第24話 願い
ベルの誕生日から3日後の事である…
イラーフ・フィリスティア王は、執務室で1人頭を抱えていた。何故なら、息子のべアル・ゼブルが帰って来ないのである。
昨日、目を覚ましたアシエラに、全てを説明する責任があるのは、夫であり父である自分だけだと意気込んでみたものの、興奮した侍女とジジイに先に説明されてしまったのだ。
「これで、べアル・ゼブルに会えるのね…」
そう言いながら泣き崩れていた妻に何と言ってやれば良いのか…
「何をやっているんだ… あの無能息子が…」
1人愚痴をこぼすイラーフであった…
と、その時、扉をノックする音が聞こえる。入室してきたのは、パテカトル・ナボポラッサル伯爵とテルミニ・イメレーゼ侯爵。
この国の王宮筆頭薬師と宰相である。この2人とはイラーフが幼き頃からの付き合いだ。顔を見るだけで大抵の事は分かり合える仲のはずだった…
だが、今の2人の顔からは、何も読み取れ無かった… 解るのは何か良くない報告だろうというくらいだ…
「イラーフ… 昨日の朝方に起きた王宮門での事件は聞いているか?」
先に話し始めたのは、イラーフの幼馴染でもある宰相のテルミニであった。
王宮門で起きた事件とは、賊が1人で衛兵数人に重傷を負わし、そのまま逃走したという事らしい。詳しい内容の報告はまだ上がってきてはいなかったのである。
テルミニは1枚の羊皮紙に書かれた手配書をイラーフに渡す…
「こ、これは…!?」
そこには、懸賞金額がなんと1億エルもかかった銀髪の子供の姿が描かれていた。
「だ、誰がこんな物を手配したのだ!?」
机に手配書を叩きつけ、憤りをあらわにするイラーフに少し困りながらテルミニが説明を始めた。
衛兵達はこの手配書に載っている銀髪の子供を警戒していた所、王宮門でこの子供と遭遇し戦闘になり返り討ちにされたという事だった…
しかも、この子供の容疑は王と第5王妃の暗殺未遂ときた…
「何が、どうなっているんだ…?」
こんな手配書を許可した憶えなどイラーフには無い。
当たり前であろう、この手配書に描かれた人物は2日前に妻を助けた自分の息子なのだから…
「それだけではありませぬぞ… 陛下…」
パテカトル爺が木箱をを見せながら話しかけてきた。その木箱の中には、見た事もない綺麗な色をした液体が宝石の様に輝く美しい小瓶に入れられていた。
この小瓶1本でどれほどの値が付くのか… それが、大量に木箱に詰められているのだ。
「この小瓶じゃが… 1つ1つがアーティファクト級じゃった…」
震えながらパテカトル爺が説明を続ける… そしてこの木箱に入っていたという手紙を見せてきた。
それは、王族の自分でさえも見た事のない程の精巧な作りをしている真っ白な紙。
この世界では、紙はまだパピルスの様な物しか存在していなく、手紙を入れる封筒など考えもつかない代物だった。
封筒に入っていた手紙は全部で3通。1通はパテカトル爺に宛てた物で、アシエラに対して処方された木箱に入っている大量のMPポーションの使い方が事細かに綺麗な文字で書いてある。
もう1通はサーヤ・ボールドウィンと言う、ベアル・ゼブルの乳母兼養育係に宛てられていた…
そして、最後の1通はアシエラ第5王妃に向けてであった…
何度見返しても3通しかないのだ…
息子から自分だけ手紙を貰えなかったからといって泣くな… イラーフよ…
イラーフは恐ろしかった…
このアーティファクト級のMPポーションなる物を、ものの1日で大量に作り上げてしまうべアル・ゼブルとい息子…
そして、そのべアル・ゼブルを自分の知らない所で、こんな手配書まで作り狙っている誰か…
手配書が出回った時間を考慮すれば、それは身近にいる人物である可能性が高い。
このまま、べアル・ゼブルは帰って来ないのか…
何故1人で外に行かせてしまったのか…
ベルが5年間、生活をしてきた後宮の端にある部屋には、2人の女性が姦しくお喋りをしていた。
「早く、べアル・ゼブルに会いたいなぁ…」
このアシエラの、ささやかな願いが叶えられるのは、2年の月日を要するのだが…
それはまだ誰も知らない…