第18話 終劇
吹き荒れる風がまた球体を象っていく。生半可な攻撃では、意味をなさない…
やはり、アレをやる決心がつく。
『工房魔法・入室!!』
ベルの身体が、無色の粒子に変わり掻き消えた…
世界の時間が停止している中、工房魔法内だけが時を刻む…
ベルは、無色のモニターの前で、日本刀の鞘の中に、自分が込められる限界量の魔気を溜めていた。身体中の魔力を気迫と混ぜ、鞘に移動させ留めて置くのだ。
その魔力操作は難しく、まだ魔力操作能力LV3の、ベルには時間が掛かってしまう。だが、ここは工房魔法内。いくら時間を掛けても問題ないのである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふぅぅぅー」
「ようやく、溜まってくれましたね…」
「そろそろ行きますか!」
ベルはゆっくりと目を開き、モニターに映る難敵の利き手側であろう右側を見つめる。
「工房魔法・退出!!!」
その瞬間、何の前触れもなく、イラーフのすぐ右側にベルが出現したのであった。
これは、ベルの工房魔法のLVが2に上がった時に、覚えた工房魔法特有の機能なのだ。
モニターに映る範囲のどこでも好きな所に退出できる機能。これを使われた相手には、一瞬で遠くに移動できる、御伽噺に出てくる転移魔法でも使った様に見える事だろう。
ベルが構える日本刀の鞘の奥深くに、魔法陣が浮かぶ…
『爆裂魔術・発動!!』
筒の中の爆発膨張力で、銃弾を発射する原理と同じなのだが… それを日本刀でやってしまおうと発想するのがおかしいのだ。人間、暇すぎると突拍子もない事を思いつくのだろうか…
身体能力魔術等を使わなければ、良くて、肩の脱臼。下手をすると腕が吹っ飛ぶのだ。
そんな物にさらに、魔気を大量に詰め込むのだ…
ベルが放つ抜刀の速さは、軽く音を置き去りにする。その威力は、人類が届かないはずの頂、ドラゴンのブレスの一撃に匹敵した。
暴風で形作られた球体に亀裂が入り、その向こう側へと刀が侵入する。しかし、その代償は大きい。日本刀には、いくつものヒビが入り、その刃は崩れ、既に物を切る事が出来なくなっていた…
だが、威力は止まらずにイラーフの右腕に直撃したのであった!
肉と骨が潰れて千切れる嫌な音と、鞘から放たれた爆裂の音が遅れて今更響いてくる。
ベルの持つ日本刀が砕け散ると同時に、イラーフは猛烈な勢いで吹き飛ばされ、部屋の壁を突き破り、後宮の廊下の奥へと姿を消して行った…
「はあ…はあ…はあ…」
限界まで魔気を注ぎ込み、へたり込むベルの全身に、強烈な痛みが走る。
「ぐっ!?」
流石に痛いです…
だから、この技は使いたくなかったんですよ…
もう、動けません!いや、動きません!
身体強化魔術等の重ね掛けは、大幅に能力が上がるのだが、後遺症が出るのだ。当たり前だろう… 身体の限界値を引き上げるのだから。
しかも、ベルはまだ5才。身体が出来上がっていないのだ… 骨や筋繊維に至るまでズタズタに引き裂かれているのだ…
治癒再生魔術を使うには魔力が足りない…
先ほどの技は、やはり限界の一撃であった。
パテカトル・ナボポラッサル王宮筆頭薬師は、全てを見ていた。いや、声も上げれず見ている事しか出来なかったのだ… この不思議な戦いを…
何故に陛下と殿下が親子同士で殺し合いをしているのか?
そもそも、エル・バアルの如き、殿下の使う魔法の数々は何なのだ…?
殿下は本当にエル・バアルなのかもしれない…
もし、本当にそうであったならば…
そう思い、ベルに話しかけようとした瞬間、一陣の風が吹き抜けて、満身創痍の男がベルの上へと舞い降りた。
ベルの胸を踏みつけ、左手で国宝アパラージタを構え、ベルの喉元へ突き付ける。
「はぁ、はぁ、俺の勝ちだな…」
「このクソガキが… 身体中いてーぞ… 後宮内でこんな威力の魔法ぶっぱなしやがって…」
「部屋がグチャグチャじゃねーか… アシエラの遺体をこれ以上壊させはしねえ…」
「「えっ!?」」
ベルと、パテカトル爺は、少し理解してきた… もしかして、この男は勘違いしているのではないかと…
パテカトル爺は恐る恐る問い掛ける。
「あの… 陛下…?」
「アシエラ様は、生きておられるのじゃが…?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「えっ?」
戦闘の余波で天蓋はどこかに吹き飛んでおり、ベッドには、イラーフと出会った頃の美しい姿のまま寝息を立てているアシエラがいた…
それを、黙って聞いていたベルは…
陛下…? 平価? 兵科? 話の流れからすると、やはり、陛下… ですかね…
陛下とは、王様とかに付ける敬称の事ですよね?
この国で陛下と呼ばれる人って…
My Father?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
き、聞かなかった事にしましょう…
解析魔術も使いませんよ?もう魔力も残っていませんし…
その時、ベルの喉元に突き付けられていた剣が落ちる…
「ぐへっ!?」
ベルを踏み越えてイラーフはアシエラの元へゆっくりと向かって行った…
「さ、触っても大丈夫なのか?」
サーヤが抱き着くアシエラを見ながら問いかけるイラーフ。
パテカトル爺は、気持ち良さそうに気絶しているサーヤに苦笑いしながら…
「先ほどから、サーヤ殿が抱き着かれても平気の様なのじゃ… 大丈夫じゃろうて…」
手を繋ぐ…
母とは、叶わなかった…
恐る恐る手を伸ばし、それを取る。
何も、崩れ落とさせぬ様…
優しく、ただ、優しく…
肩を震わせながら、跪く男からは…
声にもならない声が木霊していた…