第43話 国立エクロン魔法学院part3 (黒い悪魔)
ベルがピュロスに向かって真っ直ぐ降下していく…
その右手には、膨大な魔気が込められたアダマンタイト製の両手剣を携えて…
生徒達はこの試合、最後であろう瞬間を固唾を飲んで見守り、学院長ピュロスは自分を負かすであろう若者を両手を広げ、満足そうに笑い見つめていた…
先程のベルの動きとは対照的に落ちてくる速さは、なんとも遅く感じる。
ピュロスはそこでふと、思いを巡らす。
この若者のこの歳での異常な強さ、これを得る為にはどれ程の才能と、想像を絶する習練と経験を積まねばならないのか… 惻隠の情を動かされた。
そして、切られていく自分をゆっくりと感じ、後から遅れてやってきた、剣を振った衝撃で発する風圧を心地よく智覚する。
観客達から悲鳴が上がる中、ベルはゆっくりと着地をし…
「ご老体、どうやら… この試合… 引き分けの様ですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・??」
ベルは持っていた両手剣だった物をピュロスに見せると同時に、なんとか原型が残っていた柄の部分が崩れて、風に乗って消えていく。
ベルがピュロスに向かって振り被る時には、既に魔気に耐えられず刃の部分は崩れ去っていたのであった…
小演習場を覆っていた魔気はいつの間にか無くなっており、ニコニコと笑っているベル以外の人間は皆、何が起きたのか解らず呆気に取られている。
「まったく… ご老体の癖にしぶといったらありませんでしたよ? 身体… ボロボロではありませんか!? 少し待っていてくださいね」
そう言ってベルは何処からか綺麗な小瓶を取り出し、それをピュロスに向かって降り掛けるのであった。
見る間に肉を突破っていた骨が、逆再生の様に元に戻っていき、ボロボロだった体が治っていくのだ。
「・・・・・」
ピュロスの経験上、この腕の怪我は最高のポーションを使っても完治するのに数週間はかかる上、元の腕の様に動かせるまで、また長い時間がかかるはずなのだ…
それを一瞬で完治させ、腕もまるで怪我などしていなかった様に、何ともなく動かせる。
「このポーションはいったい何なんだわい? ここまで効力がある物は王宮筆頭薬師でも作れるもんではないわい…」
「王宮筆頭薬師… ああ! あの爺ですか…」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おヌシはパテカトルに縁のある者わいか?」
ベルは笑って誤魔化そうとしていると、鋭い蹴りが飛んできた!
「このアホベルー! 学院長を殺しちゃうかと思ったじゃない! アンタが死になさい!」
今日何度目かの折檻をアナから受けるベルであった。
他の生徒達はアナとベルの様子を引きながら素通りしていき、学院長ピュロスの周りに集って、口々に称賛をし尊敬の眼差しを贈る。
「アナ… そろそろ夫婦喧嘩を止めてあげないと、ベルの次の魔法実技に影響が出てしまうよ?」
フェルが優しくアナを宥めていると…
「ニャー! アナニャン! この子はあたしのダンニャ様になる子ニャ! イジメたらダメニャー」
「「えぇー!?」」
「な、なんで、そんなことになるのよ!? テト!」
テトとはバステトと親しくしている者が呼ぶ愛称で、テトがフィリスティア王国へと留学にきてから、歳が近く女性同士の王族という事もあり、アナとテトは時間があれば共に遊ぶ仲になっていた。
「アナニャン! 聞いてニャン! ニャンとあたし… この子にお腹撫でられてプロポーズされたニャン!」
テトに言ってしまったのかとフェルを睨むアナだが…
フェルは全力で首を横に振り否定をする。
残るはギビルかと、アナはギビルを探すが、既に小演習場には見当たらなかったのであった。
「テト… こんなおバカな男にお腹を撫でられたくらいで結婚とか… 王族として有り得ないわよ? 考え直しましょう! ね?」
「確かにおバカそうだニャ… けど… あたしのパパより強くてカッコいいニャ! それに日本人みたいニャ黒髪ニャ…」
「なによ!? 日本人って? それに流石にこんなのが、獣王様より強くはないでしょ?」
「日本人は日本人ニャ! ニャンだったら第1夫人はアナニャンでもいいニャン!」
第1夫人… と繰り返し、ベルを殴り続けるアナニャンであった。
魔法実技試験の会場は中演習場に移されて行く。
そこは、小演習場から塀を1つ跨いだ所にあるのだが学院の裏手、それは王都の外になっていた。
広がる荒野に、幾本もの石でできた杭が大地に打ち込まれており、まるで墓標の様に佇んでいる。
「はぁ… 今日何度目でしょうか… 酷い目に合いました…」
「坊主も難儀な嫁を貰ったわいな… これからも苦労しそうだわい…」
「嫁って… 何のお話しですか…? それより、ここは?」
「ここはエクロン魔法学院の中演習場で、魔法演習に使われる場所なんだわい! どんな魔法をぶっ放してもここなら大丈夫だわい」
次の魔法実技試験は、魔法の大きさと行使するまでの速さを計る試験になっていた。
「ここにある500本の石の杭を破壊か倒せば良いだけの、簡単なテストだわい! ちなみに、過去最高記録はイラーフの奴が出しおった338本なんだわい!」
興味本位で中演習場にまで付いて来た生徒達がざわめき出し、この国の王に対して我先に賛美を贈る。
この賛美を複雑な胸中で聞き流すアナがいた…
彼女がイラーフと同じ歳に受けた入学試験での魔法実技の成績は38本… イラーフとのその差は300本もあったのである…
力の差が、はっきりと解ってしまうこのテストにアナは悔しさと父への尊敬を入り混じらせるのであった。
しかし、この結果はアナの実力が低い訳ではないのだ。
入学試験でこの石の杭を1本でも破壊、倒壊させられる者は珍しく、アナの記録38本は歴代でも上から数えた方が早い位置にいた。
「338本ですか… それくらいならなんとかなりそうですね!」
笑顔で王の記録は、さも大した事の無い様な言い草をするベルに対して、周りにいた生徒達から、不敬だとベルに向けて非難の声が上がる。
「うむ、坊主ならイラーフの奴の記録を抜けるかもしれんわい! 精一杯やってみるんだわい!」
ピュロスは学院長として、生徒達のやる気や向上心を大切にしており、卒業までに、せめて入学時のイラーフ王の記録に並ぼうと、自らを磨き鍛えあげる生徒達に協力を惜しまない姿勢は他の教師達から尊敬を集めているのであった。
学院長のピュロスが王の記録を抜く事を公認する発言に、生徒達はざわめき、王の子供達、アナとフェルに視線が集まる。
「ちょっとベル! 本当に父様の記録を抜けると思ってるの? 冗談だったら殺すわよ?」
ベルの力は見てみたい、だが父の記録は抜かれたくない… まだまだ入学時のイラーフに追いついていないアナは複雑な心境なのだ。
「私は…ベルなら父上の記録を抜けると思っているよ! それに…抜くならベルに抜いてほしいかな…」
フェルは最高の友であるベルに対してエールを送る。この優しさ素直さは、腹芸が多々必要な王族や商人には向いてはいないのかもしれないが、何者にも代え難い資質。
この世界で優しさに触れることの少ないベルは、フェルの言葉で奮起してしまった…
悪い方向に…
「お任せください! フェル! ちょうど試してみたい魔術… もとい、魔法があるのです! 僕はやってやりますよ!」
予想以上のベルの意気込みに、若干の不安を抱えながらベルを見守るフェルを押し退け、テトが前へとやってきた。
「頑張るニャー! 黒髪の日本人みたいニャ、ダンニャ様ー!」
「・・・・・」
「なんですか? そのダンニャ様とは? まったく… この猫ちゃんは… そう言えば… どこかの国の王女様だとか? 危ないですからこんな所に居てはいけませんよ?」
そう言いながらベルは、どこからか猫じゃらしを取り出し、テトの顔の前で左右にゆっくりと振っていく。
右に左に、猫じゃらしの動きと共に体が揺れるテト。
「そろそろいいですかね… ほら、取ってきてください!」
そう言いながら、ベルは猫じゃらしを人垣の向こう側へと投げ、それを追いかけるテト。
一国の王女を、まるでペットの様に扱うベルの姿を周りの生徒達には恐ろしく映るのであろう…
至る所から冷たい視線とヒソヒソと話し声が起こる。
「だから… 一国の王女に向かってアンタは何してんのよ! 死にたいの? さっさと試験やっちゃいなさい!」
「そ、そうですね… 忘れてました! 試験です! すぐに終わらせて来ますので、アナも楽しみにしていてください!」
ベルは折檻を避けるように数百メートル程離れている石でできた500本もの杭に向き直し、右手をかざして魔術を発動させようと構えた。
ベルが行使しようとしている魔術はまだ1度も使った事のない物であった。
何故ならその威力の想像がつかず、ダンジョン内で使う事を躊躇ったからなのだ…
しかし、ここは荒野、中演習場! 崩落の危険も無ければ、学院長やフェルからも応援されてしまったのだ…
なんの躊躇もなく構える。
ベルは最大級の注意を払って狙いを澄ます…
500本の杭の遥か上空へ向って…
『燃焼魔術Ver.・・・ そういえば… 先程からあの猫ちゃんは黒髪の… 日本人とか言っていませんでしたか!?・・・ サーモバリック・発動!』
ベルの右手に輝く魔法陣から放たれた、バスケットボール程の大きさの赤黒い塊。
テトが言った日本人と言う言葉に、集中力を乱してしまった、その塊は上空へと向かわず… 真っ直ぐに500本の石の杭の方へと飛んで行く…
「あっ… どうやら… 狙いを外してしまったようですね… 皆さん伏せた方がいいみたいですよ?」
サーモバリック… それは熱圧力と言われる。
地球ではよく気化爆弾に使われていた…
気化爆弾とは、核兵器を除いた通常兵器の中で、最強クラスの威力を誇る高温高圧の爆弾。
そんな物を魔術にしてしまったのだ…
「ちょっとベル! なによ? 伏せろって? あんなにちっちゃい魔法で何ができるのよ… まったく、殺すわよ?」
アナがベルに詰め寄ったその時、この世界が経験したことのない破壊がもたらされる。
一瞬の閃光と共に、全てを押しつぶす衝撃が迫ってきた。
アナを庇う様に前に出て右手を翳すベル!
『障壁魔術・発動!』
『障壁魔術・発動!』
『障壁魔術・発動!』
『障壁魔術・発動!』
『障壁魔術・発動!』
1つの魔術では防げないと、一瞬で判断をしたベルは並列思考による魔術の5つ掛けを行使する。
障壁魔術… 不可視の壁が生徒達や学院を覆って行った直後に、もの凄い速さで迫ってきた衝撃波がそれにぶつかり合う…
何気ない日常を過ごしていた王都エクロンに住む人々は、初めて目にした異様な形の雲に恐怖する。
そして、その雲はこの世界でもキノコ雲として広まって行くのであった…
どれほど時間が経ったのか…
少しづつキノコ雲が晴れていき、視界が戻ってくる。
中演習場であった場所で、多勢の生徒達が腰を抜かしてへたり込んでいる中、学院長ピュロスは呆然と立ち尽くす…
「少しだけ狙いが外れてしまいましたね… それでも500本の杭は一掃できたみたいですし、良しとしますか!」
「あっ! アナにフェル! そんな所でへたり込んでいないで見てくださいよ! 僕はやってやりましたよ! 500本コンプリートです! 新記録ですよ!」
何事も無かったように、はしゃいでいるベルに恐怖する生徒達を見ながらようやく言葉を発する学院長ピュロス。
「坊主… おヌシはいったい何者なんだわい…?」
ベルはピュロスに向き直り、答えようとした時、激しい蹴りが飛んできた。
「何者って、ただのアホですよ! こんな奴! アンタなんて魔法使ったのよ! ちょっとチビっちゃったじゃないの! どーしてくれんのよ!!」
「そうですか、そうですか、チビってしまいましたか… 大丈夫ですよ! アナ! 僕も6年程前まではいつもチビってましたから!」
それは赤ちゃんの頃だろうと、心の中でツッコミを入れ、自分達のやらかした股間を恥ずかしそうに押さえる生徒達を他所に、今日最大の折檻がベルの身に降りかかっていたのである。
ゲシゲシとひたすらに顔面を蹴られているベルは見たのだった。
スカートの奥に見え隠れする湿った黒い布生地を…
「黒が湿ると… なんとも言えない光沢が出て… まるで悪魔のような輝きですね! アナ!」
「・・・・・」
「うん、悪魔はアンタでしょ! 死んで忘れなさい!」
ボコ…
ボコ…
ボコ…
ボコ…
折檻は続いていくのであった…