第5話 魔法
生後4カ月の赤ん坊の頬を、愛おしそうに指で突っついているメイド服を着た、少女がいる。
いつもは、この時間帯には乳を強請ってくるはずなのに、今日に限ってはずっと眠りっぱなしなのである。
実は、この少女の乳母の仕事は、かなりの重労働なのだ。
赤ん坊の世話全般はもとより、部屋の掃除や洗濯、1日の終わりに行う、上司と赤ん坊の母親である第5王妃へのレポート報告。
本来、地位の高い王侯貴族の赤子の世話となると、乳母数人に侍女数人がかりでやる仕事量を、この少女は1人でこなさなければならないのだ。
何故のなのか?
それは、この少女が担当する赤ん坊が、無能の烙印を押されているからに他ならない。
この世界には、火・水・風・土・氷・雷・木・光・闇・無の10コの属性の魔法が存在する。
人や魔物に至るまで、この10コの属性の内、どれか1つだけの属性をもって生まれ、そしてそれ以外の属性は使うことができない…
それは絶対であった。
その10コの属性の中で最も数が少ないのが、無属性なのだが、全体の0.0001%にも満たないのだ。
元々もって生まれる人数が少ない上に、無能として間引かれる対象になってしまい、現実の人数は国に1人か、よくて数人にまで落ち込む。
何故に無能なのか?
魔法は訓練次第で、どんな人でも自分の属性なら発動することができるようになるが、例外が無属性。
どれだけ訓練をしても、発動しないのだ。
大昔の大魔法使いで無属性魔法を発動できた者がいたらしいが、伝説や伝承の類で、その訓練方法などはどこにも残っていない。
圧倒的な強さをもつ魔物がいるこの世界で、地球でいえば中世レベルの文明を保てるのも、魔法があるからなのである。
その中で、魔法が使えない無属性の持ち主に対する迫害や差別は、どうしても無くならないのであった。
では、何故この赤ん坊の乳母である少女は、こんなにも愛おしそうな目を赤ん坊に向けていられるのだろうか?
貴族の息女にとって、花嫁修業の一環として王宮の侍女をすることが、一種のステイタスになることがあるのだが、下級貴族の出身の少女では、普通は王宮の侍女にまず受かることはない。
少女の家は代々、赤ん坊の母である第5王妃の実家の寄子であった。
少女と第5王妃の父達は、7年前、この国の北にある大魔森林に住んでいる魔物達が起こしたスタンピードに従軍し命を落とした。
大貴族であった王妃の実家はともかく、下級貴族である少女の家は家長の戦死により没落した。
寄親である王妃の実家は、ことあるごとに少女の家を援助し、同じく父を亡くした娘達という親近感からか、少女と王妃は姉妹のように過ごした。
通常は王子が生まれると、その王子を次代の王にしようと派閥ができあがるのだが、第5王妃の産んだ赤子は、無属性の無能ゆえ、支援して派閥を作る貴族達はいなかったのである。
乳母達も、無能とわかると辞退していき、王妃自ら世話をしようと試みたのだが、産後の肥立ちが悪く、まともに動くこともままならない…
第5王妃は途方にくれていた…
姉と慕う王妃の人生最大レベルの危機に、少女は一瞬の迷いもなかった。
学校を退学し王妃の下へはせ参じた少女は、幸いにも、水魔法の成績優秀者で、13才にして中級レベルであるミルクを作り出せたので、乳母になる資格を取る事ができたのだった…
「%$#%$”%$&%&&%$#&%&%&#(つん・つん・つん・殿下のほっぺと唇はなんでこんなに、ぷにぷになんですか~食べちゃいたいです… いや、食べちゃいましょ)」
「かぷっ…」
「・・・・・・・・・・・・」
『んんんー、あれ?僕はどうしたんだっけ…
たしか、頭が割れるように痛くなって…なんか、まだちょっと息苦しいな…
なんだろ?この口の中に広がる甘い匂いは…』
「って、おい!?(オッオギャ!?)」
目を開けると…
そこには、残念な少女がいた。
貪るように、赤ん坊の唇を奪っていた美少女は、目が覚めた赤ん坊に気がついた。
「%$&%$&%$&##$%$’’%$%#(あっ!殿下~お目覚めですか!お腹空いてますよね?空いてるはずです!)」
最近の授乳は、少女の胸の頂の周りに、水魔法でミルクを作り出すという無駄に高度な魔力操作によって行われていたのだった…
「ゲプッ」
『ふぅ…お腹いっぱいだよ…
えっ!?もう片方も召し上がれって?
言葉はまだわからないけど…』
「チュウ…チュウ…チュウ…チュウ…チュウ…」
『あぁっ! そういえば、さっきの頭痛とか、身体が怠くなったのなんだったんだろ… この年齢で、病気とか嫌だな…』
「チュウ…チュウ…チュウ…チュウ…チュウ…」
『そうそう、僕のお父さんが、職人だったら、魔法使えなくても跡を継いで工房主とかになっちゃえば、将来安泰かもねー』
「チュウ…チュウ…チュウ…チュウ・・・・・・・・・・・・・・!?」
「・・・・・・・・・・・・」
『ってーーーーーーー!?
何処だここーーーーー!?』
ふと、気がつくと赤ん坊は何の色も無い空間にいた。
目の前には、大きな半透明のモニターがあり、自分は半透明の椅子に座っていたのであった。