野良犬狩り #暗き生への手向け
3人を捕らえたレグルスは、さらに工場内を進む。
《4人がその奥のスペースにいる。》
その区画は機械が運び出された後なのか、比較的広いスペースがある。
中央にテーブルが置かれ、その周囲に4人の男がいた。
2人はソファに腰掛けて手元の端末を覗いている。
1人はテーブルで何かを食べており、床にマットを敷いて寝ていた。
《どうする?ここまで来たら強行策?》
「いや、1人も逃したく無い。ここもステルスで行きたいが…」
レグルスは少しの時間、思案する。
目を付けたのは2人の男が見ている携帯端末だ。
何を見ているのか知らないが、2人はその端末に有線接続している。
「ステラ、あれをハッキングできるか?」
『確認中です……無線ネットワークを検知……認証を突破中……成功しました。同一ネットワークに入ります。メディア同期開始……成功しました』
メディア同期が成功した途端、レグルスの視界いっぱいに女性の下半身が映し出された。
「……」
《っ!?………》
レグルスはさっさとその映像をオフにする。
アイがホッと息を吐いたような気がする。
「ステラ、あの端末から2人をハックしろ。」
『了解しました。ネットワーク遡上開始……対象者の生体ネットに接続成功……認証突破中……成功しました。』
「ショートさせろ」
レグルスの視線の先で、端末を覗く2人が小刻みに震え始めた。
残る2人は異変に気付いていない。
そのうちに、痙攣が激しくなり、2人のエンチャントメントから火花が飛ぶ。
「うおっ!?どうしたお前ら!??」
食事を食べていた男が、2人の異常に気を取られた。
レグルスはその隙を逃さず、移動を開始する。
寝ていた男は、ようやく目を覚ましたところだ。
ショートしている2人は、煙を盛大に吐き出し始めた。
もう1人の男は立ち上がり、ソファに一歩近付いた。
レグルスはエンチャントメントの出力を上げた。
立ち上がった男が二歩目を踏み出した時、レグルスはもう男の後ろに居た。
男がギョッとして振り返る。
レグルスはその顎を、下から掌底で打ち抜いた。
男の身体が宙に浮く。
レグルスは続けて腹部に左アッパーを抉り込む。
男が悶絶し、倒れた。
吐瀉物を吐き出す。
声すら出せずに、地面を転げ回る。
寝ていた男が、それを目撃して目を丸くする。
レグルスに向かわず、背を向けた。
逃げる気だ。
レグルスが逃げる男を追う。
と、突然男の脚が、産まれたての鹿のように震え始めた。
《止めた!仕留めて!》
(遠隔ハッキング…工場内のネットワーク機器からか…)
レグルスは男の首に手刀を叩き込んだ。
男が気を失って前に倒れる。
しかし…
《…っ!?残りの仲間が動き出した…!?》
「…コイツをハッキングした時にアラートが出たんだろう。」
インプラント・フォンの向こうで、アイが小さく息を呑んだ。
《私のミス…》
「気にすんな。問題ない。」
《……》
レグルスはもう隠密はせず、走り始めた。
残るは3人。
大した相手ではない。
《3人のうち、2人があなたに向かってる。最後の1人は逆方向に逃げ始めたわ》
アイは動揺を見せず、ナビゲートを続けている。
「了解。ステラ、俺の音声モジュールと聴覚モジュールをオーバーライドしろ。」
『了解しました』
もう隠れる必要もない。
レグルスは向かってくる2人を瞬時に無力化する為、自らのエンチャントメントの一部をステラに明け渡す。
『オーバーライド、成功しました。』
通路の奥にマズルフラッシュ。
2つの銃口から9mm弾が乱射される。
「咽び泣く亡霊だ。」
『了解しました。バンシー・インパルス・プログラム起動。指向性音圧を1024dBに設定。聴覚を遮断します。』
レグルスの聴覚が遮断された。
声の代わりに、視界にプログラムの準備状況が表示される。
86%…93%…100%。
レグルスは口を開き、通路の角から小さく顔を出した。
『バンシー・インパルス…発射』
レグルスの口から、3tHz×1024dBの指向性超音波が放たれた。
破壊的な超音波が、一瞬にして敵の聴覚モジュールを破壊する。
『対象の無力化に成功しました。オーバーライドを解除します。』
聴覚が戻ると同時に、レグルスは走り出す。
最後の1人を捕らえなければ。
工場の奥。
倉庫と思しき場所に辿り着く。
「いるのはわかってる。観念して出てこい」
呼び掛けへの返答は、唸るような重低音だった。
「エンジン音…?」
《大型の熱源を検知!何か出てくるわ!》
倉庫の奥の壁が爆砕した。
レグルスは飛んでくる破片を躱す。
現れたモノを睨む。
黒くくすんだその全長は3m程。
二足歩行のようだが、膝関節が後ろに曲がった逆関節型。
肩部武装にレーザー砲、手には2m近い実体ブレードを保持している。
『敵機体の照合中……照合成功しました。|戦闘用人型全身強化外骨格/XA76-1a、通称"ジャベリン"です。』
XAはエグゾ・アーマーの略だ。
76-1aは旧西暦2076年に開発されたという事で、1aのaは量産化に伴う改良型という意味を表す。
終末戦争の初期には、まだエンチャントメント技術は未成熟であった。
その為当時は内装式ではなく外装式、生身の肉体の外側に機械式の装甲を構築する技術が主に用いられていた。それがエグゾ・アーマーである。
「ひゃっははははーっ!!!死ぬのはテメェだクソ野郎っ!!!」
"ジャベリン"は特に大型のエグゾ・アーマーで、装着しているというよりは"操縦している"と言った方が正しい。
その操縦席に、モヒカン頭の男が乗っている。
逃げたのではなく、迎撃の為にジャベリンを起動していたのだ。
ジャベリンの肩部レーザー砲塔が稼働した。
大出力化学レーザー"MTHEL-S-3"は、2000年代初頭から研究開発されていたレーザーシステムの最終形と言える。
かつては移動させるのにセミトレーラー数台が必要であったそうだが、それを大型エグゾ・アーマーに装備できるレベルにまで小型化、安定化させている。
レグルスは視界上で赤外線を可視化した。
MTHELから放たれる赤外線は光速であり、撃たれてから回避することは不可能。
しかしレーザーが収束してレグルスの装甲を破るまでは僅かな時間差が生じる。
その刹那の時間に、レグルスはレーザー光の射線から身を躱す。
多少肩が焼かれたが、機能に問題はない。
サイドステップから一気に前へ跳ぶ。
MTHELのレーザーは指向性で、砲塔の稼働範囲から外れれば回避可能。
ジャベリンの至近距離は射線から外れる筈だ。
近接戦闘レンジで、レグルスはジャベリン相手に立ち回る。
ジャベリンがブレードを振る。
タングステン製大型ブレード"TF-2000"は、斬るというよりは、その重量により"圧し斬る"武器だ。
振り回されたブレードが、鉄製の機械をぶった斬った。
レグルスのエンチャントメントでも、直撃すればタダでは済まないだろう。
巨大かつ高重量のブレードを、ジャベリンはパワーに任せて振り回してくる。
レグルスはそれを躱すので手一杯だ。
「ステラ、ハッキングできるか?」
『遠隔接続試行中……失敗しました。リトライ中……失敗しました。再度リトライ……』
「ちっ!ダメか。大層なブツを用意しやがって…!」
旧世代のマシンとはいえ、ジャベリンの戦闘能力は凄まじい。
下層のチンピラが簡単に手に入れられる物ではない筈だ。
(想定よりデカい根に繋がってやがるな…)
距離を取ればMTHEL、近付けばタングステンブレード。
レグルスは攻めあぐね、防御一辺倒になりつつあった。
と、突然、倉庫内の工業機械が大きな音を立てた。
クレーンがめちゃくちゃに動き始め、長い首が棍棒のようにジャベリンに直撃した。
《今よ!》
アイの声が脳内に響く。
「ナイスアシストだ…!ステラ、シナプス・リンク《超伝神経接続》、レベル1!」
アイが作ったチャンスを逃さず、レグルスは切り札を切る。
『了解しました、マスター。シナプス・リンク開始。換装式強化義身をオーバーライドします。』
|オリジナル・ナーバス・システム《ONS》を機|オルタナティブ・ナーバス・システム《ANS》がオーバーライド。
全エンチャントメントのリミッターを解除。
シナプス・リンク・レベル1により、110%の性能向上を果たす。
ジャベリンの動きが、まるでコマ送りのように遅くなる。
タングステンブレードの横薙ぎを躱すと、レグルスはさらに近く…近接格闘の間合いまで踏み込む。
ジャベリンはまだ、ブレードを戻せていない。
レグルスはリボルバーを抜いた。
ジャベリンの右膝関節に、50インチ弾を2発、撃ち込む。
さらに裏へと回り込み-ジャベリンはようやくブレードを引き終わった-、左脚の膝に3度、トリガーを引いた。
M500が火を噴き、膝関節を破壊する。
ジャベリンが重量を支える脚部を破壊され、斜めに倒れる。
レグルスはシリンダーをスイングアウトし、エジェクターを押して廃莢、スピードローダーを使ってリロードした。
M500を再び構える。
加速する時間の中で、レグルスはジャベリンの操縦席まで駆ける。
操縦席は直方体の箱状で、上部のキャノピー部分だけが透明の強化ガラスでできている。
キャノピーと装甲の接着部に狙いを定め、5回、トリガーを引く。
リロードし、さらに5発。
僅かに入った亀裂に、強引に指を突っ込む。
リミッターの外れたエンチャントメントの怪力で、強引にこじ開けた。
モヒカン頭は驚愕で凍り付いていた。
「終わりだクソ餓鬼。」
レグルスはその顎を左フックで打ち抜いた。
/*ーーーーーーーーーーーーーーーーー
欲望の街 下層
レグルスの自宅兼事務所
ーーーーーーーーーーーーーーーーー*/
「野良犬全員の身柄を確認しました。ご苦労様でした。」
ジャベリンを倒してストレイ・ドッグス全員の拘束と、制裁を済ませた後、レグルスは事務所にMを呼び出していた。
「ああ。報酬は?」
「こちらです。」
レグルスは自分のウォレットに、約束の金額が振り込まれたのを確認した。
「確認した。また頼む。」
「わかりやした。…しかし旦那の事はある程度知ってるつもりでいやしたが、…俺の目は節穴だったみたいですね。」
Mは少し慄いたような様子を見せた。
「不満か…?」
「いえ、金のなる木を見つけた気分ですぜ」
Mは誤魔化すように笑った。
立ち上がり、踵を返す。
「これからもご贔屓に。また来ます。」
「幸先の良いスタートね。」
アイが湯気の立つマグカップを持って部屋に入って来た。
「はい、コーヒー」
「…随分気が利くじゃねぇか。」
「今日はミスもあったし…そのお詫びよ。」
「そうかい。」
レグルスは受け取ったコーヒーを啜る。
…苦い。
(今度淹れ方を教えないとな…)
表情には出さず、濃すぎるコーヒーを飲み干す。
「美味かった。ありがとさん」
「そう?なら良かった。ところで…」
アイは少しだけ緩んだ表情をまた引き締める。
「あの女の人は…」
「その事は忘れろ。」
レグルスはにべもなく言う。
「でも…」
「あの女の人生はな…子供が死んだ時点でもう、終わってんだよ。そっから先は…真っ暗闇だ。」
「…だったら、なんであんな条件を出したのよ?あの人を助けようとしたんじゃないの?」
レグルスは卑屈に嗤う。
「助ける?そんな訳ないだろ。俺はあの女を利用して金を稼いだだけだ。ただ…」
「ただ?」
「あの女の…暗闇の人生に、最後に派手な花火を打ち上げさせてやりたいと思った。たとえその後、もっと酷い現実に堕とすことになろうとな。」
「…屑どもを惨たらしく殺す権利を与えることが、私達が出来る唯一の手向け…悲惨な世界になったのね…」
アイは悲しげに呟く。
「そうだ。今のこの世界は…そんなところだよ。」
レグルスは答える。
自らの行為の意味を噛み締めるように。
読んで頂き、どうもありがとうございます!
名探偵コナン方式といいますか、短めの章立てを1話完結みたいな形で連ねていくやり方にしています。
章が長くなり過ぎて途中でダレてしまう、というのをずっと繰り返していたので、そうなるくらいなら短くまとめたものを繋げていく方がいいなと思いまして…
感想、コメント等頂ければとても励みになります!
どうぞよろしくお願いします!