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第57話 運命の再戦

 本来の姿を取り戻したベルは、自身の変化に驚きながらも、その力を確かめるように拳を握りしめた。長年待ち望んだ力が、今、この手に宿っている。それはまるで、幼い頃から共に過ごした親友が、ついに肩を並べてくれるようになったかのような、そんな確かな温かみを帯びていた。


 視線をサーヤへと向け、ベルは心からの安堵と共に語りかけた。


「大丈夫ですか? サーヤ? 今、必ず助けますから!」


 ベルの言葉に、魔人ビュレトは眉をひそめた。幻覚魔法の影響で意識が朦朧としているサーヤに代わり、嘲笑を滲ませた声で応える。


「その姿、まるで何年も成長したみたいだな。馬鹿げている! 確かに面白い手品だが、所詮はただのハッタリだ…」


 ビュレトの言葉には、明らかな警戒の色が滲んでいた。あの頼りなかった人間が、信じられないほどの魔力を纏い、まるで神々しい光を放っていて、ビュレトの本能を刺激し、危険な存在だと警告していた。


 ビュレトは知らなかった。

 何年も修練を積み重ねた人間の、その計り知れない成長力を。


 魔人という上位種である彼は、聖九柱教において神の座に就き、人の世を観察するという使命を背負っていた。

 しかし、彼にとって人間は、単なる観察対象であり、興味の対象ではなかった。人間という個体に執着したことなど、一度もなかったのだ。


 もし、彼がもう少し人間という存在に興味を持ち、その可能性を理解していれば…。未来は大きく変わっていたかもしれない。


 ベルの肉体は、長年待ち望んだ力と融合し、驚くほどの速さでその力を吸収し、自身のものとしていた。それはまるで、砂漠に染み込む水のように、渇望していた力がベルの全身を駆け巡り、隅々まで満たしていくようだった。


 試しに、ベルは軽く虚空に剣を振るう。


 ただそれだけの動作で、剣が生み出した風圧が、夜空に広がる厚い雲をやすやすと切り裂く。

 その威力に、ベル自身も驚きを隠せない。しかし、それ以上に、この力がサーヤを救うために使えるという事実に、喜びを感じていた。


 研ぎ澄まされたベルの身体は、まるで高性能レーダーのように、イラーフが渾身の力を込めて魔法を放った事実を正確に知覚していた。脳内に響き渡る爆音、肌を刺すような魔力の奔流、そして何よりも、空気が震えるような感覚。その全てが、ベルの感覚を研ぎ澄まし、思考を加速させていた。


 同じ頃、上空では魔人ビュレトが、その騒ぎを冷笑と共に眺めていた。

 人間の魔法など、所詮は子供の遊びに過ぎない。あのガラハドを倒すことなど、到底不可能だと高を括っていたのだ。

 しかし、イラーフが放った渾身の一撃、【ヴォルティックス・ジャッジメント】は、ビュレトの予想を遥かに超え、ガラハドの巨体を木っ端微塵に粉砕した。


(ふむ、少しはやるようだな、人間ども…。だが、所詮は一時しのぎだ)


 ビュレトの関心は、そこまでだった。ガラハドを失ったとしても、すぐに別の駒を用意すればいい。魔人にとって、それは取るに足らないことだった。


 しかし、ベルの存在が、ビュレトの計画に大きな狂いを生じさせる。


 魔人は、瞬時に決断を下す。邪魔者は、排除するしかない。


 その時、ベルはビュレトの思考を読んでいたかのように、一瞬の隙を見逃さなかった。ビュレトが次の行動を思案している、その僅かな油断。ベルは【工房魔法】を展開する。


【工房魔法・入室!!】


 ベルは心の中で囁く。それは、静かで、しかし、確固たる自信に満ちた声だ。


 直後、ベルはさらに【工房魔法・退出!!】と唱えた。


 ベルの【工房魔法】のレベルが2に到達した時、彼は【退出】という特殊な能力を習得する。それは、工房魔法のモニターに映る範囲であれば、どこへでも好きな場所へ、文字通り瞬時に移動できるという、規格外の能力だ。常人には理解することすら難しい、まさに神業。それは、ベルにとって、もはやお家芸とも言える得意技だった。


(な、なんだと……!?)


 驚愕に染まったビュレトの視界が、唐突に激しく回転を始めた。


 瞬間、ベルの剣が、魔人ビュレトの胴体を一瞬にして両断したのだ。


 凄まじいまでの剣圧。


 研ぎ澄まされた魔力。


 その全てが融合したベルの一撃は、魔人の強靭な肉体を、まるで紙のように容易く切り裂いた。あたりには鮮血が舞い、飛び散った内臓が、無残な光景を描き出す。


(馬鹿な…私が、こんな人間に…!)


 胴体を両断され、上半身だけになっても、ビュレトはまだ生きていた。その驚異的な生命力は、やはり人間とは一線を画していた。ベルは、そんな魔人に対し、冷酷な眼差しを向けた。そして、ためらうことなく、魔人の首を刎ねるべく、剣を振りかぶった。


 しかし、その時だった。ベルの超感覚が、イラーフとアナの近くから、信じられないほど強大な魔力を感知したのだ。


 それは、ミイラ化して完全に死んだはずのガラハドから発せられていた。


 おぞましい魔力が、まるで噴水のように噴出し、周囲に散らばった瓦礫を貪欲に吸収し、再び巨大な体躯を形成し始めたのだ。

 それはもはや、かつてのガラハドの面影など微塵も残っていない、ただ瓦礫と悪意が混ざり合った、異形の怪物だった。


 ガラハドのまさかの復活。それは、ベルにとって完全に予想外の事態だ。彼は小さく舌打ちをし、ビュレトの首を刎ねるのをやめ、剣を鞘に収めた。今は、ビュレトにかまっている暇はない。何よりもまず、イラーフとアナを助けなければ。


(くそっ、後でじっくり串刺しにしてくれる!)


 魔力の大半を使い果たし、疲労困憊しているイラーフと、心身共に限界を迎えているアナ。


 二人は、復活したガラハドの攻撃に為す術もなく、絶望的な状況に追い込まれていた。ベルは迷うことなく、二人のもとへと駆け出した。


「燃焼魔術Ver.ジェット、発動!」


 ベルは、足元から圧縮・燃焼させた高温・高圧のガスを、ジェットエンジンのように後方へと勢いよく噴射し、驚異的な加速を得た。その速度は、音速を優に超え、瓦礫の巨人を一瞬にして追い抜いた。そして、ガラハドの巨体へと、渾身の力を込めた強烈な蹴りを叩き込んだ。


「うおおおおおお!」


 ベルの蹴りを受けた瓦礫の巨体は、まるで子供のおもちゃのように軽々と吹き飛ばされた。空高く舞い上がり、やがて遥か彼方へと消えていった。


「燃焼魔術Ver.サーモバリック、発動!」


 ベルは掌を天へと向け、掲げる。すると、空気中の魔力が急速に収束し、圧縮され、巨大な高熱の塊へと姿を変えた。そして、空高く放り上げられた瓦礫の巨体へと、容赦なく叩きつけたのだ。


 轟音と共に、全てが消滅した。


 瓦礫も、悪意も、そしてガラハドという存在そのものも。


 後に残ったのは、ただ空に広がる巨大な白い雲だけだった。


 全ては終わったかに見えたが、ベルがガラハドに気を取られている隙に、ビュレトはちゃっかりと動き始めていた。彼は、瀕死の状態ながらも、サーヤを抱え上げ、密かに転移魔法を発動させていたのだ。


 ベルが異変に気付いた時には、全てが手遅れだった。サーヤを連れて転移していくビュレトの姿を、ベルはただ、愕然と見送るしかなかった。


「サーヤああああああああ!!」


 ベルの絶叫が、静寂を切り裂き、夜空に悲痛なまでの咆哮となって木霊した。それは、後悔と絶望、そして怒りに満ちた、魂の底からの慟哭だった。


 ベルは、抑えきれない怒りと悔しさから、地面を強く殴りつけた。瓦礫が砕け散り、土煙が舞い上がる。彼は、自身の無力さを心底呪った。あと一歩、あと一瞬でも早く動けていれば…。そうすれば、サーヤを救えたかもしれないのに。


(必ず、見つけ出してやる…!)


 ベルは、血が滲むほど強く拳を握りしめ、心に誓った。どんな手を使ってでも、必ずサーヤを救い出す。たとえそれが、地獄の底まで追いかけることになろうとも。


 心配そうな表情を浮かべたイラーフとアナが、そんなベルをじっと見つめていた。イラーフはただ静かに、ベルの肩に手を置いた。


「ベル…」


 アナが、心配そうに声をかける。


 その瞳には、驚きと安堵、そして懐かしさが入り混じった、複雑な感情が宿っていた。


 成長し、見違えるように姿を変えた青年。しかし、アナは直感的に理解していた。目の前にいる青年こそが、かけがえのない存在、ベルなのだと。


 それは、言葉では説明できない、魂の奥底から湧き上がる確信だった。



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