第45話 ニュースペーパー
国立エクロン魔法学院への編入学試験が終わった夕刻、ベルはアナ達と共に王宮へと戻って来た。
そしてそれを待ち構えていた様に、アシエラの出迎えを受ける。
「おかえりなさい! ベルもみんなも!」
「ただいま帰りました… アシエラ様…」
ベルの元気のない様子に、可愛く首を傾げながら近づき顔を覗き込んでくるアシエラ。
「あら、あら、大分疲れたようね… そんなに試験が難しかったのかしら?」
確かに筆記テストは難しかったのだ… だが、ベルの持つ魔法、工房魔法のLVが3になった時、覚えたライブラリーという機能を使い全ての問題を解き明かした。
この機能は地球で言うと、インターネットの様な物で、様々な事柄を調べる事ができる。
これはカンニングにあたるのか、ベルの中でそうも思ったのだが、魔法は自分自身の力なのだ。
それを行使する事に、何の躊躇いがあろうか…
と、言うのは言い訳で、問題が難し過ぎたのだ…
この様な難解な問題をこの世界の7才児達は解いてしまうのかと、入学試験の問題ではなく卒業試験の問題を出された事を知らないベルは衝撃を受けたのだ。
それに…
物理的な衝撃もアナから受け続けているのだが…
「聞いてくださいよ! アシエラ先生! このアホベルったら学院長を殺そうとするし、演習場を破壊しちゃうし、他国の王女には手を出すし!!」
そう言いながらアナはベルの頬を拳でグリグリと追いやる。
「あら… あら… 他国の王女様に手を出すなんて… ベルはなかなか悪い子ね… もう少し詳しいお話しを聞かせてくれなくて? アナ?」
そう言いながらアシエラは、ベルの首根っこを猫掴みしながらどこかに連れて行くのであった…
王都エクロンのメインストリートの一角に、とある商会があるのだが、他の商会とは建物の大きさや煌びやかさが別ている…
その名をガテ商会と言い、アナやフェルの祖父であるガテ・ヘフェル公爵が経営する商会なのだ。
この商会の売れ筋は玩具が大半を占めているのだが、他の商品の品揃えも素晴らしく、装飾品から食料、武具まで多岐にわたる。
そんなガテ商会の特別室に幾人かの者達が集まっていた。
「アシエラ先生! こっちの色も試してみましょう!」
「あっ! その色もいいわね… アナ!」
「アシエラもアナもそろそろ決めてあげないと… ベルくんが可哀想よ? でも、でも、こっちのデザインの方が似合うのではなくて?」
女三人寄れば姦しいと言うが…
この女達の名は、アシエラ・フィリスティア第5王妃、アナトリア・フィリスティア第2王女、ソフィア・フィリスティア第4王妃。
そして、その生け贄、もとい、服を選んで貰っている少年が、べアル・ゼブル・フィリスティア第5王子だった、今は只のベルと言う名の7才児だ。
何故、ベルが着せ替え人形と化しているのか…
それは、急遽明日行われる事になった、叙爵式典へと着て行く服をアシエラが用意すると言い出した事が発端だったのだが…
そこにガテ・ヘフェル公爵の娘であり、アナとフェルの母でもあるソフィアが、アナを救ってくれたお礼をしたいとガテ商会へと連れだって来たのであった。
そこに初老の紳士、ガテ・ヘフェル公爵が様子を伺いに特別室に入室してきた。
「皆、料理の準備ができたみたいだよ… ソフィアもアナもそれくらいにしておかないとベルくんが疲れ果てているよ?」
そこには…
茫然自失で半裸状態にされたベルの下着選びが始まっていたのだ…
疲れ果てたベルの目からは、夢と希望という名の涙が一筋垂れていくのであった。
場面は変わり、ガテ商会にある食堂へと皆、移動する。
「さあさあ、皆さん、今宵はベルくんへの数々のお礼と叙爵の祝いを兼ねて、細やかだが料理を用意させてもらったよ」
「ベルくん! 孫娘を助け出してくれてありがとう! 心からの感謝を…」
そう言った後、ガテ公爵は深々と頭を下げた!?
それに続いて、アナとフェルの母、ソフィアもスカートの裾を摘まみお辞儀をする…
「番頭さん… いえ、公爵閣下! ソフィア様も僕などに頭を下げるなんてお止めください… 困ってしまいます…」
そこに、話しを黙って聞いていたフェルがベルの肩に手を起き…
「お爺様も母上もベルが困っていますよ… そろそろ食事にしましょうよ! ただベル、私達家族は君に感謝している事だけは覚えておいておくれよ?」
「解りました… 感謝のお気持ちは十分受け取りましたので、頭をお上げください… それに僕は当たり前の事をしただけなのですけど…」
ベルにとってアナとフェルはかけがえのない友人、結果的には兄弟だったのだが… それを助ける事は普通で当たり前の感覚なのだ。
しかし、ガテ公爵達は違う、血の繋がりのない他人が、何の利益もなく助ける。
貴族達相手や商売で利益だけを追い求めてきたガテ公爵には新鮮であった。
「うん、フェルは本当に良い友人を持ったね… それでは食事にしようか! これでアナとベルくんが結婚でもしてくれれば言うこと無しなんだけどね?」
イタズラっ子の様に話すガテ公爵に、ベルは愛想笑いをしながら食事に手を着ける。姉弟で結婚…
姉弟である事はベル以外は知る由も無いのだが、日本での常識があるベルにとってそれは禁忌、できるはずも無いのだ…
ガテ公爵から結婚の話しが出てからは、上の空でクネクネし出してるアナをよそに、公爵の話しは進む。
「まあ、王女であるアナの結婚、婚約を決める権利は親であり、王のイラーフにあるわけなんだけどね… 彼ならアナの意に添わない結婚は認めるはずはないからね! これからが楽しみだよ!」
第2王女であるアナトリアには生まれた時から、国の内外から婚約の話しは多数舞い込んできてはいたのだが、ことごとくそれを却下してきた親バカイラーフ王であった。
「そうだった! ベルにアナ! 私達のゼブル商会の顧客になりたいと言っている商人が50人はいるんだよ! アイテムボックスの増産を頼めるかい? ベル?」
フェルの言葉に驚くベル。アイテムボックスのリース料は1ヶ月、1億エルに設定したのだ… それを払える者が50人も…
元手は無属性のクズ魔石を僅かばかりで、莫大な利益が転がり込んでくる。
それよりも、この短期間でこれだけの顧客を集められたフェルの手腕に驚き、素直に称賛の気持ちが湧いてくるベルであった。
「素晴らしいですね!! 流石はフェルです! まさか、この短期間でそんなに顧客がつくとは思いもしませんでした… アイテムボックスの量産は任せておいてください!」
「私の手腕… と、言うより、お爺様の伝手と王子としての肩書きと、なんといってもアイテムボックスという商品の素晴らしさのお陰なんだけどね…」
フェルの自信のなさげな言葉に、ベルは反論する。
「今、使える物をしっかりと素早く使いこなす事は、難しいと思いますよ? それができるフェルはやはり、流石です!」
その言葉を聞きながら、頷くガテ公爵はフェルの肩に手を置き優しく微笑むのだった。
「そうだ! ベルくん! 私の情報網によると… 実技試験も筆記試験も満点だったそうだね! 国立エクロン魔法学院始まって以来の天才との噂がもう広まっているよ」
「まあ… 素晴らしいわ! 頑張ったのね!? 偉いわ、ベル!」
アシエラはベルを抱き寄せ、ベタ褒めを始め、ソフィアもそれに続く。
その陰でアナがこっそりと言った言葉は、皆に聞こえてはいなかった…
「わたしの半身… 将来の旦那さまなら、これくらい当たり前よね…」
ベルを褒め称える場になっていた食堂に、ガテ公爵が本日の真の目的を切り出す。
「明日から貴族になるベル君には、色々な派閥からの面倒な勧誘が相次ぐだろうね… ベル君、私としてはこのまま、ザーフェル派に所属してもらい、フェルの為にその力と知恵を奮って欲しいのだが… どうだろうか…?」
食堂にいる者達の視線がベルに集まる。
現在、王宮内では大まかに5つの派閥が存在しているのだが、1番数が少ない静観派の次に弱い立場にあるのが、第4王子のフェルを担ぐザーフェル派であった。
目を瞑り、どうしたものかと考えこむベルの頭に、ふわりと手が置かれ、優しく撫でられていく。
「大丈夫よ、ベル… あなたは思うがままに進んでみなさいな! あなたには、もうそれができる力があるはずよ?」
アシエラの真っ直ぐな言葉に、意を決してベルは立ち上がりフェルに向き合う。
「僕にはどうしてもやらなくてはいけない事があるのです… それに差し支えない程度であれば、喜んで微力ながら協力させてもらいます!」
ベルの差し出した手をガッチリと掴むフェル。
ベルを貴族の争いに巻き込むのは本意ではないのだが、親友が共に戦ってくれるという心強さを噛み締めるフェルであった。
「よかったね! アナ! ベルが私の派閥に入ってくれたお陰でアナとも結婚し易くなったんじゃないかな?」
照れを隠す為にワザとアナを茶化す兄のフェル、それを聞いて悶える妹アナ…
そこにアシエラが疑問を呈する。
「ところで、ザーフェル派の現状の勢力はどれくらいなのかしら?」
ガクッと肩を落とすガテ公爵とフェル…
「言い辛いのだか… 戦況は芳しくないのが現状だね… 何か良い方策はないものかね? ベル君?」
真剣に、7才児に意見を乞うガテ公爵に賞賛を感じる面々。
「そうですね… 案が1つありますよ?」
「「何だい? その案とは?」」
ベルに食いつく祖父と孫のフェル。
「情報を制する者は世界を制するとも言いますし… ニュースペーパーを発行してみませんか?」
「「「ニュースペーパー??」」」
一同、疑問符を浮かべるのであった…