第14話 疑念と侵入者
「ふぅぅー」
ベルは、一息つき、更なる魔術を行使する…
『魔力注入魔術・発動!』
今度は、アシエラのヘソのあたりに光り輝く魔法陣が浮かび上がる。これは、術者の魔力を他人に分け与える魔術なのだ。
アシエラの魔力は、今は、0ポイント… このまま放置しておけば、また直ぐに『ネクロゾーマ』が進行し始める恐れがある。MPポーションを持っていなかったベルが、考えて施した対抗策であった。
1分程で、魔力の注入が収まる。
「よし!これで最後です!」
『清潔魔術・発動!』
範囲内全てを綺麗にする魔術の光が、天蓋の上空から照射される。光が当たった場所から、たちどころに浄化されていく。
アシエラの崩れた組織片等の汚物がなくなり、天蓋の内側はまるで無菌室の様になっていった。
これで、一通りできる事は終わったかな…
確認でもう1回、ステータスを見ておいた方がいいかもしれないですね…
『解析魔術・発動!』
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名前
アシエラ・フィリスティア
年齢
25歳
種族
ヒューマン
性別
女
カップ数
E
状態
寛解(ネクロゾーマ保因者)
LV
55
HP
2200/2200
MP
3000/3000
魔法属性
水属性LV5
称号
潰し屋 百合姫 第5王妃 無能の母
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なになに…
ほうほう…
カップ数がEですか!
なかなかの逸材とみましたよ!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
えっ!?
見るのはそこじゃないですって?
コホォン! わ、わかっていますよ…
状態の『寛解』ですよね…
寛解とは、全治とまでは言えないが、一時的に病気が収まっている事を言うのだ。
そう、完治はしていない…
ベルが今、使える治癒再生魔術は、LV5までであった。魔術は、それ自体をいくら使い込んでもLVは上がらないのである。
これが、魔法と比べて劣っている唯一の事かもしれない。
では、魔術はどのようにしてLVを上げるのか…?
それは、魔術製作能力という魔術を作る能力のLV上げてから、魔術を作らなければLVは上がらないのだ。
魔術製作能力LV1なら、魔術はLV1のものしか作れない。
ベルはこの5年間、1日に何時間も何十時間も工房魔法内に引きこもり、ようやくLV5まで上げたのだ。
この能力というのは、使い込んだり訓練したりすればLVは上がるのだが、ベルの場合、工房魔法の力で魔力を振り分けLVを上げてもきたのだ。これは、一種のドーピグのような物であった…
例えば、アシエラの場合… 彼女は水属性魔法の使い手で、その才能は他人よりずば抜けており、訓練も怠らず続け、実践経験も同じ年代の者と比べて遥かに高い。それでも、LV5に昇りつめたのは20歳の少し手前の頃であった。
それに対し、ベルは5才で、すでにその域まで辿り着いているのである。工房魔法がどれだけ利便性に優れているのか…
だが、ベルは1人こもって、LVを上げ続けるのも限界を感じていた。LV6からは覚える為の魔力量の桁が跳ね上がるのだ…
さて、どうしたものかと考えあぐねていると、サーヤの声が聞こえてきた。
「うわぁぁ~ん! アシエラおねえざまぁぁ~~~~」
「よがったですよぉぉ~ 治ってるですよぉ~ 綺麗になってるですよぉおおお」
わんわんと子供の様に泣いて喜んでいるサーヤを見て、 胸を撫で下ろすベルであったが…
「…チュッ…チュッ…チュッ…」
まだ、寝ているアシエラに対して、祝福のベーゼを行いまくっているサーヤがいた…
サ、サーヤさん…?
そんな所までチュウするんですか!?
えっ!?そこも??
そ、その先は、流石に拙いのではないですか…?
いや… 良い仕事していますよ!サーヤ!
眼福ですっ!!
そういえば… 母上の称号の所に百合姫ってあったような気が…
「フゥ……」
サーヤの喜ぶ様子をみて安心したのか、ゆっくりと倒れこむベルであった…
その先で、1人の老人と視線が合う。腰を抜かし驚愕の表情で、ベルに 関心の目を向けているパテカトルは、ようやく口を開く。
「あ、あなた様は、いったい… 何者なのじゃ…?」
「なぜ、アシエラ様が治っておるのじゃ… 儂らが知っておる魔法にあんな物は存在しておらぬ…」
この世界では、治癒を行える魔法を持つ属性は、いくつかある。しかし、傷は癒せても身体の欠損は再生できない。
病にいたっては、患者の免疫力を上げるくらいであり、完治させる魔法などなかった。
当然である。そこまで医学が進んでいないのだ。病気の原因が解らなければ治すイメージもできなく、イメージができなければ、呪文も生まれず…
ただ、調合能力を使いこなすのに長けている、木属性魔法の使い手などは、他の属性の者に比べて病気に関する知識は高い。
パテカトルも木属性魔法の使い手で、王宮筆頭薬師にまで昇り詰めた者なのだ。まちがいなく、この国で一番の識者である。
その彼をもってしても、ベルの行為は全く理解できなかった…
「何者と言われましても… 僕は僕でしかありませんよ? べアル・ゼブル・フィリスティアです」
「ベルと呼んでいただいても構いませんよ?」
「それに… 母上の御病気は完治したわけではありません。今の、僕の魔術…」
「いえ、魔法の実力が今一歩及ばず、身体の再生は出来ましたけど… 病の進行を一時的に止めているに過ぎません」
身体を再生する?病の進行を止める?そもそも、べアル・ゼブル殿下は無属性の無能ではなかったのか?何故魔法が使えるのか?
パテカトルは、頭の中が混乱しながも、1つの結論に辿り着いた。
エル・バアル…
エルとは、ティルス大陸共通語で、神を指すのだ。バアル信仰を崇める者達からそう呼ばれている。医神の顔も持ち合わせているバアルを、パテカトルは、崇拝していた…
長い年月、薬師として多くの命を救ってきた。だがそれ以上の多くの命を救えなかった…
けして、見殺しにしたわけではない、自分のやれる事は全てやってきたつもりだが、自分の持っている知識では、魔法では、全く足りないのだ… 命を救う為には…
無力感… 何度味わった事だろうか。
何度、エル・バアルに祈りを捧げた事だろうか…
ベルは、エル・バアルなのか?
そう疑念を抱いて、問いかけようとした瞬間…
「!!!!!!!!!?」
何かが爆発したような音が響き、それと同時に、この部屋の扉が、粉微塵になって吹き飛ぶ。
暴風と扉の欠片が舞う中、1人の男が銀色に輝く両手剣を肩に担ぎ部屋に侵入してきたのだった…