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第36話 生と死


 シレイラの森に、普段は見る事ができない不思議な光景があった。






挿絵(By みてみん)






 この森に浮かぶ魔法陣は、ベルが作り出した転移魔術である。


 工房魔法の入退室はモニターに映る目に見える範囲でしか使えない。

 その用途の狭さを補う為に開発したのが、この転移魔術なのだ。これは、行った事のある場所を予め登録しておく事で、何時でも何処からでも魔法陣を通して移動できる仕様になっていた。





 転移魔法陣から飛び出る様に現れたベルは、すかさず次の魔術を発動させる。





『飛翔魔術・発動!』





 ベルの身体が宙に浮き、木々の間をすり抜け大空に飛び立って行った。

















 ガラハドは、得意満面な笑みを浮かべ、アナの脚を掴み下半身をゆっくりと開こうとする。

 ツルスベ肌な下半身からは、まだ未熟な香りが匂い立ってくる。





 我武者羅に、アナに跨り始めるガラハドを、上空から見つけたベルは、全身の体温が数度下がっていくのを感じた。




「ご開帳っと!?」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・」




「ガラハド! 上だ! 気を付けろ!」





 トリスタンの危険を知らせる声が響くが、ガラハドはアナに夢中で数瞬反応に遅れた後に、ゾクリと背筋に冷たいものが走る!


 


 

 トリスタンは目で追えなかった… 上空にいたはずの黒い小さい者が、いつの間にかガラハドの背後に佇んでいるのを…





 背後に何者かの存在を認識したガラハドは、振り向き様に大剣で薙ぎ倒そうとするが、遅かった…




 ベルが漆黒の日本刀を、目にも留まらぬ速さで抜刀する!


 辺り一面の空気を巻き込み、凄まじい威力の魔気を纏った一撃が空を切った!!

 ベルの一撃で巻き込まれた空気に、触れていただけのガラハドだったのだが、それだけでも右手、右足、右頬が消し飛んでいく…


 大量の血をまき散らしながら、宙を舞い吹き飛んでいくガラハドを一瞥したベルは、アナに向き直り…






「よく頑張りましたね… アナ… もう大丈夫ですよ!」 






 余程、悔しかったのか… アナの目尻には涙の流れた痕が残っていた…






『治癒再生魔術・発動!』『清潔魔術・発動!』






 ベルは同時に2つの魔術を発動させる。

 これは、並列思考と言う能力を使ったのだ。この能力は、同時にいくつもの考えを実行でき、現在のベルの並列思考能力はLV5。

 同時に5つまでの考えをする事ができた。






 アナの身体が光の魔法陣に包まれ、元通り綺麗な身体に戻っていく。


 そして羽織っていたマントを優しくアナに掛けるのだった…







「あそこの、おバカそうな方達にお仕置きをしてきますので、少しだけ、待っていてくださいね…」


「そうしたら、一緒に帰りましょう… アナ…」






 そう言って、まだ気を失っている、アナの顔にかかっていた金色に輝く髪の毛を、耳にかけてから、吸い込まれそうな黒い刀身を持った刀を肩に担ぎ、ガラハドに向かってゆっくり歩き出した。






「止まりなさい!!」

 




 トリスタンがそう発したと同時に、ベルの身体が発火した様に見えた!


 手下達は歓声をあげようとした… だが、1秒もしない内に炎は消え去る…




「なっ!?」




トリスタンは驚きの声を上げる。




『障壁魔術・発動!』




 何事もなかった様に、ベルはガラハドへの歩みは止めない。不可視の障壁に守られたベルが一歩踏み出すと共に身体に火が点き、もう一歩進むと火が消える…

 もう何歩、歩いたのだろうか? 手下達は息を呑む…






「騒々しいですね… ちゃんと順番に相手をしてあげますから、大人しく待っていてください」


 




『闇魔術Ver.黒点・発動』





 拳大の、黒い炎がトリスタンに向かって、矢のような速さで飛んでいく!


 すかさず、トリスタンは自分の前に炎の壁を作り出した。




 黒い炎がそれにぶつかり、燃やしていく… 炎が炎を燃やしているのだ。不思議な現象と言う他ない…


 トリスタンの作り出した真っ赤な炎の壁が、黒い炎によって浸食され蒸発していった…


 黒い炎の火の粉が、一欠けらヒラヒラと舞い、自分の炎の壁が消え去った事に唖然としているトリスタンの右手の甲に落ちる…

 一瞬でトリスタンの右腕が燃え尽くされ、右肩から先は何も無くなっていた。





 まるで、子供が泣き叫ぶ様に絶叫し、大地を転げ回るトリスタンを、ベルは感情のない目で見遣る。そしてまた、ガラハドに向かって歩みを始めた。





 ガラハドとトリスタンの手下達は、まるで何かの糸が切れたかの様に一斉に逃げ出す。

 それもそうであろう…

 

 聖九剣の内1人だけでも、ここにいる手下達とは実力差があるのだ。もし、聖九剣と手下達全員が戦ったら、無傷で手下達を嬲り殺しに出来る。

 その聖九剣が2人も居て、手も足も出ない敵なのだ。信仰を忘れ、敵に背を向けても仕方の無い事かもしれないが…

 宗教団体の暗部に所属する者達としては失格であろう…






「「「!!!?」」」





 手下達に向かって、恐ろしく桁違いな魔気が放たれた!!


 まるで、空間全体を圧縮して引き千切る奔流の様なそれを受けた者達は…


 余りにもの衝撃で、白目を剥き失神する者と失禁して蹲る者だけになる…






「まったく… 誰が逃げて良いと言いましたか?」


「ちゃんと、大人しく殺される順番を待っていないとダメじゃないですか…」





 億劫そうに、そう言い捨て、またガラハドに向かうベルだった。












 何か嫌な夢でも見ていたのか、ガラハドが大声をあげて目を覚ます。荒い呼吸で自分の手足を動かし疑問を抱く…

 確かに自分の手足は消し飛び、無くなった筈だと。


 そこで、ようやく気が付いた。自分を見下ろしている黒髪の少年に…






「お前… 何も…!?」





 ガラハドからベルに向けて発せられた言葉は、最後まで喋る事を許されず…


 地面に足を伸ばして座っていた、ガラハドの両足が一挙に切り落とされた!




 またもや、大声をあげ、手で足を庇おうと反射的に動く…


 だが、それさえも許されず、両手が吹き飛ぶ!




 ガラハドは両手足を失い、為す術もなく大地に転がされた。





「ふざけやがっ…!?」





 ベルの拳が、ガラハドの顔面を捉え…





「あなたが喋る事は、許していませんよ?」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・」














 ガラハドが大声をあげて目を覚ました…


 これで、何度目になるのだろうか、先程は、下顎を吹き飛ばされ気絶した。

 その前は気が付くと、30メートル程の高さの空中に浮かんでいて、そこから落とされて気絶した。




 その前は…

 その前は…

 その前は…

 その前は…




 致命傷を負わされ、気付くと身体が治っている。死の恐怖は今までの人生で何度か味わった経験はあるが、生の恐怖…

 生きている事が、こんなにも恐ろしいと感じた事は無かった。






「殺してくっ…!?」





 乾いた破裂音が響き、股間を何かで打ち抜かれた!


 汚物、血反吐、臓腑、肉片…


 どれ程の回数を繰り返せば、この地獄を作り上げれるのだろうか。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 意識を失う前に、ガラハドは理解した… 自分は、死ぬ事も、生きる事も、考える事さえも許されていないのだという事を…










 怒りに身を任せるのは簡単だった… ただ相手を嬲れば良いのだ。

 もっと早く思い出すべきだった… そんな怒りなんて、大切な人を守れず、失う事に比べれば、取るに足らない事なのに…







 アナは、ゆっくりと目を開けた… 空は青く広く、何故だか少し寂しい気分になった。

 だけど、良い匂いがする。太陽の匂い? いや、これは… よく知っている大好きな匂いだ。自分に掛けられていた黒いマントを抱きしめ、大きく深呼吸をした…

 




「・・・・・・・ベルの匂いがする・・・・・・・」





目覚めたアナの後ろに、誘拐され陵辱され汚された、警護役の男エイジスの婚約者が、壊れた人形のように震えながら落ちている剣を手にした。



「アンタのせいで! アンタのせいで! アンタのせいで! アンタのせいで! アンタのせいで! アンタのせいで!」


「私が… 弱いせいで…」



 大空の下、衣服を一切身に着けていない女が… アナの背中を剣で… 何度も、何度も、刺していた。




 残されたのは、自分で喉を突き刺し自害して果てた、全裸の女と…


 少し寂しそうな笑顔のままの、アナの亡骸だった…




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