野良犬狩り #ストレイ・ドッグス
《ターゲットのマーキング開始……完了。全部で10人いるわ。》
インプラント・フォンから、アイの声が聞こえる。
レグルスは数日間、ザ・スラムで聞き取り調査をした。
野良犬という若者のグループが、暴れまわっている…
妙に羽振りがよく、怪しい仕事をしているのではないか…
行方不明の子供が多い…
そして得た情報を総合し、野良犬の拠点を突き止めた。
奴らの溜まり場は、稼働停止した廃工場が並ぶエリアにあった。
アイは事務所に残り、オペレーターとして参加している。
正直、オペレーターなど不要だと考えていたレグルスだが、素早く的確に情報を伝えてくるアイの手腕に内心舌を巻いていた。
「了解。作戦通り北口から侵入する。」
レグルスはブロック塀の裂け目を潜り、工事の敷地内に入る。
この工場には何故か電気が通っているようだが、設備は明らかに古く、セキュリティ機器も無い。
レグルスは視覚をサーモグラフィーに切り替える。
熱源反応が1つ、こちらに近付いてくる。
見回りか何かだろう。
《1人が接近中。他の9人に動きは無いわ。》
「了解。まずはこいつを無力化する。」
『建屋内をスキャニング中……マッピングに成功しました。ターゲット1の進路を予測します……予測成功。』
レグルスはステラの予測を確認し、工場の建屋内に入る。
物陰に隠れていると、1人の男が口笛混じりに歩いて来た。
ヒョロ長い四肢をしたサングラスの男。
そいつが目の前を通りかかった瞬間、レグルスは男の首にあるポートに素早くケーブルを突き刺した。
男が反応するよりも早く、ステラが男のファイアウォールを突破し、シャットダウンした。
力無く崩れた男を、レグルスは物陰に隠す。
そして男の全身を、ワイヤーで縛り上げた。
《流石ね。まずは1人…》
「いや、まだだ。」
何事か言いかけたアイを遮り、レグルスは大ぶりのファイティング・ナイフを抜いた。
「ステラ、音声モジュールをハック。」
『了解しました……ハッキング成功。』
「ミュートしろ。」
『了解しました……音声出力はミュートされています。』
《あなた、一体なにを…》
レグルスはナイフを振り上げると、男の膝に突き刺した。
男の身体が痙攣する。
激痛で目を見開くが、男の体の自由はステラが掌握したままだ。
口を大きく開き、唾を飛ばすが声も出せない。
芋虫のように全身をくねらせ、男はレグルスを睨む。
「痛覚緩和装置付きか。最近の餓鬼は良いもん入れてやがる。」
換装式強化義身には一定以上の痛みを遮断したり、和らげたりする物もある。
比較的高価な義身だ。
「ステラ、アンチ・ペインを切れ。」
『了解しました……』
男が大きく目を見開き、何かを喚く。
勿論、声は聞こえないしレグルスに止める気は無い。
『遮断に成功しました。』
途端に、男の身体が先に倍する動きで痙攣し始めた。
本来の痛みを味わっているのだろう。
レグルスはそれを確かめると、抉れた膝を更に抉り込んだ。
男のもがく様子を観察し、更に痛みを、罰を与え続ける。
5分ほどそうした後、男は意識を失った。
レグルスは男の服でナイフを拭う。
《…あなたにそんな趣味があったなんてね》
心なしか冷ややかな声で、アイが言う。
《生捕りにするんじゃなかったの?》
「この程度じゃ死なねぇし、こいつらが受けるべき罰はこんなもんじゃねぇ。」
《…どういうこと?》
「すぐにわかる。」
レグルスは立ち上がり、工場内を進む。
時代遅れの鉄製機械が建ち並び、錆と埃の中で沈黙している。
『ターゲット2、及び3を確認。』
《敵はまだこちらに気付いてない。その2人は孤立してるわ。》
「了解。ステラ、敵の移動ルートを示せ。」
レグルスの視界に、敵の推定移動ルートがオーバーレイされる。
1人は作業中なのか、動かない。
もう1人はこちらに近付いている。
「ったく、今度のガキはハズレだ。」
レグルスが聴覚に意識を集中すると、敵の会話が聞こえてくる。
「最悪だ、クソ!きったねぇのを我慢してんのによ!クソ!」
「落ち着けよドク。また次のを攫ってこりゃいい。」
「うっせぇぞボケ!解体すんのはいつも俺だろうが!!テメェらが質の悪いガキ持ってくるから、こんなに何人もバラす羽目にはるんだろうが!!」
《なんなの一体…》
アイの訝しげな声。
「……」
レグルスは黙って移動を開始する。
作業をしている男=ドクは動かない。
もう1人を先に狙う。
「へいへい、次は頑張りますよ、ドク。」
男はそう言って、部屋を出た。
そのまま歩いて割れた窓の近くに来る。
レグルスは男が煙草に火をつけるのを、通路の角から確認する。
「うっせぇ野郎だ。殺してやりてぇ…」
男は苛立たしげに煙を吐き出している。
レグルスは素早く移動し、男の後ろに立つ。
この男も全身エンチャントメント。
レグルスは再びケーブルを首に差し込む。
ステラがハッキングし、男がシャットダウンされる。
男を転がしておき、レグルスはもう1人の男を窺う。
ドクと呼ばれた男は異変に気付かず、作業を続けている。
ドクが作業している区画は、明らかに異質だ。
部屋の中に、さらにガラス張りの区画が設けられており、その中は塵一つ無い。
ガラス区画の入り口は二重になっており、"隔離室"とタグが付けられている。
隔離室の中にはドクがいる作業台の他に、2m程もある透明の容器が3台並んでおり、その中には肉片のようなモノが複数浮かんでいた。
ドクの纏う白衣は、赤黒く変色している。
作業台の上には赤黒い何かが載せられており、ドクはそれを、電動ノコギリや巨大な鋏等を用いて分解しているようだ。
刃が物体に食い込むと赤い液体が飛び散り、その度にドクは悪態をついている。
《あれは何なの…?》
「……」
レグルスはアイを無視して、隔離室への侵入方法を検討する。
隔離室の天井には空調設備が取り付けられており、小さいが排気口がある。
「"スパイダー"を使う。ステラはコントローラー。アイは他の奴の動きを見張れ。」
レグルスはバックパックから、掌大の立方体を取り出した。
中央を押し込み、地面に置く。
立方体が細かく振動し、変形を始める。
8本の脚が生え、小型の蜘蛛型モジュールが姿を現した。
『スパイダー・モジュール起動確認。ネットワークリンク中……成功しました。リモートコントロール開始。』
スパイダーは4つのカメラモジュールをバラバラに動かしながら、移動を始める。
重力など無いかのように壁をよじ登ると、割れた天井を抜けて見えなくなった。
少し待つと、スパイダーは隔離室の直上に現れた。
出糸突起を震わせると、透明の糸の先端を梁に付ける。
スパイダーが糸にぶら下がり、音もなく隔離室の天井に取り付いた。
排気口まで移動すると、隔離室内に侵入する。
ドクは迫り来るスパイダーに気付かない。
スパイダーはドクの背中側から近付き、狙いを定めた。
『麻酔針起動……循環系への侵食可能部位を特定中……特定完了。』
「撃て。」
『発射。』
スパイダーから目に見えな程小さい針が発射された。
針はドクの首に刺さる。
「っ…!?なん…だ……?」
すぐに酩酊状態に陥ったドクは、作業台を派手にひっくり返しながら倒れた。
暫く床の上を這い回っていたが、完全に麻酔が効くとピクリとも動かなくなった。
『無力化を確認しました。』
ステラからの報告を聞きながら、レグルスは隔離室に向かう。
「ステラ、開けろ」
スパイダーが室内の端末まで移動し、触肢を伸ばす。
端末のポートに触肢を突き刺し、ハッキングする。
隔離室の扉が開いた。
レグルスは隔離室の中に入る。
床のあちこちに、血みどろの物体が散らばっている。
白い棒のようなモノ、赤黒く細長い管状のモノ…
《これ…人…体…なの?》
アイが息を呑む。
「全身移植結合手術を知ってるか?狂った金持ちの、鬼畜の所業さ。」
フランケンシュタイン・オペレーションとは、その名の通り患者の全身を、患者の望むように移植・結合する手術のことだ。
「上層部、特に空中庭園に暮らす、大層な金持ち共はな、自分の子供の気に入らねぇ部分を全部取っ替えちまうのさ。」
髪や目の色、身長、体格、内臓や血液、果てはペニスの長さまで。
自らの子孫を"理想の"子供にするために、金持ち達は目も眩むような大金を払う。
「手術に使われる"パーツ"は何処から調達されてると思う?人工培養だと思うか?」
《何を言ってるのよ…?》
レグルスは床中に散らばる人体だったモノを指し示す。
「これが答えだ。連中は手っ取り早く"パーツ"を手に入れたい。だから下層から調達してるのさ。この餓鬼共は、その下請けだ。」
《………》
「だからコイツらは…」
レグルスは乱雑にドクを縛り、馬乗りになる。
「罰を受けなきゃならねぇ。死にたいと懇願する程の、地獄の罰を。」
レグルスは床に落ちていたペンチを拾い上げる。
「ステラ、この部屋の防音レベルは?」
『複数のノイズキャンセラーを検知。Dr-200以上と推測されます。』
「ふん…防音は万全って訳か。屑どもが」
レグルスはドクの口を強引に開くと、ペンチで前歯を強引に抜いた。
「あ、あああああっ!?!!!?ああああ!!」
激痛でドクが目を覚ます。
構わずレグルスは次の歯を挟み、力一杯抜く。
「ぎゃあああああっ!!??あ、あああ…」
「気持ちいいだろ?テメェのバラした子供も、同じ気分だったろうよ。遠慮はいらん。じっくり味わえ。」
10分ほど、レグルスはドクに地獄の痛みを味合わせた。
失神したドクに唾を吐きかけると、レグルスは先ほど捕えたもう一人の男を連れてくる。
男はドクの味わった拷問を見て、全身を震わせている。
口が金魚のように動く。恐らく、助けを乞うているのだろう。
「安心しろ。」
レグルスは相手の目をまっすぐ見て、言った。
何を勘違いしたのか、男の表情に希望の色が灯る。
レグルスはそれを見て、悪魔の笑みを浮かべた。
「全員、同じ目に遭わせてやるよ。」
いやいやをするように首を振る男に、レグルスは存分に罪を償わせた。
気絶した男をドクの横に転がす。
《生け捕りにするのは…》
アイがゴクリと唾を飲み込んだ。
《依頼主に復讐の機会を与えるため?》
「そうだ。全員、死にたいと懇願するだけの地獄を見せる。まずは俺が。次はあの女がな。この餓鬼共には当然の罰だ。そうだろ?」
《ええ…そうね…》
アイは一呼吸の後、ハッキリと言った。
《獣に情けは無用よ》
読んで頂き、どうもありがとうございます!
サイバーパンクな世界観って、ビジュアルが無い文字ベースだと伝えるのが難しいよなぁ、と思いつつ、ヒャッハーしがちな胸糞野郎達、という敵のキャラ付けで表現をしてみました。
サイバーパンク2077に居たよね?そんな奴いっぱい…
という気持ちで書いております。
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