第64話 一週間の軌跡
決闘当日の朝、国立エクロン魔法学院の少演習場には早くから多くの学院生が集まっていた。石造りの円形闘技場は学院の誇る施設の一つで、普段は上級生の実技試験などに使用されている。
今日は特別に下級生同士の決闘のために開放されており、観客席には好奇心に駆られた学生たちがぎっしりと詰めかけていた。
しかし、今日集まった学生たちの関心は、単なる決闘への興味を超えていた。彼らが見に来たのは、あの「無属性の劣等生」と呼ばれていたフィン・ゲティングスとバステト・チャタルの戦いぶりを確認するためだった。
「本当にあの二人が魔法を使えるようになったのか?」
「一週間前まで無属性の無能だったのに、まさか……」
観客席では学生たちの囁き合う声が絶えなかった。フィンとテトは、つい一週間前まで魔法が一切使えない無属性として学院でも有名な存在だったのだ。
フィン・ゲティングスとバステト・チャタルは控室で最終的な準備を整えていた。フィンはゲティングス辺境伯家の三男として、テトは獣人王国チャタルの王女として、それぞれが背負うものの重さを感じながら決闘用の武器を手に取っている。
一週間前まで、二人は学院でも最下位の成績を記録する劣等生だった。魔法の才能が皆無とされ、クラスメイトからは冷たい視線を浴び続けていた。特にダリル・クレイマーをはじめとする学生から、執拗ないじめを受けていたのだ。
フィンは木製の槍を握り締め、穂先の感触を確かめていた。一週間の特訓で慣れ親しんだこの槍が、今日は彼の命運を握る相棒となる。一方のテトは従魔召喚の復習しながら、緊張で猫の耳がぴくぴくと動いていた。
「信じられないニャ……一週間前まで魔法なんて全然使えなかったのに」
「ああ。ベルに出会わなければ、ぼくたちは今でも無力なままだっただろうね」
二人の会話に、この一週間での劇的な変化が表れていた。ベルの解析魔術によって、フィンは結界魔法の適性を、テトは従魔魔法の適性を発見され、短期間で驚異的な成長を遂げたのだ。
「緊張するのは当然だよ」
控室の扉が開き、ベルが入ってきた。その後ろにはアナも続いている。ウールとヘレンは学院外部の人間のため、残念ながら観戦することはできなかった。
「でも、君たちなら大丈夫です。この一週間の成長を信じて」
「そうよ。一週間でここまで成長するなんて、前代未聞よ」
アナも励ましの言葉をかける。彼女自身、二人の急激な成長ぶりには驚きを隠せなかった。
「参加者の入場です!」
会場アナウンサーの声が響いた。いよいよ決闘の時間だ。
フィンとテトは深呼吸すると、武器を手に闘技場へ向かった。円形の闘技場に足を踏み入れると、観客席からざわめきが起こった。
「おい、本当にあの二人か?」
「無属性のはずなのに、なぜ決闘なんて……」
「まさか本当に魔法が使えるようになったのか?」
学生たちの驚きの声が会場に響く。つい一週間前まで、フィンとテトは魔法の授業では見学することしかできない存在だったのだ。
「そして、対戦相手の入場です!」
反対側の入口から現れたのは、金髪を整髪料で固めた傲慢そうな少年——ダリル・クレイマーだった。彼は得意げな表情を浮かべている。しかし、フィンとテトの様子を見て、その表情にわずかな困惑が浮かんだ。
「フィンのやつ、なんで武器なんて持ってるんだ? 無属性のくせに」
そして、その隣に立つ人物を見て、フィンとテトの顔が青ざめた。
「あ、あれは……」
「大人の騎士ニャ!」
ダリルの相棒として立っているのは、明らかに成人した男性の騎士だった。立派な鎧に身を包み、木製の剣と盾を装備した本格的な戦士だ。
「卑怯ニャ! 相手は大人じゃないかニャ!」
テトが抗議の声を上げると、観客席からも同様の声が上がった。しかし、ダリルは涼しい顔で答える。
「決闘のルールに年齢制限はないはずだ。それに、彼はクレイマー家に仕える騎士見習いで、まだ正式な騎士ではない。無属性の君たちに配慮してあげたんだよ。感謝したまえ」
ダリルの言葉に、観客席からは失笑が漏れた。無属性に対する侮蔑的な発言だった。
しかし、その時——
「フィン! テト! 君たちなら大丈夫です! この一週間の成果を見せてください!」
ベルの力強い声が会場に響いた。その声に、二人は少しずつ落ち着きを取り戻した。
「よし……やってやるニャ!」
「ああ、もう無力じゃない!」
審判が中央に立ち、決闘の開始を告げた。
「2対2の決闘、開始!」
戦闘が始まった瞬間、ダリルと騎士が同時に攻撃を開始した。ダリルは氷属性の魔法で氷の矢を連射し、騎士は力強い剣の一撃を繰り出してくる。
しかし——
「結界展開!」
フィンが槍を構えると同時に、彼の前方に半透明の結界が出現した。
「な、なんだと!? 魔法が!?」
観客席から驚愕の声が上がった。あの無属性のフィンが、魔法を使ったのだ。しかも、ダリルの氷の矢は全て結界に阻まれ、騎士の剣も結界の表面で弾かれる。
「ば、馬鹿な! お前は無属性のはずだ!」
ダリルが信じられない様子で叫んだ。一週間前まで、フィンは魔法の授業で何もできずに座っているだけの存在だったのだ。
「今ニャ!」
テトが従魔召喚を開始した。
「出でよニャ、我が従魔たち!」
三体の魔物が現れた瞬間、会場は完全に静寂に包まれた。
「嘘だろ……」
「あのテトが、従魔魔法を!?」
「しかも三体同時だと!?」
観客席の学生たちは、目の前で起こっている信じがたい光景に言葉を失った。俊敏なマオリス、攻撃的なフェイドクロー、そして硬い甲殻を持つシェルナイト。三体がそれぞれ異なる方向から敵を囲むように配置された。
「そ、そんな……一週間前まで無属性だったのに……どうして……」
騎士も驚愕を隠せずにいる。複数の魔物を同時に制御するのは、相当な実力者でなければ不可能だ。
「行くニャ!」
テトの指示で、三体の従魔が一斉に攻撃を開始した。完璧な連携攻撃に、騎士は翻弄されるばかりだった。
一方、ダリルは必死に氷魔法で攻撃を続けたが、全てフィンの結界に阻まれていた。
「どうして! どうしてお前の魔法がこんなに強いんだ! 一週間前まで何もできなかったくせに!」
「僕たちは、この一週間で変わったんだ! もう昔の僕たちじゃない!」
フィンが堂々と宣言すると、観客席からは大きなどよめきが起こった。
戦況は完全にフィンとテトのペースになっていた。騎士は三体の従魔に翻弄され続け、体力を消耗していく。汗を流しながら必死に応戦するが、徐々に動きが鈍くなってきていた。
「はあ、はあ……」
騎士が息を荒げる中、ついに決定的な瞬間が訪れた。シェルナイトが騎士の足を掴んで動きを封じ、その隙にフェイドクローとマオリスが同時攻撃を仕掛けたのだ。
「うわああああ!」
騎士の木製の剣が、フェイドクローの爪によって真っ二つに折れた。同時に盾もマオリスの体当たりでばらばらに崩れ去る。
「今ニャ」
「ああ!」
フィンが槍に結界を纏わせ、全力で突撃した。結界をまとった槍の穂先は、騎士の鎧を軽々と貫通する。もちろん致命傷は避け、鎧を破壊するにとどめたが、その威力は十分すぎるほどだった。
「ぐあああああ!」
騎士が地面に倒れ伏し、戦闘不能となった。鎧は胸部に大きな穴が開き、完全に破壊されている。
「そ、そんな……まさか……」
ダリルは事態を理解できずにいた。自分が連れてきた騎士が、子供二人に完全に敗北したのだ。しかも、圧倒的な差で。
「次は君の番だ、ダリル」
フィンが槍を構え直し、ダリルの方を向いた。結界を纏った穂先は、騎士の鎧を破壊したばかりの威力を誇っている。
「ひ、ひいいいい!」
会場は完全な静寂に包まれた。そして——
「さ、降参! 降参する!」
ダリルが武器を放り投げ、降参を宣言した。
「勝負あり! フィン・ゲティングスとバステト・チャタルの勝利!」
審判の宣言と共に、観客席から信じられないといった様子のざわめきが起こった。
「一週間で……一週間でここまで……」
「無属性から、あんな強力な魔法使いに……」
「信じられない……」
観客席では、学院長のピュロス・ゴロンドリナも驚きを隠せずにいた。
「これは……前代未聞だわい。無属性から一週間でここまでの成長など……」
老学院長の後ろに立つベルに視線を向ける。
「この決闘を仕組んだのはオマエだわいな?」
「ご老体……」
「まあ、結果的には素晴らしい教育的効果があったわい。だが、一週間で無属性の生徒をここまで成長させるとは……オマエは一体何者だわい?」
学院長の鋭い眼光を受けながら、ベルは苦笑いを浮かべた。今日の決闘は、フィンとテトの人生を大きく変える転換点となったのだった。




