第31話 長い1日の始まり
現在、フィリスティア王国に留まらず、ティルス大陸全土の玩具販売の販路開拓に成功し、飛ぶ鳥を落とす勢いのガテ商会。
その会頭室には、立派な身なりをした初老の男性と、利発そうな10代半ばの金髪の少年が、将棋を指している。
目を見張るのは、その将棋盤だ。見た事もない総クリスタル製になっており、富裕層向けにベルが特別に作り上げた一品であった。
その等級は、玩具にして10等級…
あけ放たれた部屋の窓からは、王都エクロンの象徴でもある、青い海と空が覗き、総クリスタルの将棋盤に反射して、幻想的な輝きを放っている…
「王手です… お爺様…」
「ま、待ったー」
「これで、もう… 待った13回目ですよ? ダメです! 私の勝ちですよ?」
「クッ! 私はお前を、そんな残酷な人間に育てた覚えはないぞ!?」
祖父と孫の戯れと、将棋盤から放たれる優しい輝きで、部屋の中は、とても心地の良い空間が出来上がっていた。
だが、金髪の少年は、今度から、この将棋と言うゲームを発明した小さき友人に、この頑固ジジイとの勝負は擦り付けようと企むのだった…
物思いにふける金髪の少年に、祖父が話しかけてきた。
「そういえば、商会の設立おめでとうと、言うのを忘れていたね… おめでとう!」
「その歳で、自分の店を構えられる人間がどれほどいるか… お前を誇りにおもうよ」
「それで… お前の商会は、どんな商品を扱うのかな?」
「玩具は止めてもらえると、此方としては助かるのだがね… はははは…」
金髪の少年は、話した…
自分が会頭でない事、紆余曲折あり妹が会頭になった事、扱う商品はアイテムボックスになる予定な事…
「買った!!!」
「アイテムボックス… 私に1番で売ってくれるのだろう?」
「あれを量産化できたのか… 素晴らしい功績だね!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「残念ながら… お売りできません…」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なーんーでーだぁぁぁ????」
祖父と孫の縁を切るとまで、言い出してきそうな祖父に、金髪の少年は苦笑いで返しながらゆっくりと答える。
「お爺様は、アイテムボックスを、いったいお幾らでお買い求めになるおつもりなのですか? 王金貨100枚や、200枚では利きませんよ?」
「私共の商会では、商売の新しい形態を提案させていただきます」
「それは、リースと言われる物です」
リース? そんな物、聞いた事がないと首を傾げる祖父であったが、孫の目を見て態度を一変させる。
それは、酸いも甘いも噛み分けた、老練な商人の顔だった。
「詳しく聞かせておくれ?」
「はい。リースとは、簡単な仕組みなのです。 ただ、長期間、特定の顧客に対して商品を貸し出すだけなのですよ」
「この形態ならば、大多数の方がアイテムボックスを使用できる様になります」
「月に王金貨1枚を支払える方に、限定させてはもらいますが…」
「私共は、ただ商品をお売りするのではなく、皆さんの価値観や人生観を変えられる商会になりたいと思っています… いえ、そうならないと…」
そう言って、金髪の少年は、1枚のカードを懐から取り出し、祖父に見せた…
金髪の少年の魔力に反応して、カードに彫られた装飾が輝いていた。このカードを要約すると…
商人ギルドカード
ランク 6星
商会名 ゼブル商会
使用者名 ザーフェル・フィリスティア
と、言った所だ。
「すごいね! 商会立ち上げ時で、6星なんて、聞いた事がないよ… いったい幾ら預けたんだい?」
「それにしても… ゼブル… 商会とは… これは流石に…」
老練な商人である筈の祖父でさえ、顔を歪める…
だが金髪の少年は続けた!
「はい。この名前だからこそなのですよ! この名前は現在は侮蔑の意味で使われていますが…」
「数年後には、全く逆の意味で使われる事でしょう!」
「人々の価値観や人生観さえ、変えてしまう商品を扱う私共は、近い将来必ず最高の商会と呼ばれる事になります! いえ、そうさせなくては、ならないのです!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
愉快な笑い声が部屋に響く…
祖父は、左目を瞑り孫にウィンクしながら…
「なかなかどうして… 成長したね、フェル。 私が教える事が無くなっていってしまうではないか…」
「でも、その口上は、ベル君の受け売りではないかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「流石は、お爺様… 解ってしまわれますか…」
肩を落とすフェルに祖父は…
「いや、良い事だよ? お前のその柔軟な態度と思考は称賛に値するよ! これからが、増々楽しみだよ!」
「それでは… ゼブル商会殿の初顧客に、私を成らせてもらえるかな?」
「!?」
「は、はい! 喜んで! これから、よろしくお願いいたします」
祖父と孫の… いや、商人同士の、かたい握手が交わされ、ゼブル商会に初めての顧客が付くのであった…
ガテ・ヘフェル公爵は、孫と握手をしながら、1人の小さい黒髪の少年を思い浮かべていた。いったいあの少年は何者なのか?どこから来たのか?
ガテ商会の情報網にも、引っかからない人物…
そして、ここまで胸が躍る商談はいつぶりだったかと、考えあぐねていると、部屋の扉がノックもされず乱暴に開かれた!
「た、大変です! 会頭! 殿下!」
「アナトリア姫殿下が… ゆ、ゆ、誘拐されました!!!」
これから始まる、長く暗い1日の知らせを、告げられたのだった…