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第49話 舞踏会

 

 王都エクロンの中央にそびえ立つ王宮にある舞踏の間で、大規模な夜会が催されていた。


 それは、ベル・シレイラの叙爵を祝して、王家が主催したものなのだが、聖九柱教と事を構える為に国の結束を促す良い機会と捉えられ、参加する貴族も多い。


 夜会やパーティーの慣習として、爵位の低い者から入場を始め、最後に王が入ってくるのだが、先程の叙爵式典で準男爵になったばかりである、ベルの姿が見当たらないのだ。

 準男爵とは貴族の爵位では1番低く、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵 と続く。


 では、何故ベルがこの場に居ないのか…


 そんな事を考え始める者が出始めた頃には、公爵の入場が終わっていき、残すは王家のみ。

 衛兵が舞踏の間に響き渡る大声で、次に入場してくる者の名を呼ぶ。




「獣人王国チャタル、バステト・チャタル王女殿下並びに、アナトリア・フィリスティア第2王女殿下及び、ベル・シレイラ準男爵、御入場!」




 国外の王家が入場する場合、公爵の上とみなされ、自国の王家と同等に扱われるので、テトの入場の順番は妥当であるのだが、アナと一緒に入場してくるとは誰も予想だにしていなかった。

 しかも、その2人の王女をエスコートしている男は、ベル・シレイラとして貴族になったばかりの子供。


 右手にアナトリア王女、左手にバステト王女、両手に花!


 怨嗟の視線がベルに集中しているが、当の本人は気にする余裕もないのだ…




『はぁ… 何なのでしょう… この罰ゲームは…』




 元日本人の感覚からして、この様な状況に困惑するのは当然なのであろう。

 ベルの前世から含め、初めての夜会が始まっていく。




「浮かない顔して何よ? わたしをエスコートするのが、そんなに不満なわけ? 殺すわよ?」




 ベルの耳元でアナが囁く…




「いえいえ、そんな訳ありませんから! アナトリア王女殿下をエスコートできるこの誉れは子々孫々伝えていく所存でございますよ!」




 周りの雑音で聞き取られなかったら折檻が待っているという恐怖から、ベルもアナの耳元でしっかりと囁き返す。 

 吐息のかかるその距離に、アナは顔を赤らめ小さく呟く。




「子々孫々って… わたし達の子供達ってことよね… もう、こんな場所で何よ!」




 クネクネしながら小刻みに、ベルの腹に向け魔気の籠ったボディーブローを打ち続けるアナであった。




「ニャニャ? 2人で何イチャイチャしてるニャ? あたしも混ぜるニャーー」




 そう言いながらテトは、ベルの空いている側の腹にグリグリ身体を押し付けマーキング行動を取るのだ。




「ぶへっ… お、落ち着いてください、お2人共… ぶへっ… ぶへっ…」




 周りからはイチャついている様に見える3人をよそに…




『ふん、無能な獣人姫と穢れた姫を携えて、いい気なものだな… 小さな小さな英雄殿は… こんな事で我が国は聖九柱教に対抗できるのか!? 嘆かわしい…』




 陰口を叩く者達も少なからずいたのだった。


 それを見かねた、アナの祖父にあたりベルの寄親となる、ガテ・ヘフェル・フィリスティア公爵が3人に近づいてきた。




「アナ… 今宵はとてもご機嫌だね! 何時もに増してとても可愛らしいよ! それにお隣の淑女はバステト・チャタル王女殿下ですな… お初にお目にかかる、私はそこにいるアナトリアの祖父でガテ・ヘフェル公爵と申します」




 紳士然とした態度で、優しく優雅に辞儀を交わすガテ・ヘフェル公爵は流石、場慣れをしているだけある。

 その姿に息を呑むテトは、一拍置いて挨拶を返すのだった。




「アナニャンのお祖父様ニャ!? あたしは獣人王国チャタルの第1王女、バステト・チャタルニャ! ご丁寧ニャ挨拶ありがとうございますニャ!」




 人懐っこい笑みを浮かべ、綺麗な仕草で挨拶仕返すテトに、ベルを含めた周りの人間達も感服する。




「お祖父さまも、ご機嫌麗しゅう存じます! 今日はちょっとだけ気合いを入れてみたの… 変じゃない?」

 



 少しはにかみながら、淑女らしく両手でスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げてカーテシーを行うアナも歎美の的になり、ガテ・ヘフェル公爵は皆の誤解も少しは解けただろうかと優しい笑顔で孫であるアナの淑女らしい姿と、可愛いらしい王女テトを褒め称えるのだった。


 そうしてる内に、王が入場してくる旨を伝える衛兵の声が響き渡る。


 舞踏の間にいる全ての者達は、胸敬礼をしながら出迎えるのだった。


 イラーフ王は片手を上げて皆に楽にするよう促し、語り出す。




「皆、よく集まってくれた!

 今宵は、新たにこの国の貴族となったシレイラ卿を祝して夜会を開くことにした…

 シレイラ卿にはアナトリアを救ってもらった恩があるからな! 心行くまで楽しんでいけ! 貴族達と親交を深めるのも悪くないもんだぞ?」




 イラーフの、いたずらっ子の様な笑みに嘆息を漏らす宰相である、テルミニ・イメレーゼ侯爵は、夜会を始める合図を発する。




「皆さんも知っての通り、聖九柱教のバカ共がこの国に喧嘩を売ってきました… いろいろと心配事はあるでしょうが、今宵は思う存分に堪能していってください! それでは、始めましょう!」




 テルミニが夜会の始まりを告げ、宮廷雅楽隊がダンスを行う為の曲を演奏しようとした時に、それを遮る大声が会場に響き、皆はその声の主に注目していく。




「お待ちくだされ! 陛下!」




 その声は、叙爵式典でベルの力を削ごうと画策し、第1王子派の長をしているデップリと肥え太ったクル・クレイマー公爵だった。


 またオマエかと、イラーフは煩わしそうに顔を歪め返事をする。




「なんだ? クル兄?」




 このクル・クレイマー公爵は、イラーフの実の兄であり、王太子の椅子を争った間柄で、王太子の座をイラーフに奪われた後も何かと権力を欲して、由緒正しいクレイマー公爵家に臣籍降下までし、何かと表舞台に出ようとしてくるのだから、イラーフにとっては目の上の瘤の様な人間であった。


 下手に権力を持っている実の兄に向かい、面倒くさそうに先を促すイラーフ。




「発言の機会を与えて頂き感謝しますぞ! 陛下! この夜会はシレイラ卿が我ら貴族の仲間になった証の催し、ならば、シレイラ卿自ら最初にダンスを踊って頂くのが筋と言うもの! いかがな?」




 クル・クレイマー公爵の気持ち悪いにやけ顔が、ベルに向けられる。


 その通りだと、周りにいる取り巻きの貴族達が騒ぎ出す。




「小さき英雄と呼ばれるお方が貴族になられる… もしや、ダンスの1つも踊れないと!? まさか、そんな事などありますまい!?」




 悦に入った様子で饒舌に語る、クル・クレイマー公爵に溜め息しか出てこないイラーフであった。


 大商人が金を惜しまず子息に教養を学ばせれば別だが、普通の平民の子供が教養を学ぶ機会などあるはずもなく、これは、ベルに対しての嫌がらせ、あるいはそんな子供を貴族にさせたイラーフ王に対しての遠まわしの牽制…


 ベルの寄り親であるガテ・ヘフェル公爵は、すぐさま頭を回し様々な可能性を考えながら、ベルにダンスの練習をさせておけばと昨夜の自分を責めるが、エクロンタイムズを作り上げ発行までこぎつけるのに全てを捧げていたのだ。


 その様な時間など取れるわけもなく、苦々しい顔をクル・クレイマー公爵に向けながら、イラーフ王にベルのダンスの断りを進言しようとそそくさと前に出て傅く。


 貴族とは、見栄や世間体に重きを置く生き物…


 これはダンスを断るより下手な踊りを見せて、他の貴族達に罵られ評価を下げる事を避ける英断のはずだった。


 ガテ・ヘフェル公爵の考えも間違えてはいないが、それは本当にベルが平民の子供だった場合なのだ。

 イラーフ王にガテ・ヘフェル公爵が頭を下げる直前、ベルの声が遮る。




「ダンスですか!? 久しぶりですけど… まぁ、なんとかなるかもしれませんね アナトリア王女殿下、僕と1曲、踊って頂けませんか?」




 ベルは、何事も無かったように優しい笑顔で、アナに向かい手を差し出した。




「まったく… あんたみたいな平民にダンスなんてできるの!? わたしに恥をかかせたら殺すわよ?」




「お任せください! しっかり最後までリードしてみせますから… んん… たぶんできるはずです… それよりアナこそいつも剣ばかりでダンスのフォローなんてできるのですか?」




「わたしを誰だと思ってるのよ! 第2王女よ!? ダンスでも誰にも負けないわ!」




 実際、アナは幼い頃からその運動神経を生かして、ダンスなど身体を動かす事に関しては目を見張るものがあったのだが、そんな事は知らないベルは堂々と、そして優しくホールの中央へとアナをエスコートしていく。


 曲が始まる。


 それはこの世界では一般的で、夜会などのパーティーでは1番最初に流れる曲目で、ヴェラーと呼ばれる。


 地球で言えばワルツに近いのだろうか。


 ヴェラーは優雅で花形なダンスだが、それ故に基礎が有る者と無い者で差が出るとされている。

 それを1曲目に持ってくるという事は、見る人が見れば、その者が貴族としての教養をどれだけ積んできたのか解ってしまうのだ。


 曲が流れ始めてすぐに、アナは何時も踊っていたダンスと違う事に気づいた。


 ベルのダンスの腕前など大したことはないと考えていたアナが、いつの間にかベルに動かされているのだ。


 アナはその気性と運動神経からダンスをしても、アナを完璧にリードしてくれる男性に出会ったことがなかったのである。

 本気で踊れば相手はついて来れなくなり、自己主張の強すぎる女と見られてしまうし、力をセーブして踊れば粗雑なダンスで終わってしまう。


 今回のベルとのダンスでも、期待はしていなかったのが本音であったのだが…

 



『ちょっと、なによ! このリード… このアホベル~ ちょっとだけ面白いじゃない!』




 アナの限界ギリギリをリードするベルは、此方を睨みつけてくるアナに、まだまだ余裕があると勝手に解釈をし、ステップを早くし、アナの動きを大胆に優雅にしていく。




『ベルさま~ 殿方は女性をダンスでどれだけ綺麗に彩らせ、楽しませる事ができるかで、その器が決まるのですよ~♪』




 ベルの脳内に、後宮の部屋に軟禁をされ、引きこもっていた時に、サーヤから授けられた教えが蘇り、懐かしい思い出に自然と笑みがこぼれる。


 優しく微笑むベルに、アナは顔を紅潮させながら思う、どうしてベルは、ここまでのダンスを身につけられたのかと…


 そして気づくと2人の身体が1つの身体の様に一体となり、夜会の間の中央で、曲の終わりと同時に今まで見たことのない様な、優美で気品に満ちたピクチャーポーズを披露していた。




 ヴェラーの曲が終わり、一瞬の静寂の後から響き渡る盛大な拍手喝采の嵐に、アナは初めて全ての力を出し切れたダンスの余韻に浸りながら、隣りで礼をしているベルを見つめ確信する。


 ベルは平民として育ってはいないと…








 ベル・シレイラという子供…


 彼は何者なのか?


 ひっそりと夜会の間で噂話しに花が咲く。


 アナとのダンスの後に、テトととも無理やり踊らされたベルは疲れた表情も見せれずに、次から次にやってくる貴族達の相手をしていくのだった。


 夜会も中盤に差し掛かった頃、王が退室する旨を伝える衛兵の声が響く。

 入場は身分の低い者からに対して、退場は身分の高い者から順に行われる。

 それでも、催しの中盤で王が退室するなど珍しいこともあると疑問を抱く貴族は少数であった…








 エクロンの中央に聳え立つ王宮の地下には、罪人達を収容している堅固な牢が並ぶ。

 その最奥に現在いる住人は、聖九柱教が誇っていた聖九剣の2人。


 その内の1人、ガラハド・イッサカルに近づくイラーフ王の足音が聞こえてくる。

 牢を守る衛兵達を下がらせ、いろいろな物が垂れ流し状態のガラハドにポツリポツリと語り出す。




「よぉ、ガラハド… 元気… じゃねーみたいだな… 今日は久しぶりにあの人の事を思い出しちまってな… 本当にバカだ… オマエは…」




 イラーフが地下牢で、“あの人”の事を語り出していた同じ時刻、後宮の端にあるベルが5年もの間サーヤと共に暮らした部屋で壮絶な殺人事件が起ころうとしていた。


 



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