第35話 ウサギ魚とテレビジョン
いつも読んでいただきありがとうございます。
何年か前に作った、うさぎ魚のイラストです。
アイデアと出来の悪さに、笑ってしまいますね〜
ウサギ魚…
それは、海の上をピョンピョンと飛び跳ねまわる、上半身がウサギで下半身が魚の半兎半魚である。
王都エクロンの近海で獲れるそれは、見た目通り脂の乗った鶏肉と赤身魚を足した様な味で、歯ごたえがあるのにとろける食感は人々を魅了し、王都の名物料理として国中に認知されていた。
先程まで『ヤム』ダンジョンに籠っていて腹を空かしているベルも、ウサギ魚に魅了された1人である。
「へい、いらっしゃい! よお坊主! 今日も焼きウサギ魚食っていくかい?」
「そうですね! 今日はこれを食べる為に他に何も食べていないのですよ! お1つくださいなー」
「おう! ありがとよ! 1つで500エルだよ!」
銅貨を5枚、店主に渡す…
そして、焼きウサギ魚が、ベルに手渡された…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「な、何度見てもこれはグロイですね…」
だが、勇気を出して、それを食す…
「はぅぁ… とろけます… 美味しいです…」
ベルがウサギ魚に舌鼓を打っていると、まるで王侯貴族が所有していそうな豪華な馬車が目の前に停まった。
このウサギ魚を出す露店は、ベルには苦い記憶がある王宮門へと続く道の端で店を構えているのだ。
貴族が通るのは珍しくもないのだが、こんな庶民の露店の前で停車するのは、なかなかある事ではない…
何事かと、店主は小さくなりそわそわしだす。
だが、ベルは、貴族も人間なのだと… この美味しい焼きウサギ魚を食したくもなるだろうと、気にも留めず一心不乱にかぶりつく…
焼きウサギ魚を食べ終わる頃にようやく、自分が豪華な貴族用の馬車に押し込められている事に気づいた!
「うわぁっ!? ふ、フェルではありませんか?? それに番頭さんまで!?」
「いつの間に現れたのですか!? ビックリしましたよ!」
「いや、何度も話しかけているのに食事に夢中で気づかないなんて… 驚いたのはこっちの方だよ… ベル…」
「それで… ベルは今日は、アナを見かけたりしていないかい…?」
先程まで『ヤム』ダンジョンに籠っていたのだ、見かける訳がなかった…
何故その様な事を聞くのか? ベルは不思議そうに、フェルと番頭さんを見遣った。
2人は、くもった表情を崩しておらず、アナに何かあった事は間違いなさそうだ。兄妹の祖父である番頭さんが、一言だけ重い口を開いた…
「アナが誘拐されたらしい…」
地球でも同じだろうが… この世界、この時代、婦女子が誘拐されたとなると、命が助かったとしても、まず、純潔は穢されるのが常識なのだ。
可哀想だが、女性の場合の誘拐後の人生は惨めな暮らしを送る事が定められた様な物だった…
血を残す為に結婚相手の女性には、純潔を求める男達はこの世界でも多いのだ。
誘拐=非純潔
この考えが浸透しきっているこの世界では、まずまともな結婚はできない。それどころか、周りから白い目で見られ、世を儚み自ら命を絶つ者は多い…
「どうやら… 私達の父の元に脅迫状が届いたらしいんだ…」
「ここに来る前に学院に寄ってみたのだけれど… アナはもう帰ったと言われたよ…」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そんな事になっていたのですか… それならば… まずはアナを見つけましょう!!」
だから、そのアナの居場所が分からないから困っているのだと、フェルと祖父は冷たい目でベルを見た…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
馬車の中、ベルの前にはいつの間にか銀色に縁どられた、輝く物体が置かれていた。それは鏡の様だが、自分達は映っていないのだ。
それどころか外の景色が映り込んでいる… しかも、どう見ても王都の外なのだ…
フェルと祖父は、口をポカーンと開けその銀色の物体を食い入るように見つめる…
「あっ! アナがいましたよ!」
そこには上空から俯瞰している映像が映し出されている。
この森には見覚えがある。シレイラの森だ。その前で大勢の男達と対峙している少女がいた…
「ふぅーーー」
「いやー よかったですねー アナは無事そうですね!」
とりあえずは無事でいてくれたと、ベルは胸を撫で下ろす…
「「こ、これは… な、なんなんだい!?」」
似た者同士の祖父と孫に、胸倉を掴まれ詰め寄られているベルがいた…
命の危機を感じるくらいの2人の詰め寄りに、ベルは必死に説明をした。これはテレビジョンと言われる物で、遠くの者や様々な物を映し出す事ができる魔導具だと…
今回は、アナの魔力を探知して写し出したのだ。今のところ、このテレビジョンを操作する事ができる人物は、ベルだけであろう…
そうこうしている内に、アナが屈強な男に殴られた!?
「これは、拙いですね…」
ベルはそう言い残し馬車の扉を開け放ち飛び降りて行く!
フェルと祖父が、走行中の馬車から飛び降りたベルを追いかけようと、外を見遣った時には既に誰もいなくなっていた。
ベルはアナの事が心配で、気づかない…
いつの間にか馬車は、王宮門の前まで来ていた事に…