第38話 搬出
鼻先をかすめる鉄サビのような血の匂いで、アナは目覚める…
「…っ!?」
そこには、見た事もない凄惨な光景が広がっていた。
辺り一面に散らばる、何かの肉片…
死骸の数は数えきれない。
何を言っているのか解らない呻き声が聞こえてくるが、あれは人なのだろうか? 正体を無くし、笑っているのか泣いているのかさえ理解できない…
余りの、おぞましさに顔をそむけてから気が付いた。
あれは、先程まで自分と戦っていた大男だったのだ…
何が起きたのか?
もう一度、恐る恐る大男を見遣る。股間からは血と汚物を垂れ流し、口から泡を吹きながら何かに祈るように、泣いて… 笑って…
段々と頭の中の霧が晴れて行く。
この男に負けたのだ… 何もできずに…
悔しくて、悔しくて… でも、ベルの匂いがして嬉しくなって…
「!?」
そこで、気付く、綺麗な買ったばかりの様な制服を着ている自分に。
確か、あの男の一撃を受けて、剣は折られ… 制服も破られたはずなのだ。辺りを見渡すと、自分の折れた剣が、大地に寂しく刺さっていた。
夢ではないのだ。自分に、いったい何が起こったというのか…?
大事な事だというのは、解るのに思い出せないのだ。思い悩みながら、辺りをうろつく…
ふと、そこに、よく見知った顔の少年を見つけた。
「べ、ベル!?」
身体全体、血まみれになったベルが倒れている! すかさず、アナは駆け寄り状態を確認した。
呼吸は浅いが息はあるようだ。大量の出血をしているであろう傷口を探す!
かすり傷は、大量に付いているが、これ程の出血を伴う傷口は見当たらない。ホッと安堵のため息をつきながら、ベルの頭を自分の膝の上に移動させるアナだった…
「わたしなんかの為に、こんなにボロボロになっちゃって… 心配しちゃったじゃない… 殺すわよ…」
憎まれ口をたたきながら、ベルの頭を優しく撫でる。目からは大粒の涙が、とめどなく溢れ出てくる…
そして…
そっと、ベルの唇に唇を重ねるのだった…
何故、ベルは倒れていたのか?
時は、アナを搬入した頃まで遡る…
ベルは、無色の空間で半透明のモニターに映るアナを見ていた。そっと、モニターに手を添え…
「もう少しだけ、待っていてくださいね… アナ…」
『ライブラリー・起動!』
『検索・蘇生の方法』
何種類もの蘇生方法がモニターに映し出されていく。
これは、工房魔法がLV3になった時に、覚えたライブラリーという機能で、インターネットを思い浮かべてもらえれば良いだろうか。
様々な事柄を調べる事ができるのだ。
『蘇生魔術、魔術製作能力LV8以上で、製作可能…』
「却下ですね…」
ベルの魔術製作能力は、この2年を掛けてようやく1つ上がり、LV6になったばかりで、この魔術製作能力は、他の能力より桁違いに経験値を必要とする、レベルアップの難易度が高い能力だったのだ…
『5千人の命を生贄にする…』
「もちろん、却下です!」
却下…
却下…
却下…
「これなんて、良いかもしれませんね…」
『2親等以内の血族の魂を半分移植する方法』
「魂ですか… 訳が分かりませんが、これなら…」
「2親等以内でしたら、番頭さんにでも頼めば… 孫の為ならばジジイはいつ死んでも構いませんよね♪」
酷い物言いをしながら、読み進めていき、ある事に気が付いた。
現状、魂の移植は工房魔法でしかできないのだ…
だが、素材として生きている人間を搬入できるのは、無属性のみ…
振り出しに戻ってしまったベルは、少し悩んでから…
「アナ… ゴメンなさい… 少しだけ見させてもらいますね?」
もちろん、返事など返ってくる事は無いのだが、後ろめたさから素直に謝る。
『解析魔術・発動!』
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名前
アナトリア・フィリスティア
年齢
10歳
種族
ヒューマン
性別
女
カップ数
AA
状態
死亡(処女)
LV
23
HP
0/1800
MP
0/2700
魔法属性
風属性LV3
称号
フィリスティア王国第2王女
暴力女子
父
イラーフ・フィリスティア
母
ソフィア・フィリスティア
兄
ザーフェル・フィリスティア
他に腹違いの兄が3人、
姉が1人、
弟が1人 (ベアル・ゼブル・フィリスティア)
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「はい、なんかもう… ツッコみどころ満載なステータスですね…」
AAですかー うん、うん、あの背中に感じた膨らみは、はち切れんばかりの夢と希望が詰まっていましたよ!大きさなんて関係ありませんね!
えっ!? 見るべきは、そこではないですか?
おぉー そうですか、そうですか… やっぱり処女さんだったのですね♪ あんな変態おじさんに奪われなくて本当によかったです!
前まではこんな物は解析できなかったのですけどね… 流石、解析魔術LV6です! 良い仕事していますよ!
えっ!? 何々? そこでもないと?
さてはて? これ以上に、他に見るべき事柄なんて…
ベルは現実逃避をしていた… 思ってもいなかったのだ…
アナが血を分けた、実の姉だなんて…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どれくらいの時が経ったのだろうか。
ベルは半透明の椅子から立ち上がり、大声を上げる。
「あぁぁー もう分かりましたよ! My Sister の為なら、魂の1つや2つ、なんでもありませんよ!!」
『素材・べアル・ゼブル・フィリスティアの魂を、素材・アナトリア・フィリスティアに移植して、蘇生を試みますか YES/NO』
「YES!!」
「ピロリーン!」
電子的な機械音と共に、ベルの中から何かが、ごっそりと抜き取られた!!
息ができないくらいの強烈な痛みが、全身を駆け巡る!
そして、身体の構成している大事な物が無くなったせいだろうか…
あらゆる箇所から血が噴き出てきた…
まるで、身体の原型を留めていられなくなったように、手がもげて… 足がもげて…
咄嗟に、治癒再生魔術を発動させるが、身体の崩壊が止まったのは、工房魔法内時間にして3日後の事であった…
息を切らせ、血まみれにながら、ベルはやっとの思いでモニターの前にやってくる。
身体を震わせながら、アナの制服を作った…
これでもう大丈夫なはずなのだ…
後は、アナを外に出してやるだけ…
『退出…』
漂う血の匂いが、自分からなのか、周りからするのかさえも解らない。
ただ、一身に、アナに会いたかったのだ。
『搬出・アナ…』
意識がもうろうとして手元が狂ってしまい、少し離れた所に、アナは搬出されてしまった。
蘇生が上手くいったのか確かめたい…
だが、もうベルには、アナの側まで行く余力は残っていなかった…
アナの名前を、小さい声で呼ぶ。
そして、眠る様に意識を手放したのだった…