幕間 #物騒な贈り物
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欲望の街 下層
火薬の街
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その店は一見、路地裏の薄汚れた住宅に見える。
店番などはいないし、看板すら出ていない。
店同士が熾烈に争い、派手で、奇抜で、とにかく目立つ事だけを考えているような街…バルカンでは、異色の存在であった。
だが信頼性に重きを置き、確実な仕事を求める一部の人間達に、口伝でのみ伝わる…そんな知る人ぞ知る名店が、ザ・"ガン"・ショップである。
何の捻りもない、ストレートな名前なのは理由があり、シンプルにその店には正式な店名が無いからである。
故にそれぞれの客が思い思いに彼の店を呼称しており、レグルスはただ"ガン"ショップと呼んでいた。
看板の出ていない、ただのドアを開けるとその中にさらに2つのドアがあるという、なんとも珍妙な玄関口。
左側のドアは決して開くことがない。
レグルスは右側のドアの前に立つと、右手側にあるブザーを押した。
そして、待つこと1分。
その間、レグルスは監視カメラ映像から電子的検閲まであらゆるチェックを受けている。
そしてそれら全てをクリアしてようやく、その先に進むことを許された。
「"ガン"のおやっさん、邪魔するぜ」
「…おう。久しぶりじゃねぇか。死んだのかと思ってたぜ」
右側のドアの向こうは、すぐに地下へと繋がる階段になっている。
そしてそれを降りた先には、表側の姿からは想像も付かない程広い工房が広がっていた。
工房では数人の職人達が黙々と作業に励んでいる。
その中で最年長と思われる初老の…いや老年期に入っているであろう人物が、レグルスに手を上げた。
嘘か真か、彼の名前は…"ガン"。
この店のオーナーであり、卓越した武器職人…彼自身の言葉を借りるならガンスミス、である。
「なんとか生きてやってるさ」
レグルスはガンに歩み寄る。
ガンは小柄で屈強、その顔には深い皺がいくつも刻まれている。
この時代には珍しい、完全な生身であり(彼は頑として自分の身体に機械を入れようとはしない)、節榑だったその指は、専用アタッチメントで機械化した他の多くのガンスミス達に比べて、明らかに時代遅れに見える。
しかしその使い古された指こそが、多くの腕利き達を魅了してきた魔法の指なのだ。
荒事を生業とする者達にとって彼の手掛けた銃、即ち"ガンズ"スペシャルを手にする事はある種のステータスとなっており、レグルスは幸運にもその栄誉にあずかっていた。
「見せな。」
レグルスは黙ってM500を差し出した。
特にあれこれと注文をつける事はしない。
ガンに全幅の信頼を置いているのだ。
ガンはずっしりと思いM500を受け取ると、軽く構えてトリガープルを確かめる。
バレル、ハンマー、シリンダーと各部位の歪みを
確認した後、顔を上げた。
「随分暴れてるようだな。」
「…まあな。」
ガンは銃の状態を見ただけで、その使用者がどんな状況にあるのか分かる。
「普通ならまだ問題ないくらいの歪みだがな…これからも暴れるつもりなら、バレルは交換しとけ。」
「ああ、頼む。」
「2、3日くれ。その位は待てるだろ」
「勿論だ。」
レグルスはそのままリボルバーを預けると、躊躇いがちにその場に佇んでいる。
「どした?まだなんかあんのか?」
ガンは怪訝な表情を浮かべた。
「ああ…いや、なんというか…」
「ハッキリ言え。」
「ちょっと頼みたい事があるんだ…」
その頼み事を聞いたガンは、さらに怪訝な表情を浮かべた後、大笑いしてレグルスの肩を叩いた。
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欲望の街 下層
レグルスの自宅兼事務所
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「えっと…何これ?」
アイは怪訝な顔をしている。
彼女の手には、レグルスが持ち帰った小包が置かれていた。
「いいから、開けてみろ」
「…?」
アイは言われるがまま、小包を開く。
中に入っていた木箱を開けて、アイは暫く無言でそれを見詰める。
「物騒な贈り物ね…」
アイはゆっくりと、その銃を取り上げた。
コンパクトな銃だ。
アイの小さな手にも、測ったようにフィットする。
短めのバレルの先にはシルバーのコンペンセイターが、リアサイトには超小型サイズの液晶モニターが取り付けられている。
試しに構えてみると、液晶が自動的に起動、ターゲットサイトが表示された。
「ワルサーPPK Hyper-Evolved。21世紀後期に製造されたオートマチックの名機。今の時代じゃなかなか手に入らない逸品だ。」
「これを私に…?」
「この前みたいなヤバい仕事もある。自衛出来るようにな。」
今後もアイが現場に同行する前提での話。
それはつまり…
「私を相棒として認めたって事?」
アイは悪戯っぽく笑う。
「ふん…この前は俺1人じゃ死んでたからな。」
それに対してレグルスは腕を組み、仏頂面で答える。
「もうじきガンスミスがここに来る。試し撃ちとチューニングをするから準備しとけよ。」
それだけ言い残し、レグルスは事務室を出て行ってしまった。
「…ありがと。大事にするわ。」
アイはその銃をそっと胸に抱き、呟いた。
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欲望の街 下層
レグルスの自宅地下#射撃場
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「こーんにちはー!!ガンスミスのー!"九十九"でぇぇーーーす!!」
レグルスとアイは唖然としてその女を見守っている。
「いやぁー!自宅にこーんなすごい射撃場があるなんてぇー!!すごいですねぇー!!!」
"九十九"と名乗るその女が、件のピストルをカスタムしたガンスミスだという。
「えぇっと…レグルス…ほんとにこの人なの…?」
「あ、ああ…たぶん…な」
アイが使う拳銃を見繕って欲しいと頼んだところ紹介されたのがこの、九十九である。
最近"ガン"ショップに雇われたガンスミスらしく、レグルスも初見だ。
「いやぁー!!うちのワルサーちゃんを買って頂いてぇー!!ありがとござんす!!!」
九十九は訪ねてきてからずっと、異様なテンションで喋り続けている。
「じゃー!!!早速!!!!撃ってみましょう!!!!ワルサーちゃんをっ!!!」
九十九は手を怪しく蠢かせながら、アイの方ににじり寄って行く。
「よ、よろしく…」
アイはすすすっと後ろに下がりながら、ワルサーにマガジンをセットした。
射撃場には近距離、中距離、遠距離の3つのレーンが備えられている。
アイは近距離のレーンに立ち、左手側にあるスイッチを押した。
人型の的が10ヤードの位置に移動する。
アイはゆっくりと銃口を上げた。
リアサイトの位置に備え付けられた小型モニターが、自動的に起動する。
安全装置を解除し、肘を絞って構える。
それを見て、九十九はニターーーッと笑った。
「見ました?!ね?見ました!??」
「は、はい?」
アイはたじたじになって聞き返す。
「指紋!!認証ーー!!!なんだなこれがぁっ!!!」
九十九によると、この銃は利用登録した者以外は安全装置を外せないそうだ。
そういえばさっき、手のサイズを測るなどと言って九十九に手を差し出したのだが、その時に指紋も採集されたようだ。
(恐るべき早技ね…)
「さらにぃぃい!!!素ん晴らしいのはぁ〜!!」
さらに九十九は大声で続ける。
素性が明らかで無ければ、アイは絶対に家には入れないだろう。
「ウルトラハイビジョンマイクロモニター!!!」
九十九はバレリーナのようにクルクルと回り、珍妙なポーズで静止したまま、リアサイトのモニターを指差した。
アイは九十九の言う通りに、モニターを見る。
サイズは小さいものの、かなりの高解像度である。
そして的を狙うと、自動的に頭部などの狙うべき急所がマークされた。
「そうそう!!自動でマーキングされるんですよ!!!さらにさらにぃぃぃぃぃっ!!!」
アイの手に、微かな振動が伝ってくる。
コンペンセイターからバレル、グリップまで銃全体が連動して駆動し、照準が勝手に微調整された。
アイはそのまま、トリガーを引いた。
頭のど真ん中に命中する。
「…すごいわね」
「そうでしょっ!???そうでしょっ!!!??あはぁぁぁーん!!すんばらしいぃぃっー!!」
「…照準補正だ。自動照準じゃ無いから注意しろよ。」
レグルスが冷静に付け足す。
なるほど、あくまでアシストであり、完全自動で照準を合わせてくれる訳では無いらしい。
「さぁぁぁぁらぁぁぁにいぃぃぃっ!!」
九十九は些細な点にはお構いなしとばかりに話を進める。
「トリガー!!軽かったですよねっ!!?ね!??」
「…確かに。私の力でもなんなく撃てたわね」
「いやはぁぁぁあーん!!!すんばらしいーー!!!」
「えーっと…」
アイはレグルスに助けを求める。
「…今ダブルアクションで撃っただろ。ダブルアクションはトリガーが重いもんだが…」
「そこをアシストする超極小モーターを内蔵してるんですぅぅぅぅっ!!!軽くて、太陽光稼働して、安定性も抜群…!!はぁ…!!イキそう…!!!」
「ああ…そう…」
九十九のテンションには辟易してきたが、銃そのものは確かに素晴らしい銃のようだ。
アイは再びワルサーを構える。
「そこ…!!そこよぅ!!いいっ!!!いいわっ!!!!感じて!!!体でっ!!!」
九十九は親指で怪しげな動作を繰り返している。
とても嫌だが、アイは同じように親指を動かしてみる。
ちょうど指が当たる部分に、スイッチのようなものがあった。
スイッチを押下して、トリガーを引く。
弾が連続して放たれた。
反動は小さく、また多少ブレてもエイム・アシストにより狙いが補正されるため、弾痕はほとんどバラけない。
まるで自分が熟練したシューターになったかのような感覚に陥る。
8発を撃ち尽くし、結局そのほとんどがヘッドショットになった。
これならば自分でも多少の戦力にはなれるだろう。
「すごい銃だわ。どうもありがとう。」
アイは九十九に向き直り、素直に礼を言う。
すると九十九は感極まったような顔で迫ってくる。
「ありがとぉぉぉっー!!!でも…………もう終わり………だとでも思ってなぁぁぁぁぁいっ!???」
九十九は何故か後ろ向きになってから、のけぞるようにして下からアイの顔を覗きこんだ。
「え、ええ…」
「んな訳ぇぇーーー!!ナッシングっ!!!」
どうやらまだとっておきがあるらしい。
アイとレグルスは2人してその説明を聞き、唸った。
確かにそれは、画期的な機能だ。
その後、アイの体格に合わせて銃をメンテナンスしてもらった。
九十九はいつまでも騒がしく、いつまでも喋り続けようとするので、最後にはレグルスが力尽くで帰らせることになったのだった。
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欲望の街 下層
レグルスの自宅兼事務所#アイの部屋
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その日の夜、アイは疲れ果てて、ベッドに横になっていた。
あの後、日が暮れるまで射撃場に篭って射撃練習を行った。
チューニングした後の銃は、まさにシンデレラフィットとでも言うべき状態で、まるでずっと昔から使っていたかのような手触りであった。
硝煙と火薬の匂いが全身に染み込んだ頃、射撃練習は終わった。
そして諸々の身支度を済ませて、ようやくひと心地ついたところである。
目を閉じると、まだ瞼の裏にマズルフラッシュが染み付き、銃声の残響はいつまでも耳に響いていて、すぐには寝付けそうもない。
アイはベッドから上体を起こすと、枕元に置いてあったワルサーを手に取った。
暗い部屋の中、改めて銃を些細に確認する。
バレルの側面に"Walther"のロゴマークが、グリップの上部にmodel PPK HE by "九十九" customと刻まれていた。
「変な人だったけど…モノは良かったわね…」
そして再び、銃を胸に抱く。
(誰かに物を贈られるなんて…初めてだな…)
アイは1人、苦笑する。
(だけど初めてのプレゼントが拳銃になるなんて…ね)
奇妙な宿命だが、受け入れるしか無い。
それに…とアイは思う。
まんざら悪い生活では無い…と。
読んで頂き、どうもありがとうございます!
正直に言いますが、私はガンマニアではないので、書いている銃の描写が間違ってるんじゃないかと常に不安だったりします。
そんな中で、敢えて銃やガンスミスなんかが出てくる話を書くのは、なんというか無謀だよなと思いつつ…
アイの銃はコンパクトで、エレガントな感じがいいよねーというところから探し始めて、007のジェームズボンドが使うワルサーppkに辿り着きました。
エキセントリックなガンスミス、Qは勿論007からお名前を拝借しましま。
また、銃はエネルギー供給やメンテナンスなど、テクノロジーの進化具合や実運用を考えた時に、どうしてもレーザー銃などのSF的な銃は使えないかなと思っています。
そんな中でも近未来の要素を入れたくて、それを表現したのがワルサーPPK Hyper-Evolvedです。
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どうぞよろしくお願いします!