第59話 元日本人領主と銃魔法の少年
フィリスティア王国――王都エクロンの石畳は、今日も人々の足音と噂話で微かに震えている。だが、いつもなら活気に満ちる大通りの空気は、どこか重く淀んでいた。
半壊した王城が城壁の上に不気味な影を落とし、通行人の視線は自然とそちらへ向く。あの大事件以来、噂は尽きない。
「聖九剣に襲撃されたらしいぞ」
「また誘拐騒ぎだってよ」
口々に怯えと好奇と悪意を混ぜた言葉が交差する。
そんな雑踏の中、ベル・シレイラは静かに歩いていた。黒い髪が陽を反射してサラリと揺れる。
彼は先日、聖九剣を退けて国を救った”英雄”として爵位を押し付けられ、いまや準男爵――しかし本人はその重みに興味が薄いが、目指すは新たに命ぜられた領地、シレイラの森。王都の喧噪を抜け、森へ向かえば少しは静かになるだろうと、ベルは思っていた。
だが、彼の頭には別の問題もあった。
後ろに見える崩れた王城を、工房魔法で一瞬にして直してしまおうかと考えたのだ。だけどイラーフ王に止められる。
イラーフの言葉は冷静だが重かった。
「王の務めは、ただ物を直すことではない。公共工事として民を雇い、市井に金を流すのだ。世の経済を回すのは王の責務である」
と。王都の再建は、失業を生んだ民を救う契機であり、短絡的に機械的な復旧をしてしまえば地域の循環を奪ってしまう――なるほどと、ベルは頷きを返す。
イラーフの狙いは単に美談を作ることではなく、実務としての政策を見据えているのだ。海千山千の貴族達の腐敗が生まれないことを祈りながら、ベルはその決定を受け入れた。
だがその代わり――イラーフはベルに別の命題を突きつけた。折れてしまった国宝アパラージタの代替となりうる剣の作成である。
アパラージタは王家に伝わる至高の剣、象徴であり実用でもある。普通なら途方もない要求だが、ベルには工房魔法がある。無属性の魔石さえあれば物は際限なく生み出せる。
ベルはそこで一計を案じ、イラーフに無属性魔石の大量供給を打診した。王のため、村のため、そして自分の手で新たな象徴を刻むための条件だ。
そんな重苦しい空気が漂う中、ベルは、ふと気になる光景を目にした。
ポーション屋(薬局みたいなもの)の入り口で、一人の少年が、店員に盛大に追い出されているのだ。
少年は、ベルと同じくらいの年齢だろうか。少しボサボサだが、銀色の髪と、まるで宝石のような銀色の瞳が特徴的だ。…まあ、服がボロボロで、顔も泥だらけなので、せっかくの美少年も台無しだが。
「『捨てられの村』の奴に売る薬はねえ! さっさと出て行け!」
店員は、少年をゴミでも見るかのような目で睨みつけ、思いっきり突き飛ばしながら、そう言い放った。
少年は、抵抗する力もなく、よろけながら地面に倒れ込んだ。悔しそうに唇を噛み締め、何も言い返せず、すごすごとその場を立ち去った。
ベルは、その言葉に引っかかった。捨てられの村…それは、王国の人々が蔑むように呼ぶ、シレイラ村のことだ。
シレイラ村とは、王都エクロンにて、様々な事情で働けなくなってしまった浮浪者や、親を亡くし行く宛てのない浮浪児、果ては養う事ができなくなってしまった年老いた者達…つまり、王都エクロンに住むことができなくなった人間達が“廃棄”される場所なのだ。
貧困、病気、犯罪…様々な理由で、王都から追い出された人々が、最後に辿り着く場所。それが、シレイラ村だった。
領地として命ぜられた地が、そんな場所であることを思えば、無関心でいるわけにいかない。
(シレイラ村か…僕の新しい領地じゃないですか… 見て見ぬふりはできませんかね)
ベルは、少し複雑な気持ちになる。領地経営とか、マジ無理ゲーなんですけど… と、内心では思いつつも、先程の銀髪、銀眼の少年が、やはり気になったのか、少年に声をかけることにした。
「ねえ、君」
ベルの、少し気の抜けた声に、少年は驚いたように振り返った。警戒心を露わにしながら、まるで野生動物のように目を細め、ベルをじっと見つめている。。
「何か用か?」
少年は、まるでハリネズミのように、少し棘のある口調で、ベルに尋ねた。
…まあ、警戒するのは当然だろう。
「さっき、ポーション屋で追い出されていたよね? 何かあったの?」
ベルは、出来る限り優しい口調で、そう問いかけた。
少年は、少し躊躇した後、まるで独り言のようにポツリポツリと話し始めた。
「…風邪を引いた友達のために、薬を買おうとしたんだ。でも、俺がシレイラ村の人間だって分かると、売ってくれなかった」
少年は、悔しそうに拳を握りしめた。この世界では医療が発達していないため風邪を引いただけでも死ぬこともあるのだ。
「シレイラ村の人間は、薬も買えないのか…」
ベルは、少年の言葉に、胸を痛めた。
「…それが普通だ。俺たちは、見捨てられた人間なんだから」
少年は、まるで全てを諦めたかのように、自嘲気味に笑った。
「そんなことないよ! シレイラ村の人だって、人間だ! 薬を買う権利がある!」
ベルは、少年の言葉を全力で否定した。
「…あんたは、誰だ?」
少年は、警戒心をMAXまで高め、怪訝そうな表情で、ベルに尋ねた。
「僕は、ベル・シレイラ。シレイラの森を領地として与えられた、新しい領主だよ」
ベルは、まるで営業スマイルのように、笑顔で自己紹介した。少年の瞳が、まるでビー玉のように大きく見開かれた。
「…領主様!? あんたが、シレイラの村の新しい領主様なのか!?」
少年は、信じられないといった様子で、ベルをジロジロと見つめた。
「うん。これから、シレイラの森で、みんなと一緒に頑張ろうと思ってるんだ。良かったら、君も一緒に来ない?」
ベルは、少年に手を差し伸べた。
「ふざけるな! オマエみたいなガキが領主のわけないだろ! からかうんじゃねぇよ…」
ベルが差し出した手を、少年は思いっきり叩き落とす。
「むぅ… 本当の事なんですけどね… 困りましたね…」
ベルは、子供のように頬を膨らませて、少し拗ねた。どうすれば、この少年に信じてもらえるのだろうか?
そこで、ベルは、ふと思った。目の前にいる少年も、自分と同じ銀髪、銀眼なのだ。
今まで、銀髪、銀眼に出会ったのは3人。アシエラ・フィリスティア、バステト・チャタル、ヘレン・ノヴァク、この内、元日本人だったのは、バステトとヘレンの2人。
銀髪、銀眼でいうと、ベルを含めた3人が元日本人なのだ。この確率の高さは何故かは分からないが、目の前の少年も、そうかもしれないという、根拠のない確信めいたものが、脳裏に浮かんでくる。
「君… もしかしたら… 元日本人だったりする?」
ベルは、思い切ってそう尋ねてみた。
「なぜそれを…!?」
少年は、まるで秘密を暴かれたかのように、警戒心をMAX OVERまで高めた。ベルは、ニヤリと笑いながら、自分の髪と目にかけていた魔術を解除した。
すると、どうだろう。黒髪黒目だったベルの姿が、目の前の少年と全く同じ、銀髪、銀眼の姿に変わったのだ。
「お、同じ、銀髪…!? もしかしてオマエも日本人なのか?」
少年は、驚愕のあまり、目を白黒させている。
「元ですけどね~」
ベルは、まるで他人事のように、そう答えた。
「すげぇ… マジか!? なんでそんなことできるんだよ!?」
「マジですね。魔法って、便利なんですよ〜。どうでしょう、僕の話しを信用してくれましたか?」
ベルの言葉に、少年は少し考え込んだ。…まあ、いきなり「俺、元日本人なんだよね〜」とか言われたら、誰だって疑うだろう。
「ま、元日本人ってだけで、そこらの大人よりかは信用できるか…」
少年は、少しだけ警戒を解き、そう呟いた。どうやら、異世界でも、メイドイン・ジャパンの評価は高いらしい。
少年は、自分の名を名乗ることにした。
「俺の名前はウール。 日本人だった頃の名前は思い出せねぇけど…」
「僕も、日本人だった頃の名前は思い出せないんですよね… 何ででしょう? まあ、どうでもいいか!」
ベルは、軽く肩を竦めて、そう言った。
「そんな事はどうでもいいが、本当にシレイラ村の領主になるのか? オマエ、おバカなのか?」
ウールは、呆れたようにそう尋ねた。
「おバカって酷い言い様ですね。無理やり押し付けられまして… 困っているのですよ…」
ベルは、再び子供のように頬を膨らませる。
「それでも、同じ元日本人で領主と浮浪児なんて、この差はなんだよ…?」
ウールは、自嘲気味に笑った。
「そうですね… もしかしてウール、きみは無属性だったりしませんか?」
ベルは、ウールのステータスを解析するまでもなく、確信を持ってそう尋ねた。
「なんでわかるんだよ!? そうだよ! 無属性の無能だぜ! 俺は!」
どこか諦めたような言いぐさのウール少年は、俯いてしまった。
元日本人だと分かった、バステトとヘレンの2人…そして、ベルもまた、無属性であった。
「僕も無属性なのですよ… うーん、元日本人は無属性になるとかゆう決まりでもあるのですかね… ちなみに僕は便利な魔法使えますよ」
ベルは、ニヤリと笑いながら、そう言った。
「マジかよ!? ズルいだろ!」
ウールは、羨ましそうな目を輝かせた。
「ズルではないですけど、ウールを解析してどんな無属性魔法なのか見てあげましょうか?」
ベルの解析魔術なら、無属性だろうと、その内容を詳細に読み取ることができるのだ。
「そんな事もできるのか!? 頼む! やってみてくれ!」
そのウールの言葉に頷くとベルは
「解析魔術・発動」
と唱えるのだった。
次の瞬間、ベルの瞳に、青白く輝く魔法陣が浮かび上がり、ウールのステータスを解析し始めた。
……数秒後。
ベルは、解析結果を見て、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ… あはははは! ウール、君の無属性魔法、最高に面白いね!」
ベルは、腹を抱えて笑い転げた。
「な、なんだよ!? 俺の魔法、そんなに酷いのか!?」
ウールは、不安そうな顔で、ベルに尋ねた。
ベルは、笑いを堪えながら、解析結果をウールに伝えた。
「……ウールの無属性魔法はね… 銃魔法、っていうらしいよ」
「銃…魔法…? それって、一体どんな魔法なんだ?」
ウールは、首を傾げた。
「えーとね… 銃魔法を発動するには、銃が必要みたい。つまり、銃を持っていないと、魔法が使えないんだ」
ベルは、肩を竦めて、そう説明した。
「銃… 銃なんて、どこで手に入れればいいんだよ!? そんなもの、見たこともないぞ!」
ウールは、頭を抱えて、嘆いた。
銃魔法…銃がないと発動できない魔法…なんて、一体誰が使うんだ!? しかも、この世界に銃なんて存在するのか!? 色々とツッコミどころ満載な魔法だ。
「ウール、僕と契約をしないかい?」
ベルは唐突に言う。
「契約だと…?」
「そう、契約だよ。 僕の工房魔法で銃を作り、ウールの魔法を解放してあげる。 その代わり僕の仲間になってよ」
ウールは驚愕と不信の間で揺れたが、銀色の瞳は次第に光を取り戻す。
銃を手にすれば自分の魔法が使える。小さな可能性が目の前で揺れ動く。やがてウールは震える声で答える。
「……行くよ。仲間か… いい響きだな。あんたとなら、少しは変われるかもしれない」
その契約は小さな絆となり、二人は王都の門をくぐってシレイラの森へ向かうのだった。




