第55話 決意の刃
ベルとイラーフ王は背中合わせに立ち、目の前に広がる不穏な光景を見渡していた。重々しい空気が漂い、彼らの思考と行動を縛り付けていた。この状況をどう打開するのか、互いに鋭い視線を交わす。ベルは真剣な表情を崩さず、イラーフに提案を持ちかけた。
「陛下、外に突如現れた巨大な化け物をどうにかできるでしょうか?」
ベルの声には今までにない決意が込められていた。その問いに、イラーフは少し眉を上げた。彼は国王として数々の戦場をくぐり抜けてきたが、目の前の状況には少なからぬ驚きを感じていた。
「お前こそあの魔人達をどうにかできるのかよ?」
イラーフはベルの提案に応じて、少し挑発的に言い返した。だが、その言葉の裏に潜む期待を、ベルは感じ取っていた。
ベルは決然と頷いてみせた。
「少し本気を出します…」
その言葉と共に、ベルは静かに工房魔法内へと足を踏み入れた。そして、自分自身に掛けた封印を解く準備を始めた。
実はベルは、この奇妙な工房魔法の中で10年もの間、引きこもり自ら研鑽に励んでいた。外見は7歳のままであっても、内実は17歳の青年としての経験を積み重ねていたのである。
封印を解く前、ベルは一瞬だけ走馬灯のように過去の自分を振り返った。彼は、幼少期から不思議な力を持っていたが、その力をどう使えばいいのか分からず、引きこもることを選んだ。だが、その孤独な時間がただの悲劇だったわけではない。工房の中で過ごした日々は、ベルの中に確かな成長を根付かせていた。
同時に彼は、幼い姿に戻ることで自分を見つけてもらいたいという願望も秘めていた。それは父母やイラーフに対する、どこか素直で子供じみた望みであったが、この瞬間、ベルはその望みを一時的に置くことにした。今は、目の前の危機を打開することに全てを賭ける時だった。
ベルは深い呼吸を一つすると、確固たる決意を持って呟いた。
「封印魔術・解除!」
その瞬間、後宮の部屋から爆発的な魔力が立ち上がり、それが一点に収束していく様は、まるで嵐の中心に立っているかのようだった。魔力濃度があまりにも高いため、周囲の空気は不自然に光を屈折させていた。
その光景を見て、イラーフは息を呑んだ。彼は驚愕と混乱の中で言葉を絞り出した。「お前… べアル・ゼブルなのか!?」
イラーフの言葉が示すように、そこにはもはやベルの幼い姿はなかった。代わりに現れたのは、銀髪の凛々しい青年の姿だった。その瞬間、ベルは自身の中に秘められた力を再び解放したのだ。
その姿を見て、イラーフは過去の伝説に触れた気がした。
エル・バアル、かつて歴史に名を刻んだ偉大な神が彼の目の前に蘇ったかのようだった。しかしベルは、ただ単に過去の神の再来であるだけでなく、その力をも超える可能性を秘めた存在であった。
「俺が見ているのは、夢じゃないよな…?」
イラーフは思わず自らの頬をつねる。それでも、痛みが現実を示していた。間違いなく、ベルはここにいて、彼が決して無能などではなく、求められる力を持つ存在であることを証明していた。
その頃、城全体では大騒ぎが巻き起こっていた。天空にまで届かんとする巨大な化け物が城を包囲し、その圧倒的な存在感はまさに災厄そのものだった。舞踏会の間では、意識を取り戻した貴族たちが避難しようと混乱の最中にあった。
フィリスティア王国の宰相、テルミニ・イメレーゼ侯爵は、冷静に陣頭指揮を取って混乱を収めようとしていた。彼は混乱を避けるためにすばやい判断力をもって、兵士たちを最適な位置へと配置する指示を飛ばしていた。
『この一大事にウチの王様はどこにいるのやら… 先ほどの暴力的な魔力の元に行ってそうな気もしますが、こちらにも気を使ってほしいものです』
心の中でぼやきながら、兵たちに指示を出していた。
とはいえ、テルミニもまた彼らしい合理的な判断によって、混乱を少しずつ沈めようとしていた。彼は、絶望的な状況の中でも冷静な判断力を保ち、少なくとも城内から大規模な混乱は抑え込んでいた。
しかし、巨大な化け物という新たな脅威が現れ、事態は容易に収束することはなかった。地響きと共に、ガラハドは牢から脱出し、巨体を奮わせて周囲の物を食らうようにして、さらにその威圧感を増していった。
「なんなんだ、あいつは…!?」
と迷うことなく命令を飛ばし続けていたテルミニも、異様な光景に驚愕の声を上げた。兵士たちは途方もない力を持つその化け物に恐れをなし、なすすべなく退散するほか無かった。
その場に現れたアナが叫んだ。
「わたし達も戦うわ!」
アナの決意に答えるように、テルミニも彼女を戦力として数えることにした。頭痛の種が増えるかに思えたが、実際には彼らの状況ではどんな助けでもありがたかった。
「姫様もですか… 助かります。ですが、気をつけてください。あいつは…」
と自らを奮い立たせ、テルミニは指示を続けた。戦力はいくらあっても足りない状態、それは、今まさに目の前の化け物が増殖しているのを見れば明らかだった。
逡巡の迷いの内に、兵たちは吹き飛ばされていく。耐え難い異様な力に対抗するには、ただやみくもな力だけでは敵わないことを痛感していた。
その時、頭上から威厳溢れる声が轟いた。空中から響くその声は、戦場の希望を一瞬にして引き戻した。
「5分堪えろ!! あのデカブツはガラハドだ… 俺がとどめを刺す!あれをやるぞ、テルミニ!」
それは、フィリスティア王国の王、イラーフの声であった。イラーフ王は、状況を恐れずに迅速な判断力で対抗する意志を示していた。心から信頼のおける王の声に、混乱していた者たちも次第に落ち着きを取戻し、イラーフの指示に従って整然と進み始めた。
「あれがガラハド…!? 一体何が起きているのですか…」
テルミニは瞬時に考えを巡らせた。そのわずかな間にも、魔物と化したガラハドの力は増大するばかり。何とか押しとどめなければならないと再び行動を始める。
「ここでわたしがやらないと。お父様のために、時間を稼がないと…」
と自分自身に気合をいれるアナ。テルミニの指示に従って敵を翻弄する魔法を駆使して化け物を引きつけ始めた。
その姿は以前のアナとは別人のような動きであった。
『もっと早く! もっと強く!』
アナの強い想いはその力を呼び覚ましていく。それはベルの魂を半分移植された副作用といえばいいのか。
アナは2つ目の属性。無属性魔法(強化魔法)を知らず知らずの内に使用するのだった。
イラーフの背後では、包囲網を作る準備が徐々に進行していたが、期待通りの時間を稼ぐにはさらなる機転が必要であった。
次回予告:「王の覚悟」
ベルとイラーフは新たな決意を固め、巨大な化け物と魔人達に立ち向かう。二人の真の力が試される時、勝利は訪れるのか。次回、お楽しみに。