第10話 アシエラ第5王妃part2
ムネヴィス辺境伯領都アシュケロン。その街の一角の街路で住人達が膝を折り、1人の少女に自然と屈膝の礼を行っていた。
屈膝の礼とは、高貴な者へとする最敬礼の1つなのだが、普段、平民達は、貴族に会ってもここまでは、畏まらない。むやみに無礼討ちをされない為に、胸に手を当てて軽くお辞儀をする胸敬礼をするくらいだ。では、なぜここまでの礼を少女1人にとるのか…
それは、ムネヴィス辺境伯領の領民達の、護国卿に対する深い尊敬と信頼の証なのかもしれない。それに、この少女、アシエラ・ムネヴィスの先のスタンビートにおける活躍は領都中の噂になっており、この屈膝の礼を行っている者達の中にも、アシエラに治療を受け、一命を取りとめた者も少なからずいるのである。
「皆さん、そこまで畏まらないでくださいな…」
困った顔をし少し照れ臭そうに、はにかむアシエラの姿に、男性達は頬を赤く染め、慕情の視線を送り、女性達は黄色い歓声を上げている。
「・・・・コホォン、えーっと、それで、子爵家の方はご存知かしら?この領地での強姦罪は、たとえ貴族であっても極刑に処される可能性があるのよ?」
極刑と聞き、モーリスは冷たい汗を背に掻きながら、どうにか動揺を顔には出さずアシエラに答える。さすがに商人をやっているだけに 肝が据わっている。これで、声の震えさえなければ合格点なのだが…
「お、お初にお目にかかります… わ、私奴はスコテ子爵の三男にあたります、モーリス・スコテと申します… ア、アシエラ姫のご高名はかねがね承っております… な、なんでも、戦場に咲く一輪の花の様に美しく、傷を負った者を治す様はまるで、聖女の様だと皆が噂しており、お目にかかりたいと常日ごろ思っておりました」
「お会いできた今は、確信を持って皆に言える事がございます。貴方様はお美しすぎる、聖女などではなく、女神と言っても過言ではございませぬ!!」
「ぜひ、この卑しい私奴にお手をお許し頂けはしないでしょうか?」
手を許すとは、貴族の男性が淑女の手の甲にに軽く口づけをする信頼や親愛を示す挨拶で、女性側は、それを断る事は余程の事がない限りしてはならないというのが貴族の淑女の習わしなのだ…
何とか、強姦罪だけは免れようとモーリスは、手八丁口八丁でアシエラを賛美して誤魔化そうと必死になる。しかし、アシエラは13才にして、この様な、おべんちゃらなど辟易するくらい聞いてきた。
この男、実家の爵位は言うくせに、自分の爵位を言わないって事は法官貴族にもなれない、平民落ちした元貴族ね…
ホント、男ってなんでこんな気持ち悪い奴等ばっかりなんだろう…
そう思いながら、アシエラはモーリスの喉元に剣を向けて答える。
「手を許して欲しいと言うのなら正直に答えなさい。モーリス・スコテ。この女の子にしていた行為を… 納得のいく説明をしてくださるのなら、手を許しましょう…」
「グッ… そ、それはですね… そ、そこにおられるサーヤ譲は、私奴の婚約者… 夫婦になる2人の行為など… いくらムネヴィス辺境伯の姫であらせられても無粋ではないかと…」
「そう… 婚約者ね… そうだとしても、こんなに幼い子を… しかも街中でなんて… これが広まればスコテ子爵の良識が疑われるわよ?」
この話を聞いていた、サーヤは焦った。事実ではない!自分はこんな男の婚約者になった覚えなどないのだ… 震えながら、サーヤは口を開く。
「お、恐れながら上申いたしましゅ… さ、先ほどは、あ、危ないところをお助けいただきましゅて…恐悦至極に存じましゅ… わ、私は、ムネヴィス辺境伯さまぁに、だ、代々臣従しておりましゅ…ボールドウィン準男爵家の長女の、サ、サーヤ・ボールドウィンと申しましゅ…」
「こ、この度は、父の亡骸の捜索に、じ、尽力していただき…感謝申しあげましゅ!」
「そ、それに… 私はこの方の婚約者になった事はありましぇん!!!」
震えて、目からは大粒の涙をこぼし、失礼のない様に必死に使い慣れない言葉で、アシエラに訴えるサーヤ。
な、なに、この子、可愛い!!! 噛みまくりながらこんなに必死になっちゃって!!!堪りませんわね…
アシエラは、サーヤをあやす様に優しく抱きしめ言い放った。
「この子の家は、代々我が家の寄り子よ!ボールドウィン卿は、今回の戦いにも従軍してくれて、勇敢にもドラゴンに挑まれ、この国を守る為に命を賭してくれたお方ですよ?そのお嬢さんに何てことしてくれるのよぉ!」
ムネヴィス辺境伯領では、魔物と戦う者達は英雄なのだ。サーヤの事は知らなくても、ボールドウィン準男爵は、領民達の中でもよく知られている英雄だった…
しかも、今回のスタンビートでは、前領主と共に戦い、共に戦死した、だが、その戦果はドラゴンの撃退なのだ。皆、感謝や尊敬などでは言い表せない感情がある。
その娘に… あんな事や… そんな事まで…
領民達は立ち上がった。そして、モーリスにじりじりと詰め寄る。ムネヴィス辺境伯領の風習として、魔物と戦い命を落とした英霊の家族は街を上げて手厚く援助するという暗黙の掟があった。だが、サーヤに対しては、知らなかったといえ、相手が貴族かもしれないというだけで、見て見ぬふりをしてしまったのだ…
掟を誇りに思っていた領民達にとって、自分達のこの恥ずべき行いは許されるものではなかった。例え、モーリスが王族であったとしても、ここの住民達は立ち上がっただろう。
恐れをなし腰を抜かすモーリス。
「ひ、ひぃぃー た、助け…」
住民達の中の屈強な男が、モーリスの胸倉を掴もうとした瞬間だった。
「清らかなる水の波紋よ、我が敵の足元に在れ、其れを、針と成せ ウォーター・ニードル」
モーリスの直下から針の形をした、高さ1m程の水柱が立つ。そして、それはモーリスの股間にある男性の大切な物が仕舞ってある袋を貫いた!
「!!!!!!!!」
モーリスが悲鳴をあげる間すら与えず、次の詠唱が終わる。
「生命の源、蒼き清浄なる水よ、我が手に集い敵を撃て ウォーター・アロー」
矢の形を模した水の塊が、正確にモーリスの股間に鈍い音を立てながら刺さっていく…
「生命の源、蒼き清浄なる水よ、我が手に集い敵を撃て ウォーター・アロー」
「生命の源、蒼き清浄なる水よ、我が手に集い敵を撃て ウォーター・アロー」
「生命の源、蒼き清浄なる水よ、我が手に集い敵を撃て ウォーター・アロー」
「生命の源、蒼き清浄なる水よ、我が手に集い敵を撃て ウォーター・アロー」
「ウォーターーー・アローーーーー!!!」
何本もの水の矢が股間を貫き、しぶきをあげながら散水していく。残された水溜りには、車にひかれたヒキガエルのように痙攣しながら仰向けに倒れているモーリスがいた。
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
住民達は自分の股間を抑えながら、この矢を放った張本人に向けて恐る恐る視線を移す…
そこには、猫を可愛がり撫でる様に、サーヤのあんな所やこんな所を撫でくり回しているムネヴィス辺境伯家の姫様がいた…
なでなでなで…
「男性としての極刑で、悪者はやっつけましたからねー もう安心ですよー」
なでなでなで…
「私の事は、お姉様って呼んでくれて良いですからね?いや、お呼びなさい?」
なでなでなで…
「えっ!?サーヤちゃんの大事な、ファーストなチュウがあんな輩に奪われそうになったですって!?」
なでなでなで…
「そ、それは…うらやまし… もとい、ショックよね…」
なでなでなで…
「そうだわ、サーヤちゃん!他の輩にファーストなチュウを奪われる前に… 私と… コホン、とりあえず我が家においでなさいな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
サーヤを半誘拐気味に、家に連れ帰るアシエラに対し、王国葬はどうするんだと、住民達は思ったが口に出せなかったのであった…
この日からアシエラには、潰し屋、百合姫、等の称号が付いたとか…