第23話 苦渋の決断
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
羊皮紙に書かれた、自分を見て頭が真っ白になるベルだった…
それは、そうだろう。何故、自分が手配されているのか、理解が追いつかない。
「ぼ、僕が何をしたって言うんですか…!?」
「 しらばっくれるな! お前には、王と第5王妃の暗殺未遂の容疑が掛かっているのだ!」
「銀髪の子供など、そうはいないだろう!」
「えぇぇーー!?」
アシエラの病気を治そうとした…
イラーフに至っては逆に殺されそうになったのだ…
いったい、何がどうしてこうなったのか?
1つだけ、はっきりとした事がある。自分は疎まれている…
父が命じた事なのか、それとも、下の者が勝手に動いたのかは解らない。 父が直接命じたとは信じたくは無いが…
思考の渦に取り込まれているベルを余所に、1人の衛兵がジリジリと槍を構え詰め寄ってくる。
「申し開きがあるのなら、牢でたっぷりと聞いてやる! 大人しく縛に就け!」
衛兵の槍がベルの顔面に迫る…
槍の動きは、ベルにとってはスローモーションの様に見えていた。だが、避けない。何故か避けたくないのだ…
この気持ちは何なのだろう?
怒り?
苦しみ?
哀れ?
執着?
意地?
悲しみ…
こんな感情を過去に1度だけ味わった事がある… この世界ではなく、ベルがまだ日本人だった頃だ…
内容? 思い出せない…
この感情だけが心の、魂の奥底にあった。
ベルの左頬に目掛けて、衛兵の槍の柄が振り切られた。 3メートル程だろうか、ベルは吹き飛ばされるが、倒れない…
「何だコイツ! 賞金が1億エルだったもんだから、とんでもなく強いガキなのかと思ったら、てんで話にならないぜ!」
衛兵達の間で、下卑た笑いが巻き起こる。だが、1人の衛兵が異変に気付いた。
いつの間にか目の前から、手配されていた少年が消えたと思った瞬間、人が殴られた鈍く潰れた音が聞こえる。
隣にいた同僚が、幼い子供に殴られ爆ぜ吹き飛ばされていくではないか!?
「お、おい、何を!?」
衛兵は近づいてくるベルに向かい震えながら槍を構え直すが、また少年の姿を見失う。
余りにも速い身のこなしに全くついていけず、気づくと頬が砕かれた音が脳に響き、空中に舞いながら意識を手放すのであった。
「そうですか… 部屋に閉じ込めて置くだけでは飽き足らず… 今度は牢屋ですか!」
ベルが、フィリスティア王国第5王子を辞めた瞬間であった…
心残りはある。サーヤには悲しい思いをさせるかもしれない。母の病を最後まで診てあげたい…
それでも、自分はこの場所にいるべき人間ではないのあろう。
「ひ、ヒィィ… な、何が起きて…?」
怯え、焦る最後に残った衛兵が、仲間の増援を求め呼子笛を吹こうとした瞬間、乾いた破裂音が響く。
最後に残った衛兵の呼子笛を持った右手には、射撃魔術によって穴が穿たれ、血を流しながらその場に崩れ落ちて行った。
ベルはその衛兵に近づき、言付ける。
「ステイ・ノヴァク上等兵ですか… 父親はアール・ノヴァク男爵。 妹もいるのですね…」
「そうですか… あなたにお願いがあります。 この箱の中身を確実にパテカトル・ナボポラッサル王宮筆頭薬師に渡していただけないでしょうか?」
そう言って虚空から1つの木箱を取り出すベルの目には、解析魔術の魔法陣が浮かび上がっていた。
「この箱の中身は、あなたや、あなたのご家族… 延いてはこの国より価値が高い物です」
「もし、この箱がナボポラッサル王宮筆頭薬師に渡らず… 母が… いえ、アシエラ第5王妃様が亡くなったと言う噂を僕が耳にしたら… あなたの、妹を、父を、あなたの同僚の方達と同じ目に合せます」
「理解できましたか?」
怯えながら何度も頷くステイ・ノヴァク上等兵を見遣るベルには、何の表情もなかった…
「忘れないでくださいね… ステイ・ノヴァク」
その一言を残しベルは無色の粒子に変わっていくのであった。
どれくらいの時が経ったであろう… 惚けていたステイ・ノヴァクは思う。自分は助かったのだろうか?悪夢は去ったのだろうか?
恐る恐る、自分の横に置かれた木箱の中を覗き込む…
そこには、多量の見た事もないポーションと、どの様に作ったのか解らない上等な紙で出来た1封の封筒が残されていた…