第27話 商会
ここ、フィリスティア王国では、現在、空前の玩具ブームが巻き起こっている。大ヒットを飛ばした商品が、この1年の間だけでいくつもあるのだ。
貴族達のサロンから、平民街の飲み屋に至るまで、皆こぞって将棋を指しており、各地で大会まで開かれる始末だ。
また、人生ゲームなどのボードゲームや、独楽、けん玉、フィギュア… ぬいぐるみ、ままごとセットまで、あらゆる玩具が子供達の手に渡る前に、大人達が独占し夢中になっていた…
この世界には、まだ娯楽が少なく、生きる為だけに仕事をする人生… 遊ぶ暇があるのなら金を稼げ、魔物を倒せ、の生活に、突如として現れた見た事もない魅惑的な数々の玩具。
芸術品や、嗜好品などは富裕層しか手が届かないが、この玩具は平民でも手に入れられる値段なのだ。
大人達はどハマリした…
この玩具達は、ガテ・ヘフェル公爵が経営するガテ商会の独占販売状態であった。
他の商会も模倣品を売り出そうとするのだが、短期間で量産化の体制を整える事ができず、ガテ商会に遅れをとっているのだった…
ガテ・ヘフェル公爵とは、先代のフィリスティア王の弟にあたる人物で、イラーフ王の叔父であり、義理の父でもある。
彼の長女はイラーフ王の第4王妃として嫁いでいるのだ…
そんな彼の商会が、何故この様な数々の玩具を販売できたのか? どこの誰が発明して、どの様に量産を行っているのか…
情報にあざとい商人達の間でも、調べる事ができず、益々差が開く一方であった。
「はぁ… 子供の為の玩具のはずなのに、なんで買いにくるのが大人ばっかりなのよ! これじゃあ、大人の玩具屋じゃない…」
露店市場の一角で、不満を漏らすブロンドの髪をした少女がいる。彼女はその目つきを鋭くした碧眼で、黒髪の少年を睨みつけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「アナ… いえ、アナ様! 最後に言った部分をもう一度、復唱していただけませんか?」
「な、なによ? 最後に言った部分て… 大人の玩具ってところ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ぶはぁっ!! そうです、そうです… もう1回だけ復唱を…」
「お、大人の玩具…」
将来は必ず美人になるであろう少女が、何故か恥ずかしそうに顔を赤くしながら、「大人の玩具」と呟く光景を見た事があるだろうか…
ベルは、満足そうに腕を組み、何度も、何度も頷くのだった…
「ぶへっ!?」
アナの持っている剣の鞘が、ベルの頬に吸い込まれていく…
ベルの顔は歪み、その威力はベルの身体を回転させ吹き飛ばす…
「なんか、あんた今、エッチな事考えてたでしょ!? 殴るわよ? 死んどく?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「アナ… そう言う事は殴る前に言ってあげないと… ベルが可哀想だよ?」
「それに、いつまでも夫婦喧嘩なんてしていないで、そろそろ行くよ! お爺様を待たせたら悪いからね」
アナの兄である、フェルはいつもの事だと、冷静に諭すのだった。
「こ、こ、こ、こんなヤツと夫婦なんて! ある訳ないでしょ! 兄さま!」
ボコ…
「こんなヤツと!」
ボコ…
「こんなヤツと!」
ボコ…
「こんなヤツと!」
ベルは蹴られながら意識を手放す前に、アナの制服のスカートからチラチラと見え隠れするピンク色をした布地を確認し、満足そうに旅立った…
夜の帳が下りる頃、金髪の兄妹とベルは、王都の商業区域の端にある、とある倉庫を訪れていた。
「いやー 先程は酷い目に遭いました… アナは最近、少し強くなっていませんか?」
「えっ!? 解る? 私も最近、自分でも強くなってきたと思ってるの! 新しい先生のお陰かも!」
他愛もない話をしていると、物陰から初老に近い、身だしなみの良い男性が話しかけてきた。
「よく来てくれたね! 3人とも。 特にベル君は久しぶりになるのかな?」
この男性が、ガテ商会の番頭と称する、金髪兄妹達の祖父であった。
ベルは解析魔術を使う事はしない…
敵対する相手や、魔物であれば躊躇なく解析するのだが、勝手にステータスを盗み見る行為は、お互いの信頼関係を崩す事と同義と考え、王都に戻ったこの1年、人間相手に解析魔術は封印していた。
何より、この兄妹の信頼を裏切りたくなかったのだ…
解析魔術を、この兄妹と祖父に使わなかった事を後悔するのは、まだもう少し先の話である…
「今晩は、番頭さん。お久しぶりになりますね… 頼まれていた分持って参りましたよ」
ベルの答えに満足気に頷く番頭と共に、3人は倉庫の中に入って行った。
何度も見た光景だが、兄妹とその祖父は、以前と同様に驚いて目を見張る。
それもそうだろう、数舜前まで空だった倉庫に、所狭しと荷箱が積まれているのだ…
ベルの腕には小箱が抱えられていた。
この小箱の上部にはスマートフォンの様な物が取り付けられており、そのパネルで箱の中身が確認できる仕様になっている。それを操作して中身を自由に出し入れできる、所謂アイテムボックスだ。
「な、何度も言うが… 素晴らしい性能だね… そのアイテムボックスという物は…」
兄妹の祖父は、そう言って、まじまじとベルの持っている小箱を見つめる…
ベルは、工房魔法の搬入・搬出を説明するには自分が無属性だと打ち明けなければ説明が付かず…
苦心の末にアイテムボックスを作り上げてしまったのだ… もちろんそれは、アーティファクト級になってしまったが…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そういえば、ベルって今年で7才だよね? 商人ギルドに登録してみる気はないかい?」
「そして、私と一緒に商会を立ち上げてみようよ!」
「ベルが作り、私が売る! どうだろうか…?」
フェルは自信なさそうにベルに問いかけた…
「そうですね… フェルは信用できますし… なにより、楽しそうですね!」
「僕の方からもお願いします! フェル! 一緒にやりましょう!」
後に、世界最大になる商会の立ち上げの瞬間だった。
「で、その商会… わたしが会頭でいいんだよね?」
仲間に入れてほしそうに、もじもじと2人を見つめるアナがいた…