天使と悪魔 #悪魔
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欲望の街 下層
歓楽街
大娼館"ヨシワラ"#大倉庫
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レグルスとアイは、先程映像で見た倉庫を捜索していた。
食料品や酒、煙草等の嗜好品をはじめ、銃やナイフといった武器、ラブドール、手錠、蝋燭など"プレイ"用と思しき道具類。
更には般若の面や熊の着ぐるみなど、用途がよくわからないものまでありとあらゆる物が揃っている。
それらが雑然と放り込まれた不潔な倉庫を、草の根を分けるように探す。
「本当にこんなところにいるんですかねぇ」
見張り番のようにレグルス達の後姿を眺めるレディ・マスキュラーが吐き捨てる。
ありありと"さっさと出ていけ"というメッセージが込められているが、従う気などレグルスには毛頭ない。
もともと散らかっていた倉庫を、さらにかき乱しながら捜索を続ける。
ふと、通路の傍に黒い塊が落ちているのを発見する。
近付き、臭いを嗅いでみると、排泄物の刺激臭が鼻を突いた。
表面が水分を含んでいることから、最近になって排泄されたものだと分かる。
「近くにいるな」
「ええ…」
レグルスとアイはより慎重に歩を進める。
「見て、あれ…」
アイが何かを発見した。
白い塊と黒い塊。
「見つけたわ…」
2匹の子猫が身を寄せ合うようにして眠っている。
アイはおずおずと猫たちに近付く。
ぴくりと猫の耳が動き、黒い子猫が目を覚ました。
警戒するように、アイを見ている。
「大丈夫よ…何もしないから…」
赤子に語り掛けるように、アイが声をかける。
不思議なことに、アイに対する警戒が解除されたようだ。
黒猫のほうから擦り寄っていく。
「いい子ね…」
アイは優しく、子猫の頭を撫でている。
「案外呆気なかったな。」
レグルスは拍子抜けしたように呟いた。
様子を見守っていたマスキュラーが近付いてくる。
「こんなところに…まさかこいつらが…?」
レディ・マスキュラーは何事か呟きながら、眠っている白猫の方に歩み寄る。
黒猫が、それを見て警戒の鳴き声を上げる。
マスキュラーは構わず、白猫の方に手を伸ばした。
ブッ…
その時、突然水飛沫がレグルスに向けて飛んできた。
(何だ…?)
レグルスは顔を拭うと凍り付いた。
掌は真っ赤に染まっている。
血…血飛沫だ。
レグルスはアイの方を見る。
彼女も同じく、凍り付いている。
アイが凝視する先を、レグルスも見た。
レディ・マスキュラーだ。
マスキュラーは腕を、白猫に伸ばしていた。
しかし本来繋がっているべき、手と腕が切り離されている。
血飛沫が上がり、白猫が紅く染まっている。
マスキュラーは衝撃のあまり声を忘れてしまったようだ。
金魚のように口を閉じたり開いたりしている。
訳もわからず、財布でも拾うかのように、地面に落ちている自分の手を拾おうとした。
「動くな!」
レグルスは咄嗟に声を上げる。
レディ・マスキュラーは呆けたようにレグルスを見た。
足がふらつき、白猫の方に倒れかける。
シィァァァァッ…
黒猫が怪物のような声を上げる。
猫の身体に異変が起きた。
下半身をアイの元に残したまま、上半身だけが異様に長く、伸びていく。
まるで液体のように形を失った上半身が、黒い波となって走る。
「逃げろ!」
一瞬のうちにマスキュラーの目の前まで到達した、黒猫の上半身だった物質は、爆発的に膨張してその身体を吞み込んだ。
「やめろぉぉぉぉぉっ…」
今更のようにレディ・マスキュラーが悲鳴を上げた。
黒い波はその声にさらに反応し、マスキュラーの身体に巻き付き、締め上げ、切り裂き始めた。
衣服、皮、肉…人体が膾斬りにされていく。
凄まじい絶叫と血飛沫をまき散らして、ズタボロの肉塊と化したレディ・マスキュラーを、さらに執拗になで斬りにする黒い波。
やがて絶命して動かなくなると、黒い波は徐々に落ち着いていき、やがて黒猫の下半身の元に戻っていった。
レグルスもアイも、息すら忘れてその光景を見守っていた。
"対象となる生物に関して、いかなる詮索も禁ずる"…
Yの言葉が甦る。
(あの野郎、とんでもない仕事持ってきやがって…!!)
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欲望の街 下層
歓楽街
大娼館"ヨシワラ"#監視ルーム
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「ちょうど1か月程前からです。うちで惨殺事件が続くようになったのは」
黒猫は"責任者"を殺した後、疲労したのか眠りについた。
レグルス達は2匹の子猫をその場に残し、再びモニタールームに戻っていた。
「警察には?」
「言える訳ありませんよ。ウチはそもそも裏商売なんですから。」
黒服の男は青ざめた顔を横に張る。
一応、終末世界にも警察は存在する。
といっても自警団に近く、賄賂や違法行為が横行する、腐敗し切った組織ではあるが。
「それにどうせ呼んでも、大したことはできんでしょう。」
旧世界で確立されていた捜査手法は、国家の崩壊とともにその多くが失われてしまっている。
子猫が殺戮を行っていたなどという答えには、到底辿り着けなかっただろう。
「お前、俺がジェルマンからの紹介だと言った時、またか、と言ったな。あれはどういう意味だ?」
黒服は怯えた様子で答える。
「どうもこうも…ジェルマン…様はこのヨシワラの大口出資者なんすよ。だから無茶苦茶な事言ってくるのなんてしょっちゅうあるんです。」
聞けばジェネラルは、ヨシワラの匿名性を良いことに相当汚い事を行なっていたそうだ。
裏取引に人身売買、そして…人体実験。
(あの化け猫…まさかわざとここに逃がされたのか…?)
確証は無いが、ジェルマンなら十分にあり得そうだ。
「それで、どうします?」
黒服がレグルスを見上げる。
「…今までの死体は見られるか?」
「一応、映像に残してますよ。正直、見ない方がいいレベルのモンですがね」
黒服は心底嫌そうに言う。
「見せてくれ。」
黒服は抽斗から外部メモリーを取り出すと、先ほどレグルス達が見ていた端末にセットした。
死体の映像は、3つ。
1つ目の死体は、女だった。
ずたずたに引き裂かれ、辛うじて性別が分かる、そんな凄惨な死体だ。
ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音がした。
2つ目の死体も、女。
四肢が引きちぎられ、苦悶の表情を浮かべて絶命している。
状況を知らずにその死体を見れば、怨恨により拷問されたのだと思っていただろう。
(まるで生ある者を憎んでいるようだ…)
レグルスは考え込みながら、横目でアイの様子を確認した。
蒼白な顔で、必死に唾を飲み下している。
「次を。」
レグルスの指示に、黒服は躊躇する。
「どうした?」
「次のはもっと…ヤバイですよ?いいですね?」
黒服は自分に言い聞かせるように呟くと、端末を操作して次の死体を映し出した。
男女の死体。
女の死体は切り刻まれ、全身の皮が剝ぎ取られている。
その表情は、生きたまま皮を剥がれたのであろう、凄まじい激痛に歪んでいる。
そして男の死体は、どろどろに溶けたような状態になっていた。
薄ピンク色のヘドロとなった人肉が、骨やエンチャントメントの残骸とともに部屋中に飛び散っている。
本来臓器があるべきところは、肉と内臓が入り混じって溶け合い、赤黒く変色している。
半分溶けた目玉が、何かを訴えるようにこちらを見詰めていた。
「うっ…」
黒服の男が口を押えて部屋を出て行った。
「……」
その間も、レグルスは3つの映像を冷静に観察する。
(あの生物の攻撃方法は、自分の肉体を液体状に変化させて相手を切り裂く、あるいは抉り取る、そんなところか…。だが、この男の死体…溶けている…?一体どういう攻撃なんだ…?)
「レグルス、子猫が…」
その時アイが、別のモニターを指差した。
黒と白の毛玉のようなものが、もそもそと動き始めている。
「ちっ…!行くしかないか…!」
今逃がせば、さらに被害が広がるだろう。
サム・ジェルマンとYは、意図的にあの生物の危険性を隠していた。
恐らく話せば断られると考えたのだろう。
そのツケは必ず払わせなければならない。
その為に、あの生物は生け捕りにする。
動かぬ証拠を押さえ、サム・ジェルマンを脅して金を払わせる。
レグルスはそう決意して、倉庫へと向かった。
読んで頂き、どうもありがとうございます!
サム・ジェルマンという名前…錬金術師のジェルマンさんから連想していったんですが、よく考えるとサッカーチームのサンジェルマンに響きがそっくりだ…
知らない間に影響受けてたのかしら…
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