第54話 崩壊の予兆
剣筋の鈍ったイラーフの剣をヒラリと躱すビュレト。
ビュレトは何処からか古びた剣を取り出した。それはベルが虚空から物を取り出す行為に似た魔術に見えた。
「これはあなた方が神と崇めるバアルが作った最後の剣なのですよ!」
ビュレトが自信満々に告白する。
その剣は、一見錆びついているように見えたが、一振りしただけで、イラーフの持つ国宝アパラージタ。総ミスリル製の両手剣を真っ二つに切り裂いてしまった。
「こんな馬鹿な…!」
驚愕するイラーフの声が場に響く。
「驚くことはないでしょう。貴方のその剣。 試し打ちで創った紛い物… この完成品、レジェンド級の魔剣アパラージタと比べてはね…」
ビュレトの言葉にイラーフは自分のアパラージタを見やる。
「この剣が紛い物だと… これは総ミスリル製だぞ!」
イラーフの言にビュレトは微笑を浮かべ答える。
「こちらはオリハルコン製ですが?」
オリハルコン。それは神代の御宝。どの国の国宝であってもオリハルコンなぞあるはずもない。
だが、イラーフは、ミスリルを超える硬度を誇る金属など、他に聞いたこともないのも事実であった。
イラーフとビュレトの戦闘の間に、ベルはサーヤの下へと走り寄ろうとしたのだが、ビュレトに何かを指示されたのか、サーヤの姿が変わり始める。
全身がメタリックな色味に変わっていき、その神秘的な容姿は、魔人としての姿を現していた。
「サーヤ!?」ベルの驚きと困惑の声が響く。
サーヤはそれに応えることはなく、冷たく無情な瞳でベルを見つめた。
ビュレトが静かにその口を開き、
「メッサーヤ、お前の真の力を見せてやれ」
と命じると、彼女は無属性の鋼糸魔法を発動させ、鋭い糸がベルに襲いかかる。
ベルは咄嗟に身をかわし、鋼糸が床を切り裂く音が耳を直撃した。
「サーヤ… その姿は!? 僕の所為ですね… 今助けます!」
意気込むベルをよそに、魔人メッサーヤとなったサーヤの攻撃がベルに向けられる。
『障壁魔術・発動!』
ベルは障壁を数舜の隙に発動させ、身を守ったと思った瞬間、甲高い耳を擘く音を立てて障壁を切り裂き、ベルの右腕を捕らえる。
今度は切り裂くのではなく、腕に粘着性の蜘蛛の糸の様にくっつき剥がれなくなり、鋼糸はベルは軽々と持ち上げ、床や壁に何度も投げつけられ、ぶつけられ、部屋がボロボロになっていく。
その時、突如として、地鳴りが響き渡る。城の地下牢から、黒い何者かによって力を得たガラハドが牢を破壊し、周囲の土壁や鉄製品を身体に取り込んでいく。
その巨躯はますます巨大化し、まるで山のように城を破壊しながら地上に現れた。
壊れた後宮の中からでも見えるその姿にイラーフが驚愕の声を上げる。
「なんなんだ、あいつは…!?」
周囲の兵士たちは、この巨人を何とか食い止めようと集まってくるが、ガラハドの圧倒的な力に蹴散らされてしまう。
「次から次へと… って、この魔気はガラハドなのか!?」
「あれは、あの方にお力を注がれたようですね」
また笑いながら、ビュレトは羨ましそうに愉悦に浸っているではないか。
「また、あの方かよ! あれもお前らの仕業か! ふざけるな!!」
イラーフの怒号が虚しく響く。
国宝アパラージタを折られ、焦るイラーフ。そしてメッサーヤの攻撃に手が出せないベル。二人は攻撃を躱しながら背中合わせになる。
「お前、英雄とか呼ばれて調子のってんだろ? 情けねーな。この状況どうにかしろや…」
イラーフが皮肉っぽく言う。
「陛下こそ暴風王とか呼ばれてるくせに剣折れてますが? 情けな(笑)」
ベルは返す言葉に困らず、そして少し不敵な笑みを浮かべる。
この親にしてこの子あり。二人は背中合わせに互いの存在を感じながらも、次の一手を考え始めるのだった。