でシレイラ村に帰りささやかな祝勝会を開いていた。


「やったな、二人とも! 本当に見事だった!」


 ウールが満面の笑みでフィンとテトの肩を叩く。彼はこの一週間、二人の特訓相手として、その急成長を誰よりも間近で見てきた。まるで自分のことのように嬉しそうだ。


「ウールのおかげだよ。君との模擬戦がなければ、ここまで動けませんでした」


  フィンはまだ頬を紅潮させながら、深々と頭を下げた。彼の顔には、以前のような劣等感に苛まれた陰はなく、自信という名の光が宿っている。


「本当にありがとうニャ! ウール、ベル、アナ、ヘレン! みんなのおかげニャ!」


  テトもぴくぴくと猫耳を揺らし、尻尾をぶんぶんと振りながら、仲間たち一人ひとりの顔を見渡した。その瞳は感謝の念で潤んでいる。


 この一週間は、二人にとって人生の転機だった。ベル・シレイラという規格外の存在と出会い、自分たちに眠っていた魔法の才能を見出され、そして信頼できる仲間を得た。もう、孤独に震える日々は終わりだ。


「ふふ、これで私たちのパーティーも本格始動ね!」


 アナがパンと手を打ち、誇らしげに胸を張った。彼女の言葉に、その場の全員が顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。ベル、アナ、ウール、ヘレン、そして新たに加わったフィンとテト。六人の冒険が、今まさに始まろうとしていた。


「よし! では、わたしがこのパーティーのリーダーを務めます! 皆、異論はないわね?」


 アナが高らかに宣言すると、一瞬の沈黙が流れた。


「えーっと、アナ様がリーダー、ですか?」


  ウールが少し困ったように頬を掻く。


「何か問題でも?」


  アナがむっとした表情でウールを睨みつける。その様子を見て、ベルが苦笑しながら口を開いた。


「まあ、いいんじゃないですか。アナは行動力があるし、みんなを引っ張っていってくれそうですしね」


「ベルがそう言うなら……」


「異論ないニャ!」


「ボクも、アナ様なら」


 フィンとテトも同意し、ヘレンは微笑みながらこくりと頷いた。こうして、半ば強引な形で王女アナスタシアをリーダーとするパーティーが正式に結成された。その微笑ましいやり取りは、彼らの絆が確かなものであることを示していた。


「それじゃあ、まずは冒険者ギルドに行って、登録を済ませましょう! 話はそれからよ!」


  新米リーダーの初仕事とばかりに、アナが意気揚々と指示を出す。冒険者として活動するには、ギルドへの登録が必須だ。


「そうですね。それが最初のステップだと思いますよ」


 ベルも頷き、一行は王都にある冒険者ギルドへ向かうことにした。しかし、シレイラ村を出ようとしたその時、アナが「あっ」と声を上げて立ち止まった。


「どうしたんだ、アナ?」


「……思い出したわ。わたし、王女だった」


「今更ニャ?」


  テトの素直なツッコミに、アナは「うっ」と呻く。


「そうじゃなくて! 王族が冒険者になるには、お父様……国王陛下の勅許が必要かもしれないわ。勝手に登録したら、後で大変なことになるかも……」


 王女という身分は、自由な冒険者活動において時として足枷となる。一行は顔を見合わせ、計画の変更を余儀なくされた。目的地は冒険者ギルドから、イラーフ王が待つ王城へと変更された。



 王城へと向かう一行の足取りは軽かった。特にベルとアナが代表して謁見することになり、他の四人は城下の屋敷で待機することになった。 王城の正門では、ベルの顔を見た衛兵たちが慌てて敬礼し、直ちに門を開いた。先日のガラハドとの戦いで王都を救った英雄として、ベルの名は兵士たちの間でも広く知れ渡っていた。


 通された先で、二人は予期せぬ光景を目にする。本来であれば、荘厳な装飾と磨き上げられた大理石の床が広がるはずの玉座の間が、無残な姿を晒していたのだ。天井には大きな穴が空き、陽光が瓦礫の山を照らしている。玉座そのものも半壊し、壁には巨大な爪痕のようなものが幾筋も刻まれていた。


「これは……」


 ベルが息をのむ。ここが、あの聖九剣ガラハドと魔人ビュレトとの激闘を繰り広げた場所だった。その戦いの凄まじさが、言葉なくして伝わってくる。職人たちが懸命に修復作業にあたっているが、元通りになるには相当な時間がかかりそうだった。


 案内されたのは、玉座の間の隣にある臨時の謁見の間だった。そこには既にイラーフ王と、側近や重臣たちが集まっていた。玉座の間ほどの華やかさはないが、張り詰めた空気は変わらない。


「よく来たな、ベル・シレイラ。アナトリアも」


 上座に座るイラーフ王の声音は穏やかだが、その瞳は鋭くベルを見据えている。


「聖九剣ガラハドの討伐、そして王都の防衛、誠に見事であった。そなたの功績なくして、フィリスティアの今はなかったであろう。改めて、国を代表し礼を言う」


 王が深々と頭を下げると、列席していた貴族たちから驚きの声が漏れた。一国の王が、準男爵とはいえ新興貴族にここまで丁重に礼を示すのは異例中の異例だ。


「もったいないお言葉にございます、陛下」


  ベルもまた、恭しく頭を下げた。


「うむ。して、オマエに頼みがある」


 王が合図をすると、屈強な兵士たちが巨大な麻袋をいくつも運び込んできた。袋の口が開かれ、鈍い灰色の光を放つ石の塊が床に積み上げられていく。やがて、謁見の間の中心に、小山のような魔石の山が出来上がった。


「これは……無属性の魔石!」


 ベルの目が、魔石の山に釘付けになった。彼の内なる生産職の魂が、歓喜の声を上げる。これだけの量と質の無属性魔石、なかなかお目にかかれるものではない。


「そうだ。国中から、かき集めさせた。これだけの量があれば、可能なのだろう?」


  王の言葉に、ベルははっと我に返った。


「まさか……アパラージタの……」


「そうだ。先の戦で砕け散った我が国の至宝、国宝アパラージタ。その代替となりうる、新たな国の象徴となる剣を、オマエに打ってもらいたいのだ」


 イラーフ王の瞳は真剣そのものだった。国宝を失った国の威信を取り戻し、民の心を再び一つにするための新たなシンボル。そのあまりにも重い責務を、王はベルに託そうとしていた。


 ゴクリ、とベルは喉を鳴らす。目の前の無限とも思える可能性を秘めた素材の山と、一国の王からの絶対的な信頼。今まで父であるイラーフ王に忘れ去られていたべアル・ゼブル・フィリスティアとしては複雑な心境もあるが、素直に父からの信頼は嬉しい。


「……謹んで、お受けいたします。必ずや陛下のご期待を超える剣を打ち上げてご覧にいれましょう」


 力強いベルの返答に、王は満足げに頷いた。


「頼んだぞ。そして、そなたへの褒賞はそれだけではない」


 王は居住まいを正し、謁見の間にいる全ての者たちに聞こえるよう、厳かに宣言した。


「聖九剣ガラハド討伐の功績を称え、準男爵ベル・シレイラを、男爵へと昇爵させる! これを以て、フィリスティア王国の中核を担う貴族として、一層の働きを期待する!」


 その言葉が響いた瞬間、謁見の間は水を打ったように静まり返り、次の瞬間、大きなざわめきに包まれた。準男爵も既に貴族階級の一員ではあるが、男爵への昇爵はその家格を一段階引き上げることを意味する。しかも、準男爵に叙されてから、まだひと月も経っていない。前代未聞のスピード出世に、多くの貴族が嫉妬と驚愕の表情を浮かべていた。


「お待ちくださいませ、陛下!」


 そのざわめきを切り裂くように、甲高い声が響いた。

 声の主は、最前列に座っていた一人の貴族。絹の豪華な衣装は、その醜く肥え太った体を強調しており、まるで詰め物をしすぎた豚のようだ。額には脂汗が滲み、小さな目が欲と嫉妬に濁っている。第一王子派の長にして、決闘でフィンたちに敗れたダリルの父、クル・クレイマー公爵だった。


「この短期間での叙爵、いささか性急に過ぎるのではございませんか? ベル・シレイラ殿の功績は認めますが、彼は元をただせば素性の知れぬ平民上がり。そのような者を易々と我らと同じ土俵に上げ続けることは、我がフィリスティア王国の貴族社会の秩序と伝統を乱すことになりかねませぬ」


 クレイマー公爵は、ねっとりとした口調で進言した。その言葉を皮切りに、彼に連なる貴族たちが次々と同調の声を上げる。


「公爵の言う通りだ。家柄こそが貴族の礎であろう」


「成り上がりの若造に、これ以上の栄誉を与えるなど……」


 謁見の間は、ベルに対する侮蔑と嫉妬の空気に満ちていく。しかし、イラーフ王は眉一つ動かさなかった。


「黙らぬか、愚か者どもが。ベルの功績は、貴様らがその血筋の上にあぐらをかいてきた数百年よりも、この国にとって価値がある。彼の剣と知恵がなければ、今頃お前たちの首はガラハドの玩具になっておったわ。この決定は覆さぬ」


  王の覇気に満ちた一喝に、貴族たちはぐっと言葉を詰まらせる。王の意思は鉄のように固い。


 それを悟ったクレイマー公爵は、悔しそうに顔を歪ませたが、すぐに新たな悪意を思いついたのか、にやりと蛇のような笑みを浮かべた。


「……陛下がそこまで仰せられるのでしたら、致し方ありますまい。ですが、一つ条件がございます。叙爵が正式なものであると内外に示すためにも、叙爵式は彼の領地にて執り行うべきかと存じます。領民たちに、新たな領主の晴れ姿を見せてやるのも、良き政ではございませんか?」


 その提案に、貴族たちの間に再びどよめきが起こった。今度は、隠しきれない嘲笑を含んだどよめきだ。ベルに与えられた領地シレイラは、痩せた土地しかない貧しい村に過ぎない。王都の王城で執り行われる華やかで権威ある叙爵式とは、天と地ほどの差がある。シレイラ村での叙爵式は、明らかにベルに対する嫌がらせであり、彼を「所詮は田舎貴族」と内外に知らしめるための、悪意に満ちた意趣返しだった。


「ほう、領地でか。ベル・シレイラよ、それでよいか?」


 王は楽しくなってきたのか、ベルに問いかける。貴族たちの侮蔑的な視線が、一斉にベルに突き刺さった。誰もが、この屈辱的な提案にベルが難色を示すか、あるいは怒りを露わにするだろうと予測していた。


 しかし、ベルの反応は彼らのちっぽけな想像を遥かに超えていた。


「え? ああ、はい。構いませんよ、場所はどこでも」


 ベルはクレイマー公爵の悪意などまるで意に介さず、恍惚とした表情で魔石の山に見入っていた。彼の頭の中は、これから始まる新たな剣作りへの期待と興奮で飽和しており、貴族たちの陰湿な権力争いなど、道端の石ころほどにも関心がなかったのだ。


 ベルのあっさりとした了承と、明後日の方向を向いた返答に、謁見の間は三度、静寂に包まれた。嫌がらせを仕掛けたはずのクレイマー公爵は、渾身の一撃を完全に空振りさせられたボクサーのように、ぽかんと口を開けて固まっている。他の貴族たちも、目の前の若者の価値観が、自分たちの生きる世界とは全く異なる次元にあることを悟り、ただ唖然とするばかりだった。


 その滑稽な光景に、イラーフ王は堪えきれずにくつくつと喉を鳴らした。


「……面白い男だ、オマエは。いいだろう! 叙爵式はシレイラ村にて執り行う! 日取りは追って知らせる。下がっていいぞ」


 こうして、貴族たちの悪意に満ちた策略は、ベル・シレイラの純粋な探求心の前で、見事に霧散したのだった。


 話が一段落したところで、それまで黙って控えていたアナトリアが、すっと前に進み出た。


「お父様、私からもお願いがあるの」


「なんだ、アナトリア」


「わたしに、冒険者として活動する許可をくださいませ!」


 その言葉に、今度はイラーフ王の表情が険しくなった。


「ダメだ! 絶対にダメだ! お前はフィリスティア王国の王女だぞ!? 万が一のことがあったらどうするんだ!」


  先ほどの王としての威厳はどこへやら、娘の身を案じる一人の父親の顔になっている。


「大丈夫よ! ベルもいるし、新しい仲間も! わたしはもう、お城の中で守られているだけのお姫様でいるのは嫌なの!」


「ダメなものはダメだ! ベル、オマエからも言ってやってくれ!」


  話を振られたベルは、困ったようにアナと王の顔を交互に見た。


「陛下。アナトリア様の気持ちも分かります。それに、彼女は僕が必ず守ります。この命に代えても」


 ベルの真摯な言葉に、アナはぱあっと顔を輝かせた。


「ベルまで……しかし……ううむ……」


 イラーフ王は、愛娘の強い意志と、心から信頼する若者の誓いの言葉に、しばらく腕を組んで唸っていたが、やがて深いため息をついた。


「……分かった。ただし、絶対に無茶はせぬこと。そして、ベルの側を片時も離れぬこと。それが絶対の条件だ」


「はい、お父様! ありがとうございます!」


 結局、娘にはとことん甘い王様だった。こうして、二つの大きな目的は果たされ、ベルとアナは謁見の間を後にした。


 シレイラ村での叙爵式。新たな聖剣の鍛造。そして、仲間たちとの冒険。 ベルの目の前には、数多の挑戦と、輝かしい未来が広がっていた。貴族たちの悪意すらも物語のスパイスに変えて、彼の新たな伝説が、今まさに始まろうとしていた。


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