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第46話 エクロンタイムズ


 ベルが叙爵される式典が行われる日の早朝、王都エクロンのいたる所に、ニュースペーパーを持つ売り子が現れる。




挿絵(By みてみん)



 

 まだこの世界の紙はパピルスの様な物しか存在しておらず、普段は羊皮紙が使われるのだが…


 このニュースペーパーは真っ白な紙に、統一された文字…

 これを手書きで1枚1枚模写していたのならば、どれほどの労力がいることやら…


 それをたった1部、500エル… 銅貨5枚で買えてしまうのだ。


 売り子を見つけた者は、最初にその珍しさに驚き、次にその品質に驚き、最後にその書かれている内容に驚く。



 その内容とは…



 普段から市井で平民に交じり、露店で汗にまみれ商売をしていたザーフェル第4王子。

 その友人である平民の少年が、第2王女を悪漢達から無傷で救い出したと見出しに書かれていた。


 王女を攫ったその犯人はなんと、聖九柱教が誇る聖九剣。

 それを2人も捕らえたと…

 

 その罪状は目を覆いたくなる内容でエクロンの民達は熱り立つ。


 そしてその功績を称えて少年を叙爵する式典を本日行う旨が書かれていた。





 国が聖九柱教との対立を鮮明にした事で、商いが盛んなこの国の民達は不安がる…

 このティルス大陸では多くの国が聖九柱教を信仰しており、その現状で聖九柱教との不破。


 海洋貿易での輸出入に大きな痛手を破るのは明らかだが、心情的に聖九柱教のやり方は許せない…


 民達は不安と憤りを抱えながら、ニュースペーパーのページをめくる…


 次のページには、聖九剣のトリスタン・アシェルの証言から、王族を脅して聖九柱教を国教とさせた国々が羅列されていた。


 そして、もしその国々との貿易を望む者がいるのであれば、玩具販売で、多くの国々への販路を確立させたガテ商会が格安で仲介を手伝うと書かれているのだ。

 言わば、ガテ商会の広告の様な物だろうか…


 そして、フィリスティア王国各地や、ティルス大陸各国の麦や鉱物など様々な物の物価が一覧表に表されていた。


 多くの国々との貿易をしているガテ商会だからこそ扱える、膨大な情報からの経済指標。


 この様な重大な情報は商会の宝なのだ…

 それを惜しげもなく発表するガテ商会。

 見た事も無かった、この新しい経済指標は今までと違う物の見方を指し示してくれていた。


 商人達はニュースペーパーに食い付く!


 このニュースペーパー、エクロンタイムズはフィリスティア王国の商人達、果てはのティルス大陸中の商人達のバイブルになっていくのであった…






 



 王都エクロンのメインストリートにあるガテ商会の会長室には、グダグダになり倒れ込む3人の男達がいた。




「この歳になって夜通し働くとは思ってもみなかったよ… そろそろ式典の始まる時間だよ! ベル君起きたまえ!」




「式典… 面倒くさいですね… フェル… 僕の代わりに出てくれませんか?」




「ベルが叙爵されるのに、王子の私が行ってどうするのさ… 貴族になることを面倒くさがるなんてベルくらいだよ… ほら、立って準備するよ?」




 グダグダになっている会長室に、大きな音を立てて入室してくる者がいた…


 それはアナなのだが…




「アホベルーー! 起きなさい!!」




 そう言いながら、ソファーで寝転がっていたベルの腹の上に飛び乗るアナであった…




「ぶへぇ!?」




 昨晩開かれた食事会が終わった後、ソフィア・フィリスティア第4王妃の実家と言えども、女性陣のお泊まりなど風聞がよろしくないという事で、後宮に帰されていたアナは、朝一番でガテ商会に舞い戻ってきたのだ。




「お祖父さまも兄さまも起きて! 外が凄い事になってるの!」




 エクロンタイムズの発行元であるガテ商会の門前には、物凄い数の人集りができており、アナは裏口からこっそりと入ってくるしかなかったのだ。


 人々は『この記事の内容は本当なのか?』『次のエクロンタイムズの発行はいつなのか?』『エクロンタイムズを大量に購入できるのか?』『ザーフェル第4王子ステキ♡』等と口々に訴えているのだ。


 エクロンタイムズで写真入りで功績を紹介されたフェルの事を、暴漢であった聖九剣を捕まえ、アナを助けたと勘違いする者も少なからずいた…




「ベル… この記事の内容だと、私が聖九剣を倒したとも読み取れてしまうよ? 実際私は、何もできなかったのに…」




 フェルは困惑気味に、エクロンタイムズを持ちながら起き上がった。




「これで、いいんですよ… 情報操作がニュースペーパーの主な役割ですからね! それにフェルが聖九剣を倒したなんて一言も書いていませんし… そう読み取れるだけで嘘はついてませんよ!」




「君は恐ろしいな… ベル君… このニュースペーパー作成キットだったかな? これを創れる事より、その発想が恐ろしいよ! 情報操作か… 覚えておこう…」




 しみじみとガテ・ヘフェル公爵は、ニュースペーパー作成キットと言われたマルチファンクション・コピーマシーンとカメラを見やる。




「それで… これをリースしてくれると思っていいのかい? ゼブル商会の皆さん?」




 ガテ・ヘフェル公爵は部屋にいる面々に問いかけるのだが、ゼブル商会の会頭であるアナはベルの腹の上に馬乗りになりながら答える…




「アイテムボックスと同じで、1ヵ月に1億エルでいいんじゃないかしら?」




「少しばかり、高くはないかな? 会頭さん… 確かに、このニュースペーパー作成キットも素晴らしい性能だが、アイテムボックス程の有用性があるとは思えないよ?」




 商人特有の値切りを始めたガテ・ヘフェル公爵。

 それをどうやって切り返して行こうかと、フェルとアナは頭を悩ます。




「5千万エルくらいが妥当な値段だと思うんだがね?」




 追い打ちをかける様に、半値に持ち込まれてしまいそうな時、物理的にアナの尻に敷かれているベルの声が部屋に響く!




「1ヵ月、2億エルにしましょう!」




「「「えぇーー!?」」」




「公爵閣下… 考えてみてください! エクロンタイムズの有用性を! 民衆や貴族の皆さんに此方の好きな情報を信じ込ませる事ができるのですよ? 情報を金銭に換算する事は難しいですが、その可能性は無限大です! フェルを王様に導く事も可能かと思うのですが? それに… エクロンタイムズを世界の各国に売りさばけばその利益は莫大です…」




「・・・・・・・・・・」




 静まり返る室内に、まだベルは続ける。




「もし、2億エル以下ならば… 売り上げの為に、このニュースペーパー作成キットを他の商会にもリースしなくてはなりません… 1ヵ月に2億エルならばガテ商会の独占をお約束しましょう! このニュースペーパー作成キットの独占という事は、世界の情報の独占! 世界はガテ商会を中心に動くでしょうね…」




「・・・・・・・・・・」




「ふむ、ベル君… 君は本当に何者なんだい? いや、それは聞くまい… 味方であればそれでいい… 2億エル… それでいいよ…」




 ガテ・ヘフェル公爵は想う…

 情報という物の重要性、そして『世界はガテ商会を中心に動く』と言うベルの言葉を…




『世界はガテ商会を中心で動くのではないな… ゼブル商会を中心に… いや、ベル君を中心に回るのだろうな…』




 公爵は口には出さず、その事を心に留め立ち上がり、握手を交わすのであった。

 アナの尻に敷かれているベルと…










 ガテ商会の門が開き、1台の豪華な馬車が出てくる!

 その馬車には、フィリスティア王家の紋章である9本の首を持つ魔物、黄金に輝くヒュドラが装飾されていた。


 エクロンタイムズを読んで集まった大勢の民衆は、王家の紋章を見て道を開ける。

 だが、そのまま走り去って行くと思われた馬車の扉が開き、1人の青年が降りてきた。


 エクロンタイムズに写真入りで紹介されていたのだから民衆は直ぐに解ってしまうのだ!

 

 それはフィリスティア王国の第4王子、ザーフェル・フィリスティアであった。




「エクロンタイムズを読んで集ってくれた民達よ! この国と王と妹である第2王女を貶めようとしていた悪漢は、此処にいる『小さき英雄』によって倒された!」




 そのフェルの言葉が終わるや否や、馬車の中から1人の黒髪の少年がアナをエスコートしながら降りてきて、フェルの前で片膝を地面に着き、屈膝の礼を行った。

 それにつられ、時の人であるザーフェル第4王子のいきなりの登場に呆けていた群衆は片膝を着いていく。


 雪崩を打つ様に人々はフェルに向かい膝を着く、その光景は御伽噺の1節の様に圧巻であった…


 そして、フェルは静かに語り出す。




「民達よ… 我が父、イラーフ王は聖九柱教の排斥を命ぜられた… 私も聖九柱教のやり方には憤りを禁じえない!」


「だが、商いに支障が出る事を心配している者も多いと思う… しかし安心してほしい! 我が祖父が経営するこのガテ商会と、私が経営するゼブル商会が皆の受け皿になろう! 第4王子ザーフェル・フィリスティアの名にかけて約束しよう! 皆の生活を全身全霊で守り抜くと!!」




 沸き起こる歓声は王都エクロンのメインストリートを包み込んでいくのであった…


 そして…


 運命の夜が刻一刻と近づいてくる…






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