第60話 銀髪領主と愉快な仲間たち
王都の門を抜けると、道はすぐに石畳から土の道へと変わってゆく。ベルはウールの腕を軽く引き、のんびりとした足取りで歩いた。青空は高く、道端の草は風にそよぐ。数時間の行程で、樹々が密集し始めるとシレイラの森だ。森の縁を半日ほど迂回して進めば、捨てられた者たちが辿り着くシレイラ村がある――ベルは地図を頭に描き、仲間になったウールの小さな肩を見下ろす。
彼の銀の瞳が木漏れ日にきらりと光る。ベルはそんな些細な仕草に、自分はこの世界に1人じゃないと実感した。
だが、その平穏は長くは続かなかった。後方から猛烈な勢いで馬車が迫ってきた。轟音を立て、砂塵を巻き上げる黒塗りの御者車。慌てて道端へ避ける旅人たちの間を縫うように、馬車はベルたちに向かって止まった。
馬車の扉が大きく開くと、三人の人物が飛び出してきた。正装に身を包むパテカトル・ナボポラッサル伯爵――その胸には誇りが、瞳には期待が宿っている。続いて、きちんと礼をしているステイ・ノヴァク上等兵、そして柔らかな笑顔を浮かべたヘレン・ノヴァク。三人は揃って息を弾ませながら、ベルの前に跪く。
「「「ベル様ー!!」」」
…って、ええええええ!? なになに、この展開!?
ウールは状況が理解できず、キョトン顔。
「なんだ? こいつらは?」
パテカトル伯爵が、いきなりウールに詰め寄る。
「我らはエル・バアルを崇める者じゃ。 小僧!おぬしこそ、エル・バアルのお傍で何をしておるのじゃ! 無礼であろう!」
ウールも負けじと言い返す。
「エル・バアルって… どっかの神様だっけ? それがなんでベルにかしづいているんだ?」
「我が神、エル・バアルはそこにあらせられる」
ウールはジッとベルを見つめながら言う。
「おい、ベル。まさかお前、新興宗教の教祖様だったりするのか? だとしたら、マジで引くわ…」
「失礼な… やっている訳ないじゃないですか! ほら、爺ももういいですから… 馬車もあることだしシレイラ村まで乗せてもらいますか~」
なんとか場を丸く収めたベル。馬車に乗り込むと、今度はウールが新たな疑問をぶつけてきた。
「えーと、ヘレンだっけ? その銀髪、もしかしてオマエも元日本人だったりするの?」
「えっ!? どうしてその事を……?」
ヘレンは、目を丸くして驚く。ウールはさらに畳み掛ける。
「しかも、無属性で魔法が使えないとか?」
「……はい」
ヘレンは、しょんぼりした表情で頷き、肯定の返事にウールは困惑する。
「マジか! いったい、この世界はどうなってんだ!? なんでポンポン日本人が出てくるんだよ! しかも、魔法使えないとか、ハンデありすぎだろ!」
「元日本人」という聞き慣れない言葉に、パテカトル伯爵とステイ上等兵は完全に置いてけぼり状態。「???」って顔で、お互い顔を見合わせている。
「おい、ベル! お前のチート能力で、ヘレンの魔法も解析してやれよ!」
軽く、ウールはベルに言うが、その言葉遣いにナボポラッサルは許せないのか、声を荒げる。
「なんと無礼な物言いじゃ! 身の程をわきまえるのじゃ!」
「いいんですよ、爺。 このウールはこれから僕の仲間として冒険者としてやっていくのですから」
「えっ!? 俺、いつの間に冒険者になるって決まったんだ!?」
ウールは、完全にサプライズ発言に戸惑いを隠せない。
ベルは、ヘレンの顔を覗き込み、キリッとした表情で告げる。
「解析魔術・発動」
次の瞬間、ベルの瞳に、青白く輝く魔法陣が浮かび上がった。魔法陣は、ヘレンのステータスを解析し、その情報をベルの脳内に伝えてくる。数秒後、ベルは、驚いたように目を見開いた。
「へえ、そうだったのか……」
ベルは、感心したように呟いた。
「どうしたんですか、ベル様? 何か分かりましたか?」
ヘレンは、ベルの様子を心配そうに見つめた。
「ああ、ヘレン。君は、無属性の魔眼魔法の持ち主だよ」
ベルは、にこやかにそう答えた。
「魔眼……魔法……?」
ヘレンは、聞き慣れない言葉に、戸惑いを隠せない。
「魔眼魔法Lv1は千里眼が使えるらしいですよ。千里眼っていうのは、遠くの物を、まるで目の前にあるかのように、はっきりと見ることができる魔法のことだよ」
ベルは、魔眼魔法について、詳しく説明した。ヘレンは、驚きと興奮を隠せない様子で、ベルの話に耳を傾けた。
「そんな魔法が、私に……? でも、私は、今まで、そんな力を使った覚えはありません……」
ヘレンは、不思議そうに首を傾げた。
「それは、君が、目が見えなかったからだよ」
ベルは、そう言って、ヘレンに魔眼魔法の千里眼の使い方を教えた。
「千里眼を使うには、まず、見たい物を、心の中で強くイメージするんだ。そして、そのイメージを、自分の目に焼き付けるように、集中する。すると、どうだろう? 君の目に、見たい物が、はっきりと映し出されるはずだ」
ベルは、ヘレンに、実践してみるように促した。ヘレンは、言われた通りに、深呼吸をし、心の中で強くイメージした。見たい物は、王都エクロンの街並み。彼女が生まれ育った、懐かしい風景。
そして、そのイメージを、自分の目に焼き付けるように、集中した。すると……
「……え……?」
ヘレンは、信じられないといった表情で、目を見開いた。彼女の目に、王都エクロンの街並みが、まるで目の前にあるかのように、はっきりと映し出されたのだ。
「……見えた……! 本当に、見える……! 嘘みたい……!」
ヘレンは、興奮を抑えきれない様子で、叫んだ。彼女の瞳には、涙が溢れていた。今まで、目が悪く、見えなかった世界が、今、鮮明に、そして美しく、彼女の目の前に広がっていたのだ。
「すごい……! 本当に、すごい……! ベル様、ありがとうございます……! 私に、こんな素晴らしい力を与えてくれて……!」
ヘレンは、ベルに深々と頭を下げた。
「どういたしまして。君が、自分の力に気づいてくれて、僕も嬉しいよ」
ベルは、優しく微笑んだ。
「あの……ベル様、私も、ベル様のお役に立てることが、何かありませんか? この魔眼魔法で、何かできることがあれば、何でも言ってください!」
ヘレンは、目を輝かせながら、そう言った。
「そうだな……。それなら、これから向かうシレイラ村の様子を、千里眼で見てくれないか? どんな場所なのか、どんな人が住んでいるのか、事前に知っておきたいんだ」
ベルは、ヘレンに、そう頼んだ。ヘレンは、二つ返事で了承した。
「はい、喜んで! すぐに見てみます!」
ヘレンは、再び深呼吸をし、心の中で強くイメージした。シレイラ村の風景。すると、彼女の目に、シレイラ村の様子が、はっきりと映し出された。
簡素な小屋が立ち並び、道端には洗濯物が干され、幼い子供たちの顔はやつれ、老人は膝を抱える。王都の喧騒とはまるで別世界の静けさと疲労が漂う。
「……ベル様……。シレイラ村は、とても貧しい場所のようです。住んでいる人たちも、みんな、疲れているみたい……」
ヘレンは、悲しそうな声で、そう言った。
「そうか……。やっぱり、そうなのか……」
ヘレンは、心配そうな表情でそう言った。ベルは、ヘレンの言葉に、静かに頷いた。
「ええ、シレイラ村は、王都から見捨てられた村なんです。貧困、病気、犯罪……様々な問題が山積しています」
「そんな……! そんなの、酷すぎます! 私たちに、何かできることはないんでしょうか?」
ヘレンは、拳を握りしめて、そう言った。
馬車は、やがてシレイラ村に到着した。
シレイラ村は、想像以上に荒れ果てていた。簡素な小屋が立ち並び、道はでこぼこで、ゴミがあちこちに散乱している。人々は、希望を失ったような表情で、うつむきながら歩いている。
「……これが、シレイラ村……」
ヘレンは、言葉を失った。千里眼で見ていた以上に、村の状況は深刻だった。
「さあ、まずは、村の人たちに挨拶をしましょうかね」
ベルはそう言うと、馬車から降り、村人たちに向かって歩き出した。
「皆さん、こんにちは! 僕は、ベル・シレイラ。今日から、この村の領主を務めることになりました」
ベルは、できる限り明るい声で、そう挨拶した。しかし、村人たちは、ベルを警戒したような目で、じっと見つめているだけだった。
「領主……? こんなガキが、領主だと……?」
「どうせ、またすぐにどこかへ行ってしまうんだろう」
「期待しても、どうせ裏切られるだけだ」
村人たちは、口々にそう呟いた。ベルは、村人たちの言葉に、心を痛めた。彼らは、今まで何度も裏切られてきたのだろう。だから、誰も信じることができなくなってしまったのだ。
「……信じてもらえないのは、当然ですよね。でも、僕は、皆さんを絶対に裏切りません。必ず、この村を立て直します。だから、どうか、僕を信じてください!」
ベルは、必死にそう訴えた。しかし、村人たちの目は、依然として警戒の色を帯びていた。
(……どうすれば、この人たちに、信じてもらえるんだろうか……?)
ベルは、頭を悩ませた。
その時、ウールがベルの袖を引っ張った。
「おい、ベル。あいつら、熱を出して苦しんでいるんだ」
ウールは、村の子供たちを指差した。子供たちは、顔を真っ赤にして、うなされていた。
「……っ! まずは、あの子たちを助けましょう!」
ベルはそう言うと、子供たちのもとへ駆け寄った。そして、治癒魔術を発動する。
「治癒魔術・発動!」
ベルの掌から、温かい光が溢れ出し、子供たちを包み込んだ。すると、子供たちの顔色がみるみるうちに良くなり、苦しそうな表情が消えていった。
「あ……! 楽になった……!」
「ありがとう……!」
子供たちは、ベルに感謝の言葉を述べた。ベルは、子供たちの笑顔を見て、胸が熱くなった。
「……すごい……! あれが、治癒魔術……!」
「本当に、領主様は、魔法が使えるんだ……!」
「もしかしたら、本当に、この村を救ってくれるかもしれない……!」
村人たちは、ベルの治癒魔術を見て、驚きの声を上げた。そして、徐々に、ベルに対する警戒心を解き始めた。
「領主様……! 私も、怪我を治してください!」
「私も、病気を治してください!」
村人たちは、次々とベルのもとへ集まり、治療を求めた。ベルは、一人ひとりに丁寧に治癒魔術を施していった。
ベルの治癒魔術に触れた村人たちは、涙を流して喜んだ。彼らは、今まで、誰にも助けてもらうことができなかった。だから、ベルの優しさが、心に染み渡ったのだ。
パテカトルは、そんな村人たちの姿を見て、涙を流した。彼は、ベルの優しさに感動し、そして、シレイラ村の未来に希望を感じたのだ。
ベルは、村人たちの治療を終えると、村の衛生管理を始めることにした。村には、汚水が溜まった場所や、ゴミが散乱した場所がたくさんあった。これらの場所は、病気の原因となる。ベルは、工房魔法を使って、これらの場所を綺麗にすることにした。
「工房魔法!」
ベルはそう唱えると、工房魔法を展開し、土や石、木材などを生成し始めた。そして、それらを組み合わせて、新しい家を建てていく。ベルが作る家は、日本の公営団地をモデルにした、清潔で快適な住居だった。
ベルは、次々と家を建てていく。その姿を見て、ウールは、羨ましそうな目を輝かせた。
「……やっぱり、魔法が使えるって、ズルいよな。俺なんて、銃がないと、何もできないのに……」
ウールは、そう呟いた。彼は、無属性の銃魔法を持っているが、銃がないと、その力を使うことができない。この世界には、銃というものが存在しないため、彼は、自分の無力さを痛感していた。
ベルは、ウールの言葉を聞いて、少し考え込んだ。そして、ニヤリと笑った。
「……ウール、ちょっと待っててください。すぐに、ウールが使える銃を作ってあげますよ」
ベルはそう言うと、工房魔法を使って、銃を作り始めた。彼が作るのは、ただの銃ではない。射撃魔術Ver.ハンドガンが内包されている、魔力で銃弾を作り出す、特別な銃なのだ。
数時間後、ベルは、一丁の拳銃を作り上げた。それは、黒い金属で作られた、小型で美しい銃だった。
「……これが、俺の銃……!」
ウールは、ベルから銃を受け取ると、興奮した様子で、銃を構えた。
「この銃には、魔術が込められています。魔力がある限り、弾切れを起こすことはありません」
ベルはそう説明した。ウールは、ベルの言葉を聞いて、さらに興奮した。
「……すげえ……! これなら、俺でも、魔法が使える……!」
ウールは、銃を手に、魔法を発動した。
「銃魔法!」
次の瞬間、ウールの身体から、魔力が溢れ出した。そして、その魔力が、銃に流れ込み、銃身が輝き始めた。
「……っ! なんだ、この力は……!」
ウールは、自分の身体に漲る力に、驚愕した。彼の銃魔法LV1は、銃を持つと身体強化される魔法だったのだ。より遠くを見渡せ、より早く、強く動ける。それは、今までの彼とは全く違う、新しい力だった。
ウールは、その力を使って、村の中を走り回った。彼は、今まで感じたことのないスピードで、村を駆け抜け、そして、力強く、村のゴミを片付けていった。
村人たちは、ウールの姿を見て、驚きの声を上げた。彼らは、今まで、ウールを無力な子供だと思っていた。しかし、銃を手にしたウールは、まるで別人のように、力強く、頼りになる存在へと変わったのだ。
「……すごい……! ウールが、あんなに力持ちだったなんて……!」
「やっぱり、領主様は、すごい人だ……! ウールに、あんな力を与えるなんて……!」
村人たちは、ベルとウールを見て、改めて、彼らを信頼するようになった。
ベルは、そんな村人たちの姿を見て、満足そうに頷いた。彼は、シレイラ村を立て直すために、最初の一歩を踏み出したのだ。
しかし、彼の道のりは、まだ始まったばかりだ。シレイラ村には、貧困、病気、犯罪など、様々な問題が山積している。そして、何よりも、村人たちの心を癒し、彼らに希望を与えることが、最も重要なことなのだ。
ベルは、ヘレンとウールの力を借りながら、シレイラ村を立て直すために、全力を尽くすことを誓った。彼の戦いは、これから始まるのだ。




