第28話 ご招待
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ただ今より、第1回、ベルと愉快な仲間達商会(仮)の会議を始めたいと思います」
「はい、拍手ー」
「パチ・パチ・パチ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
1人寂しく拍手をしているベルがいた…
フェルとアナは口を、あんぐりとさせ固まっている。
商会を立ち上げる決意をした翌日、3人で集まり話し合う事になったのだが…
会合の場所は、どうしてもベルの家でしたいと、アナが脅迫… もとい、ベルに可愛くお願いをしたのだ。
いつも、工房魔法内で寝泊まりしていたベルは焦った… だが、アナは言う事を聞いてくれる気配はない。
そこで、ベルは家を作る事にしたのだ。自分が納得する家ができあがるまで工房魔法内で3日かかり、それに伴い大量の魔力も消費されてしまった…
待ち合わせは、王都北門。向かうは、シレイラの森… 兄妹は懐疑的な目を向けるが、ベルは何処吹く風と突き進んでいく。
その態度にアナは、いつも通りのリアクションで… ベルが気付いた時には宙を舞っていたのだ。
「ちょっと、あんた! どういうつもりよ!? こんな所に連れてきて! あっ! そうか! 死にたいのね? そっか、そっか~」
アナがレイピアを抜き放ち、吹き飛んで行ったベルの場所まで風を纏い数舜で移動する!
ベルに馬乗りになり、喉元にレイピアを突き付ける…
「さあ、死ぬ前に何を企んでいるのか答えなさい! 答えてもちゃんと殺してあげる… けど…」
ベルが転がっている先にある物が目に入った…
「いきなり、何をするんですか… アナが僕の家に来たいと言うから、わざわざ招待したのに… まったく酷いですね…」
シレイラの森にひっそりと佇むそれは、一辺が10メートル程の真っ白な立方体で、中央には繊細な細工を施された重厚な扉が付いていた。これは家なのか? アナはベルとその白い物体とを交互に見遣る…
そして、プルプルと震え出した…
「な、なによ、これーーー!?」
アナは、ベルの胸元を掴み、全身を前後に揺らしながら問い詰めてきた…
「ぐぅえっ!?」
「あ、アナ… そろそろ… は、離してもらえると…」
情けないかな、そのままベルは意識を手放した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「コホォン! さあ、中へどうぞ」
なんとか気を取り直し、ベルはまるで芸術品の様な扉を開き、2人を家の中へと誘った。廊下を10メートル程歩いた先には、兄妹には今まで見た事もないリビングがあった…
「ただ今より、第1回、ベルと愉快な仲間達商会(仮)の会議を始めたいと思います」
「はい、拍手ー」
「パチ・パチ・パチ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あれ? みなさん反応が薄いですね… しょうがないですね… じゃあ、もう1度だけやりますよ…」
「はい、拍手ー」
「パチ・パチ・パチ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「は、拍手…」
「パチ… パチ… パチ…」
ベルの目から溢れ出ているのは、けして涙ではない、日本男児の目から溢れるのは、汗と相場が決まっているのだ…
ベルの場合は『元』日本男児なのだが…
その時、打撃音がリビングに響き渡った…
ボコッ!
「ちょっと待ったーーー! ベルと愉快な仲間達商会(仮)ってなんなのよ!? わたしのどこが愉快よ? あんたのその顔の方が愉快よ?」
ボコッ!
それはそうだろう… アナに殴られ、ベルの顔は愉快に変形しているのだから…
ボコッ!
「あ、アナ… 突っ込む所が違うと思うよ… 商会の名前なんかより、この家の方だよ! 外で見た大きさと中のこの広さとの違いはどういう事だい? ベル…?」
ボコッ!
ようやくフェルの初セリフがあったのにも関わらず、ベルにはそれを聞く余裕が無かったのである…
ボコッ!
ボコッ!
ボコッ!
ボコッ!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フェルは、なんとかベルを殴っているアナを止めさせ、ベルから詳しく話しを聞けた。この家はアイテムボックスと原理を同じくして作られた物だという事を…
「や、やっぱり、ベルは素晴らしいね… 君に出会えた事は、私にとって人生で最大の幸運かもしれないよ…」
フェルは素直な気持ちを吐露する。フェルのこの実直な性格や態度に、ベルは心より感謝し、尊敬もしていた。
ダンジョンに引きこもり、荒んでいた心を、この兄妹にはどれだけ癒してもらった事だろうか…
「フェルはまだ13才ではないですか。 これからもっと人生の幸運は訪れますよ!」
「それに… フェルに会えた事は、僕にとっても最大の幸運ですよ」
ベルは、少し照れながらフェルに答えた。素晴らしい友情シーンなのだが… ベルの首元にはレイピアが添えられていた…
「あら… おかしいわね… ベルの最大の幸運は、わたしに出会えた事だと思っていたんだけど…」
「う~ん わたしの勘違いだったのかしら… ゴメンね… ベル… わたしショックで喉が渇いてフラフラするから手元が狂って刺しちゃうかも…」
「でも、いいよね… だって… ベルは死にたいんだもんね…」
乾いた笑い顔をベルに向けるアナ…
まだ、死にたくない… ベルは心底思ったのだ!
「さ、最大の幸運は… フェルに会えた事ですけど… 最高の幸運は… アナ… あなたに出会えた事です…」
「あ、アナは最高に可愛く、最高に優しい、この世界で最高の女性ですからね… はははは…」
「そうだ! 喉が渇いているのはいけませんね… お客さまにお飲み物も出さずに失礼しました… 手元が狂ってはいけませんからね… これでも飲んで一息つきましょう…」
ベルの手元にある小箱、アイテムボックスから3つのコップが出された。それは、この世界では、まだ作られた事のない、透明なガラスのグラスであった。
そして、甘く芳しい匂いが漂ってくる。
兄妹が揃って、生唾を飲み込む音が聞こえた…
「な、何よこれ…? この甘い香りのする飲み物? こんな物見た事ないわよ…?」
アナは、プルプルと身体を震わせる。もちろん持っているレイピアも一緒に震え… ベルの首元からは赤い物が滴り落ちてくる…
「あ、アナさん…? 落ち着きましょう… こ、これは世の中で1番目に美味しい飲み物、フルーツミルクと言われる物ですよ…」
「さあさあ、お2人共、我々の門出を祝して乾杯しましょう!」
「かんぱーい!」
ベルの言っている事など頭に入ってきていない兄妹だったが、甘い香りに耐えられず一口、また一口と飲み進める。
「んんんんんっーーー♪♪♪」
アナは興奮した! ベルには内緒にしているが、この兄妹達は、この国でもトップクラスの生活環境で育っていた自負があった。
それでも、甘い物など、なかなか口にできる機会などなかったのだ… 年に数回あるパーティーで出されるお菓子に砂糖が使われる事もあるが、財力を見せつける為だけに、ただ、大量の砂糖を使うだけなのだ…
それに比べて、このフルーツミルクと言う飲み物はどうだろう。上品な甘味がミルクと絶妙に混ざり合い喉を潤して行くのだ。
「こ、こんなの初めて…」
男冥利に尽きるではないか! ベルの中で女性に言われてみたいセリフ第1位が飛び出した。例え、それが10才の少女に言われた言葉であっても構わないのだ!
そう、それが暴力的な少女であっても…
興奮でレイピアが、ベルの首を何度も『ぷすぷす』と刺していようとも…
ベルの持っているグラスに入っているフルーツミルクだけ、首から滴り落ちる液体で苺色に変色していても…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふぅぅー」
ベルは、一息して、話し出す。兄妹2人がフルーツミルクのおかわりを5杯もしている間に、治癒再生魔術を自分にかけていたのは置いておこう…
これから、始める商会の商品について、どの様な物が良いか… 2人に、特にフェルに問いかけた。
「ねぇ、ベルのそのアイテムボックスは、量産できたりしないのかい?」
「それが、売れる様になれば、どこの商会にもない目玉商品になると思うんだけど…」
できるのだ… だが、問題もあった。ベルの工房魔法がLV4になった時に覚えた、データベースという機能がある。
これは、1度でも工房魔法で製作した物なら、10分の1のMPで素材もいらず、一瞬で複製できる機能なのだ。
このデータベースの機能を使い、MPポーションを大量に作ったり、玩具の大量生産も可能にしてきた。だが、10分の1のMP量でもかなりのMPになるのだ…
この家を作ってしまったお陰で、魔力貯蓄量も心もとなくなってしまったのだ…
「できない事もないのですが… 大量の無属性の魔石を用意してもらう事は可能ですか?」
「無属性の魔石かい? もしかしてそれがアイテムボックスの原料なのかな?」
フェルは好い線を行っているのだが、違うのだ…
ベルがダンジョンに引きこもっている間に、見つけ出した魔力貯蓄を自分のMP以外で行う方法が、無属性の魔石をMPに変換して貯蓄する方法だった。
他の属性の魔石では、できなかったのだが、何故か無属性の魔石だけはそれができる様になっていたのである。
これを、説明するには、工房魔法の事を話さなければ難しい… どうしたものかと、ベルが押し黙っていると…
「バカね… 無属性のクズ魔石なんて何に使うのよ? そんな物でアイテムボックスができる訳?」
「そんな事より、このフルーツミルクを商品にしようよ! 絶対にこれ売れるから!」
「あっ! でも、でも… このフルーツミルク… わたしだけの為に一生作ってもらうのもいいかも…」
「あっ! 一生って!? 結婚とか… そう言う意味じゃないんだからね!」
「勘違いしないでよね…」
フルーツミルクを、ぶくぶくぶくと口で泡立て苺色の顔をした、ちょっとだけ可愛いアナがいた…
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