第34話 折れた剣
「あんた達… なんて事を…」
アナは、全身に火が点き、黒く焼け焦がされた、エイジスの元へと駆け寄る。婚約者を守りたいという執念からだろうか、胸を上下に動かし、苦しそうに何とか呼吸をしていた…
自分の鞄の中から、治癒ポーションを取り出したアナは、エイジスに向かって、それを浴びせ掛ける。
これは、普段から持ち歩く様にと、父であるイラーフから口を酸っぱくして言われ、持たされていたパテカトル・ナボポラッサル王宮筆頭薬師、特製の治癒ポーションであった。
しかし、いかにパテカトル特製と言っても、5等級…
全身が黒く炭化する程の、大火傷を負わされたエイジスには、劇的な回復は望めなかった。
「ひ、ひめさま… 申しわけございません… お、お、お逃げくだ…さい…」
喋るのも辛いであろうエイジスが、力を振り絞り懇願する…
だが、その願いは叶えられる事がなかった…
エイジスが、喋り終わると同時に、何者かに蹴飛ばされ、宙を舞い吹き飛ばされて行く!
アナの前には、武骨な大剣を担いだ屈強そうな男が佇んでいた。
「で? お前がイラーフの娘か?」
屈強そうな男、ガラハドが、まるで今まで何事も無かったかの様に不躾に質問をしてきた。
「!!!!」
何も言わず、アナは抜刀し…
ガラハドの首筋に、レイピアが刺さったと思われた瞬間…
アナの手に、どしんっと、まるで鉄の塊でも剣で突いた様な、鈍い衝撃が刃から伝わってきた。
「あぶねー 娘だな… その口より先に手が出る気の荒さは、そっくりときやがった! やっぱり、アイツの娘だな!」
何故かイラーフの事を知っている様な口振りで、ガラハドは首で、アナの剣を受け止めニヤニヤと笑いながら喋りかけてきた。
アナは、幾ら力を込めても、男の首に剣を押し込む事ができず、仕方なくバックステップを踏み、男から数メートル遠ざかる。
「あんた、何者? お父様の事知っている様だし… 殺す前に名前くらい聞いといてあげる」
この男を倒しても、先程エイジスを燃やした男もいるし、手下であろう者達も数十人いた。
自分が劣勢だという事は理解できたが、心が拒否する…
この様な男達に負けたくないと…
凛とした眼差しで、アナはガラハドを睨みつけた。
「おいおい、堪らねーな! その表情!」
「俺様は、お前の初めての相手になる男だが? 名前は、ガラハド・イッサカル」
「お前の親父と同い年だ! よろしくな!」
大事な娘を、滅茶苦茶にされて悔しがるイラーフに止めを刺す…
そんな最高のシチュエーションを思い浮かべて、不愉快極まりない笑顔をこぼす。
「あっ! 俺様とした事が、大事な事を聞くのを忘れてたぜ…」
「お前… まだ、男を知らねーよな?」
ゾクリと背筋に悪寒が走る…
アナは、理解が追い付かなかった。
何の初めての相手?
男? 男性なら父親のイラーフ、兄のフェルに、ベル…
知っている男性陣は沢山いる。
この人間は何を言いたいのだろう?
そう思いながら、自分の金髪をクルクルいじくってみせる。
「いや、いい。 その仕草を見りゃ大体わかる! 後は剥いてから、じっくりと確かめさせてもらうぜ」
愉快そうに卑猥な笑みを浮かべながら、ゆっくりとアナに近づいて行く。
アナは、じりじりと後ろに下がりながら、手に持つレイピアに魔力を溜めた。
「大気に集う風よ、鋭い刃となり、我が敵を切り刻め・ブラスターブレイド!」
十分な魔力が溜まったレイピアを打ち振る!
数メートルは離れているガラハドに向かい、風が集束していき、不可視の刃を形成し斬りかかっていく。
この魔法は、素手でもできるのだが、武器に魔力を乗せた方が、より威力が強まるのだ。
そして、この歳で武器に魔力をここまで早く乗せられる、魔力操作を出来る人間はそうはいない。
アナも天才の部類に入るのだろう。
しかし、ガラハドに風の刃が触れた瞬間、金属同士がぶつかる様な甲高い音を残し、風が拡散していってしまった…
ガラハドの着ているシャツのボタンは、どこかに吹き飛び、ボロボロに破れて胸元が見えている。その胸には、古傷だろうか… 大きな傷跡があった。
その傷痕の上に重なる様に、薄っすらと紙で切ったかの様な、切り傷から少量の血が滲んでいる…
アナが使用した、ブラスターブレイドと言う魔法は、本気で発動させれば、岩をも切断できる威力があるのだが…
鎧も付けず、身一つだけで受け止められ、与えられた傷は、数センチの切り傷のみ…
どれ程の、魔気の密度の濃さなのか…
アナは、学院で常に主席を取り続けていた。魔法の成績は断トツで、剣の腕も学年で1・2位、苦手な勉強は、トップには成った事はないが、10位以内を努力でキープしている。
何より毎日の日課で、この国最強であろう父親と第5王妃に、魔法と剣の手ほどきを受けているのだ。そこら辺の大人達には後れを取る事は無いと過信していた…
歯を軋ませ、ガラハドを睨みつける!
アナに睨まれているガラハドは、勝ち誇った顔つきで、胸元にできた新たな小さい傷から滲んでいる血を、指で拭い舐めながら口を開く。
「すげーな! お前! 俺様が血を流したのなんて、お前の親父とやり合った以来だぜ!」
「流石、親子だ! 気に入った!」
「お前の親父に、俺様の嫁が殺されてっからな… 代わりの嫁にしてやるよ!」
「本来なら、イラーフの奴をぶっ殺したら、お前は用無しだからな…」
「下の穴2つをボロボロにした後に、学院か街中に放り捨てておこうかと思ってたんだけどよ!」
「わりーな! お前ら!」
そう言って手下達の方へ、軽く手を振るガラハドの視線の先には、アナには見覚えのある顔つきの者達がいた。
そこには、ベルと初めて出会った時に、難癖をつけて絡んできた男達がいる。
自分達は、アナに借りがある。自分達にもアナをボロボロにする権利があるとガラハドに哀願する手下達。
「しょーがねーな… もし、この娘が処女じやなかったらお前らの好きにしていーぜ!」
「今から確認するから、ちょっと待ってろ!」
そう手下達に言い放ち…
爆音と共に、アナに向かって飛び出すガラハドは、大剣を振り翳した!
戦闘経験の差だろうか…
虚を突かれたアナは、風を纏う暇もなく、細いレイピアで大剣を受け止めるしかなかった…
ガラハドの持つ武骨な大剣が、アナのレイピアを叩き折る。
折れたレイピアの切っ先が舞い、大地に刺さった…
大剣の勢いはレイピアを折っても止まらず、アナの制服を巻き込み、破り捨てていく!
破れた制服から見え隠れする、まだ、膨らみかけの柔らかな胸元、卑猥な目でジロジロと見遣ってくるガラハドに、アナは耐えられず両手で胸を隠してしまう…
生まれて初めて、女を意識した瞬間だったのかもしれない。
だが、今は戦闘中なのだ…
両手を塞ぐ事は死に繋がる…
気付いた時には、ガラハドの拳がアナの顔面を捉えていた。か弱い悲鳴を零し、アナは吹き飛ぶ…
しかし、アナも良い根性をしているのだ。吹き飛ばされながら魔力を練り…
「風を食らう大気よ、振るえて音となせ・ソニック・ブレス!!」
今、自分が出せる最高出力の魔法を放った!
イラーフ譲りの、魔法が大気を振動させ、爆音を轟かせる!!
「や、やった! これなら… 生身じゃ受けられないわよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
爆音が静まり、舞い散る砂埃や雑草が、落ち着く先に見えたのは、砂鉄の塊を纏ったガラハドが佇んでいた。
流石、聖九剣に選ばれた人物と褒めるべきなのか、アナが詠唱をしていると見るや否や、先に詠唱を始めたアナより早く、自分の詠唱を終わらせ、砂鉄の鎧を纏う土属性魔法を発動させていたのであった…
「イラーフの奴の、その魔法を見た事が無かったらヤバかったかもな… その歳で今の魔法を放てるなんてすげーぞ! お前!」
殴られて口の端から血を流しているアナは血を拭い、悔しそうに最後の気力を振り絞り詠唱を始めた…
「吹き抜ける天駆ける風よ、我に天使の翼を与えたまえ・ウィング」
アナの背中に風が集まり、まるで天使の如く不可視の翼が生えた。その翼から勢いよく風が噴出され、アナの身体が宙に浮いて行く…
先程放った、ソニック・ブレスは多量の魔力を必要としていた… 残り僅かな魔力量でどこまで飛んで逃げれるか…
この大空を飛翔できる魔法、ウィングは魔力操作が、とんでもなく難しいのだ。今の気力でどこまで操作しきれるか…
心配事は尽きないが、打てる手が他に無いのだ、負けるのは嫌だが、王族の自分が捕まり父に迷惑を掛けるのはもっと嫌だった…
悔しい…
唇を噛みしめ、アナは大空に舞い上がっていった…
「おいおい、ウィングまで使えるのかよ!? イラーフとの戦いの対抗策を考えて置いてよかったぜ…」
「地の乙女達よ、すべらかなる指先で小さき命を捕獲せよ・リトルフィンガー・グラビテーション!」
ガラハドの魔法、リトルフィンガー・グラビテーションの手の形をした見えない重力が、アナを掴む。
空に浮かんでいるアナは、突然身体の自由が利かなくなり、地面に吸い寄せられる…
最大出力で風を噴射したのだが、どんどんと地面が近くなり、仕舞いには魔力が尽きて墜落してしまったのだった…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
体中が痛く、意識が薄れていく中、下卑た笑い声と何かを破り捨てる音が脳に響く…
「ご開帳っと!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
大きな声で何かを言っている…
何をしているのだろう?
何を言っているのだろう?
もう何も解らない。
あっ… そう言えば… 今日は、ベルの頭撫でてあげなくっちゃ…
それが、アナの最後の想いだった…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ガラハドは興奮し過ぎて、トリスタンの危険をしらせる声を聞き取るのが遅れてしまった…
アナの股を開こうとした時、もの凄い音が響き、ガラハドの武骨な大剣と共に、砂鉄の塊で覆われた、右半身が消し飛んだ!!!
「!?」
「よく頑張りましたね… アナ… もう大丈夫ですよ!」
アナの前には守る様に立ちはだかる、黒髪に黒装束… 極めつけに芸術品と見紛うばかりの漆黒の刀剣を持った少年がいた。