第37話 搬入
「アナーーー!!!」
ベルの声が、大空に空しく木霊する…
『治癒再生魔術・発動!』『治癒再生魔術・発動!』『治癒再生魔術・発動!』『治癒再生魔術・発動!』『治癒再生魔術・発動!』
ベルが今使える最高レベルの治癒再生魔術を、同時に5つ展開させる。傷は塞がった…
だが、心臓が動かないのだ…
まるで、魂が入っていない人形のように、呼吸もせず、目蓋も閉じず…
ベルは、前世の知識にあった、心臓マッサージを試みる。
「ダメですよ! アナ… 戻ってきてください!!」
「僕は、なんて… なんて…」
どれくらいの時間が経ったのだろうか…
アナに馬乗りになり、心臓マッサージを夢中で行っていたベルは、ふと、ある事に気が付いた。
もしかしたら… 今の状態なら、出来るかもしれませんね…
ベルは、そっと立ち上がり…
『搬入・アナ!』
アナの身体が、無色の光の粒子に変わり、何処かに消えて行く…
王都エクロンにある王宮で、イラーフ王は怒り狂っていた。
執務室の家具は滅茶苦茶に破壊され、壁や天井には大穴が空き、大空と王都の街並みが良く見晴らせる。
そこに、フィリスティア王国の宰相でありイラーフの幼馴染の、テルミニ・イメレーゼ侯爵がやってきた。
「イラーフ… そろそろ落ち着いたか?」
テルミニを、まるで親の仇を見る様に、睨みつけるイラーフ…
愛娘を誘拐されたのだ… 気持ちは痛い程分かる。だが、テルミニはこの国の宰相なのだ。心を鬼にして具申する。
「陛下! 明朝の呼び出しに、陛下1人で行かせる訳にはまいりません…」
アナの誘拐事件を知るきっかけともなった、ガストン司教からの書状… いや、もはやこれは脅迫状であった。
聖九柱教のシンボルが押された封蝋がある書状を開封すると、そこには、しらじらしくアナが誘拐された現場を目撃したと書かれていた。
そして、アナと賊共の居場所を教える為に、明日の朝に使者を遣わすので、イラーフ1人で武器を持たず付いて来いともあったのだ。
上から目線で偉そうな文面に、普段のガストン司教の物言いを知っている、イラーフとテルミニは腸が煮えくり返る思いであるのだが、堪えなくてはならない…
アナの命が懸かっているのだから…
そこに、壊れた扉が用を成していない執務室の入口から、2人の人物が急ぎ足で入ってきた。
「父上! アナの居場所が分かりました!!」
ザーフェル・フィリスティア。アナの兄で、この国の第4王子だ。
フェルは、どの様にアナの居場所を突き止めたのかを、父に説明するのを迷った…
ベルが出した、テレビジョンと言われた魔導具は、馬車の中に残されたままだったのだが、ベルがいなくなってからは、何をしても反応が無いのである。
「何!? 本当か!? でかした! フェル!」
「で… 俺の、アナはどこだぁーー」
片手で、フェルの胸倉を掴み、宙に待ちあげ、詰問している父親の姿があった…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ガテ・ヘフェル公爵とテルミニ・イメレーゼ侯爵に止められ、何とか父親から逃れられたフェルは、要点だけを簡潔に述べる。
現在、アナを助けに友人が1人で向かっているだろうと…
そして、場所は、シレイラの森の入口付近だと!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「吹き抜ける天駆ける風よ、我に天使の翼を与えたまえ・ウィング!!」
執務室の、大きく穴が空いた天井へと浮かび上がりながら、イラーフは口早にテルミニへと命令を出した。
「最小限の城の警備を残して、全部隊を、シレイラの森近辺に配備させろ! 早急にだ!」
「1人も逃がすなよ!」
突風を残して、大空に飛び立って行くイラーフを、止められる者はいなかった…
イラーフは、アナを助けに、1人で向かった少年がいると言われた事を思い出す。
フェルの友人だと言っていた。
エクロン魔法学院の生徒であろうと決めつけて、学生には流石に荷が重いだろうが、せめて、自分が着くまで、アナの身を守っていてくれと、願わずにはいられなかった…
イラーフが、シレイラの森の上空に到着して見たものは…
おびただしいまでの… 血と、汚物と、肉片と、臓腑の海!!
戦場でも見れる事がないであろう、凄惨な情景の中に、血まみれの少年を、愛おしそうに膝枕をし、新品同様で乱れの無い制服を着ている、アナがいた…