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転生したら無能王子だったから引きこもってみた  作者: 覚賀鳥
新しい仲間達(ジパング)
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第63話 風の覚醒 ~魂の半分~

 

 シレイラ村での地獄の(でも楽しい)特訓が始まって、早三日目。

 夕暮れのオレンジ色の光が、村自慢の共同窯を赤レンガ色に染める中、ベルは井戸の傍で一人、地面に座り込んでいた。

 彼の瞳には薄っすらと紫色の魔法陣が浮かんでいる。今日のテトとフィンの目覚ましい成長ぶりを【解析魔術】のログデータで振り返り、ニヤニヤが止まらないのだ。完全に指導者バカの顔である。


 テトの従魔魔法は、まさにうなぎ登りの勢いで精度を増していた。初日は一体の従魔と契約するのがやっとだったのに、今では俊敏さが売りのマオリス、鋭い爪で攻撃するフェイドクロー、そして硬い甲殻で防御に秀でたシェルナイトの三体を同時に呼び出し、それぞれの特性を巧みに組み合わせて戦闘に活かせるようになっている。

 マオリスの俊敏性で敵を撹乱し、フェイドクローの攻撃力で急所を狙い、シェルナイトの防御力で味方を守る――複数の魔物を、まるで自分の手足のように同時に制御する彼女の才能は、間違いなく天賦のものだった。


 一方のフィンもまた、結界魔法の扱いに目に見えて慣れてきていた。槍の先端に張る極小の結界は、もはやそこらの岩をもバターのように貫くほどの硬度と鋭利さを併せ持つ。

「攻撃こそが最大の防御」を信条とする武門の家に生まれながら、皮肉にも「最高の防御こそが最強の攻撃」という真理を体現し始めている。その姿は、見ていて胸が熱くなる光景だった。


(二人とも、本当にすごいな……。これなら、一週間後の決闘も……)


 ベルがそんな感慨にふけっていると、鋭い声が彼の思考を中断させた。


「ベル」


 ハッと振り返ると、そこには腕を組み、夕日を背負って仁王立ちするアナの姿があった。その表情は、いつになく真剣そのもの。実は、アナ自身も、あの王都でのガラハドとの死闘の中で、うっすらと気づいていたのだ。

 ――自分の中に、今まで感じたことのない、新しい魔法の力が宿っていることを。

 あの絶体絶命の戦いの最中、自分の得意とする風魔法とは明らかに違う、もっと根源的で、力強い何かが、彼女の内側で確かに脈動していた。その正体が、ずっと気になっていた。


「アナ、何かご用ですか? もしかして、夕飯のパンが待ちきれないとか?」


「決まっているでしょう。私も、もっと強くなりたいのよ」


 アナの真剣な眼差しに、ベルは思わず苦笑いを浮かべた。


「いやいや、アナは既に十分すぎるほど強いじゃないですか。学院の成績だって常にトップクラスで、実技でも右に出る者はほとんどいないって聞きましたよ?」


「そんな上辺の評価の話をしているんじゃないわ!」


 アナの声が、一段と低く、鋭くなる。彼女が求めているのは、相対的な強さではない。自分自身の限界を超える、絶対的な力。ガラハドのような規格外の敵と対峙した時に感じた、圧倒的な無力感を二度と味わいたくなかった。


「テトもフィンも、このたった数日で見違えるほど成長しているわ。私だって、負けていられない。あなたが彼らにしたように、私の魔法も解析して、新しい可能性を見つけ出しなさい!」


「ええっ!? でも、アナの風魔法は既に完成の域に達しているというか……僕が手を加えるような隙なんて……」


「問答無用よッ!!」


 次の瞬間、アナはベルの襟首を鷲掴みにすると、有無を言わさぬ勢いでズリズリと引きずり始めた。その腕力は、明らかに常人のそれではない。


「い、痛い痛い! アナさん、首が締まります! ギブアップ! ギブアップです!」


「今すぐ私の魔力を解析しなさい。これは、王女命令よ。逆らうというなら……そうね、あなたの工房魔法の秘密を、エクロンタイムズにリークするわ」


「それは勘弁してください! わ、わかりました! 解析します! すぐに解析させていただきます!」


 観念したベルは、引きずられながらも瞳に意識を集中させ、紫色の魔法陣を浮かび上がらせた。青白く光る複雑な幾何学模様が彼の瞳を覆い、【解析魔術】が発動する。アナの体から発せられる魔力の流れを読み取ろうと、視線を彼女に向けた、その瞬間――ベルの表情が、凍りついた。


「……どうしたの? 何か変なものでも見えた?」


「い、いえ……ちょっと待ってくださいね。魔力の流れが複雑で、少し混線しているみたいです。もう一度、精度を上げてみます」


 ベルは内心の動揺を押し殺し、解析魔術の魔法陣をより精密なものに調整し、再度アナの魔力を詳細に解析した。

 ――間違いない。

 アナの体から発せられる魔力には、確かに二つの色が混在していた。

 一つは、彼女本来の風属性を示す、清らかで透明な青緑色。

 そしてもう一つは――見慣れた、しかし、彼女が持っているはずのない色。


「……無属性……」


 ベルの口から、無意識に言葉が漏れた。


「なんですって? 今、無属性と言った?」


 アナの眉が鋭く跳ね上がる。まずい。ベルは動揺を必死に隠しながら、慌てて瞳の魔法陣を消した。


「アナ、落ち着いて聞いてください。君の魔法属性は……どうやら、風属性と無属性の二つを持っているようです」


「二つ? 属性を二つ持つなんて、そんなことあり得るの? 聞いことがないわ」


「ごく稀にですが、複数の属性を持って生まれる、いわゆる『デュアルホルダー』と呼ばれる魔法使いは存在します。でも……」


 ベルは心の中で、滝のような冷や汗をかいていた。

 なぜ、アナが無属性を持っているのか。その理由を、世界でただ一人、彼だけが知っている。

 数日前、彼女が死の淵をさまよっていた時、ベルは禁断の魔法を使った。自分の魂を半分削り取り、彼女に移植することで、その命を繋ぎとめたのだ。

 その影響で、ベルの魂に根付いていた無属性魔法の一部が、アナの魂にも根付いてしまった。それが、この結果の真相だった。


 だが、そんなこと、口が裂けてもアナには言えない。自分の魂を勝手に分け与えたなどと知られれば、彼女のプライドはズタズタになり、二人の関係は修復不可能になるかもしれない。


「その無属性は……【強化魔法】ですね」


 ベルは努めて平静を装い、もっともらしい嘘を口にした。


「自分の身体能力や、元々持っている既存の魔法そのものを強化できる、非常に珍しくて強力な能力です。素晴らしい才能ですよ、アナ」


 アナはキョトンとしながら、興味深そうに自分の手を見つめた。


「強化魔法……。つまり、私の風魔法を、今よりもっと強くできるということ?」


「その通りです。それだけでなく、筋力、敏捷性、魔力量、果ては動体視力まで、あらゆる身体能力を底上げできる。適切に使いこなせば、アナは今の何倍も、いえ、何十倍も強くなれるでしょう」


 その言葉に、アナの目がカッと輝いた。


「やったわ! それよ、私が求めていたのは! ベル、早速その使い方を教えなさい!」


「はいはい。では、まずは基本的な身体強化から始めましょうか」


 ベルはアナを村はずれの訓練場に連れて行くと、【強化魔法】の基礎を教え始めた。魔力を血液のように全身に流し込み、一時的に身体能力を爆発的に向上させる技術。アナは持ち前のセンスと集中力で、驚くべき速さでそれを習得していった。


 ドンッ!!


「すごい……! こんなに力が出るなんて……!」


 アナは自分の小さな拳を見つめ、驚嘆の声を上げた。【強化魔法】を薄く纏っただけの彼女のパンチは、訓練用に設置されていた分厚い木の板を、いとも軽々と粉々に砕いて見せたのだ。魔力そのものを纏う「魔気」とは違う、純粋な身体能力の向上。その可能性に、アナは武者震いを禁じ得なかった。




 そして、決闘の日を翌日に控えた、特訓最終日――


「はい、そこまで!」


 ウールの張りのある声で、模擬戦の終了が告げられる。

 砂埃が舞う訓練場で、フィンとテトは両膝をつき、肩で大きく息を荒げていた。汗が滝のように流れ、全身が泥だらけだ。

 二人の向かいに立つアナは、額に薄っすらと汗をかいてはいるものの、まだまだ余裕がありそうな涼しい顔で立っていた。


「くっそー! また負けちゃったニャ……」


 テトは悔しそうに、泥だらけの尻尾で地面をバンバンと叩く。マオリス、フェイドクロー、シェルナイトの三体の魔物を従魔として完璧なタイミングで呼び出し、三位一体の波状攻撃を仕掛けたにも関わらず、アナの圧倒的な速度と、強化された風魔法の前には、全く歯が立たなかった。


「僕の結界も、全然通用しなかった……。まるで紙みたいに切り裂かれて……」


 フィンもがっくりと肩を落としている。彼の結界は、この一週間で確実に強度を増している。しかし、強化された身体能力で繰り出されるアナの風の刃の前では、まるで薄いガラス細工のようにもろく砕け散ってしまった。


「まあ、そう落ち込むな。お前たちも、確実に化け物じみた成長はしてるんだからよ」


 ウールが二人の肩をポンと叩き、慰めるように声をかける。


「一週間前のお前らと比べたら、マジで雲泥の差だ。特にフィン、お前の結界は、ただ守るだけじゃなく、攻撃にも転用できるようになった。それはとんでもない進歩だぞ」


「……ありがとうございます」


 フィンは小さく微笑んだ。確かに、槍の先端に結界を纏わせる技術は、今や完璧に身につけていた。今では岩どころか、薄い鉄板でさえも音もなく貫通できるほどになっている。


「テトも、従魔の制御が格段に上達しましたね」


 ベルが加わって、具体的な評価を述べる。


「最初は一体を呼び出すのがやっとだったのに、今では特性が全く違う三体を同時に、しかも完璧に制御できている。これは並大抵のことじゃありませんよ。従魔使いとしての才能は、間違いなく一級品です」


「でも、アナにゃんには一度も勝てないニャ……。かすり傷一つつけられないニャ……」


「まあ、それは仕方ないわよ」


 ヘレンが全員に冷たい水の入った水筒を差し出しながら、苦笑した。


「アナ様は元々、学院でもトップクラスの実力者だった上に、今回、とんでもないチート能力の【強化魔法】まで身につけちゃったんだから。今の彼女は、おそらくフィリスティア王国の騎士団の中でも、上位数パーセントに入る実力者よ。勝てなくて当然」


 実際、この一週間でのアナの成長は、指導したベルでさえ舌を巻くほど目を見張るものがあった。【強化魔法】を身体能力の向上だけでなく、風魔法そのものの威力や規模の増大にも応用できるようになり、その戦闘力は飛躍的に、それこそチート級に向上していた。


「じゃあ、気を取り直して、次はウールとの模擬戦だ。今日の総仕上げと行こう!」


 ベルがそう提案すると、さっきまで落ち込んでいたフィンとテトの顔が、ぱっと明るくなった。


「よし、やってやるニャ! ウールになら勝てる気がするニャ!」


「今度こそ、一週間やってきたことの全てをぶつけるぞ!」


「おいおい、俺なら勝てるって、ずいぶんナメられたもんだな」


 ウールはやれやれと苦笑いを浮かべながら立ち上がると、腰に提げた愛用の魔法銃をすらりと抜いた。


「まあ、いいだろう。練習台くらいにはなってやるよ」


 銃を手にした瞬間、ウールの雰囲気が変わる。彼の身体能力が、スキルによって自動的に向上するのだ。筋力、敏捷性、反射神経――全てが底上げされ、その動きに歴戦の傭兵らしい鋭さが加わった。

 ウールの銃魔法は、魔力を弾丸として射出する中距離・遠距離攻撃型の魔法。連射性能に優れ、精密射撃も可能な非常に厄介な相手だが、アナほどの圧倒的なフィジカルと破壊力はない。今の二人なら、勝機は十分にあるはずだ。


「両者、構えて――始め!」


 ウールの合図と共に、フィンとテトが息の合った連携攻撃を開始した。

 まずテトが俊敏なマオリスを呼び出して左右に分かれ、フェイドクローとシェルナイトで陽動を行いながら、フィンが中央から結界を纏った槍で一直線に突撃する。


 ウールは慌てることなく、魔力弾を連射してテトの従魔たちの動きを封じようとしたが――


「今ニャ!」


 テトの鋭い合図で、三体の魔物が同時にウールの視界を遮るように飛び出した。シェルナイトが頑丈な盾となり、フェイドクローが鋭い爪で撹乱し、マオリスが素早い動きで足止めする、完璧な三位一体の連携。その一瞬の隙を、フィンの槍が見逃さなかった。


「やるじゃないか!」


 ウールは咄嗟に銃魔法の射線を変更してフィンの槍を迎撃しようとしたが、フィンの槍の先端に張られた結界が、ウールの魔力弾をいとも簡単に弾き飛ばした。そして――


「――勝負、あり!」


 フィンの槍の穂先が、ピタリとウールの喉元に突きつけられた。ほのかに光を放つ結界を纏った穂先は、いつでもその喉を貫けると静かに主張している。


「やったーッ! やったニャ! ついに勝ったニャーッ!」


 テトがその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて大喜びする。従魔たちも、主人の喜びに呼応するように、それぞれ嬉しそうな鳴き声を上げた。フィンも、安堵の表情を浮かべながら、そっと槍を下ろした。


「おめでとう、二人とも。見事な勝利だ」


 ベルが満面の笑みで拍手を送る。


「完璧な連携だったよ。ウール、どうでした?」


「参ったな、こりゃ」


 ウールは銃をホルスターに戻しながら、降参とばかりに両手を上げた。身体能力の向上効果が切れ、いつもの穏やかな表情に戻っている。


「最初の頃とは、もはや別人だな。特にフィン、お前の結界は想像以上に厄介だったぜ。俺の魔力弾を弾きやがるとは、思ってもみなかった」


「ぼくも……まさか、本当にできるなんて、自分でも驚いています……」


 フィンは自分の手を見つめた。結界魔法への理解が深まるにつれて、その応用範囲の広さに、彼自身が一番驚かされる日々だった。


 模擬戦が終わり、夕暮れの優しい光が訓練場を染める中、ベルがポンと手を叩き、重要な話を切り出した。


「そうそう、すっかり忘れるところでした。明日は、君たちにとって非常に大切な日ですね」


「大切な日、ですか?」


 フィンが不思議そうに首をかしげる。


「決闘の日よ」


 アナが腕を組みながら、ぴしゃりと言った。


「あなたたちが、あの忌々しい学院での立場をはっきりさせるための、正式な決闘。相手は、クレイマー公爵家のバカ息子とその取り巻き達よ。絶対に負けは許されないわ」


「そうニャ! すっかり忘れてたニャ!」


 テトが慌てたように、ぴーんと尻尾を立てる。この一週間の過酷な特訓に集中するあまり、決闘のことなど、すっかり頭の隅に追いやっていたようだ。


「でも、今の君たちなら、絶対に大丈夫だ」


 ベルが、まるで自分に言い聞かせるように、安心させるように微笑んだ。


「この一週間での君たちの成長は、僕の想像を遥かに超えている。自信を持って。きっと勝てるよ」


「そうね。このウールにも勝てるようになったんだから、クレイマー家のボンボン程度なら、問題ないでしょう」


 アナも力強く同意する。しかし、その表情には、ほんのわずかな不安の色が浮かんでいた。決闘は、模擬戦とは違う。悪意と、プライドと、そして本物の痛みが伴う、本当の意味での戦いなのだ。


「だったら、明日のために、今日は早めに休むニャ! 万全の状態で、あいつらをぎゃふんと言わせてやるニャ!」


「ああ、そうしよう!」


 夕日が沈みかけた訓練場に、仲間たちの明るい笑い声が響いた。ベルはその光景を黙って見守りながら、胸の奥にチクリと小さな痛みを感じていた。


 アナの無属性魔法は、彼の魂の半分から生まれた、借り物の力。

 いつか、その重い真実を、彼女に打ち明ける日が来るのだろうか。

 だが今は――


「明日は、僕も応援に行きますからね。頑張りましょう」


 ベルは微笑みを浮かべると、仲間たちの輪に加わった。

 真実は、いつか必ず明かされる。でも今は、このかけがえのない平和な時間を、大切にしたかった。


 空には最初の星が瞬き始め、シレイラ村に、決戦前夜の穏やかな夜が訪れようとしていた。

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