第47話 夢と希望と人生とpart 2
王宮へと走る王家専用馬車の中で、ぐったりと横たわるフェルがいる。
そしてそれを暖かく見守るベルとアナ…
「格好良かったわ! 兄さま!」
「そうですね! いつものフェルとは別人の様でしたね」
地球でもそうであったのだが、王族が民の前で演説などする事がなかったこの国で、フェルはやり遂げた。
王族が国民に向かって語りかけるなど、地球では科学が発達し、ラジオが普及しだした20世紀になってからではなかろうか…
「それにしても、フェルは役者にでもなれるのではないですか? 打ち合わせより断然迫力がありましたよ!」
ガテ商会を出る前に、集まった人の多さを考慮して、裏口からこっそり行こうと提案した公爵の案を断り、堂々とフェルの売り込みをしようとベルは持ちかけたのであった。
未だに馬車の外から民衆の歓声が聞こえる…
フェルの民への人気取りは成功と言ってもいいだろう。
だが、いきなり演説をしろと言われたフェルはたまったものではないだろうが、流石、王家の血を継ぐものといったところだろうか。
「王なんかになるより、役者になる方が大変だと今日解ったよ… 次に大変な目に合うのはベルだからね?」
大変な目とはこれから始まる叙爵式典を指している。
式典と言っても大してやる事はないのだ…
王の前に跪いて、誓いの言葉を言うだけの簡単な物なのだが、その後にある夜会が大変なのだ…
海千山千の貴族達と渡り合わねばならない、最初の関門と言ってもいいであろう。
「はぁ… 本当に面倒くさいですね… どうにかサボタージュできないものですかね…」
「そう言わないで夜会楽しみましょうよ!」
やけに楽しそうにしているアナを不思議そうに見るベルを見て、フェルが悪戯っぽくアナに問いただす。
「アナは甘い物が楽しみなのかな? それともベルにエスコートしてもらうのが楽しみなのかな?」
「・・・・・・・・・・」
ボコッ!!
「こ、こんな奴にエスコートされても… う、嬉しいわけないじゃない! 兄さまったら!」
「ぶへっ!?」
クネクネとし顔を赤らめ、魔気の籠もった拳でベルを殴りつけるアナであり、いつも通りに殴り飛ばされるベルであった。
ベルの体は馬車の扉を突き破り、転がっていく…
そして、王宮門に頭をぶつけて止まった!
王族専用馬車から吹き飛ばされてきた、不審者に衛兵達は槍を向ける。
「殿下! ご無事ですか!? 御者よ、早く馬車を王宮内に入れるのだ!」
フェルとアナが乗った馬車は、ベルを置き去りにして王宮へと急いで入って行く…
ベルは王宮門の前で、ぶつけた頭を押さえながら馬車を追おうと立ち上がろうとした。
「怪しい奴! 今日は大事な式典の日だと言うのに、よりにもよって王子と王女の馬車を襲うとは! 覚悟せい!」
「ぶへっ!?」
衛兵の持っている槍の柄で殴られているベルがいた…
ぞろぞろと衛兵が集まってくる。
「はぁ… この既視感は何でしょう…」
王宮門の捕り物で、犯人にされる事がこれで2度目のベルは大きな溜め息をつき、ゆっくりと立ち上がるのだが、この場にはベルの他にも既視感を抱いた人物がいた…
彼の名は、ステイ・ノヴァク上等兵と言い、2年前に出された手配書に載っていたベルを捕らえようとし、その際に衛兵仲間達を無惨に殺された過去を持っている男であったのだが、昨晩密かに彼の所へ王宮筆頭薬師であるパテカトル・ナボポラッサル伯爵が訪れ、話した内容があった。
あの方が戻ってきたと…
彼らは2年前にステイ・ノヴァクがパテカトル・ナボポラッサル伯爵にMPポーションを届けた事から親交が始まったのだ。
ステイ・ノヴァクの父親はアール・ノヴァク男爵と言い、家族はあともう1人、妹のヘレン・ノヴァクがいる。
母は妹のヘレンが産まれた時に死亡しており、親子3人で慎ましく暮らしていたのだが…
3年前に妹のヘレンが病に陥り、視力を無くしてから父と兄であるステイ・ノヴァクは治療費を捻出するために齷齪しているのであった。
父であるアール・ノヴァク男爵は領地を持たない法官貴族ゆえに、国から貰う俸禄で生計を立てている。
平民よりは良い暮らしにはなるが、難病を抱えた娘に満足させる治療を受けさせるには、若くして上等兵にまでなったステイ・ノヴァクの給金を足してもまだ足りないくらいだったのだ…
それが2年前の王宮門前で起こった事件で彼らの生活は一変した。
王宮筆頭薬師であるパテカトル・ナボポラッサル伯爵と繋がりができた事で、高級な治療ポーションを格安で分け与えて貰えるようになり生活は楽になった上、夜な夜な王都で密かに開かれているバアル信仰を崇める者達の集会でエル・バアルのご尊顔を拝した者として脚光を浴びているのだ。
ステイ・ノヴァクは思う…
『この既視感は何なのだ!? あの少年はあの時のあの方とそっくりではないか…!? しかし… 髪の色が違うが…』
ステイ・ノヴァクは仲間の衛兵達を諫め、ベルに向かって恐る恐る歩いて行く。
「もしや、あなた様は、2年前にここで… 私の名はステイ・ノヴァクと申します! この名に聞き覚えはありませんか?」
ベルは突然話しかけてきた衛兵の青年を見遣り、思いをめぐらす。
「えーと… ステイ・ノヴァク… 誰でしたっけ?・・・・・・・・・・あっ! 確か、MPポーションを爺に渡すように頼んだ、へっぴり腰の衛兵さんですか!!」
「あっ…」
ベルは自分がこの国の第5王子だという事を隠しているのだ… しかも手配までされている身…
だが、ベルの失言を取り繕う間を与えずステイ・ノヴァクはベルの足下に跪き、ベルに聞こえるくらいの小声で静かに話しかける。
「左様でございます! へっぴり腰のステイ・ノヴァクでございます! 何時ぞやは大変なご無礼、お詫び申し上げます! それに、貴方様の出自や身元に関しましてはナボポラッサル卿から内密にするようにと厳しく仰せ付かっておりますゆえ、ご安心くださいませ… それと、どうか、どうか、妹を病からお救いくださいませ!! エル・バアルよ…」
「はい??」
この話しの急展開についていけないベルがいた…
王宮の謁見の間に続く控室の1室に、長い白髭を蓄えた好々爺が室内を落ち着きなくウロウロと歩き回っている。
この老人の名はパテカトル・ナボポラッサル伯爵、王宮筆頭薬師その人だ。
彼の他に数人この控室にはいるのだが、そんな事はお構いなしに部屋を1周し、ドア一瞥してからまた歩き回る。
もう何週目になるだろうか、ドアをノックする音が聞こえた。
「ステイ・ノヴァク上等兵であります! 我らの尊き主をお連れ致しました! 入室して頂いてもよろしいでしょうか?」
パテカトルはその声を聞くと同時にドアを開け放ち、ステイ・ノヴァクの後ろに所在なげな様子で佇む1人の少年を見つけ、その場でひれ伏し、ベルの足に口づけをする…
「お待ちしておりましたぞ! 我が主よ! 御髪の色を変えられても、その凛々しい御尊顔すぐに分かりましたのじゃ! 必ずや戻って来て頂けると… ほっほっほっ…」
そう言いパテカトルの頬を人生という名の涙が伝って行く…
「爺は相変わらずですね… あっ、そうそう母上の治療上手く行っているようですね! いつも感謝していますよ」
ジジイの変わらないBLっぷりに少し引き気味なベルは、一応母への治療の礼をし、部屋を見渡しソファーにちょこんと座っている1人の少女を見つける。
「ステイ・ノヴァク… 妹さんは彼女ですか?」
部屋にいる他の大人達がベルに近づいてこようと動き出す前に、ベルは問いかけた。
「はい! 左様でございます! 主よ… どうか、妹をお救いください!」
『主って何ですか… まったく… 爺が何か変な事を吹き込んだみたいですね… ほっときましょう… それより…』
『解析魔術発動!』
ベルはステイの妹であるヘレンに向かって解析魔術を行使する
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名前
ヘレン・ノヴァク
年齢
7歳
種族
ヒューマン
性別
女
カップ数
AA
状態
失明
LV
1
HP
40/100
MP
30/30
魔法属性
無属性LV1
称号
転生者 元日本人
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そのまま、状態の所にある失明を意識して見て…
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状態
失明
病名
網膜魔力変性症
原因
魔力が身体に馴染まず起こる病
転生者に多くみられる
治療方法
工房魔法Lv8で治療可能
治癒再生魔Lv5で治療可能
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「なるほど、なるほど、これくらいなら何とかなりそうですね!」
そこに、ヘレンの近くにいた、少し窶れているおじさんが凄い勢いで話しかけてきた。
「む、娘は治るのですか!?」
彼がステイとヘレンの父親あるアール・ノヴァク男爵なのだ。
ベルの両肩を掴み、わっさわっさと揺さぶり何度も何度も、娘であるヘレンが治るのか確認してくるのだ。
「お父さま… そんなに騒がしくしたらエル・バアルに失礼になってしまいますよ…」
か細いが、どこか芯が通っている声がソファーに座っている少女から聞こえてくる。
「エル・バアルよ、父が大変失礼致しました お初にお目にかかります わたくしはそこにいます、アール・ノヴァクの娘でヘレン・ノヴァクと申します」
ソファーからフラフラと立ちスカート裾をつまみしっかりと挨拶をするヘレンだが、やはり視力を失ってしまっているのであろう… 瞼は開いているがそこに光は灯っていないように見えた。
しかし、ベルにとっての問題はそこではない。
彼女、ヘレンの髪の毛の色もまたベルの元の髪の色と同じ銀色に輝いているのだ。
『あれ? この子も銀髪ですね… そう言えば、先程のステータスに転生者とか元日本人とか記されていたような…?? うん、プライバシーの侵害はよくありませんよね! 見なかった事にしましょう! それにしてもこの世界は元日本人が沢山居たりするんでしょうか…』
ベルが思った通り沢山ではないが、このフェニキアと言われる世界には幾人かの元日本人が転生してきているのだ…
しかも、何故か都合よくベルの近くに居たりもする。ヘレンもその1人なのであろう。
ベルが思案に暮れていると、ヘレンが見えない目に頼らず、手探りでベルを掴み懇願してきた。
「エル・バアル… 不躾な願い事とは存じているのですが… どうか、わたくしの目を治していただけないでしょうか? わたくしのこの目のせいで… 父と兄にこれ以上迷惑をかけるのは… わたくしみたいな無属性の無能の為に…」
光と共に夢も希望も失ったヘレンの目から溢れる涙を、そっと拭い優しく抱きしめる父と兄。
この世界では無属性として生まれてきた者は、差別の対象となるのが普通な中、この父と兄はそれを良しとしなかっただけではなく、できる限りの愛情をヘレンに注いだのだ。
福祉インフラなど皆無と言っても過言ではないこの世界、この国で、その行為は賞賛に値するであろう。
ベルはその光景を見ながら心の中で静かに唱える。
『治癒再生魔術・発動』
この親子達が見る未来が幸せに包まれますようにと…
優しく光輝く魔法陣が、ヘレンの両目に吸い込まれて行く。
周りにいる大人達が感慨めいた声をあげる中、ベルは静かに声をかける。
「爺… 部屋の明かりをもう少し暗くしてくれますか? 久しぶりの光ですからね…」
「畏まりましたぞ! 我が主よ!」
ベルから頼まれ事をされる事がよほど嬉しいのか、パテカトル爺は踊り出す勢いで部屋の明かりを落としていく。
そして、ベルは悪戯心で目を瞑っているヘレンの目の前に父であるアール・ノヴァクを立たせるのだった…
「ヘレン、少しずつゆっくりと目を開けてみてください… 何か見えますか?」
ベルの言葉に、娘であるヘレンを前にしたアール・ノヴァクの心の臓は跳ね上がる。
3年… それは父親からしたら長く辛い日々だったのだ。
4才だった娘に自分を見てもらえなくなってから随分と白髪も増え、険しい顔つきになってしまった…
娘に父親だと気づかれなかったらと思うと背筋が凍りつく。
娘がゆっくりと目を開けていくのとは逆に父は目を瞑ってしまう…
どれくらいの時間が経ったのだろうか?一瞬の様な、永遠の様な…
アール・ノヴァクの頭をふんわりと転がす様に撫でる、優しき小さな手があった。
「お父さま… こんなに沢山、白い髪が… いっぱい苦労かけてしまって… いっぱい、いっぱい… ありがとうございます!!」
アール・ノヴァクはゆっくりと娘の目を見つめ、その先に見えた夢と希望に、ただ涙する。
王宮の謁見の間に続く控室の1室に、不思議な光景が広がっていた。
黒髪の少年の足に、代わる代わる口づけをしては号泣する大の大人達。
その様な状況に困惑を隠せない者が2人いる。
1人は自分の足に大人達から口づけされている張本人ベル、もう1人はそのベルに先ほど目の治療をしてもらったヘレンだった。
『えぇー 何ですか!? この光景は… この世界のおっさん達はBL好きだったりするのですかね… これからやっていけるか物凄く心配です…』
ベルの思いとはよそに、ヘレンは迷っていた。
『えっと… エル・バアルって黒髪だし、日本人の男の子みたい… これって私もあの子に口づけできるって事よね… でも、それだけでこの感謝の気持ちを示せるかしら?』
ヘレンが思いを巡らせていると、兄であるステイに早くエル・バアルに感謝と忠誠をとせかされる。
ベルの足下にかしづいて、そっと口づけをしたヘレンはベルの足を持ち上げ? ひれ伏している自分の頭の上に置いたのだ…
その行為に部屋にいた一同、皆驚きを隠せない。
端から見ると少年が少女の頭を踏んづけている光景。
「わたくしの生涯に亘るの忠誠をお受け取りください! 身も心も、わたくしの全てをエル・バアルに捧げます!」
そのあまりにもの衝撃的な光景に周りにいる大人達は息を呑み、パテカトル爺は興奮と感動に打ち震える…
「ヘレンよ! そなたのその心意気や見事! ほっほっほっ アール・ノヴァクよ! 辛い生活の中、よくぞここまで、娘御を育てたものじゃ! エル・バアルの道を備える役目の儂からも礼を言うのじゃ!」
パテカトル・ナボポラッサル伯爵の話しに、アール・ノヴァクとステイ・ノヴァク親子は歓喜に酔いしれる。
その様な状況の中、ベルは天を仰ぎながら途方に暮れ、一筋の涙を零す…
それは喜びの涙ではない事は確かなのだが…
周りの人間達は、エル・バアルが感激の涙を流しておられる!と、自分達も頭を踏まれたい一心で頭を床に着き、ベルの足下へと迫ってくる!
だが、その時、この控室の扉が勢いよく開け放たれ、アナが飛び込んできた。
「ベルー! 大丈夫だった? もう、勝手に馬車を飛び降りちゃうんだもん! 心配させないでよ ・・・・・・・・・・って、何やってんのよ! このアホベルーー!!」
少女の頭を踏みつけ、周りの大人達をも平伏させてながら夢と希望を失った涙を垂れ流しているベルがいるのだ。
アナは一瞬でベルの目の前まで飛ぶように移動し、ベルの顔面を蹴り飛ばす!
そして… 何度も何度も… 少女の頭を踏みつけていたベルの様に踏みつける!
その威力はベルの比にならず、王宮控室の床は崩壊してしまう…
「まったく… 女の子を踏みつけるなんて… アホだとは思ってたけど、こんな最低な奴だなんて…」
アナの怒りの形相に周りにいる人間達は固まる中、ベルに頭を踏んでもらっていたヘレンが畏まりながら声をあげた。
「アナトリア王女殿下とお見受けいたします… わたくしはそこにいるアール・ノヴァク男爵の娘、ヘレン・ノヴァクと申します… 王女殿下は思い違いをなさっていらっしゃいます! そのお方がわたくしの頭を踏まれたのではなく、わたくしの頭をそのお方の足の下に置いただけなのでございます」
ヘレンの言い様に、アナは首をかしげる。
「はぁ!? 貴方… ベルに頭を踏まれてどこかおかしくなっちゃったのね? あっ! そこにパテカトルがいるから診てもらった方がいいわよ… 頭を足の下に置くって… どうかしてるわ…」
アナを諫めようとパテカトル爺がようやく動き出す。
「ほっほっほっ 姫様や、その娘御の言っている事は本当の事ですじゃ… 儂も踏んでいただこうと順番を待っとった所なのじゃ!」
「えっ!? そ、そんな事あるわけないじゃない! からかってるのね? 殴るわよ?」
アナをどう宥め説得したものかと、パテカトルは思案する…
ベルがエル・バアルだとパテカトルが信じている真実を話そうとすると、ベルが王族で、しかもアナの弟である第5王子だと告げなくては理解してもらえないかもしれない。
どうしたものかと思っていると、ヘレンが立ち上がり、アナの傍に寄りモジモジしながら耳打ちをした。
「失礼いたします 王女殿下… これは大人の性癖にまつわる話なのです もしよろしければ、わたくしがお教えいたしますが…?」
性癖…
性癖…
大人の性癖…
アナは顔を赤くし、何を妄想しているのか上の空で、ベルを引きずりながら控室を出て行くのだった…
そして、次にベルが目が覚めた場所は謁見の間、父であり国王のイラーフの目の前。
「ベル、オマエをシレイラの森を含むシレイラ村を領地にする事を命じる! そして今日からオマエは、ベル・シレイラと名乗れ!」
「はぁ!?」
謁見の間には意味が解らず首をかしげるベルの声が響いた…