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第42話 国立エクロン魔法学院part2(燕は落ちず)





「はぁ… 朝から酷い目に合いました…」


「ところで… 何故、ご老体が試験官なのですか?」





 国立エクロン魔法学院の編入学試験は、筆記と実技の2種類を行う事になっていた。筆記テストは、国語・算数・魔学・社会の4科目。

 

 実技試験は魔法実技と武術実技があるのだが、武術実技は試験官と1対1の模擬試合を行うことになっていたのだ。


 昨晩、急遽決まったこの編入学試験。


 イラーフ王から直接、この者の力量を計るよう頼まれた学院長であるピュロスは、試験を受ける者に大いに興味を抱いたのだ。


 あの聖九剣を2人も倒し捕らえ、王女であるアナを無傷で保護した…

 その様な事が果たして7才の少年が1人でできるものなのか?


 興味深そうな目でベルを見つめるピュロス。





「何故に儂が試験官かと聞かれてものぉ… まー儂がイラーフの奴の師匠だからだわい」





 ピュロス・ゴロンドリナ。


 その戦闘スタイルと鮮やかな戦術から近隣諸国には戦燕将軍として通っている、元フィリスティア王国元帥だった男なのだ。


 先の大戦でイラーフ王が連合国との戦闘を離れ、ドラゴンが出たスタンビートを防げたのも、このピュロスが国軍を率いて1ヶ月以上もの間、圧倒的に数で勝る連合国を凌いでいたおかげなのだった。


 



 少演習場にぞくぞくと人が集まってくる。


 戦燕将軍として勇名を馳せた学院長の試合が見れると、授業をサボって来た者たちや、授業がなく暇な教員、また普段の授業より学院長の試合を見る方が為になると、生徒達を率いて観戦にくる者達。

 

 この喧騒でバステトがようやく目を覚ました。





「ニャニャニャ? 煩くて寝れないニャ… これから何が始まるニャ?」





「心配したぞ… バステト! 身体は大丈夫なのか?」





 優しく問いかけるギビルに、お姫様抱っこをされていたバステトは、顔を赤らめ無理やりギビルの腕から滑り落ちる。





「ギビルはエッチニャ… あたしが寝てる間にあんニャことや、こんニャことするなんて!?」





 周りの人間の冷たい視線がギビルに突き刺さるが、流石に王族に向かって失礼な態度になると、皆素知らぬ顔をしながら聞き耳を立てた。





「な、!? この俺がそんなことする訳なかろうが!! オマエに不埒なことをしたのはアイツだ! 腹を撫でまわしていたのだぞ!」





 ギビルは小演習場の中央にいるベルに向かって指を指す。





「ニャんですと!?」





 黒髪の少年を見つめ、あの日本人みたいな子供をどうしてくれようかと睨みつけるのだった…





 そこに、小演習場に詰め寄せたギャラリー達の騒めきを制するように、国立エクロン魔法学院、学院長ピュロスの良く通る声が響く。

 




「これから、特別編入学試験を始めるわい! この試合、ここにいる生徒諸君の糧になるはずじゃ! 一挙手一投足見逃すでないわい!」





 声というのも将軍としての重要な資質の1つなのだが、ピュロスのそれは長年、兵達を鼓舞してきた超一級品!


 小演習場に集まってきた生徒達は、その声に酔いしれ喝采を贈る。





「こんなにギャラリーを沸かせられるなんて… 流石、あの陛下のお師匠様と言ったところですか… それにしても、子供にこんなギャラリーを背をわせるなんて… どうかと思いますよ?」





「まーそう言うでないわい! その歳でなかなかの落ち着きよう… すごいわい!」





 普通の子供ならここまで人に囲まれる状況で、まともな試合など緊張でできるものではない…

 この子供はどんなものかと、ピュロスはベルを観察するが緊張している様子は見受けられないのだ…

 それどころか、アナやフェルに向かって手を振っている始末… 余程の大物か大バカか… 

 ピュロスは幼き頃のイラーフが一瞬頭に過るが、気を取り直し、始めの合図を送った。


 2人の距離は約20メートル程、その獲物はお互いに両手剣型の木剣!


 一瞬の静寂から、耳鳴りに似た異様な音が衝撃波と共に響き渡り、いつの間にか小演習場の中央でお互いの木剣をかち合わせていた。

 

 その瞬間、2人が手にしている木剣が木っ端微塵に砕け散ってしまう!!






「うむ… 相当な魔気の使い手だわい… やはり、ただの木剣では役不足か… おい! 今すぐ真剣を持ってくるんだわい!」






 強すぎる魔気は、木剣の強度では耐えきれず破裂してしまうのだ…


 ギャラリー達が騒めく中、この学院でトップクラスの強さを持つと自負していた者達は焦っていた。

 自分が魔気を練っても、木剣を破裂させる程の強さなど出せた事がないのだから…


 予め用意されていたかの様に、真剣が幾本か運ばれてくる。






「なるほど、僕は試されていたのですね? 最初から真剣でやっていてもよかったのですよ?」






「まー、そう言うでないわい! これはおヌシを試す試験なんじゃし、他の生徒達の刺激にもなるんだわい」






 アダマンタイト製の両手剣を構えながら、ピュロスは幾人かの生徒達を見遣る。


 そこには、悔しいのか唇を噛みしめ、その全てを見逃すまいと必死にベルとピュロスを睨みつけているアナとギビルが見受けられた。






「さて… 本番開始といくわい! 皆を待たせすぎるのもよくないわい」






「そうですね… ご老体と心配していましたが、僕が間違っていたようです!」






 お互い自然と笑みがこぼれる。


 ピュロスは久しくいなかった好敵手に会えた事に笑い、ベルは死合ではなく、初めての試合に心躍らせ笑う。


 何の合図もないのだが、どちらともなくジリジリと動き出し、お互いの剣の間合いの手前で止まり剣を構え合う。


 とてつもない緊張感が小演習場を覆っていき、2人の放つ魔気に耐えきれず気絶していく生徒が出始めるが誰も助けに行けない… いや、動けないのだ!


 そこに少しだけ震えているが、透き通った綺麗な声が響く。






「ベル! 勝ってきなさい! そうじゃないと… 殺すわよ!」






 ニヤッと笑い、ベルはピュロスの間合いに踏み込む!


 獰猛な笑みを湛えたピュロスの上段からの斬撃がベルに迫る! が、それをミリ単位で躱したベルの反撃が逆にピュロスの胴に届くかと思われた時、ピュロスの放った空を切ったはずの斬撃が、まるで生き物の様に動きベルに向かって戻ってきた。


 ベルはそれを見もせずに、空中で独楽のように側転しながら躱しピュロスの胴をそのまま薙ぐ。


 今度はピュロスが、左足を軸にして身体を引いて回転しながらそれを躱しその回転運動を利用し、まだ宙に浮いているベルに向かって渾身の一撃を放つ!


 ベルが切られる… はずが、そこには誰もおらず、ピュロスの剣はまたも空を切った…


 完全にベルを見失ってしまったピュロスの背に何とも言えない悪寒が走り、脚に込めた魔気を一気に開放し空中に跳躍し…

  





「吹き抜ける天駆ける風よ、我に天使の翼を与えたまえ・ウィング!」






 ピュロスの背に不可視の風でできた翼が生え空中に停止し、今しがた自分がいた場所を見つめ、冷や汗を流す。


 そこには、2人の剣閃が空気を蹂躙して巻き起こった風が、まるで小さな竜巻の様に周りの砂を巻き上げている。


 その中心には、剣を振り被り笑っているベルが上空のピュロスを見上げていた。


 ピュロスは宙に留まりながら思う…

 

 ここまで、試合を再開してから数秒、分があるのは自分の方だが最後にベルが消えた方法が解らないのだ…

 思わず魔法を発動してしまったが、あのまま地に居たら切られていただろうと…


 そこに観戦していた生徒達から大喝采が沸き起こる!


 この数秒間の戦いを見えた者、理解できた者、小演習場には教師を含め皆無!しかし声を出さずにはいられなかったのだ!


 震える感情を、吐き出す様に大声をあげ2人を称えて自我を保つ。






「戦燕将軍と言う名を聞いた事はあるわいか? 坊主?」






「んんー 寡聞にして存じませんね! それが何か?」






「知らんのか…!? 儂の事だわい! 覚えておくといいわい! テストに出るわい…」






「テストに出るんですか!? 燕… もしかして先程の剣が生き物の様に返ってくる技は『つばめがえし』とか言ったりしませんか?」






「おぉ〜 何故つばめがえしを知ってるんだわい? 初見で躱されるとは思ってもいなかったわい」






 それを聞き『小次郎か!?』と心の中でツッコミを入れた者が約3名、小演習場にいたのだが… その中の1人、ベルは心の声が口に出ていた。





「小次郎ですか!?」





「ん? コジローとは誰だわい?」





「えっと… それはですね… 大昔にいた大剣豪ですよ… ご存知ないのですか?」





 勝手に口に出してツッコんでしまった地球の情報を誤魔化す為に、小次郎をここフェニキアに存在した事にしてしまうベルであった。





「うむ、大昔の大剣豪わいか… 聞いたことはないわい… が、その御仁と同じ技を編み出せるとは光栄じゃわい!」


「だが、その御仁はこんな技は使えたわいか?」





 そう言ってピュロスは、ベルに向かい上空から剣を振るう…


 只のもの凄い速さの素振りに見えた。


 だが、何かがベルに向かい飛んできたのだ!






挿絵(By みてみん)






「飛燕!」




 ピュロスがそう技の名を叫んだ時には、それがベルに当たった所であった。


1つの魔法を行使中に、他の魔法を使うにはベルの持っているスキル、並列思考が必要なのだが…


 レベルの概念はおろかスキルの事など、知る由もない人々のはずなのだ…




「今のは… 魔法… ではありませんね? まさか、魔気を飛ばしているのですか?」





 土埃が晴れて行く中、無傷のベルが上空のピュロスに向かって話しかける。





「ほう… 飛燕を受けて無傷わいか… それに、飛燕の正体まで即座に見抜くとはのぉ… おヌシには驚かされてばかりだわい」


「しかし、正体が解ったところで、いつまでも受け切れるもんでもないわい!」





 安全マージンを取った、空からの一方的な攻撃、即ちそれは空襲と言われる。


 地球では科学が発達し、飛行機が登場するまで有り得なかった攻撃方法なのだが、魔法があるここフェニキアという世界ならではの方法で、それをやってのけるピュロスはかなりの人物なのであろう。


 空を飛ぶ事ができる魔法を行使できる属性の者が、それほど脅威だとは思われていないのは、飛ぶ事に集中力が必要なことによって、他の魔法を行使できないという欠点を、飛燕で克服したピュロスは空の覇者であった…


 イラーフとベルが現れるまでは…


 ピュロスが何度目かの飛燕を放つ。





「解析完了です… こんな感じですかね?」





 ピュロスが放った飛燕に、地上から放たれた魔法ではない何かがぶつかり合い、耳を覆いたくなる程の甲高い音を残してピュロスの飛燕が飛散していく…


 その何かは、そのまま何も無かったように、ピュロスを飲み込む勢いで飛んで行くのだった。





「なっ!? これは危ないわい!」





 燕の様に俊敏な動きで、ベルが放った何かを躱したピュロスは、宙に留まりジッとベルを見つめ考えこむ。


 今のは飛燕であろうという推測、しかし、あれはいくら何でも大きすぎたのだ。


 オリジナルのピュロスが放った飛燕の優に10倍はあった


 それが休みなく立て続けに地上から放たれる。





「対空迫撃砲のイメージなんですけど… 流石、燕ですね! なかなか当たりません!」





「1発、1発の魔気の桁が大きすぎじゃわい! どれだけの魔力を持っておるのか底が見えんわい…」





「このまま打ち続けてもいいんですが… それではつまらないですからね! 観客の皆さんもいる事ですし、派手に空中戦でもしてみましょうか!」





 ベルはピュロスを見上げる。抑えきれない笑みを隠しもせずに…


 それは、まるで獲物を見つけた猛禽類の様にピュロスには感じられ、冷や汗が背と額を伝っていくのが自分でも解る。


 この歳になって挑戦者! ここまで自分が追い込まれるなど何時ぶりか…


 猛る思いがまた笑みを作っていく!






『飛翔魔術・発動!』






 地を蹴り、空へと舞い上がっていくベルに観衆はおろか、ピュロスも驚きを隠せない。






『燃焼魔術Ver.ジェット・発動!』






 ベルの足下に深紅の魔法陣が浮かび、炎が勢いよく噴射されていき、飛翔魔術の移動スピードに、ジェット推進力が加わる。


 そこに、観客達の中にいた、バステトは目をキラキラさせ叫ぶ!






「ロケットみたいでカッコいいニャ!!」






 隣にいたギビルはロケットの意味が解らなかったが… ベルの使った魔法に見える何かに目を輝かせた。







 瞬く間にピュロスに切迫したベルは剣をただ振り被る!


 あまりの速さに剣で受けるのが、やっとなピュロス… だが、初速でまだスピードが乗っていなかったとはいえ、受け止められた彼を称賛するべきであろう。


 しかしその威力を殺せず、そのまま吹き飛ばされて行くピュロスは身体の軋みをなんとか耐え、距離をとろうと風の噴出を上げ、離脱を図るが、2人の行使する魔法と魔術には、レシプロ機とジェット機程に能力の差があった…


 上空で急旋回をし、数百メートル程離れてしまったピュロスとの距離を数舜で詰め、またもや剣を振り被るベル!


 ピュロスが気付いた時には、反対方向へと吹き飛ばされていく…


 この工程が2、3度繰り返された頃には、小演習場にいる観客達は静まり返り、響くは爆音を轟かすベルの魔術だけになっていた。








 ベルが剣を振り被り、ピュロスが吹き飛ばされ、もの凄い勢いで落ちてくる…


 地面に激突するかと思われた時、ピュロスから大量の風が噴出され、地上から1メートル程の所で停止した!


 かなりの衝撃に耐えてきたのであろう…


 アダマンタイト製の両手剣は既に朽ちて剣の形を保っておらず、剣を握っていた両の手は骨が肉を突き破って飛び出ている…


 しかしもう力も入らぬ手だが、柄だけになった剣を握りしめており、その目は遥か高みにいるベルを未だ捉え続けていた。







「儂の名は、戦燕将軍! ピュロス・ゴロンドリナ! だが…そんな名はおヌシの前では価値もなし…」


「国立エクロン魔法学院、学院長… 儂に残っておるのはそれがけだわい! だからこそ… 儂の生徒達の前で無様な負けは許されんわい… かかってこい! 坊主! 燕はまだ落ちておらんわい!!」


 体が悲鳴を上げているのだろう… 全てを受け止める様にゆっくりと両手を広げていくその姿は、正しく歴戦の勇士、戦燕将軍!


 歓天喜地!!


 ベルは手にするアダマンタイト製の両手剣を天にかざし魔気を込める! 圧倒的な魔力の奔流が小演習場にいる生徒達とピュロスを覆っていく!


 気絶を免れた精神力のある者達は、黒髪の悪魔みたいな少年を震えながら見上げる。


 どうか我らの学院長を殺さないでくれと、祈りに似た気持ちを抱きながら…







 ベルは全ての魔術を中止し、自然に任せ落下していく…


 国立エクロン魔法学院、学院長ピュロスに向かって…




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