謎の少女 #ガーディアン
時間にすると1秒も経たず。
レグルス/アバターがガーディアンのFCSをシャットダウンした。
ガーディアンの動きが止まる。
レグルスはそれを見届けると、警戒を緩めず、近付いていく。
FCSはガーディアンの全ての火器をコントロールしている筈だが、油断はできない。
ダンジョンでは油断した者から死んでいく。
レグルスはそれを嫌と言うほど知っていた。
レグルスはリボルバーを顔の前あたりで構えると、ガーディアンの動力炉に狙いを定め、トリガーを引いた。
一度リロードを挟み、10発を撃ち込んで、ようやくガーディアンは機能を停止した。
レグルスはようやく1つ息を吐き出す。
「これで片付いたか…」
『マスター。離れて下さい。』
ステラが唐突に警告した。
レグルスは即座にその指示に従う。
ステラの言う事に疑問など挟まない。
そうする間に死ぬ事など日常茶飯事の世界だ。
バックステップしてから、機能停止したガーディアンを改めて観察する。
破壊した動力炉とは別の動力源があるらしい。
停止したシステムが再起動され始めた。
『メインシステムのダウンを確認……ネットワークからバックアップを起動……失敗……スタンドアロンモードで起動……成功……警告…スタンドアロンモードでは一部の機能が制限されます…システム再起動……』
破損した動力炉、各種銃火器が強制排出された。
ガーディアンの脚部が稼動し、4本の足で巨体を持ち上げた。
切り離した榴弾砲の代わりに、馬鹿でかい斧を装備している。
「ステラ、ナノマシンは?」
『既に機能を停止しています。』
ナノマシンの稼働時間は短い。
極微細マシンに複雑なタスクを実行させることは、それだけエネルギーを消費する。
放たれた環境から自立的にエネルギーを調達できるハイエンド機種も存在するが、レグルスには手の出せない代物であった。
「やるしかないか…」
ガーディアンがレグルスに向けて斧を振った。
風圧で瓦礫が崩れるほどの一撃。
レグルスはバックステップで躱す。
リボルバーを構えるが、撃つ隙が無い。
出鱈目に振り回される大斧が、正確な狙いを妨げている。
レグルスは作戦を切り替える。
踵を返すと、通路を引き返した。
ガーディアンが周囲を破壊しながら追って来る。
このエリア一帯は最近になって発見された。
既に発掘し尽くされたと考えられていた上層での新発見であり、中層以下に挑めない中小規模のトレジャーハンター達がこぞって挑んだ。
美味い話には裏があるとはよく言ったもので、ここにはガーディアンを始めとした大量の罠が待ち構えていた。
レグルスは走りながら、ここに至るまでに突破してきたトラップをハッキングしていく。
いざという時に備えて、いくつかのトラップにバックドアを仕込んでいたのだ。
『バックドアより侵入成功……管理者権限を上書き……成功しました。据付型自立起動機関砲を起動します。』
大きなゲートを守るように備え付けられていた2門の機関砲が起動した。
本来はレグルスを狙うべきそれらは、味方であるガーディアンに狙いを定め、火を噴いた。
ガトリング砲の7つの砲身が高速回転し、数秒の内に数百発の30mm弾を発射した。
ガーディアンに無数の弾丸が飛来する。
対戦車徹甲弾が強化装甲を切り裂いていく。
ガーディアンは被弾をものともせずに加速し、大斧を振り下ろしてタレットの1門を破壊した。
ボディに無数の穴を穿たれながら、残るもう1門に襲い掛かる。
レグルスはその隙を逃さず、トリガーを引く。
四脚の稼働部に弾頭が食い込み、煙を上げる。
ガーディアンがバランスを崩す。
しかし倒れ様に、タレットの銃身を鷲掴んだ。
ガーディアンの左手と相打ちになって、タレットが沈黙する。
レグルスは後方に回り込み、ガーディアンに迫る。
巨体が動き始める。
狙うは背面にある予備動力。
レグルスは一瞬立ち止まり、トリガーを4回、引いた。
ほぼ同時に発射された4発の弾頭が、ガーディアンの装甲を穿つ。
レグルスはリボルバーを捨て、跳んだ。
「ステラ!!シナプス・リンク、レベル2!」
『了解しました、マスター。シナプス・リンク開始。換装式強化義身をオーバーライドします。』
レグルスはステラと意識を統合する。
エンチャントメントは普段、その性能を制御されている。
人体を遥かに超えた能力に、脳が耐えられないからだ。
シナプス・リンクはその限界を突破するために考案された技術で、生得的神経回路=|オリジナル・ナーバス・システム《ONS》である脳及び脊髄からなる神経系等を、機械的神経回路=|オルタナティブ・ナーバス・システム《ANS》である量子プロセッサ及び量子回路でオーバーライドすることで、人智を超えた神経反応が可能になる。
シナプス・リンクは神経統合の程度によりレベル分けされており、レベル2の統合でエンチャントメントは通常時に比して凡そ150%の性能を発揮できるとされている。
レグルスのエンチャントメントがリミッターを超えて、駆動する。
レグルスはガーディアンの背中に取り付くと、ひび割れた背面装甲に拳を叩き込んだ。
一撃で鋼鉄製の装甲がひび割れ、二撃目で内部に挟み込まれたセラミックが露出した。
次の一撃でセラミックが砕け、その下の鋼鉄板に拳がめり込む。
危険を察知したガーディアンがレグルスを振り落とそうと滅茶苦茶に動き回る。
しかしシナプス・リンクによって超強化された身体能力と神経反応で、レグルスは巧みにバランスを取る。
「終わりだ」
レグルスは最後の一撃を打ち込んだ。
装甲が破断し、その内部の予備電源を拳が貫く。
ガーディアンは全身の回路から火花を上げ、停止した。
/*ーーーーーーーーーーーーーーーーー
超深度地下構造体 上層 レベル3
遺物保存室
ーーーーーーーーーーーーーーーーー*/
「さて…何があるか…」
レグルスはガーディアンが守っていたアーティファクト保管室へと向かう。
ダンジョンとはそもそも、芸術品や発明品等、人類の遺産とも言える物品を保護・管理するために作られた巨大構造体だ。
文字通り全てを焼き尽くした終末戦争から、人類の歴史を守るため築き上げられたものだという。
ガーディアンのような防御機構は、収納されている遺物=アーティファクトを守るために設置されている。
故に強敵を超えた先には、それだけの価値があるお宝が待っている可能性が高い。
今更そのような物に興味が無いレグルスでも、微かに興奮を覚える。
まだ見ぬ遺物を求めて、ダンジョン攻略に明け暮れた日々の残滓。
熱く猛った魂の、残り火だ。
レグルスは疼く心を抑え込み、務めて機械的に作業を進める。
保管室の扉は固く閉ざされ、生体認証などのセキュリティを突破しなければ中に入れない。
ナノマシンはもう手持ちがないため、レグルスは原始的な手段を採用する。
白い粘土状のものを扉と壁の接地部分に塗りつけ、雷管を差し込む。
雷管からケーブルを伸ばして、物陰に隠れる。
手元のスイッチを押下した。
2アンペアの電流がケーブルを流れ、点火薬を発火させた。
秒に満たぬ時間の後、その熱が起爆薬を呼び覚まし、爆発させる。
その爆発が添装薬をも起爆させ、爆轟と発熱を生んだ。
C4爆薬が起爆し、爆発した。
衝撃と爆煙。
レグルスは目を閉じ、口を開けてそれをやり過ごす。
しばしの沈黙。
レグルスが扉を確認する。
上手くいったようだ。
扉は内側に倒れ、保管室への道が開いた。
レグルスは瓦礫を踏みしめて、部屋の中へ踏み入った。
冷んやりとした空気が流れ出てくる。
湿度は低く、低い電子音が聞こえる。
今も保全装置が有効である証拠だ。
レグルスの胸の高鳴りが、少しだけ大きくなった。
ダンジョンは現在、全てが人間の手を離れて|地下構造体管理拡張AIのコントロール下にあり、その全容は誰にもわからない。
ダイダロスがいつ、どこに、どんな階層を創り出すのかは神ならぬダイダロスのみが知る、という状態だ。
中には部屋だけ作られて中身はもぬけの殻、などということも少なく無いのだ。
(少なくとも、モノはあるってことだな…)
果たして何が出るか…
この階層では近世から近代にかけての美術品が多く発見されている。
ダンジョンで見つけたアーティファクトはF.C.F.Sの原則に従い、最初に発見した者に所有権が移る。
手に入れたアーティファクトを売るも良し、AIの学習データにするのも自由だ。
(ステラのスコアはランクS、それを伸ばすとなると準超級遺産級は欲しいところだが果たして…)
この期に及んでスコアアップを考えている自分に気付き、レグルスは苦笑いする。
(関係ないな今更…)
レグルスは妙に力の入っていた肩を軽くほぐすと、先ほどまでと打って変わって気軽に歩みを進めた。
その保管室は、今までレグルスが見てきたものとは少し違っていた。
壁中に、まるで血管のように配線が張り巡らされている。
それらは全て、部屋の奥へと続いていた。
また、部屋の至る所には稼働中の機械が敷き詰められている。
それらから放出される熱量を分散させるため、天井には無数のダクトがあり、唸りを上げて空気を吸い込んでいる。
(これほどの設備が必要な遺産…まさか…)
レグルスは嫌な予感を抱きながら、機材を押し退けて進んだ。
そして、部屋の最深部でそれを発見した。
「永久冬眠機…」
それは巨大な卵のような楕円形の球体であり、無数の配線に護られるように鎮座していた。
球体は曇っており中は伺い知れないが、予感が的中したレグルスは既にそれへの興味を失いつつあった。
なぜなら、未だかつてコールド・スリープから目覚めた人間はいないからだ。
終末戦争の中期。
1000年戦争の様相を呈してきた戦いから逃れ、自分自身を後世に遺したいと考えた金持ち達がいた。
彼らは大金を投じて|永久冬眠機開発プロジェクト《ヒュプノス・プロジェクト》を立ち上げ、それを完成させた。
そして投資額の多い者から順次、ダンジョンに赴いてコールド・スリープに入った。
1000年の後、新たな世界での目覚めを夢見て…
しかしコールド・スリープ・マシンは、未完成だった。
人体を完全に凍結、冬眠させることができず、肉体は徐々に朽ち果て、脳は萎んでいった。
マシンは彼らに眠りではなく、死を齎したのだ。
その成れの果てを、レグルスはいくつも見て来た。
ミイラのように痩せ衰えた、かつて人間だった者達を。
故に今回も、レグルスはこれから目にするであろう光景に身構えた。
マシンが動作音を発した。
スリープが解除され、卵の中から保存液が排出される。
プシュッと音がして、卵の殻が、割れた。
レグルスは細目でその中を覗き込み…
言葉を失う。
そこに、美しい少女が眠っていた。
読んで頂き、どうもありがとうございます!
余談ですが、レグルスはスーツを着たマッチョな男で、どちらかというとワイルドな感じ…
ジェイソン・ステイタムみたいな…?
というのを思い浮かべて書いたりしています。
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どうぞよろしくお願いします!