第51話 魔人の生まれた日 Part2
巨大なベルの魔力が舞踏の間を襲い、抵抗力のない者達がバタバタと倒れていく光景を、アナ達数人は見ているしかできなかった。
厳密に言うと、伸し掛る魔力の圧が強すぎて、動く事ができなかったのだが…
「っつ… 何よ…!? このバカげた魔力は… でも、この魔力って…」
「だ、大丈夫かい…? アナ…?」
フェルはアナを気遣い、声をかけるが、アナは耐えながら考え事をしている。
『これってベルの魔力よね…!? 酷い混乱? 悲しみ? 魔力がグチャグチャじゃない! 何があったのよ!? ベル…』
ベルの魂を半分移植されたアナには、ベルの魂とのパスが繋がってしまっていたのだ。
その魂が震え、まるで泣き叫ぶ赤ん坊の声のように胸に突き刺さる。アナは涙を零しながら蹲りそうになるが、それではアナの性格が許さない。
「兄さま… わたし… ベルの元へ行くわ!」
「えっ!? こんな状況でかい…?」
「ニャニャニャ!? アナにゃん! 旦にゃさまの所に行くにゃ? あたしも連れて行ってほしいにゃ!」
フェルとアナの会話を聞きつけ、テトも着いて行くと言い張る。
「はぁ… 2人だけでは危険だよ… 少し待っていておくれ… 今、動ける衛兵を呼ぶから…」
フェルはガクガクと震える膝を抑えながら、衛兵を呼んでいると、急速に降り掛かる魔力が無くなったのだった。
後宮の端の部屋で、イラーフの目の前でベルが消え去り、数瞬の間にまた現れる。
数年ぶりに見るベルの所業に驚き、頭を抱える。
そして今の今まで、自分の息子、ベアル・ゼブルの事を忘れていた違和感を拭いされないのであった。
【工房魔法】から出てきたベルは手を虚空にかざし唱える。
「サーヤ、搬出! ・・・ あっ… そう言えば魔人化して名前が変わってしまいましたね… メッサーヤ、搬出!!」
クィーン・メタルスパイダーのメッサリーナと融合したサーヤは、メッサーヤと個体名を変更され、現実世界へと生まれ落ちた。
無色の光に包まれながら、メッサーヤは片膝を着きながら、ベルとイラーフの前に生前のサーヤと変わらぬ姿で現れたのだが、反応がないのだ。
「サーヤ! サーヤ! 僕ですよ!? 分かりますか??」
「お、おい! ベアル・ゼブル! これは… 本当に生き返ったのか!?」
「煩いですね… 見れば解るでしょうに…」
「煩いって!? 誰に向かって口を聞いてやがる!? 俺はおまえの父…」
父親… そう言おうとして、イラーフは口を噤む。
何故? イラーフは自分がベアル・ゼブルという存在を気薄にしか感じられなかった今までを恐ろしく思い猛省する。
これは、イラーフ自身が薄情なだけなのか?
流石に、自分の子供をここまで忘れられるものだろうか?
イラーフは、そこで思い当たる事があった。
『そう言えば… 闇属性魔法で精神操作が出来るんだったな… 俺が… 操られていたのか!?』
その推論に達した時に、イラーフは怒りが溢れ出そうになるが、目の前で真剣にサーヤを心配している息子の前では、黙って見守っている事しか出来ず、歯痒さが募る。
「サーヤ… 起きてください! 僕が分かりませんか? サーヤ!!」
響くベルの声に、薄らと目を開けていくサーヤ。
「サーヤ!?」
「ベ… ベルさま…??」
「そうですよ! 僕です! ベルです!」
「・・・おかえりなさいませ… ベルさま…」
魔人と化したメッサーヤ、いや、サーヤは優しくベルに微笑むのであった。
「おい、おい、本当に生き返ったのかよ!?」
イラーフは、つい2人に話しかけてしまう。
キョトンとしているサーヤは、何を言われているのか一瞬分からずにいたのだが、すぐに最後の記憶が蘇る。
「どうして… 私は生きているのですか?? あの時、黒い人影が部屋に入ってきて… 風が吹いて… 私は死んだ!?」
混乱しているサーヤに、イラーフは尋ねる。、
「黒い人影? 風属性の使い手か?」
イラーフの声は届かないのかサーヤは取り乱し、震えながらベルにしがみつく。
その時、音もなく部屋の片隅に魔法陣が浮かび上がっているではないか!?
その異常にいち早く気付いたのはイラーフだった。
「おい! あれはお前の仕業… じゃねーようだな!」
イラーフがベルに尋ねている内に、その魔法陣から1人の漆黒に金の刺繍が嫌味なく施された執事服を丁寧に着こなした青年が現れた。
「お初にお目に掛かります。私はビュレトという者でございます。本日は新しい魔人が誕生すると聞き及び、迎えに伺った次第でございます」
仰々しくお辞儀をして見せるビュレトと名乗る者からは一切の威圧など感じられず、イラーフは一瞬思考を注意を怠ってしまった。
その一瞬で、ビュレトはイラーフの目の前から消え去り、ベルとサーヤの前に佇み、綺麗なお辞儀をもう一度した。
「これは、これは、無属性の魔人の誕生おめでとうございます! メッサーヤと仰るのですね! さぁ、私と共にあの方の下へ…」
ビュレトの眼には『解析魔術』が発動している印、魔法陣が浮かび上がっていた。